第32話 修学旅行的な、アレ
「まったく手応えがねえってのが、気に入らねーな」
そう呟いて、キースは分厚いステーキにナイフを入れた。焼けた鉄板の上に肉汁があふれ出す。
夕食と就寝のために次に降り立った町、旅人で賑わう大きな食堂だった。
キースたちは、ドラゴンやペガサス、翼鹿と、それぞれ大型の動物に乗って旅をしている。種類の珍しさはあるにせよ、長旅の場合大型飛行動物での移動は、比較的一般的な移動手段である。そのため、大きな店や宿には、獣舎やそれに準じた設備が用意されている。キースたちが店内で食事をしている一方、ゲオルクたちは獣舎で食事の提供を受け、くつろいでいた。
店内では、キース、アーデルハイト、カイ、宗徳、ミハイルがテーブルを囲み、さらにキースの肩の上には妖精のユリエがいる。
「魔物との戦いですか」
ミハイルが食事の手を止め、キースに尋ねる。
「ああ。たとえ実体のない幻影だったとしても、もう少しなんか手応えってもんがねえと、なんだか釈然としねーな」
ただ空気を切り裂いたような感じだった、とキースはあのときの感覚を振り返る。
ミハイルが、にっこりと笑った。
「そのうち、つかめてくるかもしれません」
「え……?」
「幻影だから、手応えがなくて普通なのですが、あなたならきっと、感覚的にわかってくるものがあるかもしれませんよ」
ミハイルはそう言って、じっとキースの青い瞳を見つめた。
「感覚的にわかってくるもの……?」
キースは、ちょっと首を傾げた。
「相手にダメージを負わせることができたか、そうでないかがわかるようになるかもしれません」
「どうやるとわかるようになるんだ?」
キースが真剣な表情でミハイルに尋ねる。ミハイルは、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「妖精のユリエさんや、ドラゴン、ペガサス、翼鹿と親しみ、そして自然と語らうこと。不思議な存在に心を開き、そして、自分が自然の中でひとつの命として純粋にただ在る、そんな感覚をつかむこと――。そのうえで、魔物との戦いの場数が多くなること。研ぎ澄まされ、自我を越えた純粋な精神と真の肉体の感覚がわかるようになれば、あとは実戦の中で自然と身についていくかもしれません」
自分が自然の中でひとつの命として純粋にただ在る、感覚……?
「なんだそりゃ!? 難しいなあ!」
思わずキースは、フォークに刺したステーキをポロリと落とす。
「……なるほど。ミハイル殿はさすがだな……」
キースはよくわからないと思ったが、宗徳は、ゆっくりとうなずきながら呟いていた。
「えっ!? 今の話、宗徳はわかったのか!?」
キースは目を丸くし、宗徳の顔を見た。
「えっ!? キースはわからなかったのか!?」
逆に宗徳がキースの顔を見返してきた。ミハイルは退魔士と呼ばれる魔法の使い手だが、戦う者として、今のミハイルの話は理解しうるもの、と宗徳は信じているようだった。
「まあ、上のステージに上がるためには、それに応じた心身の修行が必要ということです」
ミハイルが、さらりと語る。そして、付け加えた。
「でも、手応えが重要というわけではないですよ。あれはあくまで幻、手応えを感じるほうがあり得ないことです。そんなことを感じられる剣士は、まずいないのではないかと――」
「……そんなことをできるやつは、いないのか?」
「おそらく」
そうか。それならば――。
キースが青い瞳を輝かせる。そして――。
「じゃあ! 俺がなってやる!」
高らかに宣言した。
「あれ……?」
キースはそのとき、拍子抜けしていた。一同、テーブルに突っ伏していたのだ。妖精のユリエまで、落下していた。
「な、なんという短絡……、いえ、ストレートな思考……」
短絡思考、とミハイルは言いかけたが、とっさに単語を変え表現を和らげた。
「キースは、単純なところがいいところなんです」
ミハイルの努力はむなしく、さらりとカイが毒舌を吐いた。
「……カイ。それ、俺のこと褒めてんのか?」
キースは眉根を寄せ、不服そうに口を尖らせる。
「はい。褒めてるんです」
カイ、揺るがない。
「じゃあ、いっか」
あっさり納得するキース。いいのか!? と皆の声が揃った。
「上のステージか……」
キースが独り言のように呟く。やれやれ、と笑い合う皆をよそに、キースの青い瞳は、遠くを見つめていた。
せっかくこの世に生まれてきたんだ。ひとつ上でも格段に上でも、いっちょ挑戦してやろう! 自分自身の高みを目指すんだ――!
窓の外は青空。爽やかな笑みが浮かび、背筋が伸びていた。
今夜の宿屋に着いた。男性陣であるキース、カイ、ミハイル、宗徳は同室である。
「わーい!」
どふっ!
枕が、飛ぶ。キースが、カイの顔に枕を投げつけていた。
「なにをはしゃいでるんですかっ!」
どふっ!
叫びながら、今度はカイがキースの顔めがけて枕を投げる。見事、命中。
「やったな! カイ!」
「やれやれ。なにを始めるのかと思えば……」
どふっ!
ちょっと呆れ顔の宗徳の顔に、キースの投げた枕がクリティカルヒット。
「俺にもか!?」
そう叫ぶ宗徳の顔は、笑顔、声も弾んでいた。
「皆さん、というかキースとカイさんですけど、なにをやってるんです……」
どふっ!
ミハイルの顔のど真ん中にも、容赦なくキースは枕を投げつける。
「な、なんで僕まで……」
どふっ!
当惑しつつもミハイルは枕をつかみ、キースの顔をめがけてお返しとばかり、投げつけていた。
火ぶたが切られた。そして、全員無差別攻撃へと移行した。
四人それぞれが枕をつかみ、誰が誰へということなく、ひたすら投げつけあった。
「ははは! やったなー!?」
「あはははは!」
「さすが狙いが正確だな!」
「あははっ! もー僕、なにやってんだか!」
空中を往復する、枕たち。大の大人が、枕投げを思いっきり満喫していた。
「面白かったなあ! やはり人数が多いと楽しーな!」
キースは、ベッドに体を投げ出した。
「そうですね。思わず、のってしまいました」
カイは、大の字になっているキースの傍、腰掛ける。
「……なかなか楽しいものだな」
宗徳は、はにかみつつ、床の上にあぐらをかいて座る。
「僕としたことが……。面白かったです!」
ふふふ、とミハイルは屈託のない笑顔で前髪をかきあげ、ベッドに腰掛けた。
「……俺は」
思い出したように訪れた夜の静けさを破ったのは、宗徳だった。
「一人で旅をするのが己の鍛錬と思っていた」
宗徳がゆっくりと、一言一言、かみしめるかのように言葉を発する。
「俺は、今までずっと一人で生きてきた――」
キースとカイとミハイルは、宗徳のどこか寂しそうな笑顔を見つめた。
「俺にとっての修行とは、鍛錬とは――。逆に、皆と共に過ごすことなのかもしれない――」
結ばれる、宗徳の薄い唇。だが、そこにはもう寂しさはなく、代わりに宿る安堵と安らぎ――。
「えっ!? もしかして俺たちと過ごすことが我慢とか忍耐がいるとか、つまり、そういう意味の修行ってことか!?」
キースが、すっとんきょうな声を上げる。
「そうではない。俺の成長に足りないもの、必要なことは、皆と和やかな時間を過ごすようにすること、そういう意味だ」
躊躇なく、宗徳のまっすぐな答えが返ってきた。
「ありがとう。本当に。おかげで、かけがえのないものを学ばせてもらえそうだ」
枕を投げれば、枕が返ってくる。今度は枕ではなく、宗徳の素直な言葉が、返ってきた。
「……枕投げが、かけがえのないもの……?」
キースが思わず尋ねる。
「はははっ! そうだな! それは決して一人では出来ないしな!」
宗徳が笑う。
「宗徳さん……。そうですね。誰かと交わすなにげないやり取り、くだらないと思えるふざけ合う時間は、どれだけ貴重なものか――。俺も、日々感じています」
静かに語る、カイ。くだらないってなんだよ、とキースが引っかかりそうなところだったが、キースはただカイの言葉を受け止めていた。カイの言葉に、確かな重みを感じたのだ。
「そうですね……。宗徳さん、それは僕にとっても、必要で大切な学びです」
ミハイルも、深くうなずいていた。ハシバミ色の瞳の輝きが、優しく皆を包み込むようだった。
積み重なるような、しみいるような、夜の時間――。
どふっ!
「だから、そこでなんで僕に枕を投げるんですかーっ!?」
キースはまた、ミハイルの顔に枕を投げつけていた。
どふっ!
またも開催される、枕大会。
「これ、俺の修行になんのかな?」
キースがそう言いながら、枕を投げる。
皆が声を揃える。枕のように、飛ぶ言葉。
「キースには、この修行は必要ありません!」
キースには普通の修行が必要である。




