己の限界を超えて行け……!
昼前に、見つけた町に降り立った。
「ここも結構大きな町だなあ!」
通りも広く、様々な店があり活気がある町だった。
「ちょっと、お昼には早かったかな」
「そうね……。ねえ、キース。ちょっとお店、色々覗いてみない?」
「ああ。そうだな」
アーデルハイトには考えがあった。キースに誕生日プレゼントを買ってあげたいと思ったのだ。
さりげないけど、なにか喜ぶようなもの、あげたいな。
きっと、キースはなんでも喜んでくれるだろう、と思う。でも、せっかくなら、旅の間邪魔にならないもので、愛用してもらえるようものをあげたいなあと思う。
うん。気合い入れて探す。
アーデルハイトの乙女スイッチが入った。
「パンツ、ヨレヨレだからそろそろ買わなきゃなー」
キースが突然呟く。
「えっ!」
「あ。ごめんごめん。独り言」
なにを言い出すんだ、この男はまったく! とアーデルハイトは思った。
キースは、パンツが、欲しいんだ――。
しかし、まさかいきなりパンツはプレゼント出来ない、とアーデルハイトは思った。
そういえば……! と、アーデルハイトは突然思い出してしまった。
パンツ、と聞いて思い出してしまった。
アーデルハイトは、キースの全裸を不覚にも見てしまっていた。急にそのことを思い出し、赤面した。
ばしーん。
いきなり、キースの頭を叩いていた。
「なっ! なにすんだよ、アーデルハイト!」
「あっ……。ご、ごめん。つい……」
つい、全裸を思い出した、とは言えない。
「ああ。そうか。ごめん。急に俺がパンツなんて言ったからか……」
まさか、アーデルハイトが自分の裸を思い出したなどとキースは気付かない。そんなことはすっかり忘れていた。キースは、思考のほとんどが大雑把である。
見たくて見たんじゃないもん……!
一瞬、アーデルハイトは思った。見たくて見たわけではないが、キースに恋をしてしまった今となっては――。
ばしーん。
またつい、キースの頭を叩いていた。
「あっ! ごめん! つい手が勝手に……」
「二発も!? そんなにパンツって破壊力ある物体か!?」
「あるよ!」
今の私にとっては! とアーデルハイトは心の中で呟いた。
二人のやり取りを見て、カイは思う。
アーデルハイトさんにとって、パンツという言葉は禁句なんだ。
パンツと聞いたらパンチひとつ、パンツと二回聞くとパンチふたつ――。まあ人間ではないカイにとっては、およそ無用な単語だが、一応肝に銘じておいた。
そもそも、男の人へのプレゼントって難しいよなあ、とアーデルハイトは思う。ましてや、旅の途中である、高価すぎず、荷物にならないものと考えると余計難しいと思う。
私は高価なものでも別にいいんだけど、キースの心の負担になっちゃっても困るし――。
重い、とは思われたくない。たぶん、キースはあまり気にしないと思うけれど、でも、万一――。気まずくなったり、嫌われたりしたくない! とアーデルハイトは思う。
「あ、あの雑貨屋に入ってみようか」
キースが一軒の雑貨屋を指差した。そのとき、キースとアーデルハイトの後ろを歩いていたカイの目の前に、ふわりとなにかが飛んできた。思わずカイはそれを手に取ってしまった。
「ぱ、ぱんつ!」
パンツだった。男物のパンツが空から降ってきた。
カイは、言葉にしてから、ハッとした。
しまった! アーデルハイトさんの目の前で、パンツと言ってしまった――!
パンツと聞いたらパンチひとつ。
しかも、言葉だけではない、自分は現物を手に持ってしまっている。
やばい! これは、パンチでは済まないかもしれない! 不可避の出来事とはいえ、これはまずい! パンチアンドキックか!?
「カイ。パンツ、どうしたの?」
アーデルハイトが尋ねた。
「ち、違うんです! これは、どこかから飛んで来たんです! これは不可抗力です!」
怒られる、とカイは思ったが、当然ながらアーデルハイトは怒るわけもなく、きょとんとしているだけだ。
「かっこいいデザインのパンツだなあ! 色も柄もいいなあ! 俺もこーゆーの買おうっと!」
キースが笑いながら言う。
「キースはこーゆーの好きなんだあ! ちなみに、エースはふんどしっていうのをしてたよー」
妖精のユリエが無邪気にエースの下着について報告する。エースはふんどし愛用者だった。
キース! ユリエまで! そんなこと言ったら、アーデルハイトさんからパンチですよ! カイはパンツを手にしながら心の中で叫んだ。
いちパンツ、いちパンチ。カイはそう信じて疑わない。
「おお! ありがとう! それはわしのパンツじゃあ!」
カイの後ろから、老人の声がした。
「えっ?」
白い髭の老人が笑顔で立っていた。
「今日はわしの店が定休日だから、のんびり洗濯をしてたんじゃ。乾いた洗濯物を取り込んでいたら、そのパンツだけ風に飛ばされてしまったんじゃあ」
「へーえ! じーさん、パンツのセンス、いいねえ! どの店で買ったの?」
「キ、キース!」
カイは、気軽にパンツと口走るキースに気が気でない。
「あそこの店じゃよ」
若者が好みそうな服を売っている、カジュアルな雰囲気の店。
「じーさん、若いよねえ!」
「ふはは。ありがとう!」
カイは老人にパンツを渡す。自分の手から離れると、なんだかホッとした。
「ちなみに、じーさん、じーさんの店って、なにやってんの?」
キースが尋ねる。
「ふふふ。わしは占い師じゃよ。占い屋さんさ」
「占い師さん! すごーい」
ユリエの瞳がきらきら輝いた。女の子は占い好きである。
「……それにしても、あんたたちは変わった一行じゃな」
「美男美女揃いだろ!」
キースが笑いながら言い放つ。
「キース! また自分で言ってるし!」
そう言いつつ、アーデルハイトは頬を染めた。キースが、私のことも美女って――。正直、嬉しくなっていた。
「ペガサスに、ドラゴンに、妖精に――」
じーさんの目に鋭い光が宿る。
「ほんと、俺たち変わってるよね!」
「それから、なんだろう。わしの下着を拾ってくれたおチビさんは。人じゃあないな?」
おチビさん! カイは、人じゃないことを見抜かれたことより、その言葉にショックを受ける。
「でも……。一番変わってるのは、あんたじゃな」
じーさんは、キースをまっすぐ見据えた。
「へえ。俺?」
「とても特別な運命を背負っているようじゃな。そして……。あんたはとても光り輝いている」
「俺が、光り輝く……?」
「……光の道を歩く者じゃな」
「光の道……」
「そのまま、まっすぐ進みなさい」
「まっすぐ……」
「大丈夫。あんたなら大丈夫さ」
じーさんは優しい瞳で微笑んだ。
――このじーさんの瞳には、なにが見えてるんだろう――。
「妖精の女の子は、元気いっぱいじゃな!」
「すごい! おじいさん、超占い当たってる!」
それは別に占いじゃないだろう、キース、アーデルハイト、カイは同時に思った。占いではなく見たままの感想である。
「それから、そこのべっぴんさん」
じーさんは、笑顔でアーデルハイトを見つめた。
「形あるものが、最上というわけではないぞ」
「え……」
「贈り物は、もうすでにたくさん贈っているんじゃないかな?」
「え……!」
「あえて探さなくてもいいと思うぞ。百パーセントではないが伝わっているし、充分だとわしは思う」
プレゼントのことを言ってるんだ――! そうアーデルハイトは気が付いた。
「なに? じーさん。それ、なんの話?」
キースが不思議そうな顔をする。
「なっ! なんでもないよ! キース!」
慌ててアーデルハイトが叫んだ。
「どうしてもあげたい、というなら別じゃがな。ふふふ。じゃあ、若人たち、よい旅をな」
そう笑いながら、じーさんは帰っていった。かっこいいパンツをしっかり手に持って。
色々な店を見て回った。今度は食事の店を探そうということになった。
「……キース。誕生日おめでとう」
いきなり、アーデルハイトがキースにプレゼントを渡す。
「わっ! いつの間に買ってくれたんだ!?」
キースは驚き、たちまち満面の笑顔になる。
「ありがとー! アーデルハイト! 見ていい?」
聞きながらも、キースはすでに包みを開けている。
「う、うん……」
アーデルハイトは少しうつむき、頬をピンク色に染めた。
「あっ……!」
パンツだった。かっこいい、パンツ。
「パーンツ!!」
「キースが、あんまりパンツパンツ言うから……」
他のものが思い浮かばなくなっていた。じーさんと別れた後、じーさんに教えてもらった店でこっそり買ってしまっていた。
「ありがとー! アーデルハイト!」
キースは照れ臭そうに笑った。
「アーデルハイトさん……」
カイはただただ驚いていた。
禁句、解禁になったんですね――。
こうして、人は自分で作った限界を密かに超えていくんだなあ、と、カイはわけのわからない納得をしていた。




