遭遇
山裾の集落。若い夫婦と幼い女の子の住む一軒家。
「本当に、親切な旅人さんたちだったわね」
若い母親が、ベッドに眠る幼い我が子の髪を優しく撫でながら呟く。娘の熱は、すっかり下がっていた。
「ああ。とてもいい人たちだった。本当に……、本当に助かったよ」
若い父親も、笑顔で呟く。
「あの人たちの旅が、安全で楽しいものだといいわね」
「そうだね。あの人たちが、無事で元気に旅を続けられるよう、祈ろう」
「そうね……。あの人たちの旅が、よい旅でありますよう――」
幼い娘が目を開けた。
「あらあら。ごめんね。せっかく眠っていたのに、起こしちゃった……?」
「おかあしゃん……」
娘は母親にしがみついた。
しっかりと、抱きついていた。
「大丈夫よ。お母さんもお父さんも、ずっと一緒にいるよ」
「また具合が悪くなったのかな」
心配そうな父の視線に、娘は首を左右に振った。
しかし、娘は母親の胸から離れない。
「夕方だから、心細くなっちゃった……?」
窓辺から夕日が差し込んでいた。落日の、赤――。
すっかり傾いた日の光で道路の雪がほのかに赤く染まっていた。
キースたちは、宿屋を探して町を歩いていた。キースはペガサスのルークを脇に従え、肩には小さな妖精のユリエが座っていた。
キースたちにとっては、なんの変哲もないいつも通りの光景、ただ普通に歩く姿だった。
「ペガサス」と「妖精」。
その組み合わせに注目する者がいるなど、誰が気付くであろうか――。
ただならぬ、視線を感じた。
「おやおや……! これはこれは! こんなに早く、わかりやすく出会えるとはねえ!」
聞き覚えのない男の声。キースは振り返る。
「誰だっ!?」
キースたちの後ろに立っていたのは、男と赤いドラゴンだった。赤いドラゴンは、男に飼われているもののようだった。
男は、フードを目深に被り、背が高く痩せていた――、黒いフードに描かれているのは「一つ目」だった……!
「あ、あなたはっ!」
アーデルハイトが男を見て叫んだ。夢で見た、一つ目の男――!
「おや? お嬢さん、この私をご存知か……?」
一つ目のフードの男――、シーグルトはニヤリと笑った。
「気を付けてっ! この男は私が夢で見た――!」
「ほう? お嬢さんは私を夢で見たのか。それは光栄だ。お嬢さんは魔力をお持ちのようだ。夢で私を感知する、それはつまり、あんたらの中に私の探している者がいるという印だな……?」
シーグルトは被っていたフードを取った。フードから、黒く長い髪が流れるように現れた。鋭い、切れ長の目が怪しく光る。
「なあ。『北の巫女の予言の者』とやら……!」
シーグルトは、キースをまっすぐ見据えた。射貫くような、金色の瞳。
「貴様がクラウスの手下か!」
キースが叫んだ。
「クラウス……? そんな者は知らないなあ。それに私は手下などではないよ。ふふ。私はしがない商売人さ」
「……商売人?」
「そう。私はただ依頼を受けただけ――」
宗徳が刀を抜き、シーグルトめがけ駆け出した。
「おや! あんたらは人殺しをするのかい? なにも罪を犯してない人間に刀を向けるのかい?」
「くっ……!」
シーグルトの一喝に、宗徳は今にも斬りかかろうとした手を止める。シーグルトは、微動だにせず、目と鼻の先で刀を向ける宗徳ではなくキースのほうを睨み付けていた。口元には不気味な笑みを浮かべて――。
「……つまり、あんたは誰かに俺を探すよう頼まれただけって言いたいのか」
「……特別に、いいことを教えてあげよう」
シーグルトはキースの問いには直接答えず、笑った。
「本来は、お客様の情報は一切漏らさない私だが、ひとつヒントをあげよう。おそらく、冥土の土産になるだろうからね――」
シーグルトは、ギルダウスが「北の巫女の予言の者」をなんのために探しているのか、見つけたらどうするつもりなのか知らされておらず、また興味もなかったが、おおよその見当はついていた。ギルダウスに狙われたこの男の命は、長くはないだろうと――。
「お前を探しているのは、魔族、だよ!」
シーグルトが言い放つ。恐ろしいその言葉は、なにも知らないこの男の胸に、鋭い氷のように突き刺さると信じていた。
「なあんだ!」
「!?」
シーグルトは肩透かしをくらった。「魔族」に狙われていると知り、男は恐怖で顔を歪めるかと思っていたのだ。それが、明るく「なあんだ!」とはいったいどういうことか……!?
「……お前、魔族を知らんのか」
思わずシーグルトが呟いた。
「それくらいわかるよ! いやあ、もったいぶってなんの重大発表かと思ったら、ただ魔族って、とっても今更な話じゃねーか!」
「お前は魔族が怖くないのか」
「そういうあんたも怖くないんだろ? だって、魔族相手に商売やってるくらいだし」
キースが肩をすくめた。
「……私は、怖いよ。特に、あのかたは……」
「へーえ。あんたのお客さんは、そんなに怖いやつか」
シーグルトは思った。無駄な時間を過ごしてしまった、と。どうやら、ギルダウスに狙われたこの哀れな男は、思考回路も哀れな仕上がりに違いない、そう判断した。
シーグルトは懐から赤い石を取り出した。その石は、色といい大きさといい、まるで心臓のようで、一瞬キースはシーグルトが自分の心臓を取り出したのかと思った。
シーグルトは、不気味な赤い石を地面に向けた。
「見つけましたぞ……! お探しの『北の巫女の予言の者』は、ここに……!」
シーグルトが叫ぶと同時に赤い石は光り、その光は雪の積もった地面を貫いた。衝撃で、雪の塊が飛び散った。
「ふふふ……! 確かに伝えましたぞ!」
宗徳はシーグルトを掴もうとしたが、シーグルトのほうが素早かった。ひらりと身をかわし、シーグルトは赤いドラゴンに飛び乗った。
「私の仕事はここまでだ……! さらばだ、哀れな男よ!」
夕空に、赤いドラゴンが吸い込まれるように飛んでいく。
ヒュッ!
ばしん。
キースは、雪玉を去りゆくシーグルトの頭に投げていた。そしてそれはしっかりシーグルトに命中した。
「別にあんたは罪を犯してねーけど、これくらいのお返しはやったっていーだろーっ!」
キースがシーグルトに大声で叫んだ。シーグルトは、頭に手をやり一瞬振り返ったが、もうこれ以上残念な男と関わりたくない、と首を振りそのまま南のほうへ飛んで行った。
「キース! 早く逃げましょう!」
アーデルハイトが叫んだ。
「魔族が……! あの恐ろしい魔族の男が来る……!」
「……そうだな。ここを離れよう。ここは町中だ。人が多すぎる」
「町中だから離れる!? そうじゃなくて、早く遠くに逃げないと……!」
「……アーデルハイト。ユリエ。ミハイル。宗徳。みんな、逃げてくれ」
「なっ……!?」
「別行動にしよう。みんなは、先にノースカンザーランドへ向かってくれ。俺も、行けたら行く」
「キース! なにを言ってるの!?」
「その魔族とやらの狙いは俺だけのようだ。たぶん、やつが知っているのは俺の存在だけで、皆のことは知らないようだ。知られないほうがいい」
「駄目よっ! 一人で戦うなんて、無理よ!」
「そうだぞ! キース! 俺はおぬしと行動を共にする!」
「そうですよ! 僕も戦います!」
「私も、魔法をなんかしら使うんだからっ!」
アーデルハイト、宗徳、ミハイル、ユリエは口々に叫んだ。
「少しでも、助かる道を選んだほうがいい!」
キースは一人、いや、カイ――滅悪の剣――と二人だけで戦うつもりだった。
「キース! あなたは、大切な予言の『受け継ぐ者』なのよ!? そんなあなたを危険な目に遭わせるわけにはいかないわ!」
「アーデルハイト。『受け継ぐ者』はたぶん、俺だけじゃないよ」
「え……?」
「……一人だけが特別、そんなことあるわけがないんだ。もし、俺が死んだら、北の巫女様の予言は変わり、そして新しい次の『受け継ぐ者』が現れる、そういうもんだと思う。世界に、ただ一つ、たったひとつの特別な席があるなんて、そんなわけはないと思う」
「そんなこと……!」
「世界は周り続ける。運命も、変わり続けるんだ。そして、本当は一人一人が特別な存在なんだ。だから、俺だけが特別、なんてあるわけがないんだ」
「でも……! 今、世界は確かにあなたを必要としているのです……!」
ミハイルが叫んだ。
「俺は、俺のやりたいようにやるよ。次の『受け継ぐ者』が楽に進められるよう、出来る限りのことをやる。それは、まずその強力な魔族とやらと精一杯戦うことだ。だって、次の『受け継ぐ者』って言ったら、たぶん俺の兄貴たちの子どもじゃん……? そんなかわいい甥っ子姪っ子たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない……!」
「キース! おぬしが無事であれば、『かわいい甥っ子姪っ子』たちに危険な役割をさせずに済むのだぞ!? おぬしこそ、助かる道を選んだほうがいい!」
宗徳が叫んだ、そのときだった。
ゴゴゴゴゴゴ……。
大地が揺れた。
「なっ……! く、来るわ……!」
「ええ……。思ったより早いようですね」
アーデルハイト、ミハイルは迫りくる異様な魔力を感じ取っていた。
ビリビリビリ……!
空気が震えるようだった。
ザンッ!
まず、足が現れた。黒いブーツ。それから、次第に霧が晴れるように足から胴、首、頭と姿が現れ始めた。モスグリーンの軍服、階級章、軍帽の下に見えるのは、黒い瞳と黒い髪――。
精悍な顔立ちのその男は、ゆっくりと口を開いた。
「お前が……、『北の巫女の予言の者』か……!」
「そうだよ」
キースは、まっすぐ魔族の男を見つめ返した。




