月船
不思議な建造物が見えてきた。
「これが発明王の家かあー!」
日の光を反射し、銀色に輝く建物。金属で出来ているようだ。見たことのない外観の建造物だった。住居らしい建物の他に、倉庫のような大きな建物もある。ホルガ―は、その大きな建物で発明品を作っているようだ。
「あっ! あれはなんだろう? 細長くて、変な……、あれは、塔……?」
そこからだいぶ離れた場所に、先の細くなった棒状の巨大な建造物も見える。
バババババ……!
発明王ホルガ―の操縦するヘリコプターのような乗り物は、轟音をたてながらゆっくりと地上に降りた。風圧で辺りの草木が揺れる。
ペガサス、ドラゴン、翼鹿に乗った一同も地上に降りた。
「おじーさーん! お客様―っ?」
住居らしい建物から少年が出てきた。琥珀色をした髪と瞳の、利発そうな少年である。
「おお。ただいま。コニー。人間のお客様が四名様と、妖精のお客様が一名様だ。実はさっき、魔物の群れに襲われそうになったんじゃ。そこをこちらのかたがたに助けていただいたのじゃ。皆さんはわしの命の恩人じゃ! コニー、最上級のご馳走を作るよう頼んできておくれ!」
「えっ! 魔物の群れに!」
ホルガ―の言葉に、コニー少年は青ざめた。
「ホルガ―おじいさん! 大丈夫だったんですか!? お怪我はないですか!?」
ホルガ―老人は、しわくちゃの顔を笑顔でさらにしわくちゃにさせ、コニーの柔らかな髪を撫でてあげた。
「大丈夫だよ、コニー。さあ、あまりお待たせしては申し訳ない。お昼のオーダー、頼んだよ」
「はい! かしこまりましたっ!」
コニー少年は、元気よく返事をしてから走って家へ戻っていった。
「わしは、あの子と二人暮らしなんじゃ」
ホルガ―は笑顔で一同に話しかける。
「えっ? それじゃあ、お昼のオーダーって……?」
キースは首をかしげた。コニー少年は、誰にお昼を作ってもらうよう頼みに行ったのだろう――。
「ふふ。わしの創ったヒト型の機械に、お昼を作らせるよう頼んだのじゃ。」
「ヒト型の機械!?」
思わずキースは驚きの声を上げた。
「ああ。そうじゃ。正確には、わしとコニーとヒト型の機械の三人暮らしじゃ。その機械は、家事全般をやってくれるんじゃ。名前は、カジテツ三号と付けた」
「カジテツ三号!」
家事手伝いが出来るヒト型の機械らしい。
「製作者が自分で言うのもなんだが、カジテツ三号は優秀じゃ。お昼はすぐ出来るから、どうぞ皆様、中で休んでくだされ」
「すげーな! さすが発明王だなあ!」
一同は、銀色の建物に入る。
「うわあ!」
中は、見慣れないものばかりだった。歯車のような物が壁に付いていたり、天井から謎の滑車が下がっていたり、筒状のパイプのような物もあちこちにはりめぐらされたりしている。
「ささ、こちらのテーブルにどうぞ」
案内されたテーブルには、たくさんの椅子。どうやら、この家にはお客が大勢訪れるらしい。
「まずは、お茶でもどうぞ」
コニー少年が、お茶とお菓子を運んで来た。辺りに心安らぐよい香りが漂う。
「おじいさんを助けてくださったそうで、本当にありがとうございます!」
コニー少年は、はきはきとした大きな声で、深々とお辞儀をした。
「いやあ、こちらこそ、丁寧なおもてなしをありがとう! いきなり大勢で押しかけて、逆に申し訳ないよ! んっ! これはうまいお茶だねえ!」
キースが白い歯を見せて笑う。それから、甘いお菓子にも遠慮なく手を伸ばす。
「皆さんは、旅人だそうだが、どちらまで?」
ホルガ―が、皆の顔を見渡して尋ねる。老人の瞳は、好奇心で輝いていた。外見は年老いているが、精神は若々しく、輝く瞳は新鮮な刺激を常に求めている。発明の原動力は、その旺盛な好奇心のようだ。
「ノースカンザーランドです」
アーデルハイトが微笑みながら答えた。
「ほう! それはそれは! この国の、海を越えた先だねえ! これから本格的な冬を迎えるし、なかなか難儀なことだ。でも、若い人たち、どうぞ道中楽しんでくだされ。この国も見どころはたくさんあるからのう!」
ホルガーは、そう言いながら大きな地図をテーブルに広げようとした。
「オヒル、イッチョウアガリ!」
そこへ、人の形をした機械、「カジテツ三号」が現れた。変な節回しでお昼が出来たことを告げながら、ワゴンに載せたご馳走を運んで来た。
金属の体に、簡単な目、鼻、口が付いている。単純な顔の作りといい、話しかたのイントネーションがちぐはぐな感じといい、どこか愛嬌のあるロボットだった。
「わあ! ほんとご馳走だねえ! それに、カジテツ三号、すげえ! ちゃんと話すし、よく働くねえ! とても機械とは思えないよ!」
キースが感嘆の声を上げた。
「アリガトウゴザイマース! カジテツサンゴウ、ガンバッタゾ!」
カジテツ三号が答えた。声が弾んでおり、嬉しそうだ。感情も持っているようだった。
「カジテツ三号、えらい!」
「デショー?」
「最高!」
「デショー?」
「かっくいー!」
「アリガト! テメエ、イイヤツダナ! ナマエナンテイウ?」
カジテツ三号がキースに握手を求めた。キースは喜んでカジテツ三号と握手をした。
「俺の名はキース! 俺たち、なんか気が合いそうだな!」
「キガアイソウナンジャナイ、キース、テメエトオレハ、キガアウンダヨ!」
「こらこら、カジテツ三号! 失礼な話しかたはいかんぞ!」
慌ててホルガ―がたしなめる。
「いいんですよ、ホルガ―さん。キースはそんな感じで」
笑いながらミハイルが言う。もし今、カイが人の姿になっていたら、カイが真っ先に言いそうなセリフである。
「申し訳ないのう。カジテツ三号は、優秀だが時々妙なことを口走る。まったく、誰に似たもんだか!」
「ホルガ―、テメエガオヤダロ」
「こら! カジテツ三号!」
今度はコニーがたしなめた。
「サア、ミナサン、サメナイウチニ、メシアガレ! ドウゾ!」
ホルガ―とコニーの注意もどこ吹く風、カジテツ三号は自由な性格のロボットだった。
「やれやれ。会話の修正プログラムを入れないとだめかもしれんの。さあ、皆さん遠慮せずにどうぞ! 地図は、食事の後にお見せしましょう!」
「ありがとうございます! 遠慮なくいただきまーす!」
豪華な肉料理、あたたかいスープ、バターの風味豊かなパン、新鮮で栄養満点の彩り豊かなサラダ、それからデザートのアップルパイには、バニラアイスクリームも添えられていた。
「アップルパイーッ!」
どの皿も見た目も美しく味も大変美味しかったが、妖精のユリエがアップルパイに狂喜乱舞したのは言うまでもない。
食後には、コーヒーが出た。コーヒーに口をつけると、ホルガ―はテーブルの上に地図を広げた。
「わしのこの家はこの辺じゃ。ノースカンザーランドへ向かうには……」
ホルガ―は、地図の中の現在地を指差してから、そのまま北東方向へ指を移動させ、バルイナ王国の最北東の港を指差した。
「この港に、ノースカンザーランドへ向かう大型船がある。それに乗って行くといい」
「その大型船、ホルガ―おじいさんがエンジンの開発に携わったんですよね!」
ホルガ―の言葉に、コニーが誇らしそうな笑顔で付け足す。
「おお、そうじゃ! 大きくて安全な、いい船じゃぞ!」
ホルガ―は、瞳を輝かせた。遠くを見つめるようなホルガ―の視線は、まるで大海原を悠々と進む大型船を実際に見つめているかのようだ。ホルガ―の熱っぽく夢見るような瞳を見ていると、本当に潮騒まで聞こえてきそうな気がした。
「いいなあ! 海! 早く行ってみたいなあ!」
キースも瞳を輝かせ、身を乗り出した。
「キースさんは、海は初めてかな?」
「はい! 故郷は山だらけだったよ!」
「それは楽しみじゃな!」
「でも、まだまだ遠いなあ」
地図を見ると、海まではだいぶ距離がある。
「雪が降るし、日程には余裕を持たせたほうがいいぞ」
「そうだなあ」
ノースカンザーランドに入国するだけでも、まだまだ長い旅になりそうだった。
「ところで、ホルガ―おじいさん。石はあったんですか?」
コニー少年が尋ねた。
「おお! いくつか取って来たぞ! まだまだ量が足りんがの」
「石……。ああ! そういや、じーさん、さっき、今度の発明のために石を探してるって言ってたな! なんの発明なんだ?」
キースが思い出したように手のひらを打つ。
「ふふふ。聞いて驚くなかれ……! 今度の発明品……、それは、月へ行く船じゃ!」
「月!?」
一同目を丸くした。
「月って、あの、空にある……!?」
「そうじゃ。あの月じゃ」
「えええーっ!」
一同、顔を見合わせた。
「この特殊な石は、月へ行く船の燃料になると思うんじゃ。まだ研究段階じゃが、わしの計算では、この石の力を使えば月に行くのも可能なはずじゃ!」
「月に行く船って……!」
「さっき、遠くに大きな細長い棒みたいな建造物が見えたじゃろ? あれがそうじゃ!」
「ああ! あの塔みたいなものが、月に行く船なんだあ!」
「ふふふ。おそらく、これが最後のわしの発明品になるだろう。万一、わしの代で完成出来なかっとしても、きっと、このコニーが完成させてくれるだろう」
ホルガ―は、目を細めコニー少年の頭を撫でる。
「ホルガ―おじいさん! おじいさんなら絶対大丈夫だよ! 月には二人一緒で行くんだから!」
「カジテツサンゴウモ、イクゾ!」
「おお! そうじゃ、そうじゃな! 三人で行こうな!」
ホルガ―とコニーと、それからカジテツ三号は笑い合った。カジテツ三号に表情はないはずだが、確かに笑っているように見えた。
「本当に、すごいな! じーさんなら出来るよ! なんたって、発明王だからな!」
一同も笑顔になった。
「皆さん、本当にありがとうございました。この地図と、方位磁石を差し上げよう」
ホルガ―はキースに、携帯にちょうどいい大きさの地図と、方位磁石を渡した。
「ありがとうございます!」
「それでは、皆さん、道中どうかお気をつけて!」
「じーさん、コニー、カジテツ三号、ご馳走様でした! どうぞお元気で!」
キースは笑って手を振る。一同もホルガ―たちに笑顔で手を振った。
「さあ! 出発だ!」
ペガサス、ドラゴン、翼鹿に乗って空を飛ぶ。
眼下に、「月に行く船」が見える。
「あれに乗って、月へ行くんだな……!」
キースは、船に乗って月へ向かうホルガ―たちの姿を思い浮かべる。
「いつか、月を見上げたら、じーさんたちの姿が見えるかも!」
月のうさぎの伝説のように。月を見上げればいつの日か、笑顔のホルガ―たちが見えるんじゃないか、そんな想像をし、キースは笑顔になっていた。




