第23話 誕生日ミラクル、四回転アクセル
誕生日。それは、この世界に生れでた日。
の、はずなのだが。
「ユリエちゃんも、お誕生日おめでとう!」
アーデルハイトが妖精のユリエへ、お祝いの言葉。そして、小さな美しい布のリボンのついた包み――ユリエの小さな手で受け取れるサイズ――を手渡した。
「わあ! ありがとう! アーデルハイト!」
「あっ! 俺もさっき買っておいたんだ! ユリエ、おめでとー!」
キースもお祝いを述べ、ユリエにそっと差し出す。それはやはり、綺麗にラッピングされた小さな包みだった。
「わー! キースも! ありがとうー!」
「ユリエ、おめでとう」
カイもお祝いの言葉を贈る。カイが用意したのは、薄桃色の可憐な野の花。
「カイ! ありがとう! 嬉しいー! いつの間に摘んでくれたのー?」
ユリエは胸いっぱい野の花の香りを吸い込んだ。甘く優しいときめく香り。
包みを開けると、アーデルハイトとキースのプレゼントは、人形用のかわいいリボンやアクセサリーだった。妖精であるユリエには、人形用のものがぴったりだったのだ。
「誕生日って、素敵ね!」
ユリエは嬉しくてスカートをひらひらさせながら、何度も宙を回った。空中で、四回転アクセルだった。
ドラゴンのゲオルクとペガサスのルークも、まるでおめでとうと言っているかのように、ユリエを何度も舐めてあげた。ユリエにとって大きすぎるドラゴンとペガサスに舐められ、ユリエは長い髪も服もヨダレだらけである。ユリエはキースの服で拭うことにした。
「俺はタオルか!」
キースが笑う。タオル扱いでも、特に文句はないらしい。
気が付けば、昼どきを過ぎていた。キースはすぐ目の前の看板を指さした。
「あの店で食事をしよう。それから、デザートのケーキも頼もうぜ!」
「わーい! ケーキ! ケーキ!」
本当は今日がユリエの誕生日ではない、というのが確率的には濃厚だ。でも、今日はユリエにとって最高の誕生日である。
「あれっ!?」
キースたちが料理を店員に頼んだたあと、一人の客が店内に入ってきた。
柔らかそうな栗色の巻き毛の、見覚えのある童顔の小柄な青年――。
「あんたは……、確か……! ミハイル!?」
チーム昼飯の! とキースは思った。「チーム昼飯」は、キースが勝手に心の中で名付けた架空の団体名なのだけれど。
「キースさん! 先日は本当にご馳走様でした!」
ミハイルは大きな目をさらに大きくし、それから人懐っこい笑顔で挨拶をした。
「いやいや。ほんとにまた会えるとは思ってなかったよ!」
「お約束通り、今度は僕に皆さんのご飯、おごらせてください!」
挨拶もそこそこ、早速先日の「約束」を口にするミハイル。
「はは。それはいいよ! それより、もしよかったら、一緒に飯食おうぜ!」
ミハイルは少々戸惑い遠慮しようとしたが、キースたちの笑顔に後押しされ、キースたちのテーブルへ同席することにした。
「すみません。おじゃまします。ええと、僕はなにを頼もうかな――」
ミハイルは店員におすすめの料理を尋ね、勧められた一皿と飲み物を注文する。
キースはそんなミハイルの様子を見ながら、感慨にふける。
旅って不思議だな……! こんな偶然あるんだ……!
まさかあのとき出会った旅人と、偶然再会するとは思わなかった。これも一つのご縁なのだろう、とキースは思う。
ミハイルも、嬉しそうだ。一人旅をしているだろう中、誰かとの会話は純粋に嬉しいのだろうと思った。
料理が運ばれてきた。少し遅れてミハイルのぶんがきたが、皆のぶんとそんなに時間差はなかった。それぞれの料理の感想などの会話を一通り交わしたあと、ミハイルは皆を見回し、
「皆さんは、どちらまで旅をするご予定なんですか?」
と、尋ねる。はきはきとした、気持ちのいい話しかただった。
「俺たちは、ノースカンザーランドに行くつもりなんだ」
キースが代表して答えた。ミハイルは目を丸くした。
「えっ!? ノースカンザーランド! 奇遇ですねえ! 実は、僕もそこが最終の目的地なんですよ」
「へえ! そうなの? ほんと奇遇だねえ!」
マジか……! これまたすごい偶然……!
世界は広いというのに――、ミハイルの旅の目的地も、ノースカンザーランドなのだという。
ミハイルは訊かれたわけでもないのに、屈託のない笑顔で自身の旅について打ち明けた。
「僕、神様にお仕えする退魔士なんです。魔物を退治しながら旅をして、修行しているんです。ノースカンザーランドには、北の巫女様というかたがいらっしゃいまして……」
「えっ! 北の巫女!」
キースが思わず驚きの声を上げた。まさかの、予言の「北の巫女」――。
怒涛の偶然ラッシュ……!
間髪入れず訪れる「偶然」の波に、キースも皆も顔を見合わせてしまった。
「もしかして、北の巫女様をご存知なんですか?」
ミハイルも驚いていた。魔導士や魔法使いや退魔士、それから神官や僧侶など神秘的な職業に従事する者には知る者も多いが、普通他国の巫女の存在までは知らないものである。
「ご存知もなにも……!」
と、そこまで言い掛け、キースの言葉が止まる。
「あ。そーいや俺はご存知じゃなかった」
「なんですか!? それ!?」
ミハイルは、キースの言葉に思わず訊き返してしまっていた。キースは肩をすくめ、正直なところを述べた。
「色々話を聞いて知っている気になってたけど、実は俺はあまりわかんないんだよねえ」
そのときカイは押し黙っていた。思案顔で、ミハイルにどこまで話していいか決めかねている、そんなふうに見えた。
「……ミハイルさんは、北の巫女様とお会いするためにノースカンザーランドを目指していらっしゃるのですか?」
キースとカイに代わり、アーデルハイトがミハイルに尋ねた。
「そうです。色々お尋ねしたいことがあって――。でも、まだまだ修行中の身である僕が、北の巫女様にお会いできるかどうかわからないですけれど」
ちょうどそのとき、食後のケーキが運ばれてきた。アップルパイだった。
「わあい! アップルパイー!」
ユリエが歓喜の雄叫びを上げる。女の子だから、雌叫びか、とそのときキースはどうでもいいことを考えていた。
「皆さん、アップルパイがお好きなのですね」
テーブルの上には、三人ぶんのアップルパイが並ぶ。人形のように小さいユリエも、しっかり一人前を食べるつもりだ。
「俺たち、すっかり洗脳されちゃってさあ! デザートメニューのアップルパイの文字しか目に入んなかったんだよねえ!」
デザートは、他に四種類もあった。しかし、アップルパイ、まっしぐらだった。なにしろ、キースとアーデルハイトは、謎の「アップルパイレベル」が百ほど上昇している。
「今日はアップルパイ祭りですね!」
ミハイルが白い歯を見せて爽やかに笑った。
「うん! アップルパイ祭りー! 今日、私とキースの誕生日なのー!」
ユリエが声を張り上げる。
「そうなんですか! おめでとうございます!」
「ありがとー!」
キースとユリエは同時に礼を言った。見事なシンクロである。
ミハイルも、皆につられてデザートを追加で頼む。ミハイルのデザートは、クリームたっぷりのパンケーキだった。童顔で少年のような見掛けのイメージ通り、甘党だった。
「あれ……? そういえばカイさんは、なにも召し上がらないんですか?」
ミハイルが不思議そうな顔をする。
「こいつは酒さえ飲ませとけばいいんだよ!」
キース、身もふたもないことを言う。
「キース。その言いかたはなんだか語弊があります」
かといって、カイは人間じゃなく剣だから、とも言えない。
「お酒、頼んだらいかがです? 店員さん、お呼びしましょうか?」
ミハイルがメニューをカイに手渡しながら微笑む。カイは、大丈夫です、と遠慮し、ミハイルはなおも勧める。その様子を見て、すかさず、キースがミハイルに指摘した。
「……ミハイル。お前まだ皆のぶんおごる気なんだろー?」
「えっ……!」
どうやら、図星だったようだ。
「ざーんねんでした! そんなことだろうと思って実は俺、ちゃあんとミハイルのぶんも含めて全部、前払いしちゃったもんねー!」
「ええっ! いつの間に……!」
歓談中、実はキースが席を立っている時間があった。皆、トイレに行ったものだと思っていたのだが――。
キースは、ニッと笑う。
「なんかあんたは義理堅そーに見えたからさ」
「また僕のぶんも……! それじゃあ申し訳ないです……」
ミハイルは心底申し訳ないような顔をしたが、キースは譲らない。
「いいよ、いいよ! じゃあ、退魔士さん。俺たちがどこかで魔物に襲われてたら助けてくれ。そんときは頼むよ」
「キースさん……」
「またどっかで会えるといいな! 今度会うときはノースカンザーランドかな?」
食事もデザートも、とても美味しかった。大勢でわいわいと楽しい時間を過ごしたせいもあるのだろう
いろんな出会いがある。旅って、本当に面白いな――!
「本当にご馳走様でした!」
深々とミハイルはお辞儀をした。
「道中気を付けてな」
「キースさんたちも! 神様のご加護がありますように……!」
お互い手を振って別れた。空にはまるまるとしたひつじ雲。明るく晴れた午後だった。
北の巫女――。ミハイルには、また会えるかもしれないな――。
なんとなく、そんなことを思った。楽しみな予感を胸に抱きつつ、小さくなっていくミハイルの背を見送った。
「アップルパイ、美味しかったねえ! 幸せー! 毎日が誕生日だといいのに!」
ユリエはご機嫌である。また四回転アクセルが出た。
「毎日が誕生日なら、とんでもない年齢になるぞ」
キースがちょっとおどかす。
「あはは! そーだねえ!」
楽しそうにユリエが笑う、その隣でアーデルハイトはちょっと申し訳そうな顔をしていた。
「……キース。またおごってもらっちゃったわね。誕生日なのに――」
「真正誕生日」の本人が、全員ぶんもれなくおごる形になっている。
「いいよ、いいよ! 気にすんなって!」
「でも、なんだか……」
ふっ、とキースは目を細めた。みんな、真面目で律儀だなあと思いつつ。
「……じゃあ、アーデルハイトには、チューでもしてもらおっかなー」
ミハイルには、魔物に襲われてたら助けてくれって言っちゃったからねえ!
ふざけてキースは言った。まったくの冗談だった。キースは、アーデルハイトからパンチか平手をくらうだろうと思った。そして、そんな反応を期待していた。
まったく! アーデルハイトは凶暴だからなあ! さあ、パンチ、平手、どうぞっ!
キースは打たれる気満々で、頬を差し出した。パンチ平手タイムの開幕――。
頭上の緑の葉が、風に揺れた。
ちゅっ。
時が、止まる。
ん?
アーデルハイトは、キースの肩に手を添え、背伸びをして――、キースの頬にそっとキスをした。
は……!?
なにが起きたのか、理解ができなかった。
驚いてアーデルハイトの顔を見る。アーデルハイトの頬は真っ赤だった。上目づかいの瞳は、少しうるんでいるように見えた。
ア、アーデルハイト……!?
「誕生日だから! 特別サービスよ! 超、特別ねっ」
そう一言だけ早口で告げ、アーデルハイトは金の髪を風になびかせながらキースにくるりと背を向けた。もう、アーデルハイトの表情は見えない。
そしてアーデルハイトは、ゲオルクやルークが待っている店の裏手に向かって足早に歩いていった。
キースは呆然と立ち尽くす。突然すぎて、そして予想外すぎて、言葉も出てこない。
「い、今……!? いったい……」
なにが起こったかキースはまだ把握できないでいた。頬に、柔らかな唇の感触が残る――。
「こ、これは! なんだ!? 白昼夢か!? それとも……、実は新手の襲撃だったのか!?」
今、頬に……?
混乱した頭は、アーデルハイトは唇でもパンチを繰り出すのか、と一瞬仮説を絞り出す。
唇拳法の、正統後継者。
謎の拳法、唇拳、産声を上げる。
いやいやいやいや……!
「……誕生日ミラクル、かっ!?」
まだ信じられない。
「……誕生日ミラクルってわけじゃないと思いますけど……」
カイが小さな声で呟いた。
「んっ!? カイ! 今なんか言ったか!?」
「いいえ。俺はなにも言ってませんよ。見てませんし」
カイもそこにいて、思いっきり見てたのだが。
「誕生日って素敵ね!」
ユリエが満面の笑顔になる。そしてまた四回転アクセル。
「……本当に、誕生日って素敵ですね」
カイが、くすり、と笑った。




