第22話 己の限界を超えて行け……!
雲に映る、ドラゴンとペガサスの影。吹く風はどこまでも透明だった。
ドラゴンやペガサスに乗って空を移動して旅をするキースやアーデルハイトたち一行は、眼下、雲の合間から見えた町へ降りることにした。
「ここも結構大きな町だなあ!」
キースの声が弾む。
「そうね」
空を映したようなキースの青の瞳を見上げ、アーデルハイトはうなずいた。
「お店もたくさんありますね」
いつの間にか人の姿に変身していたカイが、穏やかな声で話す。落ち着いた声ではあるが、どこか楽しげだった。やはり、新たに訪れる町というものは、気分が弾むようだ。
「色々、見て回ろーっ」
妖精のユリエが、今まで座っていたキースの肩から、元気よく飛び立つ。小さな握りこぶしまで突き上げて、なんだかとってもアゲアゲである。
アーデルハイトは、立ち並ぶ店を眺め、ある思いが湧いてきていた。
お店……。なんか、あるかも。プレゼントにいいものとか――。
先ほど、キースの誕生日と聞いたばかりだった。お店というものを見ただけで、つい連想してしまっていた自分に慌てる。
いやいや。プレゼントなんて。誕生日って知るやいなやあげるってのもなんだかっ。
アーデルハイトは、ぶんぶんと首を振ってしまっていた。急にプレゼントを買うって、キースに変だと思われるかも、と思った。
「あれ。アーデルハイト。なに首振ってんの? 虫でもいた?」
「違うっ」
首を傾げて見つめるキース。想定外のところで、変に思われていた。
「色々、見て回ろう。いい店のある大きな町を、いつ見つけられるかわからないからなあ」
「キース。地図、買ったほうがよくないですか?」
カイがキースに提案する。今まで、キースもアーデルハイトも実は地図を持っていなかった。アーデルハイトは、ある程度魔法の力で調べようと思ったら情報を得ることができるから――大雑把な探知魔法や、鳥や虫を使って遠隔の情報を得る魔法など――、必要ないというのもあったし、キースは出たとこ勝負を楽しむ性格だったから、単純に欲しいと思わなかったのである。
「そうだな、地図も持ってたほうがいいかもな」
「ちーず! ちーず!」
ユリエが無邪気に連呼する。草食動物の乳から作る、発酵食品のそれを想像しているのかもしれない。
目についた大きな店は、雑貨屋のようだ。
様々な棚、豊富な商品を見ているうち、またむくむくとアーデルハイトの心に湧く、ちょっとした衝動。
さりげないけど、なにか喜ぶようなもの、あげたい、な。
アーデルハイトの足が止まる。
なんだろう、また「なにかあげたい」モードになってる、と自分で苦笑してしまった。
棚に並べられた革の道具入れに手を伸ばしたとき、ふと、
『ちっ! 違いますよ! 毎年キースさんがご家族の前で、プレゼントはなんだとかプレゼントありがとーとか、誕生日に大騒ぎしてたから、俺もいつかなにかあげよーと思ってて』
カイの言葉を思い出していた。
そうだ。キースは贈り物を素直に喜び、大切にする人なんだ。
『ほんと、ありがとな! 誕生日覚えててくれたんだ。その気持ちが嬉しいぜ!』
カイに向けた、キースの輝く笑顔も思い出す。
贈る、贈らない、という迷いの天秤は、俄然「贈る」に傾いた。
うん。気合い入れて探す。
アーデルハイトの乙女スイッチが入った。
結局、その店ではプレゼントは買わなかった。
「パンツ、ヨレヨレだからそろそろ買わなきゃなー」
こまごまとしたものを買い、店を出て通りを歩いていたとき、キースが突然呟く。
「えっ!」
「あ。ごめんごめん。独り言」
なにを言い出すんだ、この男はまったく! とアーデルハイトは呆れる。
考えをなんでも口にしちゃうおじさんかっ。キースが欲しいのはパンツ――。
おばさんも、結構考えをそのまま口に出しがちではあるというか、おばさんのほうが顕著な気もするが、それは置いといて、そういえば……! と、アーデルハイトの脳内に、雷のごとく過去の映像が降りてきた。
パンツ、と聞いて思い出す映像。いや、パンツ以上のトラウマ映像。
アーデルハイトは、キースの全裸を不覚にも見せられていた、いや、見せられていた、というか、見てしまっていた。
ばしーん。
いきなり、平手打ち、降臨。あのとき繰り出されなかった技が、今ここに。
「なっ! なにすんだよ、アーデルハイト!」
「あっ……。ご、ごめん。つい……」
しかし、つい、全裸を思い出した、とは言えない。
「ああ。そうか。ごめん。急に俺がパンツなんて言ったからか……。セクハラ発言だよなあ」
この世界でも、「セクハラ概念」は浸透しつつあった。それなのに、ああそれなのに、しっかり見せつけたキースはアウトである。が、この時点でキースは最近の自分の所業とパンツというワードは、あまり結びついていないように見えた。単純に、発言のほうだけの謝罪だ。心底悪意とか自覚がない、それはそれで罪である。
見たくて見たんじゃないもん……!
見たくて見たのではない。しかし、キースを意識している今は、怒りだけじゃない感情が上乗せされ――。
ばしーん。
またつい、叩いていた、今度は頬ではなく頭だ。
「あっ! ごめん! つい手が勝手に……」
「二発も!? そんなにパンツって破壊力ある物体か!?」
「あるよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
叩いてしまったという、罪悪感、自分への嫌悪感も含め、アーデルハイトの心境は複雑だった。
二人のやり取りを見て、カイは思う。
アーデルハイトさんにとって、パンツという言葉は禁句なんだ。
パンツと聞いたらパンチひとつ、パンツと二回聞くとパンチふたつ――。まあ人間ではないカイにとっては、およそ無用な単語だが。
気を付けよう。
一応肝に銘じておいた。
パンツの嵐は、一応去った。
それはそれ。これはこれ。
アーデルハイトのプレゼントへの意欲は、まだ息づいていた。
そもそも、男の人へのプレゼントって難しいよなあ、とアーデルハイトは思う。
ましてや、旅の途中である、高価すぎず、荷物にならないものと考えると余計難しいと思う。
私は高価なものでも別にいいんだけど、キースの心の負担になっちゃっても困るし――。
重い、とは思われたくない。たぶん、キースはあまり気にしないと思うけれど、でも、万一――。気まずくなったり、嫌われたりしたくない、などと色々考える。
叩いちゃったこともあるし――、ちょっと、トモダチ以上の感じも、出したいな……。
「あ、今度はあの本屋に入ってみようか。地図が――」
キースが一軒の本屋を指差した。そのとき、キースとアーデルハイトの後ろを歩いていたカイの目の前に、ふわりとなにかが飛んできた。思わずカイはそれを手に取ってしまった。
「ぱ、ぱんつ!」
パンツだった。男物のパンツが空から降ってきた。
カイは、言葉にしてから、ハッとした。
しまった! アーデルハイトさんの目の前で、パンツと言ってしまった――!
パンツと聞いたらパンチひとつ。
しかも、言葉だけではない、自分は現物を手に持ってしまっている。
やばい! これは、パンチでは済まないかもしれない! 不可避の出来事とはいえ、これはまずい! パンチアンドキックか!?
「カイ。パンツ、どうしたの?」
アーデルハイトが尋ねた。
「ち、違うんです! これは、どこかから飛んで来たんです! これは不可抗力です!」
怒られる、とカイは思ったが、当然ながらアーデルハイトは怒るわけもなく、きょとんとしているだけだ。
「かっこいいデザインのパンツだなあ! 色も柄もいいなあ! 俺もこーゆーの買おうっと!」
キースが笑いながら言う。
「キースはこーゆーの好きなんだあ! ちなみに、エースはふんどしっていうのをしてたよー」
妖精のユリエが無邪気にエースの下着について暴露する。エースはふんどし愛用者だった。故人のプライバシー、守ることかなわず。
キース! ユリエまで! そんなこと言ったら、アーデルハイトさんからパンチですよ!
カイはパンツを手にしながら心の中で叫んだ。
いちパンツ、いちパンチ。カイはそう信じて疑わない。
「おお! ありがとう! それはわしのパンツじゃあ!」
カイの背後から、老人の声がした。
「えっ?」
白い髭の老人が笑顔で立っていた。
「今日はわしの店が定休日だから、のんびり洗濯をしてたんじゃ。乾いた洗濯物を取り込んでいたら、そのパンツだけ風に飛ばされてしまったんじゃあ」
「へーえ! じーさん、パンツのセンス、いいねえ! どの店で買ったの?」
「キ、キース!」
カイは、気軽にパンツと口走るキースに気が気でない。
「あそこの店じゃよ」
若者が好みそうな服を売っている、カジュアルな雰囲気の店。
「じーさん、若いよねえ!」
「ふはは。ありがとう!」
カイは老人にパンツを渡す。自分の手から離れると、なんだかホッとした。
「ちなみに、じーさん、じーさんの店って、なにやってんの?」
キースが尋ねる。
「ふふふ。わしは占い師じゃよ。占い屋さんさ」
「占い師さん! すごーい」
ユリエの瞳がきらきら輝いた。女の子は占い好きである。
「……それにしても、あんたたちは変わった一行じゃな」
「美男美女揃いだろ!」
キースが笑いながら言い放つ。
「キース! また自分で言ってるし!」
そう言いつつ、アーデルハイトは頬を染めた。なんだか嬉しそうだ。
「ペガサスに、ドラゴンに、妖精に――」
じーさんの目に鋭い光が宿る。
「ほんと、俺たち変わってるよね!」
「それから、なんだろう。わしの下着を拾ってくれたおチビさんは。人じゃあないな?」
おチビさん! カイは、人じゃないことを見抜かれたことより、その言葉にショックを受ける。
「でも……。一番変わってるのは、あんたじゃな」
じーさんは、キースをまっすぐ見据えた。
「へえ。俺?」
「とても特別な運命を背負っているようじゃな。そして……。あんたはとても光り輝いている」
「俺が、光り輝く……?」
「……光の道を歩く者じゃな」
「光の道……」
「そのまま、まっすぐ進みなさい」
「まっすぐ……」
「大丈夫。あんたなら大丈夫さ」
じーさんは優しい瞳で微笑んだ。
「妖精の女の子は、元気いっぱいじゃな!」
「すごい! おじいさん、超占い当たってる!」
それは別に占いじゃないだろう、カイも、キースも、アーデルハイトも思いが一つになる瞬間。占いではなく見たままの感想である。
「それから、そこのべっぴんさん」
じーさんは、笑顔のままアーデルハイトを見つめた。
「形あるものが、最上というわけではないぞ」
「え……」
「贈り物は、もうすでにたくさん贈っているんじゃないかな?」
「え……!」
「あえて探さなくてもいいと思うぞ。百パーセントではないが伝わっているし、充分だとわしは思う」
「なに? じーさん。それ、なんの話?」
キースが不思議そうな顔をする。
「なっ! なんでもないよ! キース!」
慌ててアーデルハイトが叫んだ。
「どうしてもあげたい、というなら別じゃがな。ふふふ。じゃあ、若人たち、よい旅をな」
そう笑いながら、じーさんは帰っていった。かっこいいパンツをしっかり手に持って。
色々な店を見て回った。今度は食事の店を探そうということになった。
「……キース。誕生日おめでとう」
いきなり、アーデルハイトがキースにプレゼントを渡す。
「わっ! いつの間に買ってくれたんだ!?」
キースは驚き、たちまち満面の笑顔になる。
「ありがとー! アーデルハイト! 見ていい?」
聞きながらも、キースはすでに包みを開けている。
「う、うん……」
アーデルハイトは少しうつむき、頬をピンク色に染めた。
「あっ……!」
パンツだった。かっこいい、パンツ。
「パーンツ!」
「キースが、あんまりパンツパンツ言うから……」
他のものが思い浮かばなくなっていた。じーさんと別れた後、じーさんに教えてもらった店でこっそり買ってしまっていた。
「ありがとー! アーデルハイト!」
キースは照れ臭そうに笑った。
「アーデルハイトさん……」
カイはただただ驚いていた。
禁句、解禁になったんですね――。
こうして、人は自分で作った限界を密かに超えていくんだなあ、と、カイはわけのわからない納得をしていた。




