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旅男!  作者: 吉岡果音
第四章 光溢れる道を歩む者、闇をさまよう者
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誕生日ミラクル、四回転アクセル

「ユリエちゃんも、お誕生日おめでとう!」


 アーデルハイトが、妖精のユリエに小さな包みを手渡した。


「わあ! ありがとう! アーデルハイト!」


「あっ! 俺もさっき買っておいたんだ! ユリエ、おめでとー!」


 キースも綺麗にラッピングされたプレゼントをユリエに手渡す。


「わー! キースも! ありがとうー!」


「ユリエ、おめでとう」


 カイは、かわいらしいピンクの野の花を手渡す。


「カイ! ありがとう! 嬉しいー! いつの間に摘んでくれたのー?」


 ユリエは胸いっぱい野の花の香りを吸い込んだ。甘く優しいよい香りだった。

 アーデルハイトとキースのプレゼントは、人形用のかわいいリボンやアクセサリーだった。


「誕生日って、素敵ね!」


 ユリエは嬉しくてスカートをひらひらさせながら、何度も宙を回った。空中で、四回転アクセルだった。

 ドラゴンのゲオルクとペガサスのルークも、まるでおめでとうと言っているかのように、ユリエを何度も舐めてあげた。ユリエにとって大きすぎるドラゴンとペガサスに舐められ、ユリエは長い髪も服もヨダレだらけである。ユリエはキースの服で拭うことにした。


「俺はタオルか!」


 キースが笑う。

 昼どきを過ぎていた。


「そろそろ、どこかで昼飯だな。それから、デザートのケーキもたのもうぜ!」


「わーい! ケーキ! ケーキ!」


 今日がユリエの誕生日ではない。でも、今日はユリエにとって最高の誕生日である。




「あれっ!?」


 店に入ると、店内に見覚えのある顔――。


「あんたは……、確か……! ミハイル!?」


 チーム昼飯の! とキースは思った。「チーム昼飯」は、キースが勝手に心の中で名付けた架空の団体名なのだけれど。


「キースさん! 先日は本当にご馳走様でした!」


 ミハイルは人懐っこい笑顔で挨拶をした。


「いやいや。ほんとにまた会えるとは思ってなかったよ!」


「お約束通り、今度は僕に皆さんのご飯、おごらせてください!」


「はは。それはいいよ! それより、もしよかったら、一緒に飯食おうぜ!」


 ミハイルも同席することにした。


「皆さんは、どちらまで旅をするご予定なんですか?」


 ミハイルが皆に尋ねる。はきはきとした、気持ちのいい話し方である。


「俺たちは、ノースカンザーランドに行くつもりなんだ」


 キースが答えた。


「えっ!? ノースカンザーランド! 奇遇ですねえ! 実は、僕もそこが最終の目的地なんですよ」


「へえ! そうなの? ほんと奇遇だねえ!」


「僕、神様にお仕えする退魔士なんです。魔物を退治しながら旅をして、修行しているんです。ノースカンザーランドには、北の巫女様という方がいらっしゃいまして……」


「えっ! 北の巫女!」


 キースが思わず驚きの声を上げた。


「もしかして、北の巫女様をご存知なんですか?」


 ミハイルも驚いていた。魔導士や魔法使い、神官や僧侶など神秘的な職業に従事する者には知る者も多いが、一般人なら他国の巫女の存在までは知らないのが普通である。


「ご存知もなにも……!」


 と、そこまで言いかけて、キースは一瞬止まった。


「あ。そーいや俺はご存知じゃなかった」


「なんですか!? それ!?」


 ミハイルはキースの言葉に思わずツッコむ。


「色々話を聞いて知っている気になっていたが、実は俺はあまりわかんないんだよねえ」


 カイは黙っていた。ミハイルにどこまで話していいか決めかねていた。


「ミハイルさんは、北の巫女様とお会いするためにノースカンザーランドを目指していらっしゃるのですか?」


 アーデルハイトがミハイルに尋ねた。


「そうです。色々お尋ねしたいことがあって――。でも、まだまだ修行中の身である僕が、北の巫女様にお会いできるかどうかわからないですけれど」


 食後のケーキが運ばれてきた。アップルパイだった。


「わあい! アップルパイー!」


 ユリエが歓喜の雄たけびを上げる。女の子だから、雌たけびか、とキースは思う。


「皆さん、アップルパイがお好きなのですね」


 テーブルの上には三人前のアップルパイが並ぶ。人形のように小さいユリエも一人前を食べるつもりだ。


「俺たち、すっかり洗脳されちゃってさあ! アップルパイの文字しか目に入んなかったんだよねえ!」


 なにしろ、キースとアーデルハイトは、謎の「アップルパイレベル」が百上昇している。


「今日はアップルパイ祭りですね!」


 ミハイルが白い歯を見せて爽やかに笑う。


「うん! アップルパイ祭りー! 今日、私とキースの誕生日なのー!」


「そうなんですか! おめでとうございます!」


「ありがとー!」


 キースとユリエは同時に礼を言った。見事なシンクロである。

 ミハイルも、皆につられてデザートを頼んでいた。ミハイルは、クリームたっぷりのパンケーキだった。童顔で少年のような見かけのイメージ通り、甘党だった。


「あれ……? そういえばカイさんは、なにも召し上がらないんですか?」


 ミハイルが不思議そうな顔をする。


「こいつは酒さえ飲ませとけばいいんだ!」


「キース。その言い方はなんだか語弊があります」


 かといって、カイは人間じゃなく剣だから、とも言えない。


「お酒、頼んだらいかがです? 店員さん、お呼びしましょうか?」


 ミハイルがメニューをカイに手渡しながら笑う。


「……ミハイル。お前まだ皆の分おごる気だろー?」


 キースがニヤニヤする。


「えっ……!」


 図星だった。


「ざーんねんでした! そんなことだろうと思って実は俺、ちゃあんと皆の分前払いしておいたもんねー!」


「ええっ! いつの間に……!」


「なんかあんたは義理堅そーに見えたからさ」


「また僕の分も……! でもそれじゃあ申し訳ないです……」


「いいよ、いいよ! じゃあ、俺たちがどこかで魔物に襲われてたら助けてくれ! そんときは頼むよ」


「キースさん……」


「またどっかで会えるといいな! 今度会うときはノースカンザーランドかな?」


 昼食もアップルパイもパンケーキも、とても美味しかった。大勢でわいわいと楽しく食事をしたせいもあるかもしれない。


 ――いろんな出会いがある。旅って、面白いな――!




「本当にご馳走様でした!」


 深々とミハイルはお辞儀をした。


「道中気を付けてな」


「キースさんたちも! 神様のご加護がありますように……!」


 お互い手を振って別れた。空にはゆっくり白い雲が流れていた。明るく晴れた午後だった。


「アップルパイ、美味しかったねえ! 幸せー! 毎日が誕生日だといいのに!」


 ユリエはご機嫌である。また四回転アクセルが出た。


「毎日が誕生日なら、とんでもない年齢になるぞ」


 キースがユリエに笑いかける。


「あはは! そーだねえ!」


「……キース。誕生日なのにまたおごってもらっちゃったわね」


 アーデルハイトが、申し訳なさそうに話しかけてきた。


「いいよ、いいよ! 気にすんなって!」


「でも、なんだか……」


 ふっ、とキースは笑う。


「……じゃあ、アーデルハイトには、チューでもしてもらおっかなー」


 ふざけてキースは言った。まったくの冗談だった。キースは、アーデルハイトからパンチか平手をくらうだろうと思った。そして、そんな反応を期待していた。


 ――まったく! アーデルハイトは凶暴だからなあ!


 ちゅっ。


 ――ん?


 アーデルハイトは、キースの肩に手を添え、背伸びをして――、キースの頬にそっとキスをした。


 ――え!?


 驚いてアーデルハイトの顔を見る。アーデルハイトの頬は真っ赤だった。上目づかいの瞳は、少しうるんでいるように見えた。


 ――ア、アーデルハイト……!?


「誕生日だから! 特別サービスよ!」


 そう一言だけ早口で告げ、アーデルハイトは金の髪を風になびかせながらキースにくるりと背を向けた。もう、アーデルハイトの表情は見えない。

 そしてアーデルハイトは、ゲオルクやルークが待っている店の裏手に向かって足早に歩いていった。

 キースは呆然と立ち尽くす。突然すぎて、そして予想外すぎて、言葉も出てこない。


「い、今……!? いったい……」


 なにが起こったかキースはまだ把握できないでいた。頬に、柔らかな唇の感触が残る――。


「こ、これは! なんだ!? 白昼夢か!? それとも……、実は新手の暴力の一種だったのか!?」


 ――今、頬にキスを……?


「……誕生日ミラクルかっ!?」


 まだ信じられない。


「……誕生日ミラクルってわけじゃないと思いますけど……」


 カイが小さな声で呟いた。


「んっ!? カイ! 今なんか言ったか!?」


「いいえ。俺はなにも言ってませんよ」


 カイはとぼけてみせた。


「誕生日って素敵ね!」


 ユリエが満面の笑顔になる。そしてまた四回転アクセル。


「……本当に、誕生日って素敵ですね」


 カイは、くすり、と笑った。


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