第28話 親愛なる家族、そして仲間
この町の名物料理だという「味噌ラーメンの味噌煮込みうどん」を堪能したあと、満ち足りた足取りで店を出た。
「いやあ、味噌味噌していて、おいしかったなあ」
と、キースが謎の感想を述べた。アーデルハイトはというと、
「まさか味噌味の麺を味噌味の麺で煮込むとは思わなかったわ……」
まだ衝撃を隠せない様子だった。
「おなかいっぱいだけど、メニューにあった『味噌バターアイス』も食べてみたかったかもー」
妖精のユリエは、あくまで攻めの姿勢だった。
「名物、ひたすら味噌押しですね」
カイは、あまりの味噌ラッシュ味噌プッシュに首をかしげていた。カイは食事を摂らないが、匂いだけでおなかいっぱいの気分らしかった。
曲がり角を曲がったとき、レンガ造りの建物とその建物の看板が目に入った。看板には、封蝋された封筒の絵が大きく描いてある。
「手紙屋だ……!」
全世界共通の「手紙屋」と呼ばれる施設だった。
店内で販売しているハガキや封筒、便箋を購入して、その場で手紙が書けるスペースがある。そして、書き終えた手紙を受付に渡して料金を支払えば、全世界に配達してもらえるのだった。
「俺、家族に手紙を書きたいな。きっと、皆心配してる」
家を出発して久しいキースは、手紙を出したくなっていた。
「私も書きたいわ」
アーデルハイトも顔を輝かせる。
「あれっ」
扉を開けて中へ入ると、なにか見覚えのある姿があった。
肩くらいの長さのダークブラウンの髪を後ろで無造作に一つに束ねた、痩せた若い男性。背丈はカイよりは高く、アーデルハイトよりは少し低い。腰に刀を差し、遠い異国の服装――着物と呼ばれる伝統衣装らしい――だった。
「チーム昼飯の、宗徳!」
キースは思わず声を掛けてしまった。
「えっ? 『チーム昼飯』?」
男性が振り返る。キースが勝手に命名した「チーム昼飯」については当然なんのことかわからない様子だったが、キースのほうを振り返った男性は細く吊り上がった目で眼光鋭く――、やはり、以前キースが昼飯代をおごった「宗徳」と名乗った人物だった。
「ああ! あんたは、この前昼飯をおごってくれた――、キース!」
少し驚いた表情のあと、宗徳の顔に笑みが広がる。
「また会えるとは思わなかったよ!」
意外な再会に、キースの声が弾む。
「あのときは本当にありがとう。この礼は――」
宗徳は挨拶もそこそこに、まずおごってもらったお礼を述べた。
「いいよ! いいよ! 実は、この前ミハイルにも会ったんだ。ミハイルにも、お返しなんていいよって断ったんだから!」
キースは笑みを浮かべつつ両手を振って、宗徳が礼を返そうと切り出すのを遮りつつ、先日偶然ミハイルに会ったことを伝えた。
「ミハイル……?」
宗徳は誰のことかすぐにわからず、きょとんとしていた。
「ほら! 一緒にあの食堂にいた、背丈の低くて目のぱっちりした男だよ! 髪は栗色のちょっとふわふわしたくせ毛で、服装は、えーと、僧侶みたいな服で――」
背丈は低い、とキースは説明したが、カイのほうがミハイルよりもさらに背が低い。カイが一番小柄だった。
「ああ! なんとなく覚えている」
「すごいだろー! 『チーム昼飯』、なんか縁があるんだなあ!」
「……さっきからいったい、『チーム昼飯』ってなんなんだ」
宗徳が戸惑いつつ尋ねる。
「あのとき食堂にいた連中を、俺はそう呼んでるんだ!」
「俺も『チーム昼飯』か」
わけのわからないチーム名のくくりに勝手に入れられたわけだが、宗徳は笑っていた。痩せて鋭い目つきのため、黙っていると怖い印象のある宗徳だが、細い目をさらに細めて笑うと、たちまち優しく親しみやすい雰囲気に様変わりする。もっとも、キースにとっては相手の印象が怖かろうが優しげであろうが、人に対する接しかたに変わりはない。
「へえ! 面白い道具で書いてるね!」
宗徳は、筆に墨で手紙をしたためているところだった。
「俺の国では、こういうもので書いているんだ」
「そうなんだあ! 難しそうだなあ」
流れるような美しい字だった。
「俺の、顔もわからない家族への手紙だ」
宗徳はそう呟いた。その薄い唇は、優しい笑みを浮かべていた。
顔もわからない家族……? なにか深い事情があるんだろうな……。
不幸にして生き別れた家族がいるのか、とキースは宗徳の悲しげな瞳の光で察する。
「それは俺のたったひとりのきょうだい、姉なのだが――、どうやらノースカンザーランドという国にいるらしい」
「えっ……!」
また、ノースカンザーランド、と心底驚いた。それは、キースたちや、ミハイルの旅の目的地――。
「俺は心身の修行もかねて、この家族に会いに、ノースカンザーランドへ旅しているんだ」
宗徳は、少し遠い目をした。
「宗徳もか!」
キースは、大きな声を上げてしまった。
「……『も』って、なんだ?」
「俺たちも、そしてついでに言えば、あのミハイルも、ノースカンザーランドを目指しているんだ……!」
「なんだって! それはずいぶん奇遇だな」
「やっぱ『チーム昼飯』、すげえな!」
「不思議なものだな。世界はとても広いのに――」
宗徳は、そっと手紙を封筒に入れ、溶かした蝋を垂らしてスタンプを押し、封をした。
「……手紙は書いたが、これは出せないな」
宗徳が少しかすれた声で呟く。
「えっ? どうして?」
「住所がわからない。ノースカンザーランドということしか――。そのうえ、今もそこに住んでいるかどうかもわからない」
「そうなのか?」
「だから、書いただけ。この手紙は、俺が持っていることにする」
宛先には、『ノースカンザーランド、みつ様』、とだけ記してあった。
「……たった一人の家族である姉さんに、手紙を書いてみたかったんだ」
低くため息交じりの声。姉について詳しいことは、それ以上なにも知らないらしい。
「出してみたら? 届くかもしれない」
「これじゃ無理だろう。配達人を困らせてしまう。そんな迷惑は掛けられない」
「もう少し、地域名でもわかればいいのになあ」
「いいんだ。手紙を書いて、気持ちが落ち着いた」
そう言って、宗徳は封筒を大切そうに懐にしまった。
「住んでいるところがわからないのか……。でも、会えるといいな。お姉さんに」
「ありがとう」
顔も知らない、ただ一人の家族――。宗徳は複雑な家庭環境だったに違いない、とキースは思う。なにかの理由で、幼いころ離れてしまったのだろう。宗徳の微笑みには、悲しみが透けて見えた。
「……『チーム昼飯』って、なんだかいいな」
宗徳が、ぼそっと呟く。
「ん?」
「俺はずっと一人だったからな。自分がなにかの集まりに入れてもらうって、なんだかいいものだな――」
封筒をしまった胸元に手を当てながら、宗徳はしみじみと言葉を紡ぐ。
宗徳にとって、なにげない感想のつもりだったのかもしれない。しかし、そこにはそこはかとない歳月の重みがあるように思えた。
「謎の集団名だけどね。私も『チーム昼飯』なのね」
アーデルハイトが、宗徳に微笑み掛ける。なにか、明るい声を掛けてあげたい、そう思ったに違いない。
「宗徳……」
キースは、真剣な面持ちで宗徳の瞳をまっすぐ見つめた。
「もしよかったら、なんだが――。俺たちと一緒に、ノースカンザーランドまで行かないか?」
「え?」
「どうせ同じ目的地なんだし! 賑やかで、面白いぞ! 宗徳の目指す心身の修行にはあまりならないかもしれないが、どうだろう?」
姉宛として、たった今自分で書いた手紙だけを支えに立っているように見える宗徳が、なんだか放っておけなかった。
宗徳は驚いた顔で、キースの青い瞳を見つめた。
「……いいのか?」
そう言ってから、宗徳は口に手を当てた。自分で自分の言葉に驚いてしまっている様子だった。
「いや、その……、そんな……」
宗徳は慌てて撤回しようとしていたが、キースは声を弾ませ、
「もちろん! なあ、みんな!」
宗徳の遠慮を、勢いで打ち消してしまっていた。
アーデルハイトもカイもユリエも、笑顔でうなずく。外で待っているドラゴンのゲオルクもペガサスのルークも大歓迎のはずだ。
「……迷惑じゃ、ないだろうか」
「迷惑のわけないだろ!」
キースは満面の笑みを浮かべる。
「もし、迷惑を掛けるのだとしたら、キースのほうだと思いますよ」
カイが、すかさずさらりと言ってのける。
「カイー……。お前なあ……。でも、俺もそんな気はする!」
キース、自覚があった。
「これから迷惑掛けるかもしれんが、よろしくな! 宗徳!」
キースは、豪快に笑う。
「よろしく……、お願い申し上げる……。先日の昼飯の礼は、俺の刀にて皆様を危険からお守りするという形で――」
「ははは! じゃあ、そういうことにしておこう! 頼んだぞ、宗徳!」
「い、いや、でも、も、もし俺に不都合な点を感じたら、いつでも、いつでも同行解消してくれ……」
「なーに言ってるんだ、俺は人を見る目があるんだっ。あ、もちろん、宗徳のほうで不都合とか不満とかあったらいつでも解消してくれていいけどなっ」
いやいやそんな、あくまで選択権はキースたちにある、と宗徳は必死な様子で主張した。ひたすら申し訳ない、そんな姿勢だった。
『味噌ラーメンの味噌煮込みうどん』
ふと、キースは先ほど食べた料理を思い出す。
きっと、宗徳はこれからよき仲間になる。たぶん俺と宗徳はタイプが違うけど、どこか奥底で心が繋がれる者同士、くっついて煮込んで、新しい味わいが生まれるんだ――!
心強い仲間が増えた――! キースは旅に感謝したい気持ちになっていた。
キースは、自分の家族宛てに手紙を書いた。
『俺でーす! 元気でーす! 友だちたくさんできたよ! 詳しくは、帰ったら話すぜ!』
「……子どもですか」
文面を見たカイが、呆れ声を出した。




