敵と味方、その線上
まだ日が昇らないうちに、キースとカイは外へ出る。
雪明りの中、昨日と同じ道を歩く。
キースは、辺りを見回す。
「……やはり、探しているんですね。こんなに早くは来ないと思いますけど」
キースの様子を見て、カイが呟く。
「まあ、来なくてもいいけど……、来てほしいなあー」
「昨日の今日ですし、俺は来ないと思いますよ。そもそも、油断のならない相手ですし」
二人は、シーグルトのことを話していた。
歩いているうちに、次第に民家もまばらになり――、昨日の林にたどり着いた。
「あっ……!」
思わずキースは驚きの声を上げる。林の中に佇む、背の高い痩せた男――、シーグルトの姿を認めたのだ。
「おはよー! シーグルトっち! 来てくれたんだねえ、嬉しいよ!」
キースは大げさに手を振りながら、シーグルトに近寄る。
「…………」
シーグルトは、黙ってキースを見据えていた。
「……あなたは、俺とキースが早朝ここに来ることを想定していたのですか」
カイがシーグルトに話し掛ける。当然だが、カイは「シーグルトっち」、とは言わない。
「……他の連中には知られたくない、と言っていた。それなら、朝早くか夜遅く、ここに来るだろうと思った」
「ええっ! もしかして、昨晩も来てくれてたの?」
キースがすっとんきょうな声を上げる。
「……一度請け負った仕事は、責任を持って取り組むつもりだ」
「へえー! 真面目だねえ!」
「……ふざけている時間はないんじゃないか」
「そうだねえ! みんなが朝食に集まる頃には戻らないと! じゃあ、早速だけどよろしくお願いします」
キースが挨拶をすると、隣のカイも頭を下げた。
「シーグルトさん、手合わせよろしくお願いします」
「……まだ早い」
シーグルトが静かに呟く。
「へっ!? 早い!? さっき、時間がないんじゃないかって、言ったよね!? 始めねーの!?」
「違う。お前は、まだ剣を交えることの出来る状態ではない」
「えっ?」
「しばらくは、素振りだ」
「素振り!?」
「ああ。剣術の基本だ」
「素振りって、その、『素振り』!?」
「まずは、体力と筋力、そして自分の感覚を取り戻せ。医者なら、お前にまだ運動も禁じるような状態だろう。大人しく安静にしてろ、と言いたいくらいのところだ。それでも、お前は鍛えたいというのだろう。それなら、素振りでもしていろ」
「シーグルトっち! それを言うためにわざわざ昨晩と今朝来てくれたのか!?」
「いや。ちゃんと素振りに立ち会う」
「へええ! 律儀だねええ!」
「……早く始めろ」
「はい! 先生!」
カイは「滅悪の剣」に変身し、キースは構えた。剣を持つだけで、少し体に痛みが走る。
――素振りかあ……。まあ、確かに大切なことだけどね。
キースは、シーグルトと剣を用いた、ギリギリの真剣勝負が出来ると思っていた。少し、拍子抜けした。
「いち、にい、さん、しい……」
キースが剣をふる姿を、シーグルトはただ黙って見つめていた。
最初はテンポよく素振りをしていたキースだったが、百以上も空を斬っているうちに、次第に疲れと痛みが増してきた。
「……かなり、テンポが乱れてきたな。軸もぶれてきているぞ」
シーグルトが冷静な声で呟く。
「だ、大丈夫だよっ! まだまだ、いける……!」
呼吸も乱れていた。
「……今日のところはもうやめておけ。正しくない姿勢で数だけこなしても無意味、むしろ逆効果だ」
「……くそっ……!」
キースは、自分に腹立ちを覚えた。もっと動けると思っていた。思うように体を動かせない自分が、気持ちだけが空回りしているようで悔しかった。
「……お前は人間だ。人より体力や筋力が優れているかもしれないが、魔族ではない、一個の人間だ。一足飛びにはいかない。魔族と戦うというのなら、腕力で勝負しようにも無理がある。もっと、頭を使え」
「……頭を使え……?」
「そうだ。まずは、時間を味方にしろ」
「時間を……?」
「まず優先すべきは、体の組織の回復を待つこと。そして、冷静で澄んだ精神状態を保つこと。焦っても、あがいても、よい結果にはつながらないと思え。休養の時間を、自分を育てる時間なのだと信じろ」
「……俺は、もっと出来ると思っていた……」
キースは、絞り出すような声で呟く。
シーグルトは、鋭い光をたたえた金の瞳でキースを見つめる。
「……自分を、正しく信じ続けろ」
「……正しく信じる……?」
「ただの妄信では身の破滅に繋がるが、自分の成長を正しく信じ続けろ。お前の強さは、おそらくそこにある」
「俺の……、強さ……?」
「……昨日と今日、今日と明日は同じようでまったく違う。信じる心を捨てるな」
シーグルトは、そう呟くと、キースに小さな包みを手渡した。
「これは……?」
包みの中には、黒っぽい大粒の種子のようなものがいくつか入っていた。
「滋養をつけろ」
「……ありがとう……!」
「……礼なら、ギルダウス様に言え」
「ギッ……! ギルダウス……!?」
またキースは、すっとんきょうな声を上げた。
「ああ。ギルダウス様からお前に渡すよう昨日頼まれた。……毒ではないぞ。魔族だけではなく人間にも効く、貴重な薬だ。だが、強い薬だ、いっぺんには飲むなよ」
「! 毒だなんて思わねーよ! あいつは、そんな姑息な手は使わない男だ!」
「……ギルダウス様は、本当に変わっていらっしゃる……」
呆れたように首を左右に振りながら、シーグルトはため息をつく。しかし、口元はあきらかに微笑んでいた。
「ありがとう……! シーグルトっち! あんたも相当、変わってるよ……!」
「……まったく! 自分でもそう思うよ! 私もいったいなにをやってるもんだか……!」
いつの間にか、空は明るくなっていた。日の光のあたたかさも感じる。
カイが、人間の姿に戻った。
「シーグルトさん……! 本当に、ありがとうございます……!」
「……まあ、長い人生、たまには変わったことが起こるもんさ」
「シーグルトっち! また明日の早朝、来るよ!」
「……来なくてもいい。お前が来なくとも、私は来るがな。別に、どちらにせよ私にとってどうってことはない」
赤いドラゴンが、シーグルトの傍に来た。赤いドラゴンは、なにも指示されなくともシーグルトの気持ちがすっかりわかっているようだった。
「……ありがとう……! シーグルト……!」
「…………」
シーグルトは、黙って赤いドラゴンに乗る。
「また明日! 必ず来るよ!」
「…………」
シーグルトは返事をしない。ただ一瞬、キースの青い瞳を見つめる。それから、シーグルトを乗せた赤いドラゴンは、まっすぐ太陽の方角へ飛んで行った。
キースは、黒い種子を一粒口に入れた。
「……! にっげえ! 超苦い!」
強烈な苦さに、顔をしかめる。
「良薬口に苦しって、いいますよね」
カイが、ちょっぴり気の毒そうな顔をしながら笑う。
「うーん! でも効いてきた気がするーっ!」
「いくらなんでもそんなに早く効かないでしょう」
「いーや! なんか密かにパワーアーップ!」
キースは元気に肩を回し、力こぶを作る。
「はいはい。気の持ちかたって大切ですからね」
宿屋へと戻る。明るいほうへ、歩いていく、そんな気がした。
――自分の成長を、正しく信じ続ける、か……!
冷たい風が、心地よく感じられた。
次の日も、素振りだった。その次の日も、ただ素振り。
シーグルトは、キースとカイより常に早く来ていて、黙ってキースの様子を見つめていた。
「……シーグルトっち。なんか、感想とか、アドバイスとか、なんかないの?」
キースは息を切らしながら、シーグルトに尋ねる。
「……軸がまだ安定していない」
「……それだけかあー……」
またあくる日も、ひたすら素振り。
「…………」
「…………」
凍えるような空気の中、ただ黙って剣をふり続ける。
次の日――、抜糸の日の早朝。雪が降っていた。しかし、いつものようにキースとカイは雪深くなった林に出かける。
シーグルトは、いつものように、すでに来ていた。
「おはよー! 今朝はいちだんと冷えるねえ! 今日、俺はようやく抜糸なんだ! それが終わったら出発しようと思って……」
シーグルトは、剣を構えた。
「あれっ? 今日は、剣を構えてくれんの?」
ヒュッ!
突然、シーグルトはキースに向かって斬りかかってきた。キースはとっさに身をかわし、一瞬にして「滅悪の剣」に変化したカイを掴む。
「なんも言わねーで、いきなりかかってくんのかよ!?」
「……普通、戦いとはそういうものだろう」
「やっと、剣を交えてくれんのか!」
「昨日、だいぶ素振りも安定していたからな」
そう言いながら、シーグルトは再びキースに剣をふるう。
――やっぱり速い! 雪が積もっているというのに、まったくスピードが落ちてない!
キンッ!
シーグルトの剣を、キースは「滅悪の剣」で受け止めた。
キンッ! キンッ! カッ!
雪の中、鋭い剣の光が走る。まるで火花が散るようだった。
――速い! 受けるのがやっとだ……!
上から、横から、下から。縦横無尽にシーグルトの剣が襲い掛かる。
カッ!
「くうっ!」
体勢を崩したキースの「滅悪の剣」を、シーグルトは払いのけた。
「……三割だな」
シーグルトは、剣先をキースの鼻先に突き付けながら呟く。
「三割……?」
シーグルトは剣を引っ込め、鞘に納めた。
「お前の真の実力まで、まだ三割程度しか回復していない。まあ、短期間で驚異的な回復力だよ」
「……思いっきり負けたけど、俺、褒められてるとこなの?」
「もちろんだ。欲張るな」
「フクザツー」
キースは、子どものように口を尖らせた。
「ギルダウス様にも報告しておく」
「よろしく言っといてー! あっ! あの激マズの種、めっちゃ助かったよ! よーくお礼言っといてくださーい!」
カイが、人の姿に戻る。
「シーグルトさん。本当にありがとうございました。この後も……、あなたは俺たちの後をついてくるんですよね……?」
「ああ。不本意ながらな」
キースがなにかを思いついたように、顔を輝かせた。
「そうだ! シーグルトっちも俺たちと一緒に旅をする? みんなにはうまく言っとくからさあ!」
「冗談を言うな! 断る!」
シーグルトは即座にキースの提案を却下した。
「そっかあ……。残念―。でもまあ、たまにはまた剣の相手をしてくれよ」
「……過分に代金をもらってしまったからな……」
ため息をつきながら、シーグルトはうなずく。ただ、その様子はまんざらでもないようだった。
「ありがとな! シーグルトっち! じゃあ、また……!」
「……無理はするなよ。傷の悪化が原因で死なれでもしたら、ギルダウス様が落胆なさる……。キース。では、またな……」
シーグルトは、赤いドラゴンに乗り、空へ舞い上がっていった。
「カイ! 聞いたか!? シーグルトっちが、初めて俺の名を呼んでくれた……!」
キースは思わずカイの両肩を掴み、笑顔で叫ぶ。
「……はい。まあ、呼んでましたね」
呆れ顔のカイ。
「やったあ! なんか嬉しーぜ!」
キースは体を少し屈め、ガッツポーズをとった。認められたようで、心底嬉しいらしい。
「敵でもなければ味方でもない……。まったく……、不思議な関係ですね」
カイは肩をすくめる。
「いいじゃん! 長い人生、変わった関り合いってのも、おおいにアリだと思うよ!」
「……先が思いやられるなあ……」
ため息をつくカイ。しかし、カイも笑顔だった。
「じゃあ、カイ、そろそろ俺らも帰りますか!」
「そうですね」
「帰ったら抜糸かあー! ようし、抜糸の糸で縫物でもしちゃおうかしらー!」
キースがくだらない冗談を言う。
「糸を取ってもらったからって、あまり調子に乗っちゃ駄目ですよ。あなたは調子に乗ると、糸が切れた凧みたいに暴走するんですから」
「おっ! カイ、うまいこと言うねえ! なにはともあれ、もうすぐ出発だあー!」
雪は小降りになり、雲間から朝日が差す。
キースとカイは、笑顔を交し合いながら、宿屋へと足を急いだ。




