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04 できたてサラダパンケーキを幸せそうに頬張る君に



 それから二人で少しまったりとした時間を過ごせば、もう夕飯時だ。

 俺が小花ちゃんを怒らせてしまったせいで、買い物は途中だったけれど、元々数日分くらいは食材に余裕はあった。

 リクエストどおりのサラダパンケーキをテーブルに置くと、小花ちゃんはパッと表情を輝かせた。


「おいしそうー!」


 パンケーキを見つめる瞳は子どもみたいにキラキラしている。

 小花という名前のとおり、花が咲くように……と表現するには色気より食い気が勝ちすぎている。

 棚からぼた餅が降ってきたような、とでも言ったほうが近い気がする。

 ついさっき、あれだけ重い感情をぶつけられたにもかかわらず、平常運転すぎる小花ちゃんに苦笑してしまう。


「どうぞ召し上がれ」

「はーい、いただきまーす!」


 元気に手を合わせた小花ちゃんは、早速大きめに切ったパンケーキを口に運んだ。

 おいしい、最高、と何度も言いながらパンケーキを食べていく小花ちゃんを、ついぼんやりと眺めてしまう。

 心底おいしそうに卵料理を食べる小花ちゃんほど平和な光景を、俺は他に知らない。

 見ているだけで気が抜けて、気づけば心が満たされている。

 幸福というものが形を持つなら、きっと小花ちゃんそのものになる。


 こんなに幸せでいいんだろうか。

 小花ちゃんがこちらに残ると決めてから、幾度となく考えている。

 今の俺の幸せは、小花ちゃんにすべてを捨てさせた上でのもの。

 犠牲の上に成り立つ幸福なんて許されるものじゃない、とわずかばかり残った良心は告げる。

 けれど、小花ちゃんの瞳が、好きだと、しあわせだと告げるから。

 毎日、毎日、他でもない小花ちゃん自身に許されているような気持ちになってしまう。


「ケイトは食べないの?」


 きょとんとした顔で、小花ちゃんは俺を見つめる。

 俺が今何を考えているかなんて、少しも思い至らないんだろう。

 小花ちゃんはとても鈍い。小学生でもまだ物を考えられるんじゃないかと思うほど短絡的で、即物的で……いっそおろかなほどに情が深い。


「食べるよ。小花ちゃんがおいしそうに食べてくれるのがうれしくて」

「だってすっごくおいしいもん! ケイトは天才だね!」


 汚れを知らない子どものようにまぶしい笑顔。

 この笑顔に、俺はいったい何度すくわれればいいんだろう。

 小花ちゃんがいるから生きている、という言葉には少しの誇張も含まれてはいない。

 願わくば、小花ちゃんがその重さを恐れることのないように。

 小花ちゃんの鈍さが、小花ちゃんを守ってくれるように。


「そんなに喜んでもらえたら作ったかいがあったよ」


 心からそう告げて、俺もパンケーキに手をつけ始める。

 そうして食べながら、今日の不測の出会いについて話すことにした。

 俺たちのあとをつけていた怪しい魔術師のことを。


「あの人、何か隠してたよ。それが何かまでは表層に出てこなかったからわからないけど。少なくとも目的のない旅っていうのは嘘だ」

「あ、目合わせてたんだ」


 俺の言葉に、小花ちゃんはちょっと驚いたような顔をする。

 小花ちゃんからは俺が彼とまっすぐ目を合わせていたかなんてわからなかったんだろう。そちらの方向を見ていても、視線は鼻や眉間を向いている可能性だってある。


「ケイト、だいじょうぶ……? 嘘つかれるの、嫌じゃない?」

「そりゃあ嫌だけど、人間なんて普通は嘘をつく生き物だからね」

「別に見なくていいんだよ。3秒だっけ? 目を合わせなければいいんでしょ?」


 見るからに心配そうな顔をする小花ちゃんに、俺は思わず笑みをこぼす。

 まったく、腹にいちもつありそうだったギー・メランとやらと同じ人類とは思えない。

 小花ちゃんがこんな調子だからこそ、俺は余計に気を引き締めないといけない。


「んー、厄介事の匂いがするからね。少しでも情報は多いほうが避けやすいだろうし。とりあえず彼がどこに泊まってるかはわかったよ。そのあたりには近づかないようにしよう」


 俺だけならまだしも、今は小花ちゃんも一緒だ。

 色々と安全対策はしてあるし、もちろん全力で守るつもりではいるけれど、絶対に大丈夫という確証はない。避けられる厄介事なら避けたかった。

 もし万が一小花ちゃんに何かあったなら、俺は正気を保てる自信がない。我を忘れた俺が何をするかは、それこそ考えるだに恐ろしい。

 巡り巡ってはこの世界の人間のためにもなるんだと、恩着せがましく考えたりする。


「大丈夫だって。二百年もふてくされてたからね。さすがにもう気持ちの整理はついてる」


 なおも心配そうな表情を崩さない小花ちゃんにそう笑いかける。

 成人男性どころか、普通の人間の寿命以上に生きてるっていうのに、何をそこまで心配するのか。

 過去の話をしたからだとわかってはいるけれど、少しは信頼してほしい。


「それに、今は小花ちゃんがいるからね。小花ちゃんさえ俺に嘘つかなければ、それでいいよ」


 どうでもいい人間の千の嘘よりも、小花ちゃんのたったひとつの嘘のほうがずっと俺の心をえぐるだろう。

 かつての俺は、大事だと思っていた人たちに裏切られた。そうして一度、壊れた。

 人とは嘘をつく生き物なのだと知ってしまった今の俺は、もうそれ以前の俺とは別物なんだろう。

 それでも、小花ちゃんは、小花ちゃんだけは信じたいと思う。


「任せて! そもそも私、嘘とか下手くそだしね!」

「そこは威張るとこじゃないよ」


 少しの陰もない笑顔に心からほっとする。

 合わせた目から伝わってくる愛情にじわじわと満たされていく。


 こんなに幸せでいいんだろうか。

 幾度となく思い浮かぶ問いは、今日も小花ちゃんによって溶かされていく。







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