宿、RPG的な。
正午を少し過ぎてから、雪が降ってきた。
最初はちらほらと舞うようだった雪が、次第に空一面純白に染めていく。顔に当たる雪が冷たく痛いくらいだ。
一同は、町に降り立つ。
「いやあー、雪だらけになったなあー!」
キースは自分の頭や体に付いた雪はそのままに、ペガサスのルークに付いた雪を先に払ってあげた。
「ごめんな。寒かっただろ?」
キースは微笑みながら、ペガサスのルークのつぶらな瞳をのぞき込む。
「大丈夫、平気だよ、ありがとう、ってルークが言ってるよ!」
キースの懐から顔を出した妖精のユリエが、ルークの言葉を通訳してあげた。ユリエはそれだけ告げると、またすぐにキースの懐にもぐってしまった。
「まだ早い時間だけど、宿を探しておこうぜ!」
一同は、降りしきる雪の中、宿屋を探して歩く。雪は薄く積もり始めていて、一足ごとに、さくりと音がする。ブーツを用意しておいてよかったと一同は思う。
「ん……?」
街路樹の下に、女の子が立っていた。体を縮こめ、少し震えていた。しばらくそこに立っていたのか、長い黒髪や細く小さな肩には雪が付いており、頬は薔薇色に染まっている。
「どうしたんだ? 誰か待ってるのか?」
少女の様子に思わずキースは声をかけた。たった一人で、どうして冷たい雪の中立ち続けているのだろう――。
「あっ……! 見つけた……!」
少女は短く叫ぶとキースに抱きついてきた。
「え……!? 『見つけた』!?」
少女はぎゅっとキースに抱きついたまま離れない。
「もしかして、誰かと間違ってない!?」
故郷から遠く離れた初めて訪れる町。知り合いなどいるはずもない、ましてや相手は十歳くらいの少女、キースを誰かと間違えているとしか思えなかった。
妖精のユリエも思わずキースの懐から顔を出す。
「こんにちは! 私はユリエよ! この人はキース。お嬢ちゃん、あなたは誰を待っているの?」
少女は、キースに抱きついたまま、ユリエを見てにっこりと笑った。
「わあ! 妖精さんだ……! 珍しい! ふうん、不思議ねえ! 宿子、初めて見る!」
宿子……?
「お嬢ちゃん、宿子っていうの?」
「うん! 私、宿子! 宿に宿る精霊なの!」
へえええええええ!
一同、目を丸くし驚く。
「妖精のユリエより、宿の宿子ちゃんのほうがよっぽど珍しいし不思議だよっ!」
「そお? 私は私だから別に珍しくも不思議でもないよ。あっ! そっちのおにいちゃんも不思議ねえ!」
宿子はカイを指差した。
「はい。俺は俺だけど、自分では自分のこと不思議だと思います」
「へーえ! あなたは自分でも自分のこと不思議って思うんだ! それじゃあ、自他共に認める『不思議ちゃん』だねえ!」
宿子は明るい笑い声を上げた。
「宿子ちゃん。それで……、見つけたって、なんで俺を……?」
キースは、宿子に付いてしまった雪を優しく払ってあげながら尋ねる。
「宿子、たまにこうして家に泊まる人をスカウトしてるの!」
「スカウト?」
「うん! おめでとう! キースとお友達のみんな! あなたは宿子のお眼鏡にかなったのよ!」
宿子は腰に手を当て、えへん、と偉そうに決め込んだ。
「へえ! 光栄だねえ! 選考の決め手はなんだったの?」
キースは宿子の視線に合わせて体をかがめ、いたずらっぽく微笑みかける。
「魂!」
宿子は元気よく叫んだ。
「魂?」
「宿子、ピュアないい人が大好き!」
「ふうん? 俺ってピュアなんだー」
「それから、アホなところ!」
「……やっぱりそう来たか」
「宿子と遊んでくれそうなところ!」
「そうかあ。宿子は友だちが欲しいんだな?」
「うん!」
宿子は、黒く大きな瞳をきらきらと輝かせた。
「よし! じゃあ一緒に遊ぼうな! それで……、宿子の宿、どこにあるんだ?」
「そこ!」
目と鼻の先に宿屋があった。
「じゃあ、今晩はそこに泊まろうぜ!」
一同が、宿子のほうを振り返ると、もうそこには誰もいなかった。
「宿子……?」
宿子の足跡だけが、そこに宿子がいたことを物語る。
静かに雪は降り続け、その小さな痕跡も、ほどなく消えてしまうだろう――。
「お客様、ちょうどよかったですねえ! 急にキャンセルが出て、空きが二部屋出来たんですよ!」
宿屋の主人が笑顔で話す。一同は顔を見合わせた。
「キャンセルが出たから、宿子はお客さんを探してたのか――」
キースが呟く。
「えっ! お客様、宿子に会ったんですか!?」
宿屋の主人が驚いた顔をする。
「あ、うん。ついさっき、宿屋の前でね――」
「それはそれは! お客様、よかったですねえ! 宿子は、この宿に住むと伝えられている精霊で、会えるのはとても幸運なことなんですよ!」
「会えるのは幸運? 思いっきり普通にしゃべってたけど……」
「なにを隠そう、私も会ったことはないのです! 代々の言い伝えでもあり、ここら辺では有名な話なんですが、この旅館にいる私共も実際に見たことはないんです!」
「そうなんだあ!」
「宿子に会ったお客様は、とてもいいことがあると言われています。実際、お客様で宿子に会ったというかたがたから、様々なお礼のお言葉やお手紙をいただいております」
「とてもいいこと……」
「はい! どうぞ楽しみにお過ごしくださいね!」
キースは思う。宿子はどこに行ったのだろう、なにも言わずに消えてしまった。遊ぶという約束をしたから、もう一度姿を現してくれるのだろうか……?
「宿子……、遊んであげたかったなあ……」
「きっと夜にでも姿を現してくれますよ」
ミハイルがにっこりと笑った。
キース、カイ、ミハイル、宗徳が部屋の扉を開ける。
「えっ!? なんだこりゃ!」
部屋の中央に、四つの壺が並べられていた。
「なんで宿屋の部屋の中に壺が……? この辺の風習かなにかでしょうか……?」
ミハイルが、壺のふたを開けてみた。
ちゃらーん!
どこからか、メロディが聞こえてきた。
「なっ!? なんでしょう!? 今の音!」
「さ、さあ……?」
『ミハイルは、金塊を手に入れた!』
えっ!?
天井辺りから、男性の声がした。
「今の、誰!? てゆーか、なに!?」
壺の中に、金塊が入っていた。
「あ……。金塊が入ってる……」
「どういうことなんだ……」
宗徳が首を傾げながら、他の壺を開けてみる。
ちゃららーん!
また、謎のメロディが聞こえてきた。天井付近からのような感じだった。
『宗徳は、宝刀を手に入れた!』
ええっ!?
また天井付近から謎の声。そして、壺の中には宝石の付いた飾り刀があった。
「どういうことでしょうか!?」
カイも自分の目の前にあった壺を開けてみる。
ちゃっちゃっらーん!
また変なメロディが聞こえてきた。
『カイは、金杯を手に入れた!』
またまた謎の声。壺の中にあるのは、美しい宝石が散りばめられた純金の杯。
「えええ!? じゃあ、これもなんか入ってんのか!?」
キースが最後の壺を開けてみる。
わーお!
謎の効果音だった。
『キースは、えっちな本を手に入れた!』
「えっち!」
キースは、黄金のいかがわしい本を手に入れた。
「これはいったい、どういうことなんでしょう!?」
キース、カイ、ミハイル、宗徳はそれぞれ壺の中にあったものを持って宿屋の主人のところへ駆けつけた。見ると、アーデルハイトとユリエもいる。
ちょうど、アーデルハイトとユリエも宿屋の主人と話しているところのようだった。
「ああ! もしかして、キースたちの部屋にもあったの!?」
「俺たちの部屋にもあったの、ってことは、アーデルハイトたちの部屋にもあったのか!?」
「ええ!」
アーデルハイトとユリエは、それぞれ輝く宝石のネックレスとブレスレットを手にしていた。
「素晴らしい……! これらは、きっと宿子の贈り物ですよ!」
一同が手にした宝物を見て、宿屋の主人が笑顔になった。
「えっ!? 贈り物!?」
「そうです! おめでとうございます! 早速いいこと、ありましたね!」
「そ、そんな! こんなに高価な品々、いただけないですよ!」
一同、宿屋の主人に渡そうとした。
「いいえ。これは宿子があなたがたに贈ったものです。私共は、すでに宿屋の繁盛、そして健やかに楽しく働けるということ、そしてなによりお客様の笑顔を見られる、お客様の幸せなお話を伺うことが出来るという貴重な数々の贈り物を受け取っているのですよ。どうぞこれらの品は、遠慮なさらずお客様がたがお受け取りください」
宿屋の主人の声――、さっきの天井付近の声に似てるな――。
一同がそう気付いたとき、主人の後ろに隠れるようにして宿子が笑顔で立っていた。
「あっ……! 宿子……!」
キースが叫ぶと、また宿子は姿を消した。
「本当に、こんなにもらってしまっていいのかなあ……」
いかがわしい本を鑑賞しながらキースが呟く。
「いいよ! どれも価値のあるものだから、お金に換えて旅の資金にしていいよ!」
「宿子!」
キースは急いで本を閉じた。子どもにはとても見せられない。
「みんな、宿子と遊んでくれるの?」
宿子が首を傾けながら微笑む。純真な、愛らしい笑顔だ。
「おう! なにして遊ぶ? 宿子はなにがしたい?」
キースが宿子の目線に合わせて尋ねる。
「お姫様ごっこ!」
宿子が嬉しそうに叫んだ。
「そうかあ! お姫様ごっこかあ! よし! いいよ!」
「わあい! やったあ! それじゃ、キースはペガサスね! お姫様が乗るベガサス!」
「俺がペガサス……。ルークみたいな感じかあ」
キースは、お姫様ってペガサスに乗るんだろうか、と思いながら床に四つん這いになった。宿子はキースの背に乗る。
「よーし! 飛ぶぞお! 宿子、しっかり捕まってろよ!」
キースは宿子を乗せたまま、飛び跳ねて見せた。
「キース! 空飛んでない! 駄目じゃない! ペガサスなのに!」
びしっ!
宿子の鉄拳が飛んだ。
「いてえ! 容赦ねーなあ! 宿子!」
キースは苦笑する。
「宗徳! 宗徳は私の従者ね!」
宿子は宗徳のほうへ向き直った。
「は、はい。宿子殿……」
びしっ!
宿子の手刀が入る。
「宗徳! あなたは宿子の従者よ! 宿子姫と呼びなさい! 姫と!」
「は、はい……」
「ミハイル! ミハイルは王子ね!」
宿子が今度はミハイルを見て叫ぶ。
「僕、王子ですか……」
「そうよ! 姫君にキスしなさい!」
ミハイルは、うやうやしく一礼し、宿子の柔らかな頬にキスをした。
びしっ!
宿子のモンゴリアンチョップが入る。
「無礼者! ひざまずいて手の甲にキスしなさい!」
「ご、ごめんなさい……」
「カイ! カイ、あなたは……!」
宿子がカイのほうに鋭い視線を投げかける。
「えっ……、俺ですか? 俺はなにを……」
「あなたは、姉上よ! 宿子の姉君よ!」
「姉上!?」
「第一王女よ! 王女らしくなさい!」
第一王女って、いったいどうすれば……!?
びしっ!
宿子のドラゴンスープレックスが炸裂した。
「駄目よ! カイ! その佇まいでは第三王女っぽいわ!」
第三王女!? 微妙! 微妙すぎる……! でも王女の基準はクリアしてるのか……。
一同、たじたじである。
「ああ、楽しかったー! ねえ、みんな、今度は別の遊びをしようよ!」
別の遊び……?
「これ! 花札っていうの! みんなで花札やろう!」
宿子はどこからか花札を出した。
渋い……! 渋いぜ、宿子……!
ゆっくりと夜は更けていく。いつまで遊んでいたのかわからない、いつの間にか皆ベッドで熟睡していた。
「あれ……。いつの間にか、寝てたんだ……」
ちゃらりらりーん!
『キース、カイ、ミハイル、宗徳、アーデルハイト、ユリエは、それぞれヒットポイント、マジックポイントを千ポイントずつ回復した! アップルパイレベルも千レベル上昇した!』
響き渡る、天井付近の謎の声。
ありがとう。宿子……。なんか、回復したらしい……。
一晩で、なにかが回復し、なにかがレベルアップしたようだった。
アップルパイレベル……。
アップルパイレベルが、人生のどこでどう役立つのか、謎である。




