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02 勇者・オムライス



 異世界にやってきてから、1日経過。

 というより、昨日は驚きが強すぎて疲れたみたいで、あのあとすぐ眠くなってしまった。

 明日ちゃんと話すよ、と言われて寝落ちたのは日が暮れる前。それから朝までぐっすりだった。

 次の日、改めてここが異世界だということ、無人島だということを説明してもらって。とりあえずしばらくのうちはここに居候させてもらうことが決まって。ついでに卵料理は毎日リクエスト制になって。

 どうして異世界トリップしちゃったのかもわからないし、ここにいるうちに帰れたら万々歳。帰れなかったらそれはまたそのあと考えよう、みたいな。

 これ以上はないんじゃないかってくらい、どこまでも私に甘く優しい取り決めがなされた。


 何度お礼を言っても足りないくらいの高待遇は、私に気持ちの余裕をもたらしたわけでして。

 それは、食欲に直結したりする。




「いっただっきまーす!」

「はいはいどうぞ召し上がれ」


 パンッと手を合わせて食事を始める私に、ケイトは生あたたかい笑みをこぼす。

 今日のお昼はオムライス。

 とろ~り半熟卵焼きを、バターライスの上で割って頂く。

 ソースはデミグラスソースとクリームソースを半分ずつ。どっちもおいしいし、もちろん混ぜても最高。

 ライスの具のマッシュルームの食感がまたいいアクセントになってるよね。オムライスを知り尽くしてるとしか思えない。

 夢中になって食べて、食後のお茶を出されて一息ついたところで。

 ようやく私は、最初に思い浮かぶべき疑問にたどりついた。


「ケイトはなんで無人島にひとりで住んでるの?」


 というか人が住んでたら無人島じゃないんじゃ、っていうツッコミはとりあえずやめておく。

 敬語はいらないって言われたから、最低でも5歳は年上だろう人にタメ口。まあ、いとこのお兄ちゃんとかだと思えば。こんなキラッキラの金髪の親戚とかいたらビックリだけど。


「んー、俺ちょっとお偉いさんでさ。問題起こして国にいられなくなっちゃって。どうせどっか行くなら人がいないとこのほうが楽だなぁって思って、ここに移住したんだ」

「そんな簡単に……」


 お偉いさんってのも驚きだし、そんな理由で無人島にひとりで住んじゃうのも驚きだ。

 ひとりって、だって、ひとりだよ?

 たったひとりで無人島に住める環境を整えるだけでも大変だろうし、何より。

 話せる人も、頼れる人もいない状況。

 そんなの、普通の人に耐えられるものなの?


「こう見えて俺けっこう最強だよ。できないことほとんどないし」

「そういう問題じゃないような……」

「ここは精霊の住処だから、みんな力を貸してくれるしね」

「……精霊!?」


 ケイトの口から出てきた単語に、思わず声を上げてしまう。

 精霊って、あの精霊!? ファンタジーではお約束の、自然を司ってたり人に力を貸してくれたりする精霊!?


「そっか、異世界だもんね。いてもおかしくないのか……」

「こっちだと普通だよ。見れない人のほうが多いけど、存在は認識されてる」


 さすが異世界。常識からしてまったく違う。

 見れない人が多いけど、ケイトは見れるんだね。最強っていうのは精霊が見れるから、っていうのもあるのかな。


「なんで見れないんだろうね。異世界人は誰でも見れるもんだと思ってたんだけどなぁ」


 不思議そうな顔をするケイトの言葉に、引っかかるものを感じる。

 異世界人なら誰でも、ということは?


「異世界から来た人って、私だけじゃないの?」


 私の質問に、ケイトはにっこりと笑った。


「うん、前にもいたよ。この世界を救った勇者様」

「――ゆうしゃ!?」

「いちいち驚いてくれると説明しがいがあるね」


 ケイトはおもしろそうに笑い声を上げる。

 これは驚くなっていうほうが無理じゃないかなぁ。

 勇者……勇者か……。

 トリップした先が無人島ならぬ一人島だった上に、精霊も見えない、特に使命もなさそうな私には想像もつかない話だ。

 勇者ってことは、魔王退治したりしたのかな。精霊王の力を借りるために世界各地を回ったりとか。ラノベの読みすぎ?


「はぁ……同じ異世界人でも、片や勇者、片やなんの力もない居候じゃ、比べるのも失礼だね」

「いいんじゃない? 勇者だったのはだいぶ前のことだし」

「今はどうしてるの? お姫様と結婚でもしたのかな?」

「さあ……どうしてるだろうね」


 ケイトは変わらず笑みを浮かべているのに、一瞬だけ空気が凍った気がした。

 単なる気のせいで片づけられてしまうほどのかすかな違和感。

 小首をかしげる私に、ケイトは茶色い瞳を細める。


「会ってみたい?」

「まあ、同じ異世界人としては。日本人か、というか地球から来た人なのかもわからないけど」

「日本人、って話だったよ」


 答えが返ってきたことに驚いた。

 まさか出身国まで知ってるとは思わなかったから。


「会ったことあるの?」


 単純な疑問をそのまま口にした。

 ケイトが勇者の存在を知ってるってことは、勇者が世界を救ったのは無人島に住む前のことなんだろう。

 でも、異世界人の出身国なんて普通どうでもよくない? 知ったってそこがどこなんだかわからないんだし。現にケイトは私に出身地なんて聞かなかった。

 なのにその情報を覚えてるのが、妙に引っかかった。もし、過去に関わりのあった人なら、覚えてても不思議じゃないのかもしれない、って。

 もし会ったことがあるなら、日本人だったらしい勇者について、詳しく話を聞けないかな。

 立場はまったく違うけど、同じ異世界人。元の世界に帰るヒントになるかもしれない。

 今度は期待して尋ねた。私にとってプラスに働くかマイナスに働くかはわからないけど、何かしらの情報が得られるだろうと。

 それを、ケイトはあっさり裏切った。


「もう、忘れたな」


 にっこり、ケイトは笑う。

 ケイトの笑顔は、完璧だった。完璧すぎて不自然だった。

 彼の作ったオムライスのように、きれいに感情を覆い隠していた。

 その中に何があるのか、私には推し量れない。

 だからこそ、もしかして、と思う。

 もしかして、ケイトって、勇者と知り合いだったのかな。

 問題起こしたって、勇者関係で何か、あったのかな。

 ただの思いつきでしかないけど、可能性はゼロではないかもしれない。


 勇者については、あんまり、話に出さないほうがよさそうだ。

 正直気になるけど、それは勇者が私にとって赤の他人で、もっと言えば空想上の人物みたいに感じるからで。

 元の世界に帰るヒントを惜しむ気持ちよりも、この居心地のいい環境を手放したくないっていう気持ちのほうが強い。

 ケイトの過去だって、昨日転がり込んできたばかりの私がいたずらに暴いていいもんなんかじゃない。

 居候させてもらってる手前、家主の嫌がる話題は、なるべく避けるべきだろう。


 『勇者』はNGワード、と私は脳内でメモをした。







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