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01 ベビーカステラはしあわせのお味

続編はじめました。

不定期更新にはなりますが、よろしくお願いします。



 ケイトがいればどこに行ったってどうにかなるって、なんの根拠もなく信じてたんだけど。

 あの、ゆりかごみたいな墓場みたいな無人島から飛び出して、まだ半月ほど。

 私の直感に間違いはなかったんだ、とすでに確信に至るまでになっていたりする。





「小花ちゃん、今晩は何が食べたい?」

「ホットケーキ!」

「うーん、甘さひかえめにして、サラダパンケーキとかにする?」

「それ! 絶対! おいしい!!」

「はいはいテンション無駄に上げない。じゃあ野菜少し買い足そうか」


 それなりに栄えた町並みを、ケイトとふたり、手をつないで歩いていく。

 町の中心部で開かれる市に食材を物色しに来ているんだけど、最初からケイトにおまかせモードの私にとってはデートみたいなもんだ。

 ふたつの葉野菜を見比べてるケイトが、何を基準にして選び取ってるのかがそもそも私にはわからない。

 そういうのも精霊が教えてくれたりするのかなぁって思うけど、ケイトは自分で選んでるようにしか見えない。お母さんみたいって言ったら怒られるかな。

 お金には余裕があるはずなのに、無駄遣いはしたくないからって、ケイトは値段交渉にも余念がない。やっぱりお母さんだ。

 それともケイトは嘘つきだから、お母さんのふりした狼なのかなぁ。なんてどうでもいいことを考えてると、木枯らしがぴゅーっと吹いた。

 少しブルっと震えただけで、心配症のケイトはその場で立ち止まった。


「小花ちゃん? 寒い?」


 ケイトが確認するように私の顔を覗き込んできた。

 つないだ手にきゅっと力がこもって、ケイトのぬくもりがよりはっきりと伝わってくる。

 常春の島から外に出てみれば、季節はちょうど秋のさなか。

 落ち葉を散らかす風が、私たちの体温まで奪っていく。

 でも、停滞していた季節よりも、寒さに身体を震わせる今のほうが私はうれしい。

 何しろ四季折々を楽しむ文化に生まれ育ったからね。日本人は風流を愛するものです。私の場合は花より団子だって言われるけど……まあそんなことはなくもない。


「んーん、だいじょうぶ。くっついてれば」


 へへって笑いながら、私はケイトの腕を抱きしめるみたいにして引っつく。

 こうやって、いちゃつく口実にもなるしね。

 ケイトは数秒間黙り込んだあと、


「……おばか」


 って小さな声でつぶやいた。

 それが、照れてるんだってわかっちゃうくらいには、私もケイトのことがわかってきたのかなぁ、なんていい気になってしまう。


「見せつけるねぇ、お兄ちゃんたち」

「新婚なもので」


 冷やかしの声をかけてきたのは市に屋台を出してるおじさんだった。

 サラッと嘘をつくケイトに、私は息が止まりそうになりながらもコクコクとうなずいて話を合わせる。

 島を出る前、そういうことにするようにって厳命を受けた。

 男女二人で旅をするのに、一番面倒が少ないのは夫婦での旅行という名目、とのことだった。

 首輪つけておかないと小花ちゃん変なのに引っかかりそうだし、なんて付け足された言葉の意味はよくわからない。


「じゃあ嬢ちゃん、優し~い旦那さんにおねだりしてみな」

「ケイトは優しいけど財布の紐は固いんです」

「そうか? ほら、こういうの女の子は好きだろ」


 おじさんはそう言って、鉄板の上でコロンコロンと茶色い焼き菓子を転がした。

 たこ焼きみたいな形状の、ベビーカステラみたいなお菓子って感じだ。まあつまりどっちにしろ原材料は……私の大好物!!

 卵とバターのマッチしたいい匂いにどうしてもつられちゃう。たぶんこれはハチミツも入ってそうだ。

 素朴な味なんだけど、食べ始めたら止まらない。それが見た目からも想像ついちゃう。

 ベビーカステラはお祭りのたびに買ってたからなぁ……あああおいしそう。


「け、ケイト~」

「……小花ちゃん、今日の夕ご飯は?」

「ホットケーキです……」


 原材料、ほっとんど変わらないよね。わかってます。わかってるんだけど!

 今、すぐ、食べたい。目の前でいい焼き色をしたあのお菓子が食べたい。

 じゅるり、ってよだれまで出てきそうになってきた。


「だめ……?」


 必殺、おねだり攻撃。

 どうやらケイトは、私に見つめられるのに弱いらしい。

 三秒間目を合わせると心が読めることと関係してるのかなぁとは思うんだけど、読まれても困ることなんてない私は、気にしたことがない。

 ケイトはだんだんと苦々しい表情になっていき、額に手を当てながら深く息を吐いた。


「…………おじさん、4個だけね」

「はいよ、まいど~」

「わ~い! ありがとケイト!」

「弄ばれてる気がする……」


 失礼な。私にそんな高等技術が使えるわけないじゃないか。

 むしろ前まで騙されてたのは私のほうなんだし。

 私よりもずっとずっと頭のいいケイトを、私がどうにかできるわけないのに。


「小花ちゃん、絶対意味わかってないでしょ」

「何が?」


 首をかしげて尋ねれば、ケイトはまたため息をつく。

 あれー、なんか呆れられてる予感。


「兄ちゃんも苦労するなぁ」

「そうなんですよ、本当」


 屋台のおじさんから小皿を受け取りながら、うんうんとケイトがうなずく。

 ふたりは何か通じ合ったらしい。ちょっとさびしい。


「しょんぼりしないの。ほら、食べたかったんでしょ」

「やったー! ありがとー!」


 お金を払ったケイトから、ベビーカステラもどきを受け取る。

 ほかほかと湯気の立つ焼き菓子に、オレンジ色のとろっとしたシロップがかけられていて、あま~い匂いに心が一気に浮き立った。

 絶対おいしい! って自信持って言える見た目と匂い。思わずにんまりしてしまう。

 ひとつを細い串で刺して頬張れば、うん! 卵とバターの風味がじゅわ~って口の中に広がっていって、しあわせいっぱいだ。


「本当、小花ちゃんは食べてるときが一番しあわせそうだよね」


 しょうがないなぁ、って言うみたいに、ケイトは苦笑を浮かべる。

 まあしあわせなのは否定しない。大大大好きな卵だし! おいしいものは正義! 卵は正義!!

 でも、一番は、そうだなぁ。

 今はちょっと、違うんじゃないかなぁ。


「ケイトと一緒にいるのが一番しあわせだよ?」


 おいしいものはケイトと一緒に食べたい。楽しいことはケイトと一緒にしたい。嫌なことがあったって、ケイトと一緒ならどうにかなる気がする。

 卵がおいしいのも、空がきれいなのも、夜の静寂が怖いのも、一番に報告したくなるような人。

 そんなふうに思える存在は、ケイトが初めてだ。


「殺す気か……」


 片手で顔を覆いながら、物騒なことを言い出すケイトにぎょっとする。

 好きな人を殺したいわけがないじゃないか。そもそも世界最強のケイトをどうやったら殺せるっていうんだろう。


「……まあ、なんだ、兄ちゃんがんばれ」

「一生勝てない……」

「それはそれでしあわせだろ」

「そりゃあ……まあ……」


 ふたりがなんの話をしてるのか、よくわからない私はとりあえず目の前のおやつに夢中になることにした。

 うん、やっぱり卵おいしい。シロップは柑橘類を甘く煮たのか、ほのかな酸味がまたいいアクセントになってる。

 何かケイトと通じ合ったらしい屋台のおじさんは、本当においしそうに食べてくれたからってもうひとつおまけをくれた。

 ケイトはおじさんの厚意を黙認してくれたけど、今夜のホットケーキはひと回り小さいサイズにされるかもしれない。ケイトは卵制限に厳しいから。ほっとくと食べすぎちゃう私のためだけど。


 おやつを食べ終わって、買い物も終わって。

 さああと帰るだけ、ってなったとき、急にケイトが立ち止まった。


「小花ちゃん、前髪が前衛的になってる」

「えっ、なにそれどこ!!」

「こっち。直してあげる」


 にっこりと笑うケイトに、ちょっとの違和感を覚えつつもおとなしく任せることにする。

 髪を乾かしてもらうときなんかもそうだけど、ケイトに触れられるのは好きだし、安心する。大好きなご主人さまにブラッシングされる犬はたぶんこんな気分。

 気持ちよく目を細めてたら、自然な動きでケイトが身をかがめた。


「絶対に声は出さないで聞いて」


 小さな小さな声は、冷静でありながらも、私でもわかるようにか緊張感がこめられていた。

 わかった、と言いそうになってあわててお口をチャックする。

 こくこくとうなずくと、ケイトは「本当に大丈夫かな」って言いたげな顔をしたけど、だ、大丈夫なはず。

 それから、私の耳に限界まで口を近づけて、ささやいた。


「つけられてる」


 ヒュッ、と息を吸った音は、きっとケイトにも聞こえてしまっただろう。

 驚きの声を上げなかっただけ褒めてほしい。



 異世界気ままなぶらり旅。食い倒れ希望。

 どうやら、何事もなくってわけにはいかないようです。







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