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旅男!  作者: 吉岡果音
第十四章 海の墓標
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海へ

 柔らかな冬の朝日が、木を組んで作った墓標を静かに照らしていた。

 キースとカイ、オルダ、それから魔法の薬を飲んで足を生やした双子の人魚のヤーナとロッタは、墓前に早朝摘んできたばかりの花を手向けた。

 澄んだ空気の中、雪をはらんだ花がきらきらと光る。

 悲しいほどに、美しい空。

 潮風が吹いた。

 海の向こうから小鳥が飛んで来た。

 サー・ピヨリスク・ピヨノスケだった。


「あっ! ピヨが帰って来た!」


 サー・ピヨリスク・ピヨノスケは、まっすぐキースの肩に止まった。


「アーデルハイトは美人だな。キース、お前、うらやましいぞ」


 開口一番、サー・ピヨリスク・ピヨノスケは小鳥らしからぬ言葉を吐く。

 でもそれは、確かに大型船にたどり着き、キースとカイの無事を皆に伝えた証だった。

 

「ピヨ! ありがとう! ちゃんと伝えてくれたんだな!」


「ああ。もちろんさ。皆、お前らの無事を知ると、涙を流してとても喜んでいたぞ! 皆、お前たちをだいぶ探し回ったらしい。伝言を済ませたこと、早く帰ってお前たちに伝えたかったが、いくら私が優秀なメッセンジャーでも、眠らず夜の海の上を飛び回るのは危険だ。一晩船に泊まらせてもらった。アーデルハイトもユリエも、ご褒美に私の頭をたくさん撫でてくれた。大変嬉しいご褒美だった! ちなみに、ミハイルと宗徳も私を撫でてくれたが、野郎どもの場合は、いまひとつご褒美感が薄いなあ」


 そう言って、サー・ピヨリスク・ピヨノスケは肩をすくめておどけて見せた。


「本当に、ありがとう!」


 キースもカイも、お礼にサー・ピヨリスク・ピヨノスケの黒い模様のついた、愛らしい小さな頭を思いっきり撫でてあげた。


「うーん。やっぱり、ご褒美感がいまひとつなあー」


 今度は、人魚のヤーナとロッタが撫でてあげた。サー・ピヨリスク・ピヨノスケは羽を震わせて喜ぶ。小鳥ながら、非常にわかりやすい男である。


「それで……。俺たち、どうしたら船に戻れるんだろう……? 船に島まで来てもらえばいいのかな……?」


「それは大丈夫よ。私の友だちに送ってもらえばいいわ」


 キースの質問に、オルダが微笑んで答えた。


「え……? ヤーナとロッタ、それとサー・ピヨリスク・ピヨノスケに……?」


「いいえ。海竜の『シェル』よ」


「えっ! 海竜!?」

                                  

 オルダが、貝笛を吹いた。

 静かだった海に、波が起こる。海面にうねりを起こしながら、大きななにかが近づいてきた。


 ザザーン!


 海から、そびえ立つような長い首が現れた。


「彼が、シェルよ」


 全身を覆う、虹色に輝くオパールのような鱗。海竜のシェルは、大きな赤い胸ビレや背ビレが付いている以外、まるで巨大な白蛇のようだった。


「彼は、日が空に高く昇っている間だけ起きて活動しているの。昨日、あなたたちがここに来てくれた頃にはもう海の底で眠っていたわ。昨日、この島に泊まっていきなさい、と言ったのは、あなたたちの体力の回復だけじゃなく、シェルが眠っていたからでもあったの。さすがに、ヤーナとロッタだけの力では、あなたたちを船まで送れないでしょうから」


 オルダはそう説明し、にっこりと笑った


「船の皆には、シェルのことは説明してある。怪物だ、なんて攻撃しないから安心しろ」


 サー・ピヨリスク・ピヨノスケは、ぽんぽん、とキースの肩を羽で叩いた。そして、胸を張る。サーの称号がふさわしい素晴らしい男、といった風格を醸し出す。外見は、まんまるでもふもふとした小鳥なのだが。


「ありがとう……! さすがだな! ピヨ!」


「ふふ。色々と気が利くだろう。美人のアーデルハイトと、かわい子ちゃんのユリエには、私に惚れるとヤケドするぜ、とも言っておいた」


「おいおい、ピヨ! そういうこと言っちゃうところは、『サー』らしくも小鳥らしくもないな!」


「ついでにミハイルと宗徳にも、惚れるなよ、と言っておいた」


 ものすごい「ついで」だった。


「俺も惚れないから大丈夫だよ! でもその男気、俺はちょっと惚れちゃうかな?」


 わけのわからないところで盛り上がるキースとサー・ピヨリスク・ピヨノスケ。

 

「あのう……、オルダさん」


 キースとサー・ピヨリスク・ピヨノスケの無駄すぎる会話を、鮮やかな手腕で無かったことにし、カイはオルダに尋ねた。


「差支えがない範囲で、お教えいただきたいのですが……。オルダさんは、どうして地上界で暮らしているのですか? もしかして、近年の魔界の動向、強国の勢力拡大が関係しているのでしょうか……?」


「まあ……! カイ君、魔界の現状を知っているのね。シーグルトから聞いたのかしら?」


「いえ……。シーグルトさんからはなにも……。ただ、俺たち、実は魔族に狙われているんです。俺たちの憶測にすぎないのですが、その魔族の者たちの背景には、魔界の動向が関係しているように思えるのです」


 オルダは、顔を曇らせた。


「そう……。あなたたちも色々あるのね……。カイ君、確かに、私がこの島に住んでいるのは、魔界の動向が関係しているわ。実は私、近年近隣諸国を侵略し始めた、その強国の魔法使いなの」


「えっ……! そうだったんですか……!」


「私は、魔族の中でも強い力、そして様々な魔術の知識を持っているの。特に、『見る力』が強いわ。国は、そんな私の力を利用しようとした。それで、私は国を、魔界を逃げ出すことにしたの……。もう、あんな恐ろしい国に戻るつもりはないわ。本当は、侵略を止めるように働きかけたかったのだけれど、私一人のちっぽけな力では、不可能だった――」


「オルダさん……」


「……私は、この島の自由で平和な暮らしを愛している。誰も傷つけることのない穏やかな今の生活を守りたいと思っているわ」


 オルダは、人魚のヤーナとロッタを愛しそうに抱きしめた。サー・ピヨリスク・ピヨノスケも、オルダを慰めるように寄り添った。

 

「オルダさん。これからも、あたたかで平穏な毎日が続くといいですね……。いえ、きっと、この島は平和であり続けますよ。俺たちは、オルダさんたちの笑顔にあふれた豊かな日々を祈っています」


「カイ君……、ありがとう……!」


 カイとキースは微笑んだ。冬の日差しは、優しくあたたかく皆を照らした。


「オルダさん……。ところで『ギルダウス』という名に聞き覚えはないですか……?」


 カイは、思い切ってオルダに尋ねた。


「ギルダウス……!? もしかして、隣国の総司令官かしら?」


「総司令官!?」


「ええ。私の力で、『見た』ことがあるわ。国自体はとても小さな国だったけれど、彼は名将として近隣諸国にその名をとどろかせていたわ……」


「そうだったんですか! ギルダウスからは、とてつもない強大な魔力を感じました」


「! まさか……! あなたたちを狙う魔族って……!」


 カイとキースは、オルダの問いに黙ってうなずいた。


「そんな……! どうして……!」


「……どうして、彼らが俺たちを狙っているのかはわかりません。ただ、キースには使命があって……。その使命を阻止するため、ギルダウスたちは俺たちを始末しようとしているようです」


「使命……」


 オルダは、銀の瞳でキースを見つめた。


「そう……。確かに、キース君からは特別な光を感じる。あなたは、特別な人。あなたは、とても大きな使命を背負っているのね――」


 オルダは、キースから放たれている「見えない光」を眩しそうに見ていた。


「……オルダさん。もしかして、ギルダウスのいた隣国って……」


「……少し前に、私の故国に滅ぼされたと聞いたわ……。でも、ギルダウスと王女ビネイアの行方はわからないらしいわ……」


「王女、ビネイア……!?」


「ええ。おそらく、ギルダウスは王女ビネイアを護りながらどこかに落ちのびている――」


「カイ……! ギルダウスの主人って……!」


「ええ! きっと、そのビネイアという王女でしょう!」


 キースとカイは、真剣な表情でうなずき合った。


 ――やっと、点と線が繋がった……!


「ギルダウスに狙われているなんて……。どうか、どうか気を付けてね……。そうだ、あなたにこれをあげるわ」


 オルダは、自分のしていたネックレスを外して、キースの首にかけた。銀色の石が周りに散りばめられた長方形のペンダントトップで、不思議な文字で呪文のようなものが刻まれていた。


「これは、お守りよ。きっとあなたを助けてくれる――」


「オルダさん、こんな大切なものを……!」


「いいの。本当に、気を付けて。出来れば、彼から無事に逃げきることが出来ればいいんだけど――」


「オルダさん――」


「……でも、駄目ね。あなたはきっと逃げたりしない。強い瞳。あなたは、立派な戦士なのね――」


 オルダは、そっとキースの黒髪を撫でた。


「どうか、無事でいてね。シーグルトも、天国であなたたちの無事を願っていると思うわ……」


「オルダさん……。本当に、なにからなにまでありがとうございました……!」


 キースとカイは、オルダに深々と頭を下げた。


「さあ。キース、カイ。私が水先案内人になろう。まあ、鳥だから、水先案内鳥だ! 私が先に行って、お前たちを乗せたシェルを船まで導こう……!」


 サー・ピヨリスク・ピヨノスケは、大空に飛び立った。


「キース、カイ! 私たちがシェルのいる深い海まで連れてってあげる!」


 人魚のヤーナとロッタは、海に入ると人魚の姿に戻った。


「オルダさん! 本当にありがとうございました! 帰り道には、またこちらに伺います! そのときは、シーグルトっちの墓参りをさせてください……!」


 ヤーナに手を引かれながら、キースはオルダに呼び掛けた。


「ええ! ぜひ遊びに来て! シーグルトも喜ぶわ! 彼の墓は、大切に守るから安心してね! それじゃあ、キース君にカイ君、どうかお元気で……!」


 オルダは、キースたちの姿が見えなくなるまで手を振った。

 

「ヤーナ、ロッタ。君たちも、本当にありがとう……!」


 海竜のシェルの背に乗ると、キースとカイは人魚のヤーナとロッタに心からのお礼の気持ちを述べた。


「ううん! キース、カイ。今度は遊びに来てね!」


「キース、カイ。また会える日を楽しみにしてる!」


 ヤーナとロッタも手を振って見送ってくれた。キースとカイも、見えなくなるまで手を振った。


「シェル……! 君も本当にありがとう! 世話になるよ……!」


 心地よい潮風。海竜のシェルは、サー・ピヨリスク・ピヨノスケの後を追うようにして、波しぶきを上げながら力強く海を進む。


「……シーグルトっちは、俺なんかと出会わなければ、俺の依頼なんて受けなければ、もっと長生き出来たんだろうな……」 

 

 どんどん小さくなっていく島を見つめながら、キースが呟く。


「キース……。シーグルトさんは、最期に『ありがとう』って言ってたじゃないですか……! あれは、シーグルトさんの心からの言葉だったんですよ……!」


「…………」


 キースは、放心したように海を見ていた。


「……キースは、シーグルトさんに出会わないほうがよかったと思うんですか……?」


「! そんなことはない! 絶対に!」


「……シーグルトさんも、そう言うと思いますよ」


『人には、人生が変わる奇跡の出会いがあるという。

 私は、幸運にもそんな出会いを果たした』


 空は晴れ渡り、雲一つ無かった。


「あの遺言――。天国に旅立ってしまった今でも、シーグルトさんの気持ちは変わらないと思います――」


『まったく……! お前らは奇妙な連中だよ!』


 キースは、シーグルトの声を、笑顔を、思い出していた。


『キース。では、またな……』


 キースの頬を伝う、一筋の涙。

 潮風が、優しく拭ってくれた。

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