表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅男!  作者: 吉岡果音
第十一章 氷の断章
73/164

キースも人の子

 冬の夜明けは遅い。

 まだ、暗いうちにキースは目覚めた。


 ――カイは、本当に大丈夫だろうか。


 カイは、もうすっかり治った、と言っていたが、キースは心配だった。心配過ぎて眠りは浅く、いつもより早く目覚めたのだ。

 キースは皆が起きないよう、そっとベッドを離れる。そしてカイのベッドに静かに近寄った。


 ――あ。剣の姿で寝てる。


 カイは、剣の姿になって眠っていた。


 ――うーん。これじゃ顔色もなにもわからんな。


 当然ながら、いつもと同じ剣の色。キースは試しに剣のつかの部分に触ってみる。


 ――ますますわからん。


 もしかして、具合が悪くなって剣の姿で寝てるんじゃないか、カイを見ているうち、本当に心配になってきた。


 ――でも、ふだんも剣の姿で寝てるときもあるしなあ。


 キースは、カイのベッドのすぐ脇にあぐらをかいて座り、腕組みをした。


「具合が悪くないといいんだが……、カイ……、辛くないだろうか……」


 そして、そのままいつの間にか眠ってしまった。


「わっ! 史上最悪の寝相の悪さですよ!?」


 目が覚めたカイが仰天する。カイは、キースが寝返りを打ちまくって転がりまくり、偶然カイのベッドの下にたどり着き、挙句腕組みをしてあぐらをかいた状態で寝ていると思ったのだ。


「違うわ!」


 カイは、元気だった。




「本当にお世話になりました。おかげさまで、もうすっかり元気になりました」


 出発前、カイが宿屋の女将に深々と一礼した。


「お元気になられて本当によかったですねえ! これ、ハーブで作った『サ』除けのスプレーです。どうか道中お気をつけてくださいね」


「ありがとうございます……!」


「皆さんも、どうかお体に気を付けて、よい旅を続けてくださいね!」


「はい! 本当にお世話になりました!」


 一同、女将の心遣いに深く感謝しつつ、宿屋を後にした。

 晴れ渡った冬の朝。冷たい透明な空気。一面に積もった雪が、眩しいくらいに白い。

 女将に貰った「サ除けスプレー」は、なぜか甘いバニラの匂いがした。


「カイ! なんだかソフトクリームを思い出すなあ!」


 キースが笑う。


「……思い出さないでください」


 カイが長い生涯で唯一食したもの、それは驚異の「ソフトクリームもどき」、雪イルカのフンである。




 それぞれ、ペガサス、ドラゴン、翼鹿に乗って空を移動する。


「あれっ!?」


 眼下に見える峠道に、動く物が見えた。馬車だった。目に留まったのは、馬車の馬が暴れているようで、不自然な動きに見えたからだった。よく見ると、右の後輪が脱輪し馬車は今にも崖に落ちそうになっていた。


「大変だ!」


 一同は急いで馬車のもとへ降りた。


「今助けるからな!」

 

 キースとカイ、ミハイルと宗徳で力を合わせて馬車を引き上げようとする。


「お馬さん! 私たちが助けてあげるから、落ち着いて!」


 妖精のユリエとアーデルハイトが興奮状態の馬たちを必死になだめた。魔法を使い、なんとか馬たちは落ち着く。それから、ペガサスのルークやドラゴンのゲオルク、オレグ、翼鹿の吉助も馬車の引き上げに協力する。


「よいしょ!」


 ガコン!


 大きな音を立て、無事馬車は引き上げられた。


「本当にありがとうございました! 本当に危ないところでした……、もう、どうなることかと……!」


 馬車の御者が額の汗を拭いながら、皆に頭を下げ、礼を述べた。

 馬車に乗っていたのは、馬車の御者と、客であろう若い夫婦とその幼い娘だった。


「助けてくださって本当にありがとうございます……! 娘が急に熱を出したので、町の病院へ連れて行くところだったのです……」


 若い母親が、娘を抱きかかえながら心からの礼を言う。相当怖い思いをしたのだろう、幼い娘はしっかりと母親にしがみついたまま泣いていた。


「御者さんに、無理を言って急がせてしまったのと積雪のため、脱輪してしまったのでしょう……、ああ……! 旅の皆さん、本当にありがとうございます!」


 若い父親も深く頭を下げた。年齢は、キースと同じくらいに見えた。


「急に熱を……! それは大変だ! もしよかったら、俺たちが病院まで連れて行こうか?」


「えっ……?」


「馬車で山を越えるより、はるかに早いと思う! ええと、アーデルハイトが娘さんを抱っこしてゲオルクに乗せて、俺がご主人を乗せて、ミハイルが奥さんを乗せて、宗徳がご家族の荷物を乗っけて、皆で病院に行くってのはどうだろう?」


「えっ……、そ、そんな、いいんですか?」


「困ったとき、遠慮はなしだあ!」


「ありがとうございます……!」


 若夫婦は、御者に馬車の代金を支払った。雪道を急がせて脱輪させてしまったお詫びの意味も込めて、多めに代金を支払ったので、御者も不服はなく、むしろありがたいくらいだった。


「それでは皆さん、お気をつけて! 旅のかたがた、どうかよろしくお願いしますよ!」


 それに、御者もかわいそうな幼子を、一刻も早く病院に連れて行ってあげたかったのである。若夫婦と幼子をキースたちに託し、馬車は元来た道を戻って行った。


「容体が少しでもよくなるよう、まずは治癒の魔法をかけますね」


 アーデルハイトは幼い女の子に治癒の魔法をかけてあげた。気持ちも落ち着き、呼吸もだいぶ楽になったようだ。


「それじゃあ、しっかり捕まって!」


 一同、町へと急いだ。




 病院は、すぐに見つかった。心配な病気ではなく、風邪とのことだった。幼い女の子は注射をしてもらい、薬ももらった。


「本当に、ありがとうございました……!」


 夫婦と幼い女の子は、揃ってキースたちに深々と頭を下げた。


「旦那さんがた、俺たちに礼を言うのは、早いぜ!」


 キースが笑う。


「え……?」


「ちゃんと家まで送るよ! なあ、みんな! いいだろ?」


 皆も笑顔でうなづいた。


「娘さんが早く体を休められるよう、私たちに協力させて!」


 アーデルハイトが女の子の髪を優しく撫でた。

 

「俺たちも心配で旅立てないからなあ! 家まで送らせてくれ!」


「本当になにからなにまでありがとうございます……!」


 一同は、一家の住む山裾の集落に向かった。

 一軒の家の前に降り立つ。


「ゲオルクしゃん、ありがとー!」


 女の子は、自分を乗せて空を飛んでくれたドラゴンのゲオルクに、お礼のキスをした。


「きゅうっ!」


 ゲオルクは思わぬご褒美に目を細めた。嬉しくて長い尻尾まで振っている。


「わたし、おおきくなったら、アーデルハイトおねえしゃんみたいに、ドラゴンにのるーっ! そして、おとうさんおかあさんとまちへいくのーっ!」


 女の子は瞳を輝かせた。アーデルハイトの治癒の魔法と病院の注射が効いているようで、体もだいぶ楽になっているようだった。


「そっかあー! それならいつでもすぐに町へ行けるわね! でもまずは、ちゃんと休んで風邪を治して、元気にならなきゃねー!」


 アーデルハイトはしゃがんで女の子と目線を合わせて微笑み、頭を撫でてあげた。


「本当にありがとうございました。皆さん、お礼に家でお昼でも……」


 若い母親も、ひと安心したようで笑顔も明るい。


「いえいえ! 娘さんの看病もあるから、ご厄介になるわけには! そいじゃ! 俺たちは行きます! お大事にねーっ!」


 若い夫婦が気を遣わないよう、そして女の子が早く体を休められるよう、挨拶も早々に一同は旅立つことにした。

 若い夫婦と幼い女の子は、キースたちが見えなくなるまで手を振っていた。


「さっきの町で、昼ごはんにするか!」


 一同、病院のある町へ戻る。午後になっていた。遅い昼食である。お昼、というより、すっかりおやつの時間だった。一番初めに見つけた食堂に入り、食事の注文をした。


「あ……! 雪……!」


 ふと窓を見ると、雪が降り始めていた。


「……今日は、この町で宿をとったほうがいいかもしれないなあ」


 キースが呟く。冬の夕暮れは、早い。


「そうですね。次の町まで少し距離があるようですし」


 ミハイルが、地図を見ながらうなづく。冬の野宿はなるべく避けたかった。


「美味しいねーっ!」


 隣の席の女の子たちが明るい声を上げる。

 カイとキースは、なにげなく隣の席を見る。


「!」


「!」


 隣の席の女の子たちが食べていたのは、ソフトクリームだった。白く輝くバニラソフトクリームと、チョコレート色のソフトクリーム。


「ソ、ソフトクリーム……」


「ついに、本家登場ですね……」


 「サ除けスプレー」のバニラの香りを漂わせながら、カイはまがい物ではない本家の美しいとぐろの巻き具合に、釘付けになっていた。


「……カイ。俺たちも頼んでみる?」


「誰が頼みますかっ!」


 ちょっとふざけてみたキースだが、自分の料理が運ばれてくると、なかなか箸は進まなかった。


「……さすがに、キースも人の子だな……」

 

 宗徳が、しみじみとうなづいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ