迷宮福袋
一同が翌日訪れた大きな町には、初市が並び賑わいをみせていた。
「縁起物がたくさん売られているなあ!」
活気のある市場の呼び声や、あふれんばかりの賑やかな商品陳列に、なんとなく気分も高揚する。
『迷宮福袋』
一軒の謎の出店があった。店先には、「迷宮福袋」と大きく書かれた看板がある。
「なんか、一軒だけ暗いな……」
新しい年を彩るようなめでたい配色で飾られた店が多い中、周りから少し離れた場所にポツンとあるこの出店だけは、黒とダークグリーンを基調とした暗く重厚な雰囲気を醸し出していた。
「いらっしゃいませ……」
店主も暗い雰囲気だった。年齢は三十代後半、黒いフードと黒いマントに身を包み、細く吊り上がった目をした痩せた男。低くかすれた声で挨拶をし、片頬で不気味に笑った。
「『迷宮福袋』ってなんだい?」
いったいどういう店なのか気になったキースは、店主に尋ねる。
「キース! だ、大丈夫!?」
店の異様な雰囲気に怖くなった妖精のユリエは、キースの懐から顔を出し、小声で心配そうに尋ねる。
「大丈夫だろー。年明けの白昼堂々怖い店が出てるわけないじゃん」
店主に聞こえないよう、キースは小声でユリエに返事をした。
「怖い店かもしれませんよ」
店主がぼそりと呟く。
「あっ! 聞こえちゃった!?」
「『怖い』の定義にもよりますがね……」
そう呟くと、店主はかすれたような笑い声を上げた。
「で、いったい、どういう店なんだい?」
「この福袋をご購入いただければ、素晴らしい宝物に出会うことが可能です。その宝物を手に出来るかどうかは、お客様の運と力次第。たとえ宝を入手出来なかったとしても、ちょっとした冒険を堪能することが出来ます」
「へえー。ずいぶん変わった福袋だねえ」
「おひとつ、いかがでしょう?」
「いいや! 止めとくよ! 俺たち、充分冒険してるし!」
キースの言葉に、ユリエはホッと一安心したようだ。キースなら、怪しい福袋に挑戦しかねないと思っていたのだ。
「そうですか……」
店主は、肩を落とし暗い顔をますます暗くした。
「……またのお越しをお待ちしております……。まあ、私が旅人さんたちにまたお会い出来る確率は限りなく低いでしょうけれど……」
店主は力なくうなだれた。
「おっ、おいおい! そんなに露骨にがっかりしなくても……!」
店主の懐から、小さな男の子の妖精がぴょこんと顔を出した。
「ご主人様―! 今日のお昼はなにか食べられるかなー?」
「しっ! お客様の前だよ、そんなことを言うんじゃない!」
「だってー。今日こそなにか食べられるかなーと思って……。僕はまだ我慢出来るけど、ご主人様はそろそろなにか食べないとお体が……」
「なんてことを言うんだ! 黙ってなさい……!」
主人は慌てて男の子の妖精を懐にしまった。
「キ、キース……!」
ユリエが、ピンクの瞳に涙をたたえ、訴えるようにキースを見上げた。
「この人たち、商売うまくいってないんだよ……! お腹すかせてるんだよ! 買ってあげて……!」
ユリエ! 騙されてる……!
アーデルハイト、カイ、ミハイル、宗徳は一連のやり取りが泣き落としの悪質商法だと見抜いていた。わかりやすすぎる小芝居だった。
「かわいそうだなああ! よし! 俺がひとつ購入するぞ!」
キースも思いっきり騙されていた。
「キース!」
一同、一斉に叫んだ。ユリエは、歓喜の声で。アーデルハイト、カイ、ミハイル、宗徳はキースを止めるつもりで。
「ご購入、ありがとうございますーっ!」
店主と店主の懐から再び顔を出した妖精の男の子は、満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、この福袋を買うよ!」
「では、お客様、この福袋を覗いてください!」
あっという間の出来事だった。店主がキースの選んだ福袋を開け、キースのほうに向けると、キースとキースの懐に入っていたユリエが袋の中に吸い込まれていく――!
「キース!」
かろうじて、「滅悪の剣」に変身したカイが、キースの右手に握られた。キース、ユリエ、カイが、一瞬にして、そう大きくない袋の中に入っていってしまった。
「なにをするの!?」
アーデルハイト、ミハイル、宗徳が店主に詰め寄る。
「大丈夫ですよ。危険なことはありません。楽しい冒険をして、運がよければ宝物を持って、すぐに帰って来ることが出来ますよ」
「貴様……!」
宗徳が店主の胸ぐらを掴んだ。
「落ち着いてください。この袋は異次元に通じております。時間軸もこちらとは違います。あちら側に向かわれたお客様は、しっかり冒険を堪能出来ますが、待っているこちら側にとってはごく数分のことです」
「お客さん、落ち着いて! ご主人様は悪人じゃありませんよ! ただ、ちょっと販売方法が、あこぎなだけです!」
妖精の男の子が、フォローになってないフォローを入れた。
「お待ちください。決して損はさせません、きっとお客様がたの満足のいくサービスに違いありませんから」
ミハイルがため息をついた。
「確かに……。特に悪い波動は感じません。福袋からも、そしてご主人、そこの男の子の妖精さんからもね」
「そうでしょうとも!」
店主と妖精の男の子は笑顔でうなずく。
「私も中に行きたい!」
アーデルハイトがたまらず叫んだ。
「いえ。待ちましょう。アーデルハイトさん。ここで僕たちも行こうとしたら、ますますこの人たちの思うツボです。僕たちの分の代金も請求するでしょうからね」
「お兄ちゃん、わかってるねえ!」
ミハイルの言葉に、妖精の男の子が感心した声を上げる。
「悪徳店主め……! なにかあったら、ただではおかんぞ……!」
宗徳が店主と妖精の男の子を睨み付け、すごんだ。
「今日のお昼ご飯、なにかなー」
妖精の男の子は、どこ吹く風である。
「なんだここは……!」
キースとユリエ、そして「滅悪の剣」になったカイは、緑の迷路の前にいた。
キースの背丈より高い生け垣に囲まれた細い道が、曲がりくねりながら続いていた。生け垣は綺麗に刈り込まれ、緑は青々とし、道はレンガが敷き詰められていた。丁寧に造り上げられた美しい迷宮――。
ユリエは羽ばたき、迷路の全体像を見ようとした。
「キース! めっちゃでっかい迷路だよ! 所々になにか宝箱みたいものがあるー!」
「まさに迷宮、『迷宮福袋』か……!」
「あのお店の人と妖精の子、これでちゃんとお昼食べられるかなー」
ユリエはまだ騙されていた。
「うん! きっと、大丈夫だよ! 年明け早々、お昼抜きはあまりにも気の毒だからな……!」
キースもやはり微塵も疑っていない。
「キース! ユリエ! あんな見え見えの芝居に騙されて……!」
たまらず人の姿になったカイが、キースとユリエに叫ぶ。
「えっ? 芝居?」
「えっ? それじゃ、嘘だったの……?」
キースとユリエは驚いた顔をした。
「よかったあー! それじゃ、お腹すかせてないんだね!」
ユリエが喜んだ。
「ユリエ! そうじゃないでしょう……!」
カイがツッコむ。
「よかったなあ! ユリエ! かわいそうじゃなかったんだな!」
「キース! だからそういう話じゃなくて……!」
「ん? カイ。なにか問題か?」
「大問題です!」
カイは、キースとユリエに説教を始めた。あれがとんでもない悪人たちだったらどうするのか、悪事の助長に繋がったらどうするのか、そして、この状況の危険性についても、こんこんと説いた。
「ごめん。軽率だった」
「みんなも心配してるだろうから、早く帰らなくちゃ!」
「どうやって帰ることが出来るのかだって俺たちはわからないんですから! 今、とっても危険な状態かもしれないんですよ!」
「とりあえず……、進むしかないか!」
念のため色々試してみたが、今いる場所に元の世界に戻る出口があるようには思えなかった。進むしかないと決め、深い緑に囲まれた道を、早足で歩く。
右に曲がり左に曲がりしているうちに、宝箱のような装飾の施された箱が置いてあるのが見えた。
「宝箱だ!」
ずしーん!
急に、目の前に巨大な生物が現れた。大きなはさみ、長い触角の付いた腰の曲がった赤い生物――、それはどうみても祝い事に食用として用いられる――、
「イセエビだ……!」
イセエビだった。キースよりも一回りも二回りも大きい、イセエビの怪物。
「宝物が欲しくば、私と勝負せよ……!」
「そんなに欲しくはないけど、その場合は?」
「勝負せよ! 私とジャンケンだ! ジャンケン勝負をせよ!」
キースの欲しくない宣言は無視し、イセエビはジャンケン勝負を挑んできた。どうしても宝物をあげたいらしい。
「ジャンケンって、お前、その手……」
キースは、イセエビの手がはさみであることを指摘してあげた。
「問答無用! じゃーんけーん……」
「えっ? ほんとにいいの? じゃーんけーん、ぽんっ!」
当然ながらイセエビが、ちょき。キースがグー。
「ああっ……! 負けた……! くそう……、それでは、宝物をあげよう……」
イセエビは一応悔しそうに呟きながら宝箱をキースに渡す。
「あ、ありがとう……」
「さらばだ……!」
呆然と立ち尽くすキースに、ちょきの手を振りながら、イセエビは去って行った。
「なんかよくわからんが、宝物をもらってしまった……。なんだったんだ……」
キースは宝箱を開けてみた。
「あっ……!」
防具の「胸当て」だった。キースの知らない不思議な材質で出来ており、非常に軽いが、丈夫でかなり高い防御力があるようだ。
「とってもいいものが入ってた……!」
また生け垣の迷路のレンガ道を進む。角を曲がりながらしばらく進むと、また宝箱のような箱が見えてきた。
ずしーん!
また巨大生物が現れた。やはり縁起のよい動物だった。
「巨大亀……!」
キースより一回りも二回りも巨大な亀は、ゆっくりと口を開いた。
「宝物が欲しくば、私と駆けっこの勝負をせよ……!」
「遅いよね!?」
駆けっこは、キースの勝利だった。
「宝箱を授けよう……!」
宝箱の中には、楯が入っていた。やはり軽量で高い防御力があるようだった。
「すげえいいものだ……!」
しばらく進むと、今度は目の前に縁起がいいとされる動物――、鶴がいた。
「この羽根を授けよう。これで元の世界に帰れる――」
キースが鶴からもらった羽根を手に取ると、キース、ユリエ、カイは「迷宮福袋」の店の前に戻っていた。
「キース……!」
アーデルハイトが顔を輝かせた。
「なんか、硬い殻を持つ連中から、すっげえいいもん、もらっちゃった……!」
「あっ! これはすごいですね! 魔力に対する防御力も高いですよ!」
ミハイルが胸当てと楯を見て驚きの声を上げた。
「ほんとだわ……」
アーデルハイトも、不思議な防具を触ってみて確かめる。
「店主……。疑ってすまなかった」
宗徳は、店主と妖精の男の子に頭を下げた。
「でも、売りかたは酷かったですけどね」
宗徳の謝罪を受け調子に乗りそうな店主と妖精の男の子に、ミハイルが釘を刺す。
「ちなみに、他の宝箱はなにが入ってたのー?」
無邪気にユリエが店主に尋ねた。
「この福袋ですと、他は『究極のアップルパイ三種』と『世界の絶品名酒セット』でしたかね。まあ、お客様が開けた宝箱が大当たりですね」
うっ……。
ユリエとカイは、もっと探索しておけばよかった、そう思った。




