第13話 チーム昼飯旅人代表
「水晶の森さん。大変お世話になりました。本当にありがとうございました! 私とルークは、キースとアーデルハイト、それからゲオルクと一緒に旅に出ます」
森の外れに来ると、妖精のユリエは来た道を振り返り、ぺこりと頭を下げた。長年暮らした森に、挨拶をしているのだ。
キースはユリエの挨拶を微笑みつつ見届けたあと、元気よく声を張り上げる。
「じゃあ、参りますか! よろしくな! ルーク!」
キースは、ペガサスのルークの背にまたがる。キースに答えるように、ルークが一声いなないた。
ルークは純白の翼を力強く羽ばたかせ、空へ舞い上がる。
「すごいな! ドラゴンに乗れたかと思えば、今度はペガサスか!」
出発を祝福するような、輝く青空。全身に受ける風が心地いい。
隣を見れば、ドラゴンのゲオルクに乗り、同じく空を駆けるアーデルハイト。
キースの懐から、ユリエがぴょこんと顔を出す。満面の笑顔、ユリエもご機嫌の様子だ。
「カイ! 必ずお前の兄さんを助けるからな!」
キースは、剣の姿に戻ったカイに語り掛ける。すると、カイが青い光を放った。
お。今の光。返事をしてくれたのかな。
光ることで、返事をしている、とキースは思った。
「カイは、剣の姿のときはしゃべらないんだな」
カイはふたたび青い光を放つ。うん、と言っているようだ。
なるほど。剣の姿のカイとは、光りかたで会話可能か。
キースは、いい方法だな、などと感心する。そして――、むくむくと、いたずら心が湧いてきた。
「……カイ。一足す一は?」
簡単な算数の問い。当然ながら、カイは二回光を放つ。
「二。正解!」
一回青く光る。これも返事をしているところか。カイは律儀である。
にんまりと、キースの顔に笑みが広がる。
「じゃあ、カイ。問題です。三万五千八百七十二足す一万八千五百五十九は?」
「…………」
「ははは! わかんねーでやんの!」
ひとしきり笑ったあと、はた、と気付く。
「あっ! でも俺も計算できないから、答えわかんねー! しまったああ!」
「……アホか」
二人の会話を耳にしていたアーデルハイトが、ぼそりと呟く。
街道を目印に飛んでいると、眼下に大きな町が見えてきた。昼食と休憩のため、立ち寄ることにした。
人目のつかない木陰に降りると、カイは剣の姿から人の姿へと変身していた。
光ることで意図が伝わるとしても、やはり会話ができたほうがなにかと都合がいい。
一歩町中に出ると、キースは感嘆の声を上げていた。
「ここは結構な都会だなあ!」
田舎育ちのキースにとっては、行き交う人の多さ、店の大きさや数など目を見張る光景だった。故郷近くの町よりも、この町のほうが断然賑やかで、なおかつ洗練されている感じがした。
馬を連れた旅人のようないでたちの者も、ちらほら見受けられた。
「もしかしたら、ここにクラウスも立ち寄ったかもしれないな……」
そうキースが呟くと、アーデルハイトの表情が硬いものとなる。
「ええ。そうね……」
キースは、アーデルハイトの様子をさりげなくうかがう。言ってはしまったが、心の傷は大丈夫だろうか。やはり、突然クラウスの名を聞くと、動揺してしまうのではないか、少し心配だった。
それにしても、なぜクラウスってやつはアーデルハイトを手放したりしたんだろう? 俺だったら絶対に――!
俺だったら絶対に、とキースは考え、そこで思考が止まる。「俺だったら絶対に」、なんだというのだろう。なぜそんなことを思うのだろう。
キースは、その考えを無理やり脇に追いやった。
そもそも、「世界一の魔法使いになる」って、なにをほざいているんだ! 世界で一番を目指すんなら、『知恵の杯』と『退魔の杖』なんていらねーじゃねーか! 人の創ったもんを盗んで世界一なんて、ふざけんな!
大魔法使いヴァルデマーと名匠オースムンの手によって生み出された『知恵の杯』と『退魔の杖』。それを欲しがる時点でもう世界一ではない、とキースは考える。
世界一を目指すなら、それくらい自分で創り出せ!
だいたい、一番ってなんなんだ、とも思う。
世界一の魔法使いになってどうする気なんだ。北の巫女の予言では、「世界を破滅に導く」と言っていた。世界征服でも目指しているのか――。心を通わせられない大勢の人間を一方的に支配するのがどれだけいいというんだ? そんなことより、たった一人の心を通わせられる人と満ち足りた日々を過ごしたほうが、どれだけ実り豊かなことか――!
一足す一は二。
でも、とキースは心の中で叫ぶ。
愛する二人が結ばれるなら、子どもが産まれ、人数だけでも二以上になる。たとえ子どもが産まれなくても、親兄弟親戚一同ご先祖様といった具合に、自然と大勢の身内ができる。友だちも知り合いも増える。一人ではできないこともできるようになる。一人では気付かないことも、学べないこともわかるようになる。単純に、気持ちが離れてしまったというなら、別れは仕方のないこと。でも、家族や仲間や故郷を裏切り、盗みを働き頂点に立つことになんの意味があるのか。孤独の、力だけに頼った一番がなんだというんだ。自分でもそれは一番と納得がいくのか。なにか心から得るものがあるのか。そんな道を歩む中、心が満たされることはあるのか……!
「一足す一は二以上、無限大だっ!」
キースは思わず、口に出していた。
「一足す一は二ですよ」
カイが、キースの独り言に反応する。
「……愚かな男だ……!」
カイの言葉を聞いていなかったのか、吐き捨てるようにキースは呟く。カイは、キースの怒りに燃えた瞳を見上げていた。
ちょっと不思議そうにカイはキースを見つめていたが、なにかを察したのか――、ふっ、とカイの表情が緩む。
「そうですね。同感です。そして世界は、人間の頭で考えた数式だけで捉えきれるものではありません」
「キース…? カイ……?」
キースの胸元から、ユリエが顔を出す。キースの怒っている様子を見て、ユリエは不安になったようだ。
ユリエのほうを見やったあと、カイがぽつりと呟く。
「……キースさん。五万四千四百三十一ですよ」
「へ?」
「五万四千四百三十一」
「なんだそりゃ?」
キースは、きょとん、としてしまった。さっき自分が出題したというのに、自分が問題を出したこと自体、忘れていた。
「五万四千四百三十一か」
「そうです。五万四千四百三十一です」
「……なんのこっちゃ」
「まあ、どうでもいい数です」
「ふうん?」
カイは、笑う。
「正確な計算より、無限大のほうがいいですね」
よくわからないが――、カイは自分の気持ちに共感してくれたのだろう、そう思い、キースも笑顔を返した。
キースたち一行は、人目を引いていた。まあまあ珍しいドラゴン――しかも人慣れしている――、そして伝説級の不思議生物、ペガサスを連れているからだ。すれ違う人たちは、振り返っていた。
キースは人目を意に介していない。アーデルハイトも、その点は気にしていないようだった。
キースは大雑把な性格から、アーデルハイトは――、生まれついての美貌と魅力からか、もともと人の視線を集めやすいから、なのだろう。
青空に浮かぶ白い雲。よい天気だな、と思ったあと、キースはカイの語ってくれた話を思い出し、尋ねてみる。
「カイ。スノウラー山の吹雪が晴れる三日間っていつだ?」
「来年の『緋色の月』の十三日からです」
「ずいぶん先だなあ!」
少し、安堵した。思ったよりだいぶ先の話だった。
「ええ。それまで『退魔の杖』は安全です。鉄壁の守りといえるでしょう」
「その三日間以外は、どんな魔法を使っても頂上までは行けないもんか?」
「はい。あの吹雪は特殊です。大魔法使いヴァルデマー様でも不可能でした」
「じゃあ……。クラウスもそんなに旅を急いではいないか」
来年の「緋色の月」の十三日まで「退魔の杖」のコンラードは自然の要塞に守られ安全が保障されている。
「今やつはどの辺にいるんだろう……」
クラウスを追っているフレデリク先生の一団もどの辺にいるのだろう、なにか手掛かりはないものだろうか、とキースは考える。
「あの食堂に入ってちょっと聞いてみようか。もしかしたらなにか情報が得られるかもしれない」
店内は、旅人で賑わっていた。
「ペガサスとは本当に珍しいねえ!」
尋ねるどころか、逆にキースが大勢の旅人に話し掛けられていた。
「どこでどうやって手に入れたんだい?」
長旅の乗り物として、ドラゴンというのは入手面でのハードルはあるが、一応選択肢の中にあるものだった。しかしペガサスとなると話は別だ。
「やあ! かわいい妖精の女の子までいる! ずいぶん珍しい連れだね!」
ユリエは恥ずかしくなったのか、キースの懐に逃げ込む。
キースはまとめて質問に答えた。
「彼らは俺のひいじいさんの古い友だちなんだ。ところで、ドラゴンに乗った魔法使いの一団を、誰か見なかったか?」
「そう聞かれてもねえ……。ドラゴンに乗った団体さんは旅をしてると見掛けるものだけど、そいつらが魔法使いかどうかまではわかんないし……」
皆、同様に首をひねった。
「人探しなら、もう少し手掛かりはないのか?」
提示する情報が少なすぎた。そうだよな、確かにそれだけではわからないだろう、とキースも思い直す。
「アーデルハイト。クラウスやフレデリク先生のわかりやすい特徴は、なにかある?」
アーデルハイトは、少しためらったあと、語り出した。
「クラウスは……、年齢は二十三歳、私より明るい金髪で、長さは私より少し短いくらい。瞳の色はアイスブルーよ。背が高く体形は細身で、そして……、整った顔立ちをしてるわ」
旅人たちは揃って首を傾げ、腕組みをした。
「うーん。そう言われてもなあ……。あんたみたいなべっぴんさんなら見るけど、男のことはそんなに見ないしなあ」
「うーん。ごもっとも!」
キースが激しく同意した。その同意と強調は、必要なのだろうか。
「野郎のことは、そんなに見ないよねえ!」
明るく言い放つ。アーデルハイトもカイも、表情が「無」になる。
気を取り直し、アーデルハイトは「フレデリク先生」の特徴を説明し始めた。
「……フレデリク先生は、年齢は五十代前半、茶色の髪に茶色の瞳、銀色の眼鏡を掛けているわ。背はそんなに高くないけど、やはり細身ね。優しい顔立ちをしてるけど、ちょっと変わっていて、表情や雰囲気が独特かもしれない」
「それは、ますます視界に入らねーなあ!」
「そうだよねえ!」
キースの絶妙な相槌のあと、どっ、と笑いが起きた。
「おーい。この店の女の子が、金髪のあんちゃんのほうを見たってよ!」
やり取りを聞いていた客の一人が、代わって店員に聞いてくれていた。
「えっ! ほんとか!」
「五日くらい前に、それらしき人物が一人で来店したらしいぞ。ハンサムだったから覚えてるってさ。やっぱ男でも女でも、自分のタイプのやつだけよく見てるってことだなあ」
ははは、と客は笑った。
「五日前……!」
それ以上の情報はなかった。
別人の可能性もあるが、まあ、クラウスらしき人物の足取りがほんの少しわかっただけでも一歩前進か、そう思うことにした。
そして、人は好みや自分の感情を動かした相手だけ特に見ているし、はっきり記憶している、それがわかっただけでも収穫だ、とも思った。
なんの収穫なのだろうか。
一行は昼食を済ませ、店を出ることにした。
「お会計は五万四千四百三十一円です」
「高くね!?」
どこかで聞いた数字だ、とキースは思った。
「あ、お客様がここにいらっしゃる皆さんのお食事代を代表してお支払いになるんじゃないんですか?」
店員は、会話の盛り上がりからか、店内の客全員を一グループ、同行者とみなしているようだった。とんだすっとこどっこいだ。
「な、なんで皆の会計を俺の代金に足す!?」
おおーっ! と店内が歓声に包まれる。
なんだろうこの一体感。そしていつの間に代表に!? まあ名付けるなら、さしずめ俺は「チーム昼飯旅人代表」か!?
旅人たち誰一人本気ではなく、単純にノリで盛り上がっているだけだったが、キースは、ため息をつく。そして笑顔になる。
「……わかったよ。これもなにかの縁だ。ここにいる皆のぶん、おごらせてくれ」
おおーっ! とまた店中盛り上がる。アーデルハイトは慌てて止めようとしたが、キースは情報をもらえたしせっかくだし、と気前よく財布を出す。
「ありがとうございました」
店員は、しれっと笑顔で全額を受け取った。
「待ってくれ!」
店を出ると客の一人がキースに声をかけた。ダークブラウンの髪にするどい目、腰に刀をさしている痩せた男だった。
「ありがとう。ご馳走様。俺の名は宗徳。旅人だ。もしどこかでまた会ったら、この礼は倍にして返そう。よい旅を!」
宗徳は、深々とお辞儀をした。
また一人、店から出てきた。栗色の柔らかな巻き毛で、ぱっちりとした目が印象的な童顔の若い男性だった。
「ありがとうございました! 僕の名はミハイル。今度どこかで会うことがあれば、僕がおごります! 皆さんの旅が素敵なものでありますように!」
ミハイルは、キースと握手をした。
次々と客が出てきた。皆自分の名を名乗り、お礼を述べキースたちの旅の安全を祈ってくれた。
「なんかよくわかんないうちに人気者になっちゃったわね」
アーデルハイトとカイが、顔を見合わせ苦笑する。ユリエは、明るい雰囲気が大好きなのか、にっこにこだ。
旅人同士。二度と会うことはないのかもしれない。会ってもお互い気付かないかもしれない。でも、見知らぬ地で名乗り合い、ほんの少しでも心を交し合えたことが嬉しい、とキースは思う。
「……足し算は、無限大だな」
キースの顔は清々しい。
「そうですね。同感です……!」
カイが、にっこりと微笑む。
白い雲は、ゆっくりと流れていた。




