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小さなおはなし3連プリン



【君はメレンゲ】



「やっぱりきれいだね~!!」


 青々とした空を見上げながら、小花ちゃんはンーっと大きく伸びをした。

 ピクニックがしたい、と言ったのは小花ちゃんだった。

 前に連れて行った花畑まで、今度は最初から俺が抱えて走った。

 新幹線だ、ケイト号だとはしゃぐのに、空を飛ぶのは怖いらしいからよくわからない。


「それで? ケイトは出かける前に何作ってたの?」

「花より団子だ」


 すぐさま興味がこちらに向いた小花ちゃんに失笑をこぼす。

 小花ちゃんにとってピクニックは、自然を楽しむことではなくて、外でおいしいものを食べることなんだろう。

 いつものことじゃん、とケロッとした様子の小花ちゃんは、どれだけ自分が即物的かわかっていない。

 そんな彼女を見ていることが、俺にとってどれだけ楽しいことなのかも。


「こっちはバナナ。こっちはチョコチップ。こっちはプレーンにカスタードクリーム入り」


 敷物の上に籠を置いて、次々に取り出したのは味の違うマフィン。

 ひとつ取り出すごとに小花ちゃんの瞳の輝きが増していくのが、本当に見ていて飽きない。

 保温の魔法をかけたポットから紅茶を注いで、お手軽ティータイムだ。


「青い空、白い雲、色とりどりの花々に、隣にケイトがいて、おやつはマフィン……最っ高だね!」

「はいはい」


 気づけば小花ちゃんは3つめのマフィンを頬張っていた。幸せそうで何よりだと俺は苦笑する。

 4つめはどれがいいだろう。小さめに作ったとはいえ、次で最後にしないと夕飯が入らなくなりそうだ。

 ブルーベリーとクリームチーズのマフィンを選んで、小花ちゃんに手渡そうと向き直る。

 小花ちゃんはすでに3つめを食べ終わっていて、静かに空を見上げていた。

 いや、凝視していると言ったほうが近いかもしれない。

 その瞳がやけに真剣で……ギクリ、とした。


 何を、考えているんだろう。

 空に投げかけられている視線からは、何も読み取れない。

 こっちを見て、俺と目を合わせてくれなければ、心は読めない。

 望んだことなんてなかった力なのに、あれだけ目をそらしてきたのに、今は見えないとすぐに不安になる。

 たとえば、元の世界に帰りたい、だとか。

 たとえば、俺のことが怖い、だとか。

 もし小花ちゃんがそんなことを思っていたら、俺はきっと、いつもどおり笑ってなんていられない。


「雲が……」


 ポツリ、と小さな小さなつぶやき。


「ふわっふわだねぇ……」


 その声こそ、雲みたいに中身がなくてふわふわとしていた。

 ガクン、と一気に力が抜けた。

 思わず膝を抱えて、大きくため息をついた。

 それから、不思議そうに俺を見る瞳を見つめ返して、仕方ないなとばかりに笑う。


 明日はメレンゲパイかな、なんてレシピを思い浮かべながら。






◇◆◇◆◇






【ある夜の忠犬ケイ公】



 お風呂から出たら、小花ちゃんの姿がなかった。


「小花ちゃん……?」


 声に出してみても、応える様子はない。

 ゾワリ、と背筋を悪寒が走った。

 パーテーションで仕切っているだけの部屋は、視線を巡らせるだけですぐ見渡せる。室内に小花ちゃんがいないのは一目瞭然だ。

 こんな夜遅くに、ひとりでどこかへ行ってしまったんだろうか。俺に何も告げずに?

 それは――逃げたということでは?


 思い当たる節ならいくらだってある。

 そもそもが俺は誘拐犯で、小花ちゃんは被害者だ。

 怖いと、一緒にいたくないと思わないほうがおかしい。

 おかしい、とわかっていながら、どこまでもズレた態度の小花ちゃんに安心して、救われて。

 失うことを恐れながら、ずっと一緒にいてくれることを、期待して。

 姿が見えない、というそれだけでこんなに心が揺れてしまう。


 こんなんじゃいけない、と頭を振って気持ちを切り替える。

 逃げたとしても、そうじゃないとしても、ひとりで外に出るのは危険だ。

 俺と一緒ならいくらでも対処できる獣も、小花ちゃんひとりだと獲物として見られてしまう。

 いくら小花ちゃんが俺を怖がったとしても、現状では俺の傍が一番安全なのだから。


 助けに行こうと気配を探りながら外に出た俺は、ドアを開いた体勢で、固まった。

 庭のベンチでうつらうつらと船を漕いでいる、小花ちゃん。

 そのすさまじくのんきな姿に、少しの間を開けて思いっきり脱力した。

 取り越し苦労でよかったとはいえ、小花ちゃんが関わると感情の振れ幅が激しすぎて、どっと疲れる。

 わかっててやっているなら大した悪女だけど、もちろん彼女にそのつもりがないことは百も承知だ。


「小花ちゃん、起きて。なんで庭で寝てるの」


 ベンチに近づいて、肩を揺すりながら声をかける。

 んんん、とむずかる小花ちゃんは小さな子どものようだ。


「ほしが……きれいで……」


 何度も揺すっているとようやく返答があったけれど、語尾は消えかけている。

 先に寝ているのは悪いかなと暇を持て余して、ちょっと外に出てみたら、星がきれいでずっと眺めていた、ということか。そして気づいたら寝落ちていた、と。

 常春の島とはいえ、夜は少し冷える。しかも小花ちゃんは湯上がりだ。

 指の甲で頬に触れてみれば、ひんやりとした体温が伝わってきた。


「小花ちゃん」


 もう一度呼びかけても、小花ちゃんは寝ぼけているのかイヤイヤと首を振る。

 それは俺の手にじゃれついてるようなもので、ああもうまったく、と深いため息をつく。

 好きな女が、夜に、寝間着姿で、半分寝ているふにゃふにゃの状態ですり寄ってきて。何も感じない男がいたらぜひともお目にかかりたい。

 童貞舐めるなよ、と思うのに、手も足も出せない自分もいる。

 ばかだ愚かだとさんざ言っといて、首輪をつけられて尻尾振ってるのは俺のほうだ。

 命令されたわけでもないのに、自主的に取った“待て”の体勢を崩せない。


「……いつか覚えときなよ」


 今はまだ、そんな負け惜しみしか言えない。

 完全に寝入ってしまったのか、何も反応しない小花ちゃんを抱き上げて、家に戻る。

 俺のベッドに寝かせて、もちろん、俺もその横に入り込む。

 明日起きたとき、せいぜい慌てればいい。

 そんな軽い意趣返しのつもりだったのに、安心しきった様子で抱きついてきた小花ちゃんに、明け方まで寝つけなかったんだから、俺も大概ばかなんだろう。






◇◆◇◆◇






【天然素材のびっくり箱】



 天然と呼ばれる女子は、圧倒的に“そう作られたキャラ”のことが多い。

 けど、小花ちゃんを表すのに、これほどふさわしい言葉はないような気がする。

 それをかわいいと思うこともあれば、厄介だと思うこともある。

 天然、は褒めているわけでも貶しているわけでもなく、単なる事実でしかないということだ。


「ねえケイト! 今日をクリスマスにしよう!」


 そんな、天然という名のびっくり箱は、今日も平常運転だ。

 仕掛けは至極簡単なのに、開けるまで何が出てくるかわからない。

 わかりやすくて、わかりにくい。だから、目が離せない。


「うん、とりあえず説明求む」


 小花ちゃんの突飛な発言にもいい加減慣れた。とはいえ説明なしに理解はできない。

 クリスマスも何もここは常春だ。

 いや地球の裏側のクリスマスは夏だったし、季節は関係ないかもしれないけれど。

 だからって、クリスマスはそうと決まっている記念日であって、自分たちで“する”と決めるものじゃない。


「もうすぐここからさよならするでしょ? 思い出作りしようよ!」


 キラキラと瞳を輝かせながら小花ちゃんは提案する。

 たしかに、この島を去る準備はゆっくり、けれど着々と進んでいる。

 だからってなぜクリスマス。区切りということで正月とか節分ならまだしも。

 クリスマスといえば……と少し考えて、ははーんと俺は察しがついた。


「とかなんとか言ったって、別にクリスマスの必要はないよね。小花ちゃん、単にデコレーションケーキが食べたいだけじゃない?」

「うっ……」


 わかりやすく動揺を露わにする小花ちゃんに、俺はくっと喉の奥で笑った。

 まったく、本当に君といると退屈しない。

 思い出作りだってきっと、100パー建前ってわけじゃないんだろう。

 外を見たいと言ったのは小花ちゃん自身で、でもこことお別れするのは少し寂しくて。

 感傷を振り払いたくて、足りない頭で考えた結果がクリスマスだったんだろう。

 そしてたぶん、思いつきを実行しようとしたのは食い意地が勝ったからなんだろう。

 中身を暴いた後も楽しいなんて、このびっくり箱はまるで俺のためにあつらえられたようじゃないか。


「しょうがないから、乗ってあげる。飾りつけはしてくれるんでしょ?」

「任せてっ!」


 なんて胸を張って言われたって、まあ、天然のびっくり箱だからね、期待はしていなかったけど。

 家中がお遊戯会みたいな輪飾りであふれ、せっかく切ってきたツリーにはなぜか七夕飾り。口ずさむのはきっと君は来ない有名な失恋ソング。

 さすが期待を裏切らない頓珍漢なクリスマスパーティーも、小さな三段ケーキによだれを垂らす小花ちゃんを見ていたら、全部どうでもよくなった。







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