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旅男!  作者: 吉岡果音
第四章 光溢れる道を歩む者、闇をさまよう者
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第21話 雨上がりの歌

 森の木の葉や草の葉は、雨上がりの水玉を乗せ、きらきらと輝いている。


「あれ?」


 洞窟を出ると、キースはなにかに気が付いた。


「歌が、聞こえる」


 キースは、隣に立つ「滅悪の剣」のカイ――今は人の姿をとっている――と顔を見合わせた。

 それは、風に乗って届けられた、かすかな歌声。


「え……! ほんとだわ!」


 アーデルハイトも風に耳を澄ませた。


「この森、誰か人がいるんだ」


 深い森、住む人がいるようにはちょっと思えなかったし、空から見た地形では、旅人もこの辺りはあまり通らないだろうと思っていた。


「……人じゃないかもよ?」


 いたずらっぽく妖精のユリエが笑う。


「森には、いろんな命があるから!」


「ユリエみたいな妖精さんかな?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかも」


 とぎれとぎれに聞こえる歌は、不思議な抑揚が付いていた。女性の美しい声のようだった。


「綺麗な歌ね」


 アーデルハイトは、少々うっとりとした様子でほほ笑む。


「ちょっと、行ってみようか」


 声を頼りに、行ってみようと思った。


「でも、危ないかもしれないよう!」


 ユリエが、小さな手でキースの袖を引っ張る。


「危ない?」


「うん。旅人を歌声で魅了して食べちゃう怖い精霊さんとか、魔物さんとかいるから」


「じゃあ、ますます行ってみなくちゃ」


 キースの青い瞳に、真剣な光が宿る。


「えっ。どうして!? 危ないかもしれないのに?」


 アーデルハイトが驚きの声を上げた。


「だって、通りがかった旅人が殺されるかもしれないんだろう? それなら退治しなくては」


「でも……」


「放ってはおけない」


 キースは、心配そうなアーデルハイトに笑顔を見せた。


「アーデルハイト。ユリエやゲオルク、ルークと一緒にここで待っててくれ。どんな相手かわからない。俺が行って様子を見てくる」


 キースは声の聞こえるほうに歩きだした。カイもすぐ後ろを付いていく。


「キース」


 カイがキースの真横に並び、声を掛けた。


「ん?」


「俺の力を信頼してください。どんな怪物も、一刀両断です」


 キースは、ふっ、と笑った。


「大丈夫だ。知ってる――!」




 明るい歌だった。心が弾むような明るい曲調。力強い歌声。


「……悪いやつには思えんな」


 キースは思わず呟く。


「それにしても、森のど真ん中で熱唱してるのは、どんなやつなんだろう?」


 美しい声から、若く美しい女性を想像していた。でも、森の中、一人で……? やはり人間ではないのかもしれない、とキースは思った。

 木々の間から、声の主を覗いてみた。


「!」


 キースは思わず息をのんだ。

 想像と、違っていた。

 長く美しい真っ赤な髪の――、たくましいオッサンだった。


「誰!?」


 気配を感じ、声の主がキースとカイのほうを見る。


「あ……。あの……。ええと、ごめん。つい……。綺麗な歌だったから、気になって……」


 さすがにキースも戸惑う。どう考えても先ほどの美しい声が、目の前の男性のものとは思えない。


「あらあ! ありがとおお!!」


 とたんにオッサンの目がきらきらと輝いた。「綺麗な歌」という感想がとても嬉しかったようだ。


「私、お歌が大好きなの!」


 オッサンの唇には、真っ赤なルージュ、頬にはピンクのチークが彩られている。そして、服はひらひらのフリルがたくさん、おまけにふんわりと風に揺れるスカートまではいていた。スカートからのぞく足が、ごつい。


 えーと……。


「……じゃ、じゃあ。これにて俺は失礼。旅の続きがありますんで」


 キースはさりげなくその場を退散することにした。さりげないつもりが、右手と右足が同時に出ている。ふと気づくと、カイはいつの間にか剣の姿に戻っていて、ちゃっかりキースの腰の辺りに納まっていた。気配もすっかり消している。


 カイ! 逃げたな!


「おにいさん、待ってえ!」


 オッサンは、俊敏な動きでキースに追いついた。スカート姿だし、森の中、濡れた長い草や転がっている石などがあるが、それらがあるとは思えない素早さだった。


「うわ! な、なんでしょーか!」


「もっと、私のお歌、聞いてってえ!」


 顔が、近い!


「あ、あの! もう、大丈夫! 充分聴かせていただきましたあ!」


「私、ずっとこの森でひとりなの! 聴いてくださるかたを待ってたの!」


「そ、そうですか! また誰かを待っててください! それじゃあ!」


「もっと聴いてってえ!」


「俺、急ぎますんで! それじゃあ!」


「えー……」


 オッサンの瞳には、涙がたたえられていた。とてつもなく力がありそうだが、力なくその場に座り込む。そして、しくしく泣き始めた。


「あ、あの……?」


「わがまま言って、ごめんなさい……。私のお歌を聴いてくださって、ほめてくださってありがとう。私、とっても嬉しかった……」


 オッサンは、ぺこりと頭を下げた。


「それじゃあ、おにいさん。さようなら。よい旅を……」


 えーと……。


 なんだか気の毒になってきた。


 旅人を襲う恐ろしいやつではなく、ただ単に、純粋に歌が大好きなやつだったんだ――。


「……じゃ、じゃあ、あんたの歌、聴かせてくれ」


「えっ!?」


 オッサンの顔が明るく輝いた。


「俺、今日誕生日なんだ。なんか、元気が出る歌を歌ってくれるか?」


「うん!」


 オッサンは、大きく頷いた。

 気が付けば、カイが人の姿に戻っていた。


「……聴衆は、多いほうがいいですよね?」


 カイは少々戸惑いながら、オッサンに微笑んだ。


「わあ! あなたも聴いてくださるの!?」


 オッサンは本当に嬉しそうだ。

 オッサンは、元気を取り戻し、歌い出した。誕生日を祝う歌。自作の歌のようだ。明るく、楽しく、素晴らしいメロディ。


「……すごいなあ」


「とてもいい曲ですね」


 近くで聴くと、迫力がある。体が震えるような感動を覚えた。

 いつの間にか、アーデルハイト、ユリエ、ゲオルクとルークも傍に来ていた。


「素晴らしい歌声ね」


「このひと、上手ねえ!」


 オッサンの熱唱が終わる。皆で盛大に拍手をした。


「まあ! こんなにたくさん、私のお歌を聴いてくださるなんて!」


 オッサンはまた泣いた。今度は嬉し涙だった。


「ありがとう。おかげで心に残る素敵な誕生日になったよ」


 キースが握手を求めた。オッサンは、握手は無視し、キースに熱い抱擁をした。


 えーと……。


「雨上がりで、お外に出てみたの。それでひとりで大好きなお歌を歌っていたの。それが、こんなに大勢のかたがたに聴いていただけるなんて……!」


「素敵な歌を、本当にありがとう」


「皆さん、どうかよい旅を!」


 キースは手を振って、オッサンと別れた。オッサンはいつまでも深々とお辞儀をしていた。


「……色々気になる点はありましたが、とてもよい時間を過ごせましたね」


 カイが微笑む。


「ああ。それにしても、森の中でひとりで……。もったいないな。もっと大勢の人に歌を聴かせられたらいいのに――」


 キースが、オッサンのいたほうを振り返った。


「!」


 キースの目は、大きく見開かれた。

 信じられないものを、見たのだ。

 それはオッサンのドレス姿をはるかに上回る、衝撃のビジョン――。

 そこには、お辞儀をしている、とても巨大な生物がいたのだ。

 それはそれは大きな、人間大の一匹のミミズ――。


『雨上がりで、お外に出てみたの』


「アーデルハイト! ユリエ! 絶対に振り向かないほうがいいぞ!」


「え?」


 前を見ており、なんのことかわからず、きょとんとするアーデルハイトとユリエ。


「行くぞ! ノースカンザーランドへ……!」


 キースの掛け声。そのとき、カイは、押し黙っていた。気配を消していると感じさせるほどの、重い沈黙。カイも、見てしまったのだ。


「……ミミズって、雌雄同体だって学校で習ったっけ……」


 キースが呟く。カイも、つられてぽつりと呟く。


「キース、握手ではなく抱擁してましたね。彼、というか、彼女というか……、手はないですもんね」

 

 えーと……。


「……森を守り大地を耕す、精霊さんということにしておこう」


 キースは眩しそうに青空を見上げた。カイも、見上げた。


「ミミズ……。抱き合っちゃったんですね」


「……言うな!」


 忘れたくないような忘れたいような、誕生日になった。


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