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旅男!  作者: 吉岡果音
第四章 光溢れる道を歩む者、闇をさまよう者
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己の限界を超えて行け……!

 昼前に、見つけた町に降り立った。


「ここも結構大きな町だなあ!」


 通りも広く、様々な店があり活気がある町だった。


「ちょっと、お昼には早かったかな」


「そうね……。ねえ、キース。ちょっとお店、色々覗いてみない?」


「ああ。そうだな」


 アーデルハイトには考えがあった。キースに誕生日プレゼントを買ってあげたいと思ったのだ。


 さりげないけど、なにか喜ぶようなもの、あげたいな。


 きっと、キースはなんでも喜んでくれるだろう、と思う。でも、せっかくなら、旅の間邪魔にならないもので、愛用してもらえるようものをあげたいなあと思う。


 うん。気合い入れて探す。


 アーデルハイトの乙女スイッチが入った。




「パンツ、ヨレヨレだからそろそろ買わなきゃなー」


 キースが突然呟く。


「えっ!」


「あ。ごめんごめん。独り言」


 なにを言い出すんだ、この男はまったく! とアーデルハイトは思った。


 キースは、パンツが、欲しいんだ――。


 しかし、まさかいきなりパンツはプレゼント出来ない、とアーデルハイトは思った。

 そういえば……! と、アーデルハイトは突然思い出してしまった。

 パンツ、と聞いて思い出してしまった。

 アーデルハイトは、キースの全裸を不覚にも見てしまっていた。急にそのことを思い出し、赤面した。


 ばしーん。


 いきなり、キースの頭を叩いていた。


「なっ! なにすんだよ、アーデルハイト!」


「あっ……。ご、ごめん。つい……」


 つい、全裸を思い出した、とは言えない。


「ああ。そうか。ごめん。急に俺がパンツなんて言ったからか……」


 まさか、アーデルハイトが自分の裸を思い出したなどとキースは気付かない。そんなことはすっかり忘れていた。キースは、思考のほとんどが大雑把である。


 見たくて見たんじゃないもん……!


 一瞬、アーデルハイトは思った。見たくて見たわけではないが、キースに恋をしてしまった今となっては――。


 ばしーん。


 またつい、キースの頭を叩いていた。


「あっ! ごめん! つい手が勝手に……」


「二発も!? そんなにパンツって破壊力ある物体か!?」


「あるよ!」


 今の私にとっては! とアーデルハイトは心の中で呟いた。

 二人のやり取りを見て、カイは思う。


 アーデルハイトさんにとって、パンツという言葉は禁句なんだ。


 パンツと聞いたらパンチひとつ、パンツと二回聞くとパンチふたつ――。まあ人間ではないカイにとっては、およそ無用な単語だが、一応肝に銘じておいた。




 そもそも、男の人へのプレゼントって難しいよなあ、とアーデルハイトは思う。ましてや、旅の途中である、高価すぎず、荷物にならないものと考えると余計難しいと思う。


 私は高価なものでも別にいいんだけど、キースの心の負担になっちゃっても困るし――。


 重い、とは思われたくない。たぶん、キースはあまり気にしないと思うけれど、でも、万一――。気まずくなったり、嫌われたりしたくない! とアーデルハイトは思う。


「あ、あの雑貨屋に入ってみようか」


 キースが一軒の雑貨屋を指差した。そのとき、キースとアーデルハイトの後ろを歩いていたカイの目の前に、ふわりとなにかが飛んできた。思わずカイはそれを手に取ってしまった。


「ぱ、ぱんつ!」


 パンツだった。男物のパンツが空から降ってきた。

 カイは、言葉にしてから、ハッとした。


 しまった! アーデルハイトさんの目の前で、パンツと言ってしまった――!


 パンツと聞いたらパンチひとつ。


 しかも、言葉だけではない、自分は現物を手に持ってしまっている。


 やばい! これは、パンチでは済まないかもしれない! 不可避の出来事とはいえ、これはまずい! パンチアンドキックか!?


「カイ。パンツ、どうしたの?」


 アーデルハイトが尋ねた。


「ち、違うんです! これは、どこかから飛んで来たんです! これは不可抗力です!」


 怒られる、とカイは思ったが、当然ながらアーデルハイトは怒るわけもなく、きょとんとしているだけだ。


「かっこいいデザインのパンツだなあ! 色も柄もいいなあ! 俺もこーゆーの買おうっと!」


 キースが笑いながら言う。


「キースはこーゆーの好きなんだあ! ちなみに、エースはふんどしっていうのをしてたよー」


 妖精のユリエが無邪気にエースの下着について報告する。エースはふんどし愛用者だった。


 キース! ユリエまで! そんなこと言ったら、アーデルハイトさんからパンチですよ! カイはパンツを手にしながら心の中で叫んだ。

 いちパンツ、いちパンチ。カイはそう信じて疑わない。


「おお! ありがとう! それはわしのパンツじゃあ!」


 カイの後ろから、老人の声がした。


「えっ?」


 白い髭の老人が笑顔で立っていた。


「今日はわしの店が定休日だから、のんびり洗濯をしてたんじゃ。乾いた洗濯物を取り込んでいたら、そのパンツだけ風に飛ばされてしまったんじゃあ」


「へーえ! じーさん、パンツのセンス、いいねえ! どの店で買ったの?」


「キ、キース!」


 カイは、気軽にパンツと口走るキースに気が気でない。


「あそこの店じゃよ」


 若者が好みそうな服を売っている、カジュアルな雰囲気の店。


「じーさん、若いよねえ!」


「ふはは。ありがとう!」


 カイは老人にパンツを渡す。自分の手から離れると、なんだかホッとした。


「ちなみに、じーさん、じーさんの店って、なにやってんの?」


 キースが尋ねる。


「ふふふ。わしは占い師じゃよ。占い屋さんさ」


「占い師さん! すごーい」


 ユリエの瞳がきらきら輝いた。女の子は占い好きである。


「……それにしても、あんたたちは変わった一行じゃな」


「美男美女揃いだろ!」


 キースが笑いながら言い放つ。


「キース! また自分で言ってるし!」


 そう言いつつ、アーデルハイトは頬を染めた。キースが、私のことも美女って――。正直、嬉しくなっていた。


「ペガサスに、ドラゴンに、妖精に――」


 じーさんの目に鋭い光が宿る。


「ほんと、俺たち変わってるよね!」


「それから、なんだろう。わしの下着を拾ってくれたおチビさんは。人じゃあないな?」


 おチビさん! カイは、人じゃないことを見抜かれたことより、その言葉にショックを受ける。


「でも……。一番変わってるのは、あんたじゃな」


 じーさんは、キースをまっすぐ見据えた。


「へえ。俺?」


「とても特別な運命を背負っているようじゃな。そして……。あんたはとても光り輝いている」


「俺が、光り輝く……?」


「……光の道を歩く者じゃな」


「光の道……」


「そのまま、まっすぐ進みなさい」


「まっすぐ……」


「大丈夫。あんたなら大丈夫さ」


 じーさんは優しい瞳で微笑んだ。


 ――このじーさんの瞳には、なにが見えてるんだろう――。


「妖精の女の子は、元気いっぱいじゃな!」


「すごい! おじいさん、超占い当たってる!」


 それは別に占いじゃないだろう、キース、アーデルハイト、カイは同時に思った。占いではなく見たままの感想である。


「それから、そこのべっぴんさん」


 じーさんは、笑顔でアーデルハイトを見つめた。


「形あるものが、最上というわけではないぞ」


「え……」


「贈り物は、もうすでにたくさん贈っているんじゃないかな?」


「え……!」


「あえて探さなくてもいいと思うぞ。百パーセントではないが伝わっているし、充分だとわしは思う」


 プレゼントのことを言ってるんだ――! そうアーデルハイトは気が付いた。


「なに? じーさん。それ、なんの話?」


 キースが不思議そうな顔をする。


「なっ! なんでもないよ! キース!」


 慌ててアーデルハイトが叫んだ。


「どうしてもあげたい、というなら別じゃがな。ふふふ。じゃあ、若人たち、よい旅をな」


 そう笑いながら、じーさんは帰っていった。かっこいいパンツをしっかり手に持って。




 色々な店を見て回った。今度は食事の店を探そうということになった。


「……キース。誕生日おめでとう」


 いきなり、アーデルハイトがキースにプレゼントを渡す。


「わっ! いつの間に買ってくれたんだ!?」


 キースは驚き、たちまち満面の笑顔になる。


「ありがとー! アーデルハイト! 見ていい?」


 聞きながらも、キースはすでに包みを開けている。


「う、うん……」


 アーデルハイトは少しうつむき、頬をピンク色に染めた。


「あっ……!」


 パンツだった。かっこいい、パンツ。


「パーンツ!!」


「キースが、あんまりパンツパンツ言うから……」


 他のものが思い浮かばなくなっていた。じーさんと別れた後、じーさんに教えてもらった店でこっそり買ってしまっていた。


「ありがとー! アーデルハイト!」


 キースは照れ臭そうに笑った。


「アーデルハイトさん……」


 カイはただただ驚いていた。


 禁句、解禁になったんですね――。


 こうして、人は自分で作った限界を密かに超えていくんだなあ、と、カイはわけのわからない納得をしていた。


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