第8話 四きょうだい、三兄弟、八十八きょうだい
岩間から差し込む日の光を受け、無数の水晶の柱が輝いている。
キースは、アーデルハイトをまっすぐ見つめた。
「アーデルハイト。予言に出てくる魔法使いについて、なにか思い当たる節でもあるのか?」
「え……」
アーデルハイトのエメラルドグリーンの瞳は、動揺の色を隠せない。
「きゅーん……」
ドラゴンのゲオルクが、アーデルハイトに頬を寄せる。
「……大丈夫よ。ゲオルク……」
アーデルハイトはゲオルクの首の辺りを撫でてあげた。
キースはひとつ、小さなため息をついた。
やはり、アーデルハイトの事情に深く関する事柄か――。
「いいよ、アーデルハイト」
「えっ?」
驚いた様子のアーデルハイトに、キースは優しい微笑みを向けた。
「いいよ。話さなくても。色々、あるんだろ? まあ、抱えている荷物が重くなりすぎたら、俺でよかったらいつでも聞くよ。でも無理に話すことはない。ごめんな。変なこと訊いて」
「キース……」
妖精のユリエは、ペガサスのルークのブラッシングに余念がない。手紙を渡したこと、アップルパイについて熱く語ったことで、自分の責任は果たしたと思っているようだ。
キースは自分の腰に差した剣に、視線を落とす。
カイが起きないことには、詳しいことはわからないかもしれないな――。
キースは剣に、そっと触れた。
ひいじいさんの剣、そして今は俺の剣――、カイ。俺の相棒――。
相棒、と考えたところで、ハッとする。
次にカイと話ができるのはいつだろう……? てゆーか、俺、カイとまともな話、してねーじゃねーか!
「女好きでほんのりエロい宣言」、「雑誌の袋とじは手で開ける誓い」――、残念な話しかしていなかった。
「……カイ。すまん。せっかくお前の顔が見られたのに、俺、アホな話しかしてなかったな」
眠っているカイに向け、キースは思わず独り言のように呟く。
キースの耳に返ってくる、穏やかな声。
「いいえ。わかってますから。今更大丈夫です」
「わかってますから今更大丈夫って、どーゆーこと……、ん!?」
気付けば目の前に、柔らかな笑顔の、小柄な美しい青年――。
「カイ! もう目覚めたのか!?」
「はい。おかげ様でだいぶすっきりしました」
「カイ! おはよー!」
ユリエが羽をはばたかせ、素早くカイのもとに飛んできた。
笑顔を交わすカイとユリエ。キースは、早く知りたいとばかり、質問をカイにぶつけていた。
「カイ。北の巫女の予言について教えてくれ――。俺がノースカンザーランドに行くことは、やはり予言と関係があるのか?」
あの不思議な夢――。あれはやはりただの夢ではないのか?
繰り返し見続ける、銀の髪の美しい乙女の夢。キースはそのとき、不思議な彼女の夢を思い浮かべていた。
水晶の明かりの中、カイは、静かにうなずく。
「はい。でもその前にまず、俺たちのことについて話をさせてください」
「俺たち?」
「はい。遠い昔のノースカンザーランドの大魔法使い、ヴァルデマー様により魂をもらった、俺たちきょうだいについてです」
遠い昔のノースカンザーランドの大魔法使い、ヴァルデマー……?
初めて聞く名前、初めて聞く話だった。
そういえば、俺、ノースカンザーランドの話、なにも知らねー……。
「えっ!? もしかして伝説の大魔法使い、ヴァルデマー様!?」
アーデルハイトが、声を上げた。アーデルハイトは、よく知っているようだった。
「はい。そうです」
キースは、アーデルハイトを改めて見つめる。
「アーデルハイト。ヴァルデマーって魔法使い、知ってるのか?」
「ええ……。魔法使いの間で、偉大なる伝説の魔法使いとして有名だわ。でも、詳しいことは隠されていてわからないの」
「隠されている?」
カイが、アーデルハイトに代わって説明する。
「はい。ヴァルデマー様は、自分の功績はなるべく隠すようにしていらっしゃいましたから。特に、俺たちきょうだいのことは――、妹を除いて――。絶対に知られないよう厳重にガードの魔法をかけていました」
「妹を除いて?」
「俺たちの妹、『清めの鈴』のセシーリアです」
「『清めの鈴』のセシーリア?」
「はい。キースさん、あなたの夢によく現れる銀の髪の少女――、彼女です。彼女が俺たちの妹です」
「えっ!?」
『助けてください――』
繰り返しキースの夢に現れる、会ったこともない謎の乙女。
「あの、銀の髪の……! って、えっ!? どういうことだ!? カイは俺の夢も見ることができるのか!?」
「いえ。そういうわけではありません。俺たちきょうだいは、強い想念であれば、遠く離れていても通じ合えるのです。特に、セシーリアは隠されているわけではないので、鮮明にわかります」
あの美しい少女は、セシーリアというんだ――。夢ではなく、本当に、俺に助けを求めていた――。
それにしても、とキースは思う。隠されている、隠されていない。奇妙な表現が、いったいどういうことなのか、気になっていた。
「カイ。隠されている、とは? そして、セシーリアだけ、どうして隠されていないんだ?」
「悪しき者から、大きな力を狙われないようにするためです。しかし、セシーリアは、悪の野望から遠い存在。神聖なセシーリアの力は、悪にとっては逆に忌むべきもの。悪に狙われることはないのです」
「神聖な力――」
カイは、微笑んでうなずく。妹を、心から誇りに思っているようだ。
「セシーリアは、ノースカンザーランドの北の神殿で、清めの儀式の鈴として、今でも北の巫女様に仕えています。彼女は、場を清める強い力を持ちます。誕生からずっと、ノースカンザーランドの平和のために貢献しているのです」
不思議な話だった。アーデルハイトも、瞳を輝かせつつ、耳を傾けている。
カイの打ち明けてくれた話を頭の中で整理するようにうなずいてから、アーデルハイトは、キースに尋ねた。
「キース、あなたはそんな不思議な夢を見ていたの――」
「ああ。夢の中で彼女が俺に助けを求めていた。それで俺は、ノースカンザーランドへ行くことにしたんだ」
「キースがノースカンザーランドを目指していたのは、そういうわけだったの……!」
『どうか、ノースカンザーランドへ――』
「ただの夢かもしれない。でも行くしかないって思ったんだ。まあ、旅に出てみたい、広い世の中を見てみたいという思いはあったから、旅に出る口実って部分もあったんだけどね」
「――口実――」
アーデルハイトが、キースの言葉をなぞるように呟いた。
カイが、微笑みをたたえたまま、首を横に振る。
「いえ。キースさんは純粋に助けたいと思って動いてくださいました。俺にはわかります――。俺の妹のために――。本当にありがとうございます」
「セシーリア、元気かなあ。早く会いたいなあ! ねえ、ルーク!」
今まで黙っていたユリエが、ルークに話しかける。ルークもセシーリアの名を聞き、すぐにでも会いたいとでもいうように、背中の大きな翼を羽ばたかせた。
ユリエとルークの嬉しそうな様子を見て、キースは思い出す。先ほどカイは、セシーリアのことを「俺たちの妹」、と説明していた。他にもきょうだいがいるという意味なのでは、とキースは思いいたる。
「カイのきょうだいって何人いるんだ?」
カイは剣だしセシーリアは鈴だし、「人」って言い方も変かな、と考えたが、でもあえて「人」と呼びたい、とキースは思った。
「『退魔の杖』のコンラード、『知恵の杯』のラーシュ、そして俺――、『滅悪の剣』のカイ、それから『清めの鈴』のセシーリア、です」
カイの不思議なきょうだいたちの呼び名を聞くやいなや、キースは立ち上がり胸を張った。
「四人きょうだいかあ! 俺は三兄弟、『イケメン三兄弟』のキース!」
正義のヒーローの「名乗りシーン」よろしく、腕を大きく振ってから斜めに止め、謎のポーズを決めながら。
「……こらこら。どさくさに紛れて余計な話をぶちこまないように」
アーデルハイトが、すかさずツッコミを入れる。
「……キースさん。俺に名乗らなくても知ってますよ。俺はずっとあなたと一緒にいたんですから……。俺はあなたのお兄さんたちも知ってます」
「あ。そうだった」
ついカイとは初対面のような気がしてしまう。
「でも! 俺はあえて名乗らせてもらう! 俺は『イケメン三兄弟』、三男キース!」
もう一度ポーズを決める。今度は、両手の指を曲げて相手に向け、飛び掛かるヒョウのようなポーズ。
「なんであえて名乗るかな」
アーデルハイトがキースの頭に縦にチョップを入れる。縦に。
「私! 私は八十八きょうだいよ!」
ユリエが突然名乗りを上げた。それからユリエはなにかルークに話しかける。
「……ルークは七きょうだいだって! アーデルハイトは?」
「え。私は姉と私の二人よ」
笑顔のユリエに訊かれ、つい素直に答えるアーデルハイト。
「数では私の圧勝ね! やった!」
数の勝負らしい。
「いつの間に競争になってたんだ……。よかったな、ユリエ。ここに魚がいなくて。魚がいたら、お前負けてたぞ」
「ええーっ!」
わけのわからないところでショックを受けるユリエ。
「……なんの話してたっけ」
「…………」
一瞬沈黙が流れた。
「あっ! きょうだいだ! カイのきょうだいの話!」
「……そうでした」
カイまで忘れていた。カイは気を取り直し、話を続けた。
「……俺たちきょうだいは、ヴァルデマー様の依頼によりノースカンザーランドの名匠、オースムンの手によって創られました。そして、ヴァルデマー様が俺たちに魂を入れてくださったのです」
まるで物語のような話だった。キースは目を丸くした。
「へええ。でもなんで杖、杯、剣、鈴なんだ?」
「……ノースカンザーランドの最北部の山、スノウラー山に住んでいた怪物たちを倒すためです」
「怪物たち!?」
「はい。スノウラー山には恐ろしい怪物たちがいたのです。年に約三日だけ、怪物たちは人々を襲いに街へ来ていました。年に三日のことではありますが、人々はずっと怪物に怯えて暮らしていました」
「年に三日……?」
年に三日だけ襲いに来るって、どういうことだろう?
「スノウラー山の周りは、一年中厚い雪雲に覆われ、辺り一帯強い吹雪で遮断されているような状態にあります。しかし不思議なことに年に三日間だけ、雪雲が晴れ吹雪が止むのです。その吹雪が止むと、怪物たちは山から下りてきて大勢の人々を襲い、農作物を荒らしていく――。そして、吹雪が始まる前に怪物は山に帰っていくのです。毎年三日のことではありますが、その被害は甚大で、長い間ノースカンザーランドの深い悩みの種でした。ヴァルデマー様は、その怪物たちを倒すために俺たちを創ったのです」
「ノースカンザーランドは不思議な国で、神秘的な力の働く場所が色々あるし、魔法使いも多く輩出されていると聞いていたけど――」
アーデルハイトが驚きの声を上げる。ノースカンザーランドの噂は、遠く離れたアーデルハイトの故郷まで届いていたようだった。
「ヴァルデマー様は、『退魔の杖』のコンラードを持ち、北の巫女様は『清めの鈴』のセシーリアを持ち、怪物退治に向かいました。そして怪物退治に加わる兵士全員が『知恵の杯』のラーシュで飲み物を飲んで怪物に立ち向かうための戦術を得ました」
「もしかして……」
「もちろん、『滅悪の剣』の俺を持つのは、エースさん――、あなたのひいおじい様です」
「それが、『あの戦い』よ」
ユリエがキースの青い瞳を見つめた――。そこに、エースの面影を見ていたようだった。