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03 効率・エッグタルト



 目が覚めたら異世界に来てしまっていた、私、春咲小花。

 普通に考えたら大問題なんだけど、自分でも驚くくらい、この数日をのほほんと過ごしていた。

 それはひとえに、記憶喪失の異世界人なんて面倒事を引き受けてくれたケイトのおかげだ。

 拾ったものは最後まで面倒見よう精神なのか、自分が投げ出したら生きていけないだろうと心配してくれたのか。どっちにしろ私にとってはありがたいことでしかない。

 衣食住を与えてくれるばかりじゃなく、ケイトは私を同居人として尊重してくれる。

 ケイトの落ち着きっぷりについつい甘えても、微笑みひとつで許してくれちゃうから、どんどん助長してしまいそうで怖い。

 人は易きに流れるものなのです。特に私みたいに、単純な人間ほどね。




「ケイト、庭の水やり終わったよー」


 畑の真ん中で細長い芋を掘り出していたケイトに、両手をメガホンにして声をかける。

 ログハウスの外は前面にかわいらしい庭、裏にこじんまりとした花壇がある。ここに住まわせてもらって数日、朝夕の水やりは私がやらせてもらってる。

 家庭菜園というには規模の大きいこの畑は、庭から見える距離にあって、野菜や薬草なんかを育てている。ちなみに裏には家畜小屋も存在する。

 この島は季節がなくて、ずっと春みたいな気候らしい。そうなると育たない作物もありそうなものだけど、そのへんはケイトの魔法でうまく温度調節していたりするんだとか。温室いらずだね。


「ありがと。先に戻ってていいよ」


 こっちに歩み寄ってきながら、ケイトは言う。

 先に、ってことはケイトはまだ畑仕事を続けるらしい。


「そっちは何か手伝えることないかな?」

「畑仕事は汚れるし、慣れてないと大変だよ。これは俺の娯楽みたいなもんだから」


 やんわりと断るケイトに、私は複雑な気持ちがわきあがってくる。

 ひとりでお世話しているとは思えない、広い畑。庭だって、家畜だって、ケイトは今まで全部ひとりで見てきた。

 大変な力仕事を娯楽と言ってしまう理由は、ここ数日で何度も見た、ケイトの料理風景から察せられる。

 ケイトが料理を作るとき、調理器具は必要ない。いくつも展開させた魔法で、切ったり焼いたり食材が目まぐるしく変化して、あっというまに完成する。

 包丁がなくても料理できるケイトは、それと同じように、水を汲まなくても水やりできるし、クワがなくても畑を耕せる。わざわざ土に汚れて芋を掘る必要だってない。

 それでも家に包丁や鍋があるのは『料理する』という行為をたまに楽しむためで、今ケイトが軍手を真っ茶色に染めてるのだって、彼の言うとおり娯楽のようなものなんだろう。


「冷蔵庫にエッグタルトがあるよ。早く食べたいんじゃない?」

「エッグタルト!!」

「ほら、そんなに目をキラキラさせてさ。俺のことはいいから、おやつタイムにしなよ」


 笑顔で勧めるケイトに、自然と私の足は家のほうに向いた。

 その足が、一歩を踏み出す前に。

 ちらりとケイトを振り返って、あたたかな茶色の瞳と目が合って。

 食いしん坊な私は、悩んで、悩んで、けれど結局。

 一緒に食べたい気持ちのほうが、勝った。


「……待ってちゃダメ? 全部終わってからおやつにしようよ」


 手伝えることがないなら、せめて。私はボソボソとした声で伝える。

 不満そうな言い方になってしまったのは、別にケイトのせいじゃない。

 たとえば私がもうちょっと要領のいい人間だったら、ケイトだって色々手伝わせてくれただろう。

 たとえば私がもうちょっと頭のいい人間だったら、ケイトに言われなくても何かできることを自分で見つけられただろう。

 そんなことを、この数日で何度思ったことか。


「小花ちゃんがそう言うなら」


 そうやってまた、ケイトは私を甘やかす。

 ケイトは、私に何も求めない。

 彼が私に向けるまなざしは、物を覚え始めた小さい子を見守るみたいな、生あたたかさ。

 たぶん、ケイトができることを100とするなら、私にできることなんて1か2。たしかにこれだけ差があると、子ども扱いも仕方ないのかもしれない。

 でも、その1があるかないかは、大きな違いだ。と、思いたい。



  * * * *



「ごちそうさまでしたー!」

「はいはい、お粗末さまでした」

「今日もおいしかった! ケイトすごい!!」

「そう言ってくれると作りがいがあるな」


 少し照れくさそうに笑うケイトは、なんだかちょっとかわいい。

 この数日、毎食ケイトのご飯を食べてるわけだけど、家庭料理っていう域を軽く飛び越えるようなパーフェクトなおいしさに毎回びっくりしてる。

 エッグタルトは、パイ生地はサックサクで、中のクリームは濃厚とろっとろで。

 前に一度だけ食べたことのある高いお店のエッグタルトにも勝るとも劣らないお味でした。

 ほんと、ケイトの料理の腕前はすごすぎる。すごいのは料理だけじゃなくて、むしろすごくないところが見当たらないくらいだったりもするけど。


「小花ちゃん、食べカスついてる」

「え、どこどこ」

「ここ」


 にゅっと手が伸びてきて、口の端を拭われた。

 食べカスは他にもついていたみたいで、頬と鼻の先も。

 夢中になって食べてたから、全然気づかなかった。子どもみたいで恥ずかしいな……。


「ケイトって面倒見いいよね」

「そう? 自分じゃそんなつもりなかったけど」


 え、まさか自覚なしとは思わなかった。

 私を住まわせてくれるだけじゃなく、色々と説明だってしてくれたし、家事はほぼケイトがやってるし、私にお世話を焼くときのケイトってなんだか楽しそうにしてるし。

 元々面倒見がいいから、私っていう面倒の塊が現れても容認してくれたんだと思ってた。

 でも、そうじゃないなら、どうしてこんなに親切にしてくれるんだろう。


「ねえケイト、私に何かできることってない?」


 心の中の焦りが、そのまま声に出た。

 ケイトはいきなり真面目なことを言い出した私に、きょとんとした顔をする。


「できることって?」

「住むとこだけじゃなくて、ご飯も服も、たくさん面倒見てもらっちゃってるでしょ。恩返し、って言えるほどのことはできないかもしれないけど、何か返せるものがあったら、って思って」


 この世界にやってきて、私がケイトにもらったものは数えきれないほどある。

 私用のベッドに、食器、今着ている服だってケイトが作ってくれたものだ。私がやってきたその日に、私が寝落ちている間に全部用意しておいてくれた。

 材料があれば魔法で作れるからそんなに手間はかからない、とは言ってたけど、魔法が万能ではないことも聞いている。できあがったものをポンって出すことはできないらしい。だから料理も魔法で調理しているんだし。

 ケイトができることを100とするなら、私にできることなんて1か2。ケイトの万能さはここ数日だけでも充分理解してる。

 それでも、何か。ひとつでもいいから、ケイトの役に立てることがあれば。


「別に、恩返しとか気にしなくていいよ。できるほうがやるってだけのこと。単純な効率の問題。気持ちはうれしいけどね」


 効率の問題、と言われてしまうとぐうの音も出ない。

 実のところ、すでに私はつい2日前に一度、やらかしてしまっている。

 無理を言ってやらせてもらった、室内の掃除。やる気が空回ってしまった結果、バケツに足を引っかけるなんていう初歩的ミスを犯してしまい、狩りから帰ってきたケイトが目にしたのは、水浸しの床。

 魔法で加工を施していることを知らなかった私は、木の床が腐ってしまうんじゃって半泣きで。

 結局、魔法で水分を蒸発してもらい、ついでとばかりにピカピカに磨かれた床を見て、私はただケイトの仕事を増やしてしまっただけだと悟った。


 畑仕事だってそう。

 私が服を汚せば、ケイトはそれを魔法で新品同然に洗ってくれるだろう。

 自分で洗えるって言いたくても、今まではやっぱりケイトの魔法できれいにしていたらしく、ここには洗剤も漂白剤も、洗濯機どころか洗濯板すら存在しない。

 穴あきの記憶でも、自分に一人暮らしの経験がないことくらいはわかる。

 今までやってこなかった家事を、急に完璧にこなせるわけもない。

 やり続ければ上達するとしても、その間ケイトに余計に面倒をかけ続けることになるなら、手を出さないほうがケイトのためなのかもしれないとも思えてくる。効率の問題ってそういうことだ。


「暗い顔しないの、小花ちゃん。俺がいいって言ってるんだからそれでいいって、思えない?」

「でも……」


 それでも、何か、欲しくなる。

 私の面倒を見てくれるケイトのために、できること。

 それさえあれば、私は、自分はここにいてもいいんだって気持ちになれるだろうから。

 記憶が欠けてて、自己というものがあやふやで、何ひとつ役に立っていない今の私は、噛みごたえのない卵クリームのよう。

 エッグタルトのパイ生地みたいに、やわらかい中身を支える土台が欲しい。


「俺さ、ずっとひとりだったんだよね」


 唐突に、ケイトは話を変えた。


「他人にわずらわされるのが嫌でこの島に来て、生活基盤作って、悠々自適に暮らしてて。精霊は騒がしいけどやっぱり人間じゃないし、基本俺に逆らわないし。ひとりに慣れきって、誰かに合わせるとかもう絶対できないって思ってたんだ」


 どこか遠い目をして語るケイトは、過去でも思い出しているんだろうか。

 ここで暮らし始める前に、何かがあったことは確実なんだろう。

 温度のない瞳は少し怖いくらいで、でも目を離せなかった。


「けど、小花ちゃんの面倒見たり、どうでもいいこと話したり、一緒にご飯食べたりとかさ。自分でも驚くくらい、けっこう楽しいみたいなんだよね」


 茶色の瞳に、あたたかな光が灯る。

 ああ、いつものホットケーキだ。ほっとする色だ。


「くるくる変わる表情は見てて楽しいし、笑顔を見れば元気をもらえるし。何より、俺ね、自分の作ったものをおいしいって言ってもらえるのが、こんなにうれしいってことも知らなかったんだよ」


 いつも、ご飯を食べる私を見ているときと同じ、穏やかな微笑み。

 さっきの無表情は見間違えだったのかってレベルで、雰囲気までがやわらかい。


「小花ちゃんが普通に俺と接してくれるだけで、小花ちゃんが思ってる以上に、俺のプラスになってるから」


 ぽんぽん、とケイトは私の頭を軽く撫でた。

 ただ迷惑をかけているだけの私を、そんなふうに言ってくれるなんて。

 単純な私は、うっかり心が軽くなってしまった。


「……ケイトは、私に甘すぎると思う」


 文句を言うみたいに、ボソッとつぶやく。

 やばいなぁ。危険だなぁ。

 甘えることが許されている状況で、それを突っぱねることはとても難しい。

 鉄の意志なんて持ってない。せいぜい冷凍パイシートの硬さだ。つまり熱で簡単に溶ける。


「自分を癒やしてくれる小動物がいたら、つい甘やかしたくなっちゃわない?」

「小動物……」


 ペット扱いですか。なるほど。

 それなら生あたたかい視線も納得といえば納得だ。

 今の頭ぽんぽんも、犬を撫でるような感覚だったりして。

 内心複雑だけど、じゃあペットより役に立ってるかってなったら、何も言えないなぁ。


「あんまり甘やかしすぎないでね。すごいダメダメな子になっちゃいそう」

「ダメダメな子になっても別にいいよ」

「またそういうこと言う……」


 お世話になっている分、少しでも、お返ししたい。

 でも、焦って失敗するよりは、私のペースで返していったほうがいいのかもしれない。

 元から難しいことを考えるのが苦手な私は、そうやって易きに流される。


「ありがと、ケイト」

「どういたしまして?」


 ケイトは不思議そうに首をかしげつつ、微笑みをこぼした。

 私の面倒を見てくれて。私のご飯を作ってくれて。私といて楽しいって、思ってくれて。

 いろんな意味を込めたありがとう。

 どうして異世界に来てしまったのかはわからないけど、拾ってくれたのがケイトで、本当によかった。


 まあ、甘やかしすぎな点に関しては、ちょっと困りものかもしれないけど。







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