第26話 マジカルチェック!
建物の向こうに、広がるのは新しい世界。
あれが、国境検問所……!
キースたち一行は、国境にたどり着いた。
「この先は、ネクスタ―国かあ……」
目的地ノースカンザーランドはまだ遠い。
空を移動していたキースたちは、ペガサスのルーク、ドラゴンのゲオルク、それぞれを下降させ、国境検問所前へ降り立った。
「はあ!?」
キースの口から、すっとんきょうな声が出た。
入国手続き自体は、なにも問題なくスムーズに済んだ。しかし、それからが問題だった。
「ですから、これから『マジカルチェック』をお願いします」
検問所の役人は、笑顔で不思議な単語を述べていた。
マジカルチェック?
聞いたことがない。手続きというお堅い形式とは程遠い、ふざけた語感。なんのこっちゃ、である。
「このたび、国境検問所を訪れるかたはすべて、この国に脅威を及ぼす者であるかどうか、我が国の優秀な特殊能力者に面接を受けていただくことになりました。それが、マジカルチェックです。彼らの審査を通してから入国の許可が下りるという、最新システムなのです」
役人の説明に、思わず隣のアーデルハイトの顔を見た。アーデルハイトも初めて知ったようで、少し肩をすくめて笑っている。
「特殊能力者……? そんな人たちがいるのか。でも、脅威を及ぼす者かどうかって……、どうやって判断できるんだ?」
あまりに謎過ぎて、キースは質問してみる。
「それはまさに、マジカルなチェックです。三名の特殊能力者の感覚によって判断されます。簡単ですぐ終わりますので、ご安心ください」
「ふ、ふうん……」
マジで、マジカルな、チェック……。
ふと、キースは思った。クラウスは、この国を通って行ったのだろうか。それとも、遠回りになる別ルートでノースカンザーランドへ向かったのだろうか、と。
もしこの国を通って行こうとした場合、やつはこの審査を通ったのだろうか――?
上空には、ドラゴンに乗って国境を守る警護団がいる。ドラゴンなどに乗って空を渡る旅人も、入国にはこの陸上の国境検問所を通らねばならない。
「ずいぶん変わった……、いえ、厳重な入国審査があるのね」
魔法使いであるアーデルハイトも、「特殊能力者」という論理的とは程遠い人物を登用する審査方法に驚いていた。
「この国独自のシステムかあ」
係員に案内されるがまま、国境検問所の廊下を進む。ペガサスのルーク、ドラゴンのゲオルクも一緒だ。妖精のユリエは定位置、キースの肩の上にちょこんと座っている。カイは、というと、まだ剣の姿で、キースの腰の辺りに収まっている。
係員はほどなく、ある一室の前で立ち止まる。
「ここからは、お一人ずつ入室願います。それから、ペガサス、ドラゴン、妖精も一個体ずつ入ってください」
「へえー。と、いうことは、人間以外もマジカルチェック、受けるんだあ」
あれ。それじゃ、カイはどうしよう。
しらばっくれて剣のまま一緒に入るか、でも見破られて変なふうに目を付けられても困るなあ、とキースは迷う。
いったい、その三人の特殊能力者の能力ってどれほどなのだろう――。
係員は今、アーデルハイトと話をしていた。キースは少し離れ、廊下の角を曲がり隠れるようにして、カイに尋ねようとした。
キースが声を掛ける前に、カイは自分から人の姿に変わった。
「下手にばれて、問題視されても困りますからね」
それから、カイはちょっと首を傾げた。
「昔、俺がエースさんとこの国を通ったときは、そんな審査はなかったのですが……」
「そうか。カイがひいじーさんと俺の故郷に来るとき、やっぱりこの国を通ったのか」
「はい」
「特殊能力者って、どんな連中なんだろう」
「さあ……。でも、国からの選出なら、確かな実力者なんだろうと思われます」
ふうむ、とキースは腕組みをした。
俺たちって、客観的に見ると怪しさ満載の団体だよなあ……。
もし審査に引っ掛かったら、別ルートを通るしかない、そうキースは覚悟した。
「すみません」
カイが自ら、係員に声を掛ける。
あっ、カイ……。入国手続きのときいなかったのに、自分から……。
キース、それからアーデルハイトが案じる中、カイは自分のことについて打ち明けていた。
「俺、いえ私は、人ではありません。剣です。そういったわけで、先ほどの手続きの際は私のぶんについては申請しませんでした」
だ、大丈夫か、カイ……!
キースはうろたえてしまったが、意外にも係員は動揺していなかった。
「お申し出、ありがとうございます。手続きにつきましては、そのままで大丈夫です。入国については、マジカルチェックで可否が決まりますので、私からは何とも申し上げられません。申し訳ありませんが、そういった決まりですのでご了承くださいませ」
係員は穏やかな口調で対応していた。驚かないことが、驚きだった。
「実は、お客様のような事例は一件ですが、ございました。ええと、確かそのお客様は、すりこぎでいらっしゃいましたね」
「す、すりこぎ……!」
すりこぎの精だったらしい。
すりこぎ、すこぶるマイナーな調理道具……!
食材をすりつぶす木製の棒である。伝統的かつずいぶんピンポイントな道具だった。
すりこぎの精であるすりこぎさんと、そのすりこぎさんの持ち主は、黙ってマジカルチェックを通り抜けようとしたが、見事特殊能力者に見破られたとのことだ。しかし、とくに問題がなかったので、すりこぎさんも入国できたそうだ。
すごいな、すりこぎさん……!
「じゃあ、とりあえず――、私から行くわね」
国を超えていった不思議なすりこぎさんに思いを馳せるキースだったが、アーデルハイトはしっかり現実を見ていた。アーデルハイトが名乗りを上げ、アーデルハイトからマジカルチェックを受けることになった。
数分が経った。室内から、声がした。
「次のかた、どうぞお入りください」
キースとカイ、ユリエは顔を見合わせた。
アーデルハイトが戻ってこないところを見ると、アーデルハイトは無事審査を通ったようだ。そして、部屋を抜けたどこかで待機していると思われた。
「私! 私が行ってみるーっ!」
妖精のユリエが小さな手をめいっぱいあげ、立候補した。
そのさらに数分あと、ドラゴンのゲオルク、ペガサスのルーク、それぞれを入室させることにした。
無事審査が通ったようで、誰も戻っては来なかった。
ついにマジカルチェックを受けていないのは、キースとカイだけになった。
「キースが先に行ってみますか?」
一番の問題は、カイである。剣は武器であり、すりこぎとはだいぶ話が違う。魔剣ということで、拒否されるかもしれない。
「せめて俺が、ラーシュ兄さんか妹のセシーリアのような武器ではない存在だったらなあ……」
魔法の杖のコンラードも微妙なところだ、とカイは呟く。
「でもさあ、剣なんて多くの旅人が持ってるだろ? きっと大丈夫だよ!」
「でも、人の姿になれて自分の意思も持ってる剣は、やはり相当危険ですよね……」
扉の向こうから入室を促す声がした。
「まっ、あちらの国の事情だから、あちらの判断に任せるしかねーな! カイ、お前先にいけ!」
「俺ですか?」
「うん! とりあえずお前先に行ってみろ!」
キースの言葉を受け、カイが入室した。
「カイは礼儀正しいから、きっと大丈夫だろー」
礼儀正しいかどうかは入国審査にあまり関係ないはずだが、キースは一人納得していた。
「礼儀が正しくねー俺のほうが、問題児だったりして!」
キースは廊下で、自分で言って自分で笑ってしまっていた。
「では、団体様の最後のかた、入室どうぞ」
「はーい!」
カイも無事審査を通ったらしい。キースは必要以上に元気いっぱい扉を開けた。
「よろしくお願いしまーす!」
目の前に座っていたのは、三人の――、子どもだった。
「子どもっ!?」
「子どもでは、いけませんか?」
真ん中の、十歳くらいの男の子が微笑む。
「いやあ、ごめんごめん。ちょっと、意外だったから驚いたんだ」
「私たちが特殊能力を持つ入国審査員です」
右端の十歳くらいの女の子が話す。三つ編みのおさげ姿がよく似合う。
「あなたのお名前を教えてください」
十五歳くらいの女の子。声から察すると、入室を促していたのはこの子だったようだ。
「あ。俺の名はキース。これが身分証……」
「身分証は、先ほど確認したはずですので、大丈夫です」
そうか。さっき判をもらったもんな。
入国審査員は、じっとキースの青い瞳を見つめていた。真ん中の男の子が、椅子から立ち上がった。
なにを審査するんだろう。
男の子は歩み寄りキースの前に立つと、ぽんぽん、とキースの腕を軽く叩く。そして、男の子ははっきりと述べた。
「うん。みっちりしてる」
みっちり!?
「中身、ちゃんとつまってますねー」
ぽんぽん、ぽんぽん。
「なにがっ? なにがつまってるって――」
キースが尋ねたが、男の子はにこにこしているばかり。
おさげ髪の女の子が、口を開く。
「かっこいいポーズ、できますか?」
かっこいいポーズ!? そこになんの必然性が!?
でも、かっこいいポーズは得意と思い込んでいるキース、着ていた上着をずらしていったん大きくはだけさせ、勢いをつけて上着をふたたび着込もうとしたら――、
「あ。わかりました。もういいです」
え! まさかの寸止め!? ここからがかっこいいのに!? ある国で、ジャケットプレイと評判の動作なのに!?
あっさりと止められてしまい、キースは普通に上着を着直した。下手に続けて悪印象を持たれては、と思ったのだ。キース、ただの上着を着込んだ人に成り下がる。
年長の女の子が、発言する。
「それでは、これが最後です。反復横跳びをお願いします」
反復横跳び……!?
これが最後の要求だった。
これは……。いったいなんの審査……。試されている、試されている、俺……。
キースはほんの一瞬うつむいた。しかし、躊躇は許されない。キースは、きっ、と顔を上げた。
やってやる……! そして見せてやる……! 皆と一緒に入国するために……! 俺のすべてを、反復横跳びに賭けてやる……!
キースは決意を固めた。
見よ……! これが俺の反復横跳びだ……!
キースは、風になった。
「不思議な審査だったなあ」
キースも無事、入国の許可が下りた。
「……歌を歌わせられたわ」
唐突に、アーデルハイトが告白した。
「えっ!? そんなことしたのか!? 俺の審査と違う……!?」
どうやら、アーデルハイトは歌を歌うよう言われたらしい。しかも、世界的に有名なポップソングの中のラップパートだけを歌うよう言われたとのこと。
「どうせなら、サビを歌いたかった……」
アーデルハイトは、悔しそうに呟いた。
「私、踊ったよ」
ユリエが楽しそうに言う。実際楽しかったらしい。
「なんだ!? マジカルチェック、謎すぎるな!?」
アーデルハイトもユリエも、ずいぶん楽しそーな審査じゃねーか! 俺のときは意味不明だったけど!?
「カイは!? カイはどうだった!?」
カイが少しびくっとした。訊かれたくないようだった。
「なぜか……」
「なぜか……?」
「……着ぐるみを着せられました……」
植物系、動物系、食品系、三種類の着ぐるみを着たらしい。
「植物系、動物系、食品系って、なんなんだよ!?」
思わず追及するキース。
「なめこと、ウォンバットと、イシカリナベです」
キースの中で、一つの結論が出た。
あの子たち、ただ遊んでるな!?
入国審査員の子どもたちは、三人だけで楽しそうに話していた。
「今日も楽しかったね!」
「悪い人が来なくてよかったね!」
「平和っていいね!」
「キースさんと、もっと遊べばよかったかなあ?」
「いやいいよ。あの人、存在自体が面白いから」
入国審査員たちは、特殊能力でキースの魂に触れ、そのユニークさを感じ取り、それだけですでにおなかいっぱいになっていた――。
「あの人、きっと世界にとって大切な人だね」
「うん。きっと、あの人が世界の危機を救う人なんだ」
「信じよう。あの眩しい光を――」
特殊能力者たちは、北の巫女の予言こそ知らなかったが、世界の危機が近づいていることを肌で感じて知っていた。
ネクスター国に、マジカルチェックが配備されたのは、この世界に忍び寄る不穏な黒い影を予見してのことだった――。
一方、クラウスたちはネクスター国を避けて別ルートを通っていた。
他方、フレデリク先生の一行は、入国審査を受け入国していた。そこで各自、十八番の宴会芸を披露している。入国審査員たちは大喜び、満点合格を出していた。
「ねえねえ。出国の審査も必要ってことにしない?」
「そうだね! もしかしたらあのひとたち、またここを通るかもしれないからね」
「今から審査内容をもっと練っておかないと……!」
三人の子たちは、にんまりと笑った。




