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09 胃袋・キッシュ



 異世界生活も、なんだかんだで20日が経過しました。

 今日のお昼ご飯は、ほうれん草とじゃがいものキッシュ。

 や、野菜とかなんとなく似てるやつの名前で呼んでるだけで、本当にほうれん草なのかじゃがいもなのかとかわからないけどね。とりあえずケイトとその名前で通じるならそれでいい。

 火加減が絶妙なのか卵はふんわりしっとりしてて、そこに混じるシャッキリとしたほうれん草とふかふかのじゃがいもの食感が楽しい。中にはチーズも入ってるのか、ほのかな酸味がいいアクセントになっていた。

 キッシュにかかっているトマトソースは、ケチャップよりフレッシュでナポリタンよりまろやかだ。デザートみたいなキッシュの味を引きしめて、ちゃんとしたメインディッシュに仕立てあげている。


「なんか、しあわせ」


 口の中に広がる卵の風味に、ムフフ、と怪しい笑みがこぼれてしまった。

 キッシュばっかり食べる私に、ケイトはバゲットを追加してサラダを取り分けてくれる。至れり尽くせりだ。


「ご飯がおいしいから?」

「それもあるけど」

「否定はしないんだ」

「するわけないじゃん。ケイトのご飯は世界一だよ」

「そりゃあ、こっちの世界で食べたご飯は俺のだけなんだから、世界一だろうね」

「そういうんじゃないの!」


 ちょっと皮肉げに苦笑するケイトに、私は声を張り上げる。

 もう、素直に受け取ってくれればそれでいいのに。


「胃袋、つかまれた?」

「そういうのでも……ないはず……」


 お行儀悪く木製のフォークを咥えながら、もごもごと反論する。

 たしかにケイトのご飯はおいしいけど、それに釣られて恋に落ちたわけではない、と思う。

 きっぱり否定できないのは、自分でもどうしてケイトのことが好きなのか、ちゃんとわかっていないから。

 何しろ初めての恋だから、好きっていう気持ちだけでいっぱいいっぱいだ。


「信用できないなぁ、何しろ食いしん坊小花、だし?」


 それはケイトにとって何気ない冗談だったんだろう。

 でも、私は思わず言葉につまってしまって。

 ぶわわわっと込み上げてきたのは、照れと喜び。

 小花って、小花って……名前を、呼び捨てにされた。

 食いしん坊小花って言われたのは初めてじゃない。前のときはなんにも感じなかった。アダ名だから厳密には名前を呼んでくれたわけじゃないし。

 なのに、こんな。気持ちひとつで、こんなに違うなんて。

 きっと今の私、顔真っ赤だ。


「……調子狂うね」


 私の反応に、自分が何を言ったかケイトも遅れて気づいたんだろう。

 ふいっと目をそらされて、少し寂しくなった。

 調子狂ってるのはこっちのほうだよ。ケイトは余裕のよっちゃんのくせに。

 心の中で文句を垂れつつ、もそもそとサラダを口に運ぶ。

 ケイトのご飯は全部おいしいのに、最近はたまに味がわからなくなる。

 それもきっと、恋というやまいの症状のひとつなんだろう。


「えっと、ケイトは元から料理が上手だったの?」


 会話のない食卓が耐えられない私は、すぐに別の話題を振った。

 世間話ではあるけど、前から気になっていたことでもあった。


「そうでもないね。昔は台所に立ったこともなかったし。作るようになったのはここに住み始めてからだよ」

「え、そうなの!? こんなに上手なのに!?」


 てっきり小さいころから必要にかられて作ってたとか、そういうあれだと思ってた。

 こっちの世界の常識を私は知らないけど、子どもが台所に立っちゃいけないっていう法律はないだろうし。

 あ、でも、ケイトがここに住み始めたのってどのくらい前なんだろう。

 もしケイトが見た目どおりの年齢じゃないとかなら、かなりの料理歴の可能性もあるのか。


「俺の料理は魔法が使えること前提の作り方だからね。火力は魔法で調節してるし、潰したり刻んだり粉にしたり、手間のかかる作業は全部魔法頼り」


 たしかにケイトは普段、魔法を使ってパパパッと料理を作ってしまう。包丁や鍋を使ってちゃんと調理することもあるけど、そんなときでも時間のかかる工程は魔法ですっ飛ばすことが多い。

 その手間のかからなさは、主婦が見たらうらやましすぎて悲鳴を上げることだろう。

 あんまり料理をしたことのない私からすると、手品を見ているみたいでおもしろいけど。いや魔法なんだけど。


「でも、味つけとか……」


 卵焼きを作って塩を入れすぎたとか、お味噌汁作ったら薄すぎたとか、記憶にあるし。

 複雑な料理を作れば、それだけ味つけだって気を配らなきゃいけないはずだ。

 ……そういえば今まで普通に食べてたけど、どうして醤油も味噌もあるんだろう。

 塩は海があるから手に入るとして、他の調味料、特に日本の調味料があるのは不思議でしょうがない。


「小花ちゃん、見れないんだもんね」

「何が?」


 私が首をかしげると、ケイトは自分の周囲を見回してから、ちょっと困ったように笑った。


「精霊。教えたがりで口やかましいんだ。こういうのを作るならどんな材料が必要で、どこで調達できて、どのくらいの分量で、どう調理すればいいのか、全部教えてくれる。だから初めて作る料理でも、言うとおりにしておけば基本的に失敗しないよ」


 な、なるほど……!!

 だから調味料もひととおりそろってるのか、と私は納得した。

 醤油や味噌の作り方なんて私は知らないけど、精霊という不思議な生物はきっとすごい物知りなんだろう。


「今も近くにいるの?」

「うん、何匹もいるよ。うるさい」

「会話もできるの?」

「できるよ。会話っていうか、テレパシーみたいな感じだけど」

「すごいんだね……」


 きょろきょろと見回してみても、やっぱり私には何も見えないし、声も聞こえない。

 この世界がファンタジーってことは散々ケイトの魔法を見てきたから疑いようもないけど、一度も見たことのない精霊は、ちょっと想像がつきにくい。

 どんな外見なんだろう。マンガとかで一般的なのは、手のひらサイズで羽の生えたかわいい姿だよね。


「慣れるまで大変だったよ。知らない情報がどんどん頭の中に流れ込んでくるからね。今はレシピを何度も確認しなくて済むから楽だって思えるけど」

「へえええ、ククパッドより便利……」

「ククパッド?」

「えーっと、レシピが載ってるサイト? あ、サイトじゃわかんないか。ページ……うーん、読者投稿雑誌のウェブ版……」


 って、雑誌すらこの世界にあるのかわからない……。

 概念自体が存在しないなら、説明の難易度が跳ね上がる。


「レシピ見るってことは、小花ちゃんも料理できるの?」


 うんうんと頭を抱えていた私に、ケイトは少しだけ驚いた顔で聞いてきた。

 ……私、料理のお手伝いを申し出たこともあったと思うんだけど。

 野菜を洗うとか、小学生レベルのものだと思われてたってこと? ん??


「できるよ!! ……や、ケイトと比べると、全然だけど。作ったことはある」

「じゃ、明日は小花ちゃんが作る?」

「えええええっ」


 ちょっと待ってよ、いきなりすぎる。

 ケイトが魔法でどうにかしちゃうことが多いから、調理器具だってあんまりそろっていないのに。

 私が? この世界で? 料理を作れるの?


「大丈夫。失敗しても食べてあげるよ。胃も丈夫だし」

「失敗するの前提で話すのやめてくれませんかね」


 あまりの言いように私はムスッと口をとがらせる。

 そりゃあ私だって、あんまり自信はない。

 作ったことあるっていっても、大満足のできあがりだったことなんて一度もないし。

 一応食べられる、とか、まあまあおいしい、とか。

 いやいや、高校生くらいだったらそれが普通、だと思いたい。


 あ、でも。

 胃袋をつかむチャンス、なんじゃ……?


 ふと思い浮かんだ名案に、私はケイトをじっと見つめる。

 今まで料理を任せっきりにしていたお礼にもなるかもしれないし。

 いつも余裕のよっちゃんのケイト。

 ご飯もデザートも、なんでも完璧に作っちゃうケイトの胃袋をつかむなんて、難易度マックスすぎるけど。

 為せば成る、為さねば成らぬ何事も。っていうことわざもある。

 挑戦してみるだけでも、ちょっとはプラスに働くと思いたい。

 私の思惑はバレバレなのか、ケイトはあーあとでも言いたげな苦笑をこぼす。

 その顔にムカついて、闘争心に火がついたものの。


「数日、時間ください……」


 冷静に考えて、精霊っていう知識チートがない私には、まず少ないレパートリーの中から何を作るか決めて、レシピを思い出して書き起こすっていう準備期間が必要だ。

 声を上げて笑うケイトに、残りのキッシュを頬張りながら、今に見てろよ~と念を送る。

 たとえばキッシュで円グラフを作るとして。今のケイトの私への好感度は、いかほどのものなのか。

 このキッシュ一切れ分くらいは、好かれてればうれしいんだけど。

 ケイトの気持ちがどこにあるにしろ、とりあえず前向きに努力することしか、私は知らない。







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