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旅男!  作者: 吉岡果音
第三章 足し算は、無限大
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第19話 爆発頭。

 どんな顔をすればいいんだろう。


 朝のシャワーを浴びつつ、アーデルハイトは思いを巡らす。


 どうしよう、キースに会ったら。


 昨晩の自分の言動について考えると――、顔から火が出るようだった。


 今まで通り、普通に話せるんだろうか。私。


 反応を確認するためにも、キースに一刻も早く会いたい、と思った。同時に、会いたくない、とも思った。矛盾する思い。心が乱れた。

 濡れた髪の先から、雫がたれている。鏡に手のひらを当て、自分を見つめる。


 大丈夫かな……。むくんだひどい顔になっていないかな……。


 鏡に映る自分の姿は――。瞳は潤み、頬は薔薇色に染まり、物憂げな、艶やかな唇。そして、まるで少女のような、ためらいがちの佇まい。

 これは、とアーデルハイトは思った――。アーデルハイトは、とても大切な、あることにようやく気が付いた。


 これは……、まぎれもない、恋をしている顔だ――! 私は、キースに、恋をしている……!


 今更ながら、自分の心の動きに驚いてしまった。


 どうしよう……!


 ますます落ち着かなくなった。胸がどきどきしていた。鏡の前で、思わずアーデルハイトはかがみこんでしまった。


 鏡の前でかがみこむ、だじゃれみたいだなあ。


 どうでもいいことにまで思いを巡らせる。

 

 ばかみたい――。


 雫の冷たさに、深いため息をつく。




 宿屋の食堂の前で、合流した。


 普通に。普通に振舞うんだ、私。


 アーデルハイトは、うん、と一人うなずく。

 アーデルハイトの横を飛んでいる妖精のユリエは、今のはなんのうなずきか、と首をかしげているようだった。


「お、おはよ……!」


 キースとカイを見つけ、明るい声で挨拶しようとしたアーデルハイトだったが――、一瞬言葉を飲み込む。


「どうしたの!? 二人とも!?」


 キースもカイも、異様にビシッと決めた髪型になっていた。髪の両サイドがしっかり後ろに撫でつけられていた。


「わあ、かっこいいねえ! イメージチェンジってやつぅ?」


 ユリエが、楽しそうにはしゃぐ中、キースが、決まり悪そうに口を開く。


「な、なんか知らねーけど、どっちが素早く髪をセットできるか競争になってて……」


 カイはちょっと頬を赤らめ、もじもじしつつ、


「なんかわかんないですけど、どっちがかっこいい髪型にできるかも競争になってて……」


 となんとも奇妙な説明をしていた。


「ば、ばかじゃないの!? あんたたち!」


 アーデルハイトは思わず大笑いする。おかげで、先ほどまでの「どんな顔をすればいいのか」という戸惑いは吹き飛んでいた。


「うん……。なんか、ノッちゃったんだよねえ」


 キースは頭をかく。


「なんか……、なんでしょうか。その……、妙に負けられない気がして……」


 カイは伏し目がちになり、それから、同意を得るようにキースを見上げた。


「なにそれー! 変なのー! で、どっちが勝ったのー?」


 ユリエが明るく笑いつつ、尋ねる。


「無論、俺の勝ちだーっ!」


 速攻で答えるキース。


「俺です! 絶対、俺のほうが早かったはずです!」


 むっとするカイ。正解はなさそうだが――、どーでもいい低次元の争いで張り合う二人。


「くだらない!」


 アーデルハイトは、笑いながら一蹴した。


「じゃあ、みんな、朝ご飯食べるわよ!」


 なんのことはなく普通の調子で話している自分に、ほっとしていた――、なんだ、全然普通に話せるじゃん!

 ついでに、ばかばかしくなってきた。


 さっきまで、真剣に考えてたのはなんだったんだろう。そうだ、こんな感じだったんだ。キースはアホなんだし、今更緊張することなんてないんだ!


 アーデルハイトは一人うんうん、そうだった、と納得していた。

 でも――、心の中で呟く。


 結構、その髪型もかっこいいよ。


 正直、ちょっとだけどきどきした。


 だけど、絶対本人には言わない。言ってあげたりなんかしないんだ。絶対、言うもんかーっ!


「すぐ調子に乗っちゃうからね」


 つい、うっかり洩れる心の声。意図せず声に出してしまっていた。


「え? 誰が調子に乗るんだ?」


 いつの間にか、すぐ隣にキースがいた。アーデルハイトの顔を覗き込みつつ、尋ねる。


「なっ……! なんでもないっ!」


 顔が、近い!


 思わず、素早く後ずさってしまった。そして、ハッとする。


 つい距離を取っちゃった! ちょっと驚いただけで、不快に思ったとかじゃないからっ!


 キースが誤解するかもしれないと思ったが、キースはまったく気にしていない様子で、


「あ! そうだ! アーデルハイト、一応言っとくぞ」


 と、切り出した。


「え……?」


 キースはちょっとだけ視線を外し、なにか考えているようだったが、意を決したのか一気に話し出した。


「実は俺、アーデルハイトに心配するなとか心配しろとか言われて、いったいお前にどう接すればいいか悩んでたんだ」


「え……!」


 悩んでたの……? 


 意外な言葉。ためらいがちに、青の瞳を見上げる。


 私のために……?


「だけど、考えてみたら、俺の気持ちは俺だけのものだった」


「なにそれ!? あ、当たり前じゃない!」


 いつもの調子で叫びつつ――、内心どきどきしていた。


 キースは、私になにを伝えようとしているの……?


「だから、俺は、決めた! 俺の心配したいときに、勝手に心配することにした!」


 きっぱりと、キースは言い切る。


「俺が心配なときに、ちゃんと心配する!」


「な、なにを突然……」


「覚悟しとけよ!」


「覚悟って、なによ!?」


「そんなわけで、よろしく」


「そんなわけって、どんなわけよ!?」


 キースは、アーデルハイトの頭をぽんぽんと叩く。そして食堂に向かった。

 呆然とするアーデルハイト。

 大きな背中を見送る。


 うう。


 アーデルハイトは小さくうめく。


 なんだか、悔しい。なんか……、悔しいっ。


 勝手に熱くなる頬。キースの触れた頭に、手をやる。


 覚悟、って――。


 また頬が熱くなった。


 私、なにどきどきしてるの……!? ばかみたい……!


「……ま、負けないわよ!」


 思わず、口に出していた。


「アーデルハイトも、キースたちと勝負するの?」


 無邪気なユリエの問いに、我に返る。


 これじゃまるで子どもみたい。


 クラウスとの恋愛で、自分はもう恋愛について知っている、と思っていた。しかし、今アーデルハイトの心は揺らいでいる。これも、恋なのか。今までとはまったく違う。大人になったのに、まるで子どもに戻ってしまったみたいだ。


 恋する相手が違うと、こんなにも恋の世界も変わってしまうんだ――。


 新しい自分に出会ったような気がしていた。

 そして苛立ち、自分自身の心の動きの忙しさに呆れながらも――、わくわくしていた。


 これから、どんな景色が広がっていくのだろう――。


 自然と笑みがこぼれる。

 アーデルハイトは、まっすぐ前を見ていた。今までの自分とは違う。今までの世界とは違う。新しい、みずみずしくきらめく世界を見つめていた。


「負けないんだから……!」


 もう一度、呟いた。




「ルーク、ゲオルク、お待たせー!」


 笑顔のキースが厩舎の扉を開ける。

 宿泊客が乗ってきた動物たちを預かる厩舎。そこで、ペガサスのルークとドラゴンのゲオルクは、みんなを待っていた。


「!」


「!」


 顔を上げるルークとゲオルク。キースとカイの顔を見て、動きが固まる。


「なんだあ!? お前ら、俺とカイの髪型が違うって気付いちゃった?」


 キースとカイを凝視するルークとゲオルクの様子に、笑うキース。


「すごいですね。わかるんですね」


 カイが感心した様子で呟く。

 だっ、とルークとゲオルクが、キースとカイの傍に駆け寄った。


「いでででで!」


「痛いーっ! なにするんですかああ!?」


 ルークとゲオルクは、キースとカイの頭にかじりついていた。そして、二人の髪を容赦なく、もしゃもしゃにした。


「こらあ! ルーク、ゲオルク、なにいたずらしてるのーっ!」


 ユリエがキースとカイの代わりに叱ってあげた。しかし、ルークもゲオルクも一向に手を緩めない。髪をかじったり舐めたりやりたい放題だ。


「……その髪型、彼らは気に入らないみたいね」


 アーデルハイトは笑いをこらえるのに必死だった。

 またしても、爆発頭。しかし、ルークとゲオルクは、これでよし、と満足そうだ。


「……ルーク、ゲオルク、満足していただけましたでしょーか」


 よれよれの、キース。


「……満足、したようですよ」


 顔を見合わせたキースとカイ、ため息をつく。


「じゃあ、出発するわよ!」


 アーデルハイトは、ひらり、とゲオルクの背にまたがる。

 青い空。皆の笑い声が、響いていた。

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