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旅男!  作者: 吉岡果音
第四章 光溢れる道を歩む者、闇をさまよう者
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心を揺らす瞳

 アーデルハイトはドラゴンのゲオルクに乗り、青空を駆けながら物思いにふけっていた。


 キースに初めて会ったとき、変わった男だなあと思った。

 話しやすくて、面白い、と思った。

 腰に下げている剣が、不思議な力に満ちていて、なんだろう、と興味を持った。

 圧倒的な強さ、剣をふるうときの無駄のない動きの美しさに目を見張った。

 いったいどういう人物なのか気になって、同じ目的地だし、困ってるみたいだし、ちょっと一緒に旅をしてみよう、と軽い気持ちで一緒に行動することにした。

 まあ……。外見は男前だなあ、と思った。中身はアホだと思った。

 なんか憎めないし、なにをしでかすかわからない、いったいなにを考えているんだろう、もしくはなにも考えてはいないのか――、新鮮で、不思議で、妙に目が離せない感じだった。

 しだいに、優しいひとだ、とわかった。

 あたたかい、豊かな感情を持つひとだ、と思った。

 自由でおおらかで大きな――、大空のようなひとだと思った。


 好きになった。大好きに――。


 キースは、私のこと、どう思っているんだろう? 

 どう感じているんだろう?

 あの深く澄んだ青色をした瞳に、私はどんなふうに映っているの――?


 こんなに近くにいるのに、なんだか切ない。素直に気持ちを表現できない自分がもどかしい。

 なぜなんだろう。私が私じゃないみたい。

 もっと近づきたい。でもちょっと怖い。

 なにが怖いんだろう?

 キースの反応が? それとも私がもっと変わってしまうことが? それとも、楽しく明るく居心地の良い関係性が変わってしまうことが――?


 アーデルハイトは、なんだかもやもやして、大空に叫びたい衝動にかられる。


 でも、いったい、なんて叫ぶの? 私はなにを叫びたいの?

 私はいったい、どうしちゃったんだろう。

 まるで迷子になったみたいだ。


 とりあえず、誰にも聞こえない小さな声で呟いてみる。


「……キースの、ばか」


 少し、スッキリした。

 そのときだった。

 アーデルハイトは、異様な雰囲気を感じ取った。

 空に、大きな漆黒の目があった。


「これは……!?」


 「目」はなにかを探していた。


 ビシッ!


 アーデルハイトは、とっさに自分たちの周りに防御の結界を張る。


 あれに、悟られてはならない……!


 本能だった。まるで上空の猛禽類の目から姿を隠す、捕食される動物のように、素早く身を隠す術を行使した。

 「目」、はなにかを探し続けている。


 大丈夫、まだ見つかってはいない――。


 アーデルハイトは一人胸をなでおろす。

 アーデルハイトしか、異変に気付く者はいない。

 しばらく「目」は、辺りを探していたが、現れたときと同様、唐突に空から消えた。

 残されたのは、穏やかな青い空。

 アーデルハイトは、改めて気を引き締めた。


 きっと、あれは私たちを探していたのだ――!




 闇の中、ビネイアはその漆黒の瞳を閉じた。


「クラウス様は、動くなとおっしゃったけれど、やはり気になりますわね――」


 なにか、術を使える者がいるらしい。

 私の「目」から隠れたようだ。


 ビネイアは、にたり、と笑った。


 面白い。

 やはり、これは面白くなりそうだ――。




 夕方、眼下に見える町に降り立つ。


「キース」


 アーデルハイトが話しかけた。


「あの……。私たち、なにかに狙われているのかもしれない」


「え!?」


「それは、人じゃないかもしれない」


「人じゃ、ない……?」


「さっき、空に巨大な目が現れたの……。見つからないように、とっさに結界を張ったけど、これからもまた現れるかもしれない」


「もしかして、クラウスに関するものか……?」


「たぶん……。そうかもしれない」


 アーデルハイトは、うつむいた。


「これからは、私たち、気を引き締めないといけない……」


 ぽん。


 キースは、アーデルハイトの頭に軽く手を乗せた。


「だーいじょうぶだって! そんな深刻な顔すんなよ!」


「え……?」


「そんな四六時中気を張ってたらかえって危険だぞお! 気を張って無理に集中してたら、視野が狭くなるし勘も鈍るし、見えるもんも見えなくなっちまう!」


「キース……?」


「とはいえ、教えてくれて、ほんとありがとな! 知ってると知らないとでは、えらい違いだからな! でも、こーゆーときほど自然体が大事なんだ!」


 キースは笑っていた。アーデルハイトは不思議に思う。どうして、そんな平気な顔でいられるの――?


「そうかあ。人じゃねーのか……。クラウスにも仲間とか手下がいるってことだな。まあいいさ。なんにせよ、もともと強敵なんだろうから、なにが出てこよーが別に今更驚くこっちゃねえ!」


 キースは、改めて皆の顔を見る。


「こっちだって、人じゃないのがわんさかいてくれるからな! まあ、おあいこだな!」


 ドラゴンと、ペガサスと、妖精と、それから人に変身できる剣。


「しかも、こっちの面々は、とっても素晴らしいユニークなやつらときてる! クラウスの連中、このメンツを見たらきっと驚くぞお!」


 キースは楽しげに笑う。恐怖など、微塵も感じていないようだ。


「……人間も、ユニークですけどね。というか、人間が、一番ユニークです。クラウスの驚きポイントは、そこに尽きると思います」


 ぽつりとカイが呟く。


「……カイ、もしかしてそれ、俺のこと言ってる?」


「他に誰がいるんですか」


 さらりとカイが返す。


「……アーデルハイト」


「キース。謙遜しないでください」


「……そういうの、謙遜っていうのかあ!?」


 キースはカイに絞め技をかける。そして、技をかけながら、ふと思う。


 ――クラウスは、アーデルハイトも俺と一緒に旅をしていることを知ったら、どう思うのだろう――。


 そして、どんな行動に出るのだろう。予測がつかない。クラウスの行動で、アーデルハイトはより深く傷ついてしまうのではないか――。やはり、二人は会わないほうがいいのかもしれない。会わせないほうがいいのかもしれない、そんなことをキースは考えていた。


「キース! 隙だらけです!」


 今度はカイが反撃に出た。会心の飛び蹴りが入った。


「カイ! やったな!?」


 中学生レベルの格闘技ごっこで、キースの思考は中断された。

 しょーもない技の掛け合いで騒ぐキースとカイの脇に佇むアーデルハイトの顔には、まだ不安の影が色濃く残っていた。その不安は、妖精のユリエにもわかるほどだった。


「アーデルハイト! 安心して! 私だって、本気出せば強いんだからあ!」


 ユリエがえへん、と胸を張る。


「ユリエはどう強いの?」


 思わずキースが尋ねる。


「……じゃんけんは、負けたことがない!」


「すごいねえ!」


 キースがちょっと大げさに感心する。


「でも、勝ったこともない!」


「おあいこかあ!」


 それは、強いといえるのだろうか。一同の胸にそんな思いがよぎる。


「百戦、百あいこなんだから!」


「……それは、逆にすごいかもしれない」


「だから、いつも飽きて勝敗がつかないうちにやめちゃうの……」


「そうかあ。ユリエは勝負事は必要ないのかもしれないね」


 キースが優しい微笑みで語りかける。


「必要ないの?」


「うん。きっと、ユリエはそのままでいいんだよ。勝ち負けも、競争も必要ないんだよ」


「ふうん?」


 競い合う必要もなく、ただ自分の心のままに動き、そして自然に相手の心に合わせてしまう穏やかな世界。きっと、それが人とは違うユリエの世界なんだろうな、とキースは思った。

 ふと、キースはアーデルハイトのほうを見た。大丈夫だろうか、得体の知れないものに接したせいで、恐れや不安で押しつぶされそうなのではないか――。


「……そうだね。自然体のほうがいいかもしれない」


 アーデルハイトは、意外にも明るい笑顔だった。いつもと同じ、変わらずにマイペースなキースやカイやユリエの言動を見て、開き直りともいえる境地に達していた。ただ不安に思っていてもしょうがない、と思えていた。


「うん! 決めたんだもん! 今更ビビってもしょーがない!」


「アーデルハイト……」


「……また帰れ、なんて言わないでよ」


「ん?」


 まるで、先ほどのキースの考えを読み取ったようにアーデルハイトは言った。強い口調だった。


「これは私の旅! 絶対、ぜったい誰にも干渉されないんだから!」


 これから、なにが起ころうがなにが現れようが、動じないでいよう、とアーデルハイトは思った。キースのように――!


 私の気持ちは、私だけのもの! 揺らがない! どんな恐ろしい敵だろうと、私は変わらない! 私は私らしくいく――!


「それでこそアーデルハイトだな」


 キースが微笑んだ。青く澄んだ瞳が、優しい笑みを浮かべている。


 どきん。


 動じない、揺らがない、私らしくいく――。でも、キースに対してだけは、別なんだな……。


 心が揺れる。

 その笑顔に、その瞳に、悔しいけど思いっきり動じまくりだよ、とアーデルハイトはため息をついた。


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