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02 砂糖どばどばミルクセーキ



 ケイトいわく、つけられてる、らしい。

 余所者だからってだけで目をつけられるような、閉鎖的な町じゃない。だからケイトも最初の滞在場所にここを選んだんだし。

 何か目立つ行動をした記憶はないし、ケイトのおかげでちゃんと町に溶け込めていると思っていたんだけど。

 なんにも理由なく後をつけられるなんてことは……ない、よね。やっぱり。


 まあ、普通なら緊迫感漂う状況なんだろう。普通なら。

 でもほら、何しろケイト、最強だから。

 ケイトならどんな人にも負けないし、もし私が狙われたとしても絶対守ってくれる。

 そんな安心感から、聞いた瞬間の衝撃が去ったあと、私はまったりとした気持ちで全部ケイトにお任せすることにした。


「……少しは危機感持って欲しいとこなんだけど」


 胡乱な目をするケイトに、にっこり笑う。

 だって、大丈夫でしょ? って言うみたいに。

 伝わったのか、読んだのかはわからないけど、ケイトは当然とばかりに薄く笑って。


「そこにいるのは誰?」


 よく通る声で、堂々と尋ねた。


「撒いてもいいんだけど、とりあえず理由くらいは知っておきたいなって。おとなしく出てきてくれる?」


 背後を振り返って、警戒した声を出す。

 鋭い視線の向こうには、たぶん正確に相手を捉えている。

 数秒か、数十秒か。

 あんまり長くない沈黙ののち、音もなく姿を現したのは……


「お見事ですね。気づかれるとは思っていませんでした」


 紫色の、腰まで届きそうな長髪。黒いローブに、銀の細長い布を右肩から垂らしている。お約束みたいなねじれた木の杖を手に持って、モノクルの向こうの瞳は妖しい笑みをたたえている。

 ……うん。ぜーーったい、お近づきになっちゃいけない人だ。

 今時こんなわかりやすくヤバい人がいるなんて、って呆れるほど怪しさ爆発だ。いや、こっちの世界の基準を知らないから、主観でしかないけど。

 知り合い? って尋ねる代わりにケイトを見上げる。まだ話していいのかわからなかったから。

 ケイトは無言で首を横に振る。まあそうだよね、二百年経ってるんだもんね。


「お見事でもなんでもいいけど、俺たちになんの用? 俺の奥さんに一目惚れしたとかでもなさそうだし」


 お、く、さ、ん!!!!

 もう、本当そろそろ慣れなよって感じなんだけど、毎回過剰反応しちゃう。めちゃくちゃ照れる!!

 真面目な話をしてるのにごめんなさい。私はまだまだ修行が足りません。


「お二人はご夫婦なのですか?」

「見てわからない?」


 そう言いながら、ケイトは右手で私の左手を取った。

 ケイトの右手と私の左手には、おそろいの腕輪がついている。この辺りの国での夫婦の証で、結婚指輪みたいなものだ。


「失礼、まるで兄妹のように微笑ましい関係に見えましたので……」


 クスリ、と魔術師さんは笑う。……なんか嫌な感じだ。

 なんとなく落ち着かなくてケイトを見上げると、眉間に深いシワができていた。

 ケイトがこんなにわかりやすく顔に出すだなんてめずらしい。


「本当に失礼だね。それに、質問に質問を返すのもルール違反だと思わない?」

「申し訳ありません、つい、好奇心に負けまして」

「それで? 答える気はあるの?」


 鈍い鈍いと言われる私でも、ピリピリした空気を肌で感じる。

 口を挟むタイミングがなくて黙ってるしかないけど、私は少し驚いていた。

 ケイトが、あのいつだって動じないケイトが、こんなに警戒を露わにしていることに。

 ……もしかして、それだけ目の前の魔術師さんが強かったりとか、するの?

 遅まきながら不安が込み上げてきて、つないだ手にぎゅっと力を込めた。

 ケイトはこちらを向いたりはしなかったけど、しっかり握り返してくれたから、それだけでだいぶ安心できた。


「申し遅れました。私は、クラディ王国の一級魔術師、ギー・メランと申します。あてのない旅をしております。よければ貴方のお名前をお教え願えますか?」

「付きまといに教える義理はないと思うけど」

「それは大変失礼を。貴方の強大な魔力とその制御力に、蜜に吸い寄せられる蛾のようにふらりと後を追ってしまいました。どうかお許しください」

「許してもいいよ、面倒事持ち込まないなら」

「何を指して面倒と感じるかは千差万別ですので……」


 ポンポンとテンポのいい二人のやり取りに、私はついていくことすらできない。

 まあ、ついていく必要もないのかもしれないけど。ケイトの邪魔にならないためには口を開かないほうがいいだろうし。

 魔術師さんも、用があるのはケイトにだけで、私は眼中にないって感じだ。


「貴方こそとても腕の立つ魔術師とお見受けします。どうか我が国にお力添えいただけないでしょうか?」

「いただけません」


 キッパリ、一刀両断。少しも悩む時間がなかった。

 やっぱり面倒事だ……という小さなつぶやきは、すぐ傍にいた私にしか聞こえなかっただろう。

 ケイトのあまりの即答っぷりに、魔術師さんは苦笑をこぼす。


「報酬に糸目はつけません。検討くらいはしてくださいませんか」

「くださいません。金にも権力にも名誉にも、女にも興味はないよ」


 そう答えてから、チラリ、とケイトは私に目を向けてくる。

 ん? と首をかしげると、ケイトは少しだけ表情をゆるめて私の頭を撫でた。


「この子以外にはね」


 いきなり落とされた爆弾に、私は石みたいに固まるしかなかった。

 どう反応すればいいかわからない私を、ケイトは腕の中に隠すみたいに抱き寄せる。


「俺、このかわいいかわいい奥さんに骨抜きなんだ。一分一秒も離れていたくないくらい。だから他を当たって」


 甘いっ!!! 砂糖を入れすぎたミルクセーキくらい甘い!!

 ドキドキを通り越してバクバク鳴る心臓は、きっとケイトにも伝わってしまってることだろう。

 恥ずかしすぎて顔を上げられないけど、わかる。

 今、絶対ケイトはすっごくイイ笑顔してる。確信できる。


「……気が変わりましたら、おっしゃってください」


 魔術師さんはそう言い残すと、その場から去っていく。正確には足音が遠ざかっていく。

 その音が完全に聞こえなくなるまで、ケイトは私を開放してくれなかった。

 動くこともできずにカチカチになったままでいると、はーー、と頭の上にため息が落ちる。

 それから、ゆっくりと身体を離されると、間に風が入り込んで少しの寂しさを感じた。


「早速、目ぇつけられちゃったね」


 あーあ、面倒。とか言いながらケイトはすでにいつもどおり。

 真剣な表情はどこへやら、微笑みまで浮かべてるし。いっそ楽しげにも見えるくらいだ。


「……ケイト、余裕だね?」

「最初から余裕だったけど?」

「だって、すごい真剣な顔してたのに」

「あれはわざと。あんまり余裕綽々でも怪しまれるでしょ」


 な、なるほどーー!!

 たしかに、修羅場慣れしてる人間なんて怪しさ満点すぎる。言われて初めて合点がいく。

 そこまで計算してのことだったなんて、全然気づかなかった。

 瞬時にそんな判断ができるケイトは、本当に肝が据わってるし、頼りになるなぁ。

 さすがケイト、なんて惚れ直していたところで、はたと思い至る。


「じゃ、じゃあ……あれも?」


 骨抜きとか、離れていたくない、とか。

 いきなり砂糖ダバダバなこと言うからビックリしたけど、あれも単に断る口実だったんなら納得できる。できる、けど……。

 たぶん、私は頬を赤くしながら複雑な顔をしていたんだろう。ケイトはおちょくるみたいにニヤリと笑う。


「本気にした?」

「し、してなくはないけど! ひどいよっ!」

「そのまましててくれていいのに。嘘はついてないし」

「えっ」


 また、熱がぶり返す。

 秋の寒さなんてなんのその。恋のパワーがあれば暖房いらずだ。

 上げて落とすのが得意なケイトだから、今回もそのパターンかなって思ったのに。

 あれが本気だったんなら、そりゃあすごーーく恥ずかしいけど、本心としてはもちろんうれしい。


「小花ちゃん、食べ物につられて知らない人についていきそうだし。危なっかしすぎて、とてもじゃないけど傍を離れらんないよね」


――やっぱり、上げて落とされた!!


「私をなんだと思ってるの!?」

「精神年齢3歳児」

「ケイトのばかっ!!」


 怒りに任せて、ドンッとケイトの胸を力いっぱい叩いた。

 3歳児とか、まだそんなふうに思ってたなんて!

 嘘っことはいっても一応、夫婦ってことになれて、うれしかったのに。

 ケイトにとっては、目を離すとフラフラする危なっかしい幼児の面倒を見てるようなものだったのか。


「……ばか」


 もう一度ケイトの胸を叩いて、私はそっぽ向いてひとりで先に家に帰る道を進んでいく。

 後ろでケイトが何か言ってるような気がするけど、全部無視だ、無視。

 どうせ、200年も生きてるケイトからしたら、私なんて子どもだろうけど、わかってたけど。

 私はこれでも本気でケイトに恋をしているから。

 好きな人に、3歳児なんて言われたら……傷つくんだよ。


 考えてみれば、今の私たちの関係って、どんな名前をつければいいんだろう。

 私はケイトのことが好きで、ケイトも私のことをとても大切に思ってくれていることは知っている。

 でも、夫婦っていうのはただの便宜上のまやかしで、ケイトからは付き合ってとも、それどころか好きだと言われたことすらない。

 島で準備をしている間も、島を出てからも、ただ一緒にいられるだけでうれしくて、楽しくて。ちゃんと考えたことがなかったけど。

 もしかして……ケイトはただ、私をこの世界にさらった責任を取ってくれているだけなんだろうか。

 怒りで沸騰した頭が、今度はどんどん悲しみに侵食されていく。


 空いた手が、秋の風に冷たくなっていくのを感じて、なんだか泣きたくなった。







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