風の剣士
「キース! なにを考えてるんです!?」
シーグルトに財布を投げつけたキースを見て、思わずカイは叫んだ。
「……なんのつもりだ」
キースの財布を反射的に受け取ったシーグルトは、キースを鋭い金色の瞳で睨みつけた。
「あんたに頼みがあるって言っただろ」
キースは挑戦的な笑みを浮かべる。
「……誰もお前の依頼を請け負うなんて言ってないぞ」
「ふふ。これからの時代、商売は、手広くしなくっちゃ!」
「…………」
キースの真意を読み取ろうと、シーグルトはただじっとキースを見据える。
「……わけがわからん」
シーグルトは、首を左右に振った。
「……職業柄、長年色々な連中を見てきたが、お前みたいなやつには初めて会う。なにを考えているのか、どういうつもりかさっぱりつかめん」
シーグルトは、相手の些細な表情の変化、仕草、姿勢、声色、それらから感情を読み取る術に長けているつもりだった。しかし、キースと対峙している今、キースの意図を、シーグルトはまったく理解出来なかった。
「あんたを見込んで、頼みたいことがあるんだよ」
シーグルトは、キースやその周りの連中と、なるべくならば関わりたくないと思っていた。しかし、相手の心理がさっぱりわからない。そうなると、今度は妙に気になってくる。
「……用件を聞くだけ聞いておこう。なんだ」
「あんたは、自分をただの商売人と称してるが、かなりの剣の使い手だな」
キースは、シーグルトの鋭い光を放つ金の瞳を、まっすぐ見つめながら逆に問いかけた。
「……どうしてそう思う」
「ちょっとした動作や鋭い視線の運び、足さばきでわかるよ。宗徳から素早く身をかわしたところとかね」
「……だとしたら、なんだ」
シーグルトの今までの経験上では、このくらい相手と向き合う時間があれば、相手の言いたいこと、思惑が少しは見えてくるところだった。しかし、まだキースの考えが――、依頼とやらが、まったくわからない。シーグルトは、キースの次の言葉を待つ。
「……頼みたいこととは、いったいなんだ」
キースは、ニッと笑った。
「俺の、剣の相手になってくれないかな」
「なに!?」
「キース!」
シーグルトもカイも、一様に驚いた。
「俺の剣の練習に、付き合ってくんないかな、と思って」
「なにを言っている……!?」
「言葉の通りだよ。その金で、剣の相手になってくれ」
「なにを……!」
「ほら、あんただってそのほうが俺の回復具合がわかっていいじゃん? 実際剣を合わせてみたほうがギルダウスに正確な報告が出来るだろ? 金も入るし暇つぶしになるし、あんたにとっていいことづくめだろ?」
「キース! 本気ですか!?」
思わずカイが叫んだ。
「俺は本気だよ。だから前払いにした」
「な、なにを言っている! お前はあのギルダウス様と渡り合ったと聞く! そんなお前の剣の相手に、私が務まるわけがなかろう!」
「俺は、怪我人だよ? それに、俺はあんたに絶対に怪我を負わせない。だが、あんたは俺を負傷させてもいい。その約束でどうだ?」
「ば、ばかげている……! 第一、お前には仲間がいるだろう! 剣の相手なら、仲間に頼めばいいじゃないか!」
「宗徳は優しいから、絶対断ると思う。たとえ了承してくれたとしても、かなり手加減しちゃうと思うんだよねえ。それじゃあ鍛錬にならない」
「断る!」
「えっ!? 断る? もしかして、あんたも優しいの? 優しいから俺の頼みを断っちゃうの? 俺の体を心配してくれるの?」
「ふざけるな!」
「……やってみたいと思わない? あんたも剣の使い手ならさあ」
キースはシーグルトを見つめながら、挑発的に笑う。
「……私の剣は、逃げるための剣だ。相手を倒すためではない。その場から逃げおおせることが出来れば、それでいいという剣だ。別に私は剣士ではない」
「商売人でしょ? ギルダウスに、質の高い情報を提供できるように、やってみるほうがいいと思うんだけどねえ!」
「…………」
「それじゃあちょっと、俺は今から、人気のない林の中とか行ってみようかなあーっと! どうせ、ついてくるんでしょ?」
キースは、再び前を向き歩き出した。シーグルトがついてくると信じて。
「キース! いいんですか!? まだ傷口が……! それに、あの男がどんな危険な相手かも……!」
カイがキースの隣を歩きながら、早口で問いかけた。
「うん。やってみたい。たぶん、あいつは信頼のおける男だ」
「どうしてそう思うんです!」
「んー、なんていうかなあー。妙な技を使うし不気味な雰囲気だけど、正直だし、ちゃんと一本筋が通った感じがする。それに、どうせ尾行はやめてくんないだろうから、それなら有効活用したほうがいいかなって」
「有効活用って……!」
「カイは……、嫌か? 練習試合の対戦相手として、向かないと思うか?」
「……俺に嫌も好きもないです。相手を殺す目的でないのなら、なおさらです。相手を選り好みする気はありません。ただ、キースを守り、勝利に導くために全力を尽くします。言ったでしょう? 手足のように使ってください。俺は、キースを信じています」
「ありがとう……!」
すっかり雪の積もった林の中にたどり着く。少し木々のまばらなひらけた場所に着くと、キースは振り返って笑いかけた。
「やっぱりちゃんとついてきてくれたねえ! 練習、付き合ってくれんだろ?」
「……お前、剣がないようだが……、まさか……?」
シーグルトは、キースの問いには答えず、キースの隣にいるカイを見つめた。
「そう! そのまさか! 隣にいるこいつが俺の相棒、俺の剣だよ!」
「……魔剣か……!」
「そう! 俺もカイも、負けん!」
キースのダジャレはほっといて、カイはすぐさま剣――、「滅悪の剣」に変身し、宙に浮いた状態になる。キースは、派手に無駄なアクションを取り入れながら、「滅悪の剣」を手に構えた。
「さあ! よろしくどうぞ!」
「…………」
シーグルトは、静かに剣を構えた。一風変わった構えだったが、無駄のない動きだった。
――思った通りだ……! この男は、強い……!
シュッ!
風のような速さで、いきなりキースに斬り込んできた。
――うっ!
キースはシーグルトの剣をなんとかかわした。シーグルトの剣が、光の軌跡を残す。
――速い……! そして……!
シュッ、シュッ、ヒュンッ!
シーグルトの剣が、かまいたちのように素早く何度も襲い掛かる。
――なんて変幻自在な剣筋なんだ……!
キンッ!
キースは「滅悪の剣」で、突き上げる突風のようなシーグルトの剣を受け止めた。
「うっ……!」
キースの傷口に、ずしんと衝撃が走る。
「ほう……。私の剣でも傷口に響くようだな」
スッ。
シーグルトは、自分の剣を引っ込めた。
「……さっき言った通り、私の剣は逃げ延びるための剣。速さにだけ特化した剣術だ。重さはさほどない、いわば軽い剣。少し剣を合わせただけで、そのように支障が出るようではまだまだ、お前は、剣をふるえる状態ではない」
「なにをっ! 大丈夫だよ! 久しぶりでちょっと腕が鈍ってるだけだ……!」
「お前の足さばき、身のかわしかたも、おそらく本来のお前の動きとは程遠いはずだ」
「…………!」
キースは唇を噛みしめた。
「まあ、確かめるまでもないことだったな」
シーグルトは、剣を収めた。そして、キースの財布を投げ返した。
「まったく、お遊びだよ。くだらない、遊びだ。こんなお遊びを私の仕事のひとつにしてしまったら、私の名折れだ。金は、返すよ」
シーグルトは、ふっと笑った。
「それに、うかつにこんな金を受け取ってしまったら、また対戦してくれなどと言い出しかねないからな」
キースは、シーグルトに再び財布を投げた。
「なにをする!」
「また対戦してくれ」
「だから、受け取れんと……!」
「あんたともっと剣を交えてみたい」
「……お前が本調子に戻ったら、私などお前の敵ではない。金の無駄使いだ」
「そんなことねえ! あんたの剣、すげえと思った! もっと見せてくれ!」
キースは、シーグルトの金の瞳をまっすぐ見つめた。
シーグルトは、大きなため息をついた。
「まったく……! なにを言い出すのかと思えば……!」
「ギルダウスの依頼は、俺の観察だろ? 俺の依頼は剣のリハビリ! 別に義理を欠くわけじゃねえと思う! なあ! あんたの気の向いたときでいい! 退屈しのぎでいいから……! あっ! でも、みんなには秘密にしたいから、俺とカイだけのときに限るけど……、頼む! 俺の剣の相手になってくれ!」
シーグルトは、またため息をつき、首を左右に振った。
手にしたキースの財布に視線を落とすシーグルト。
キースは、祈るような眼差しでシーグルトの様子を見守る。
「…………」
シーグルトは、キースの財布を自分の眼の高さまで掲げた。
それから、それを自分の懐に入れる。
「……! 請けてくれるのか?」
シーグルトは、相変わらずキースの問いには答えない。しかし、ゆっくりと口を開いた。
「……私の名は、シーグルトだ」
シーグルトは、キースの青い瞳を見つめ、根負けした、といった感じで――、笑った。
「シーグルト……! ありがとう……!」
思わずキースも顔を輝かせた。シーグルトは、視線を逸らす。
「別に礼を言われるようなことはしていない」
「いつまでも『あんた』、『お前』って呼びかたじゃあ、まるで長年連れ添った夫婦みたいで、なんだか気持ち悪いからね! さっきも言ったけど、俺はキースだ!」
「くだらん冗談を……!」
「シーグルト! 俺は今まで師についたことはない。あんたは俺の師匠だね!」
「私が師だと!? よしてくれ! 冗談じゃない、虫唾が走る!」
シーグルトは、早口で叫んだ。そんな言葉は一刻も早く打ち消したい、といった感じだった。
いつの間にか、赤いドラゴンが近くに飛んできた。シーグルトはひらりと飛び上がり、ドラゴンの背に乗る。
「ありがと、またねーっ! シーグルト! シーグルト先生―っ!」
手を振るキースを一瞥すると、何も言わずシーグルトとドラゴンは空へ飛んで行った。
しかし、キースにはわかっていた。シーグルトは、契約を、約束を守る男だということを。シーグルトは、請けた仕事は必ず遂行する。
「……カイ。あれ、照れてたのかなあ?」
人の姿に戻ったカイに、キースはシーグルトが去って行ったほうを指差しながら、笑いかけた。
「知りませんよ」
カイは、呆れ顔だ。
「まったく……、あなたという人は、本当に底が知れませんね」
「ん?」
「……敵の心まで自分の側に引き寄せてしまう。あなたみたいな人を、『人たらし』って言うんですよ」
カイが、肩をすくめた。
「そうかあ?」
キースにはそんな自覚はない。
「……アーデルハイトさんが、そろそろ心配し始めるんじゃないですか……?」
「あっ! そうだな! もう戻るか!」
来た道を戻る。雪の白さが、眩しく見える。足取りは、来た時よりも軽やかだった。
――シーグルト! あんたは誠実な商売人なだけじゃない、立派な剣士だよ!
まるで風のように素早い、風の剣士、そうキースは思った。
キースは、体の中に戦士としての血がたぎるのを感じていた。




