依頼
「ちょっと買い物に行ってくるよ!」
キースは、宿屋の食堂でくつろいでいたアーデルハイトと妖精のユリエに声を掛ける。キースは、カイと二人だけで外出するつもりだった。宗徳とミハイルはすでにそれぞれ出掛けていた。
「あっ、それならキース、私たちも一緒に……」
アーデルハイトが椅子から立ち上がり、言い終える前に、
「じゃっ! 行ってきまーす!」
キースはアーデルハイトの言葉が聞こえなかったふりをして、急いで食堂を出た。
外は、雪がちらほら飛んでいた。宿屋の門の影に、こちらをうかがう人影があった気がした。キースは、ちらりとそちらのほうを見たが、もうすでに誰もいなかった。少し違和感を覚えたが、通行人をただ目の端に捉えたのだな、と思う。これから仕事へ向かう人たちなのか、人通りは多かった。
キースは、すっかり雪の積もった道を脇目もふらず歩いていく。
「キース」
隣を歩くカイがキースに話し掛ける。寒さで息が白い。
「……わざとですね」
「えっ? な、なにが?」
「アーデルハイトさんが、一緒に行くって言うのを、わざと聞こえないふりをしましたね」
「…………」
その通りだった。
「……買い物じゃないですね」
「……ああ」
「アーデルハイトさんやユリエに心配かけないように、ですね」
「……ああ」
「早く体を動かしたいんですね」
キースは少し、歩を緩めた。
「……まあね」
まったく、仕方ないですね、と言いたげにカイは肩をすくめる。
「……俺は、止めませんよ。ただ……。無理はしないでください」
カイの反応を、ちょっと意外、と思いながらキースは笑みを浮かべた。
「……カイ。ありがとう」
曲がり角を曲がり、細い路地に入る。まったく土地勘がないので、二人は適当に歩いていた。自然と足は人気のないほう、林や山のほうを目指していた。細い路地は除雪が進んでおらず、足が深い雪に沈む。
「……キース」
ゆっくりと、吐き出すようにカイが話し掛けた。
「ん?」
カイは、前を向いたままだったが、真剣な表情であることがわかる。
「……戦うとき、俺のことを案じるのは止めてください」
「…………」
「俺は、武器です。剣です。俺を、信頼してください」
「…………」
キースは、足を止めた。カイもその場に立ち止まり、キースの顔を見つめた。
「戦うとき、剣が折れるかどうか心配しながら剣をふるう剣士がいますか? そういう余計なことに気を取られるのは、止めてください!」
強い口調だった。
「……余計なことじゃねえよ。俺にとって、大事なことだよ」
「またそう言う!」
ギルダウスと戦っている最中にも、キースは同じことを言っていた。
「いいですか、キース! そのせいで、実際あなたは体勢を崩してしまったではないですか!」
カイは、叫んでいた。カイの声は、少し震えていた。
「……怒ってんのか?」
「怒ってません! 怒る……、というか……」
カイは、キースの視線を避けるように、とっさにうつむいた。
「……お前は、俺がお前の力を、剣としての資質を信用してないって思ったのか? それが悔しかったのか……? それなら、誤解だよ。俺は、お前を深く信頼している」
キースはカイをまっすぐ見つめ、きっぱりと言い切った。
「いえ……。俺は、悔しかったんじゃなく……」
カイは、うつむいたまま首を振った。
「悔しかったんじゃなく……?」
「……俺はただ、あなたが心配なんです」
カイは顔を上げ、改めてキースを見つめる。カイの黒い瞳は、涙で潤んでいた。
「……あなたの優しさは、きっと救いになると、以前言いましたよね? でも、ときには、同時にその優しさがあなた自身を、そして周りを危険に追い込んでしまうこともあるかもしれません。だから……、冷静でいてほしいんです。優しさによって身を滅ぼすこともある。それだけではなく、優しさによって、誰かが傷ついてしまうこともあるかもしれない……、そうなったら、あなたは自分を深く責め続けるに違いありません。あなたにとって、自分のことより他者の苦しみを間近に見てしまうことのほうが辛いことだろうと思います。俺は、あなたにそんな思いはしてほしくありません」
「カイ……!」
「あのとき、あなたが集中すべきことは、ご自分の感覚と相手の動き。俺のことは、あきらかに余計です。そのせいで、あなたが劣勢に立つとしたら、本末転倒、俺はそんな優しさはいりません」
「カイ……」
「……戦いは、一瞬が勝負です。後で悔やんでも、遅いんです。どうか、ご自分の一瞬を大切にしてください……!」
「カイ……! ごめん……」
「いえ……。キース……」
カイは、涙をぬぐって微笑んだ。
「キース……。俺のこと、気遣ってくださってありがとうございました。でも、本当に、戦闘中俺のことに心を配るようなことは一切しないでください。俺は俺で全力を尽くします。だから、キースはただ俺を信じて、己の感覚に集中してください」
「……うん……。わかった。ごめん……。カイは、俺を心から信じてくれてるんだな……」
「はい! もちろんです。だからあなたは俺を、ご自分の手足と同じと思って、存分に使ってください」
「カイ。ありがとう――」
キースは、ギルダウスの戦いで、カイがかなり疲弊してしまい、危険な状態に近かったことを知らない。カイは、そのことだけは絶対にキースに伝えないつもりだった。皆にも、伝えないよう懇願した。この先どんな熾烈な戦いがあろうとも、カイは自分の状態をキースに悟られないように振舞う覚悟をしていた。たとえ己の身が滅びようとも、自分を使って、全力で戦って欲しいと願う。
キースは、カイと話しながら、背後の違和感を察していた。決してカイの話に集中していなかったわけではない。通常の感覚とは違う感覚が、キースに警告を発しているようだった。
「カイ……。ところで……。あの家の角を曲がったら、ちょっと足を止めるぞ」
キースはカイに小声でささやく。
「どうしました……?」
「……さっきからずっと、後をつけられているようだ」
キースとカイは気付かないふりをし、変わらぬ歩調で角を曲がった。
民家の塀にぴったり身を寄せ、キースはそっと来た道を覗いてみた。
音はまったくしなかった。ただ、路地に積もった雪が、人の足の形にへこんでいる。
一歩一歩と足型だけが雪の上に付く。まるで、透明な人間が歩いて来るようだった。
「おいっ! 誰だ!? ギルダウスか!?」
キースは、謎の足型の前にいきなり飛び出した。
「……おやおや……。思ったより鋭いな。私の術を見破るとは……」
すうっと姿を現したのは、一つ目の描かれた黒いフードを被った、背の高い痩せた男――、シーグルトだった。
「あんたは……!」
キースは、そこでいったん言葉を飲み込んだ
「ええと……。誰だっけ」
お互い名前を知らなかった。
「えーと。商売人って言ってたな。またギルダウスに頼まれたのか?」
「……ギルダウス様もまったく酔狂なかたで……。私はお前などにもう関わるつもりは毛頭なかったのだが……」
シーグルトは残念そうに首を振る。
「俺の名はキース。あんた、名前は?」
「私の名を知ってどうする」
「どうもしない」
「別に必要なかろう」
シーグルトは名乗るつもりはないようだった。
「で、ギルダウスはなんだって? もう俺と再戦したいってか?」
「いや……。ギルダウス様は、ただ……」
「ただ……?」
シーグルトは、ため息をついた。
「……お前の回復具合を時々報告せよ、とお命じになった」
「はあっ!?」
「まったく……。こっちが『はあ!?』だ。まさかギルダウス様が、こんなに物好きなかただとは思わなんだ。人間は、回復に時間がかかるようだから、回復具合を逐一教えろ、とのことだ」
シーグルトは、またひとつため息をついた。大きなため息。
「なんだそりゃ!?」
「……そして、完全に回復したようなら、居場所を教えろ、とおっしゃっていた。ギルダウス様は、お前が元気になってからお前を始末したいそうだよ。まったく――! 酔狂にもほどがある……!」
「へええ!?」
「なるほど……。ギルダウスは、キースが完全な状態のときに改めて戦いたい、そう願っているのですね。そして――、ギルダウスのほうの傷はもうすでに癒えている」
カイが冷静に呟く。
「つまり、私は見張り役というわけだ。ふふ……、ちょっと迷惑かな? だが、私を殺してもなんの解決にもならんぞ。ギルダウス様は、もう私を使わなくともお前を探し出せるはずだ」
「別に……、迷惑じゃないよ。あんたは俺らに手出しする気は毛頭ないんだろ?」
「ああ。もちろんだよ。なるべくならば、関わりたくないと思っている。まあ、邪魔にならないよう見張るから、気になるだろうが私のことは気にしないで大目に見ておくれ」
シーグルトの腰には細身の剣が下げられていた。キースはその剣を見つめながらも、シーグルトの話に嘘はないと思った。この男は、あくまで依頼主、ギルダウスに頼まれた仕事に専念するだけで、それ以上のことはするつもりはないだろう、関わりたくないのは間違いなく本心なのだろうと、今までのシーグルトの話しぶりからも察しがついた。
「……あんたは、商売人って言ったな」
「ああ。私は、しがないただの商売人さ」
キースは、シーグルトに向かってある程度の金額の入った財布を投げつけた。
「なにをする……!?」
「あんたに、頼みたいことがある」
キースは、シーグルトをまっすぐ見つめ、笑いかけた。




