奇妙王と旅の神
キースもカイも、すっかり早起きが習慣になっていた。
日の出前の暗い中、ミハイルと宗徳を起こさないよう、二人は静かに外へ出る。
「新年おめでとうございます。キース。今年もよろしくお願いいたします」
「おめでとー! カイ! 今年もよろしく!」
雪の降りしきる中、カイとキースは新年の挨拶を交わした。年明けの早朝、触れる空気もなんだかいつもと違って神聖で清らかで、どこか希望や活力をはらんでいるように感じる。歩いているだけで、自然と気分も新たに引き締まるようだった。
「毎年俺は心の中で、キースに新年の挨拶をしていました。今年は、ちゃんと言葉で挨拶をすることが出来て嬉しいです」
「おお、そうだったのか! ありがとな! カイ! でも、『今年は』じゃないぞ」
「そうですね。『今年からは』ですね! これからは、ちゃんと毎年挨拶出来ますね!」
二人は顔を見合わせて笑った。心に黒雲のように湧き出す不安を打ち消すように、笑った。二人は、この先の未来もずっと、平穏な毎日が続くことを、切に願っていた。
雪帽子をかぶった大きな木、その下に佇むシーグルトが見えた。
「新年おめでとー、シーグルトっち! 今年もよろしくお願いしまーす!」
「シーグルトさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
キースは白い息を吐きながら明るく挨拶し、カイは深々と頭を下げた。
「…………」
あいかわらず、シーグルトは黙ってキースとカイのほうを見つめるだけだった。
「……なぜだろうな」
シーグルトは呟いた。
「なにが? なんの疑問?」
キースが屈託のない笑顔で問い返す。
「今までの私は、仕事を依頼してくれた相手には挨拶を必ず返している。相手によっては饒舌にリップサービスもする。特に人間相手のときは、そのほうがなにかと都合がいい場合が多いからな。お前らには……、なぜかその必要性を感じない。それは、お前から一方的に依頼されたから、なのだろうか」
「へえー! そうなんだ! あれ? それって、シーグルトっちは俺らに対してぞんざいな扱いでいいって判断してるってこと?」
キースは、シーグルトの言葉に怒るどころか愉快そうに笑う。
「…………」
シーグルトは顎に手を当て少し考え込んでいた。
「そんなに考えること!?」
「……なんで私はお前らにそんなことを訊いてるんだろうな」
「それはこっちのセリフじゃない!?」
「…………」
シーグルトはまだなにかを考えている。
「そんなにそんなに考えることっ!?」
「……なにか……」
シーグルトは、自分の心の中を探って言葉を見つけようとしているようだ。
「『なにか』!?」
「……わからん……」
「わからん……!?」
「まあ、新年だ。新年くらい、挨拶はしたほうがいいだろうな。……『あけましておめでとうございます』」
「棒読みっ!?」
ほぼ棒読みだった。
「…………」
シーグルトは、なぜだろう、と再び疑問に思った。どうして私は、このまったくの無用と思われるやり取りをしているのだろう、と。そして、この感覚は……、とまた不思議に思う。
なぜだ……? 胸に沸き起こるこの感覚は……、「喜び」……?
シーグルトは怪訝な表情をした。それから、笑った。
「まったく……! お前らは奇妙な連中だよ!」
「……俺も『奇妙な』の枠組みに入っちゃうんですね」
カイが、少しため息をつきながらも笑う。
「お前は思いっきり『奇妙』だろーっ!」
すかさずキースが、カイに向かってツッコむ。
「キースに言われたくないです」
「俺に言われたくない!? 『俺イコール奇妙』って言いたいのか!? 俺は『奇妙』の代表選手かーっ!? 奇妙の中の奇妙、『キングオブ奇妙』かーっ!?」
「はい。まさに奇妙王です」
キースは新たな称号を手にした。
シーグルトは、眼前の「奇妙コンビ」の「奇妙コンボ」をぼんやりと眺めた。
こんな時間の無駄遣いは、初めてだな――。
まあ別に悪くはないな、とシーグルトは思う。シーグルトにとって「ぼんやりする」、そのこと自体が非常に珍しいことだった。剣を持つことも、忘れていた。
傍らの赤いドラゴンが、今まで見たことのない自分の主人の表情を、不思議そうな目で見つめていた。
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」
宿屋の食堂で顔を合わせた一同は、新年の挨拶を交し合った。
「皆さん、あけましておめでとうございます。年の終わりと新しい年の幕開けという大切な節目に、当宿にご宿泊くださり本当にありがとうございます」
宿屋の女将も皆に挨拶をしてくれた。
「新年おめでとうございます! こちらこそ、本当にありがとうございます!」
皆も女将に笑顔で挨拶を返した。
「旅の皆さん、すぐ近くに旅人を守り導く神様が祀られている神殿があるんですよ。お食事の後、お参りなさってはいかがですか?」
「へえ! 旅の神様かあ! そりゃあぜひお参りに行きたいなあ!」
朝食後、皆で揃ってその神殿に詣でることにした。
たくさんの人々が参拝しようと集まっていたので、場所はすぐにわかった。
長い階段が続いており、その先に神殿があるらしい。
「ここは、とてもよい場所ですね」
ミハイルが微笑みながら呟く。
「自然の精霊たちの存在をたくさん感じます。とてもよいエネルギーに満ちた聖域ですね」
「そうなんだ……! そういえば、ここは空気が綺麗な感じでとっても清々しいなあ!」
キースも皆も感じていた。辺りを包む明るく強いエネルギーを、体も心もしっかりと感じていた。
階段を昇り終えると、壮麗な神殿が見えてきた。参拝客が大勢並んでいたので、キースたちも並ぶ。
「たくさん並んでいるな」
最後尾に並んだキースの後ろに来た青年が、キースに声を掛けてきた。逞しい体躯をした笑顔の爽やかな青年だった。
「ほんとだね。信心深い人々が多いのはいいことだよ! 俺たちは旅をしてるんだけど、あんたも旅人さんか?」
「違うよ」
「へえ! そうなんだ! 地元の人かあ! じゃあ、毎年ここにお参りに来てるんだね」
「毎年お参り……、てゆーか毎日いつでもいるよ」
「へ……?」
青年の言葉にきょとんとするキース。青年は、楽しげに笑う。
「俺は、ここに住んでいる」
「へ……!?」
「俺は、ここに祀られている神々のうちの一柱だ」
「ええええええっ!?」
キースは目を丸くした。
「か、神様っ!?」
「ああ。『奇妙王』さん」
「俺は別に『奇妙王』じゃねーって!」
キースの新しい称号をお見通しだった。
「じゃあ、『受け継ぐ者』と呼ばれる男、キース」
そう言って神様は、笑った。
「俺のことをご存知だったのか……!」
「お前と言葉を交わしてみたかった。うん。会えてよかった」
眩しいくらいの笑顔。ふと気付くと、キースの周りには誰もいない。今まで見えていた周りの風景も、皆の姿も、なにも見えなくなっていた。辺りは白、ただ純白の世界が広がるのみだった。
「旅の神様……」
「キース。お前はこの旅で、有形無形の様々な宝を手にしてきた。これからも、得るものは大きいだろう。だが……、大きな危険にも逢うだろう。強い魔の影が常にお前につきまとう」
「うん……」
「迷わず進め」
「うん……!」
うなずいてからキースはハッとする。敬語を使わなければならなかった、と今更気付く。
「は、はいっ! 神様、ありがとうございますっ!」
「ははは。今更かしこまらなくてもいいよ」
「申し訳ありません……」
「この神殿内には、吉凶を占う『みくじ』がある。でも、お前たちは『みくじ』をひくなよ」
「えっ? どうしてです……?」
「『みくじ』は、白紙になる。まだお前たちの未来が見えんのだ。魔の影が強すぎる」
「そうなんですか……」
「運命を、切り開け」
「運命……」
「自らの運命を築き上げるのだ」
「はい……!」
「旅の守りとなる力を授けよう。だが、運命を形作るのは自分の力だ……!」
「はい……! ありがとうございます!」
「光に向かってまっすぐ進め……! それから、お餅の食べ過ぎには気を付けろよ……!」
年賀状の定番文句を最後に付け加え、旅の神は眩しい光に包まれながら消えた。
気が付くと、神殿の礼拝所の前に来ていた。キースは手を合わせ、深く頭を下げる。
――旅の神様……! 本当にありがとうございます! 俺は自分の使命に従いながら、運命を切り開いていきます……! 自分のために、皆のために、確かな未来を築き上げたいと思います……! それから、お餅の食べ過ぎには充分気を付けます……!
あたたかな光に包まれた気がした。なにか、守護の力をいただいた気がした。
「お参り出来てよかったねー! あっ! あそこにおみくじがあるよ!」
妖精のユリエが、おみくじを見つけて顔を輝かせた。
「ユリエ。おみくじは止めておこうぜ」
「えっ? なんで? なんでなんで?」
「未来を楽しみに夢見ていこうぜ! 白い紙に自由に色を付けるように、自分で自分らしい未来を彩っていくんだ!」
「ふうん……?」
「ユリエはとってもいい子なんだ! いいことあるに決まってるよ!」
キースは、ニッと笑う。
旅の神様に会ったこと、おみくじをひくなと言われたことは、黙っておくことにした。皆に余計な不安は与えたくなかった。
――旅の神様! 帰り道には必ずご挨拶に来ますね……!
キースは、旅には帰り道がある、自分の旅にも当たり前のように帰り道が待っている、改めてそう強く信じるようにした。
いつの間にか雪は止み、雲間から光の柱が輝いて見えた。
「うえー。食い過ぎたー」
昼食時に、あんこ餅を食べ過ぎていた。
案の定、である。あんこなだけに、案の定。




