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旅男!  作者: 吉岡果音
第十三章 あたたかな未来を信じて
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休業の多い町

 雪が降り続いていた。

 フレデリクは、雪道を進むドラゴンの背に揺られながら、過去を振り返っていた。


「僕の夢は、ハウゼナード王国魔法院に入ることです」


 王国魔法院とは、ハウゼナードの国家の中枢に関わる魔法機関である。少年だったクラウスは、将来の夢についてそう話していた。

 クラウスは、魔法学校で常にトップの成績だった。王国魔法院で働く夢も、クラウスならば、ただの夢ではなくいずれ必ず到達する現実的な目標であると、フレデリクを含めた教師陣は感じていた。


「やっぱりクラウスにはかなわないなあ」


 クラウスを尊敬の眼差しで見つめるアーデルハイト。クラウスの隣にはいつもアーデルハイトが並んでいた。成績でもクラウスが一位、アーデルハイトが二位と並ぶことが多かった。クラウスに比べアーデルハイトの成績は、時々変動があったが、それでも常に上位十番以内に入っていた。

 クラウスとアーデルハイトは、成績優秀の美男美女ということで、学内一有名なカップルだった。生徒たちは皆、憧れの眼差しで二人を眺めていた。フレデリクの息子であるハンスも例外ではない。

 学内だけではない、お似合いの二人の姿は町でも評判だった。誰もが二人の仲を心の中でそっと祝福し、素敵なカップルとして応援していた。

 いつか必ず二人は結婚するもの、そう周囲は信じていた。

 その後、二人が別れたらしいということを、たまたま聞こえてきたハンスとハンスの友人との会話からフレデリクは知る。

 フレデリクは、偶然町中でクラウスの姿を見かけたことがある。ほんの一瞬、通り過ぎる横顔を遠目から確認しただけだが、暗く冷たい異様な空気をまとっているようにフレデリクは感じた。


「クラウス君の夢は、どこへ行ってしまったのでしょうか――」


「え? 父さん。今、なにか言いましたか?」


 同じく、ドラゴンの背に揺られるハンスが尋ねる。


「いえ――。ハンス。なんでもありません」


 夕日の光を受け、輝く金の髪をなびかせながら手を繋いで家路につく、まだ幼かったクラウスとアーデルハイト。校舎に響く楽しそうな笑い声。無邪気な二人の横顔。そんな光景を、まるで昨日のことのように思い出す。

 校舎の鐘の音。オレンジ色に染まる廊下。手をしっかりと繋いだままイチョウの木の下を駆けていく少年と少女。フレデリクは窓から眺めていた。あの光景のどこに、不吉な影が潜んでいたのだろう――。

 若者たちの未来はまっすぐに輝きながら続いていく、あのときのフレデリクはそう信じていた。




 アーデルハイトは、そっと左手の手袋を外した。

 雪は降り止まず、肌に突き刺さるような寒気。

 それでも、アーデルハイトは手袋を外したまま自分の薬指を見つめる。

 キースにもらった「封印の指輪」を眺めていたのだ。

 自然と、口元には笑みがこぼれた。


 嬉しいな……。


「きゅう?」


 アーデルハイトを背に乗せたドラゴンのゲオルクが、首を後方に回して自分の主人を見る。

 アーデルハイトは、ゲオルクに優しく微笑みかけ、ゲオルクの頭を撫でてあげた。

 ゲオルクは嬉しそうに目を細め、それから前に向き直る。


 キースにもらった、指輪……。


 薬指の指輪は、アーデルハイトの視線に応えるようにターコイズグリーンの神秘的な光を放つ。

 アーデルハイトは、ふと想像した。


 これが、もし婚約指輪だったら……?


 アーデルハイトは、さっと頬を赤らめた。思わず、自分の頬を自分の手で包むように覆った。


 キースと私の未来……。いったい、どんな光景が広がっているんだろう……?


 アーデルハイトのエメラルドグリーンの瞳は、遠い空を見つめた。空は曇り、雪が降っているので遠くまで見通せない。どこまでも、白い風景。それでも――、アーデルハイトの心は、澄んだ青空を映していた。様々な野の花が咲き乱れる緑の丘を、さえずる小鳥の声を、そして、窓からあたたかな光が差し込む小さな一軒の家を、想像していた。

 

 のんびり日向ぼっこをしているのは、ゲオルク。

 笑いながら丘を駆けるやんちゃな少年が振り回しているのは、「滅悪の剣」のカイ。きっとカイは、少年の手荒い扱いに苦笑している。

 そして、すぐそばで少年を見守っているのは、少年の両親――、それは、もちろん私と――!


 アーデルハイトは、ゆっくり手袋をはめた。

 大切な指輪を、守るように、愛おしむように、左手を包んだ。




 キースたち一行は、昼をだいぶ過ぎてから町に着いた。


「だいぶ時間が掛かったなあ」


 遅めの昼食をとることにした。


『年末年始の休業のお知らせ』


 入ろうと思った食堂の扉には、休業を知らせる紙が貼られていた。年末から休業しているらしい。


「ああー。残念。ここはお休みかあ。他の店を探そうぜ!」


『臨時休業』


 次に見つけた食堂の扉にも、休業の張り紙が貼られていた。


「ああー。ここは臨時休業かあ! 残念だなー」


 仕方がないので、次の店を探すことにした。


『準備中』


 次に見つけたその店は、昼の営業時間が終わり、夕食時まで一時閉店する店だった。


「あああー。準備中かあー。しょうがない、他を探すか」


『準備体操中』


「準備体操中!? なんだそりゃ!? 休みってこと!? どういう理由!?」


 準備体操中で休業の店らしかった。準備体操とはいったいどういうことか、どうも納得がいかないが、見なかったことにして他の店を探すことにした。


『一回休み』


「一回休み!?」


 よくわからないが、本日休業ということらしい。


「なんだ? 休みが多いなあ……」


 次に目に付いた店の扉にも張り紙が貼られていた。


『ずる休み』


「ずる休み!?」


 他の店を探す。


『冬休み』


「冬休み!?」


 他の店を探す。


『有給休暇』


「有給休暇!?」


 他の店を探す。


『冬眠』


「冬眠!?」


 謎の休業の店だらけだった。


「食堂以外の店は普通に営業してるのになあー。なんだろう。間が悪かったのかなー」


 さてそれではどうしようか、他にも店はあるんだろうかと思っていると、誰かが後ろから走って来た。


「お客様……! ただ今、準備体操が終わりました……!」


 走って来たのは、『準備体操中』の店の店主だった。


「準備体操、終わったのか……! って……、え……!? わざわざ追いかけて来てくれたのか!?」


「はい……! お客様がたが店の前にいらっしゃった様子が見えましたので……。急いで準備体操を終えました! 開店出来ます……!」


 準備体操、必要なのか……。


 一同、店の営業形態、店主のキャラクター、サービス、料理に一抹の不安を覚えたが、他に店が見当たらないので、謎すぎる「準備体操中」だった店に入ることにした。


「準備体操が必要な料理なのか?」


 皆が一番気にしている点に、キースが鋭く切り込んだ。


「はい。料理人たちの奥義を駆使した料理ですので……」


 料理人たちの奥義を駆使した……!?


 皆、目が点になった。


「いったい……。どんな料理……」


 店主に勧められるまま、テーブルにつく一同。スリリングな気持ちでメニュー表を開く。


『餅』


「餅!?」


 餅料理だった。


「あのう……。料理人さんたちの奥義って……」


 おそるおそるミハイルが店主に尋ねた。


「超、高速餅つきです!」


 店主は誇らしげに胸を張った。


 さようですか……。


 一同、なんとなく言葉を失う。だが、皆すっかりお腹が減っていたので、気を取り直し、注文することにした。


「……ええと。それじゃ、お雑煮とクルミ餅ときなこ餅とあんこ餅と納豆餅と、それから……」


「かしこまりっ!」


 ぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんっ!


 店の奥から尋常じゃないほどのスピードの、餅をつく音が聞こえてくる。


「へいっ! お待ちっ!」


 あっという間に、たくさんの餅料理がテーブルに並んだ。


「うわー! 美味しそうだな!」


 熱い湯気の立ち上る椀や皿は、とても美味しそうである。


「当店の売りは、速さです! ただ、そのために、準備体操を合間に挟まないといけないのですが……」


 額に汗を光らせながら店主が説明した。


 準備体操で待たせるくらいなら、普通のスピードの料理提供でいいのでは……。


 皆の脳裏にそんな疑問がよぎったが、熱々の美味しい餅料理にお腹はすっかり満たされていた。疑問が消化不良のようにほんの少しだけ残ったが。

 食事を終え食堂を出た後、キースはなにげなく振り返った。すると、店主がふたたび店の扉に「準備体操中」の張り紙を貼っている姿が見えた。疲れてしまったらしい。


「宿屋は、休業じゃないといいなあ」


 今度は宿屋を探すことにした。あまりにも休業の店を見てきたので、なんとなく心配になってきたのだ。


「まさか。通常、宿屋は休まないでしょう」


 キースの言葉にミハイルは明るく笑った。


『本日、休むことを休みます』


 宿屋の前に、謎の張り紙。張り紙を読んで、皆首をかしげた。


「休むことを休むって――、いったい、どういう意味――」


「つまるところ、当宿は絶賛営業中ということでございます!」


 にこやかに宿屋の主人が顔を出す。


「……次の宿屋、探してみよーっと……」


 いろんな意味でめんどくさそうな宿屋なので、他をあたることにした。見なかったことにして――。

 正解である。

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