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14 毒・フレンチトースト



 異世界生活も、約一ヶ月半が経過した。

 その間、私の恋は特に進展も後退もなく。

 見せかけばかりの平穏な日々が、ひとつひとつ積み重なるばかりで。

 そこに新たな火種を持ち込んだのは、意外なことにケイトのほうだった。


「今日は小花ちゃんに説教をしようと思います」


 朝ご飯を作り終えたケイトは、席につくなりそう言い出した。

 なにそれ、と思いながら私は向かいに座るケイトを見て、目の前に置かれた朝食を見て。


「これ、食べ終わってからでいい?」

「……しょうがないなぁ」


 お伺いを立てれば、ため息をつきながらも聞き入れてもらえた。

 よかった。熱々ホカホカのできたてを食べたかったから。

 厚めに切った食パンを一枚分、まるまる卵液に浸して焼いた、ケイト特製フレンチトースト。

 ナイフが必要ないくらいやわらかくて、フォークで切ると中までじんわぁと卵液が染みこんでいるのがわかる。

 一枚そのままだとここまでするのに時間がかかりそうなものだけど、浸すときに火が通らない程度に軽くあたためるとすぐに染みこむよ、と教えてもらった。いつか自分で作ることがあったら挑戦してみよう。レンチンでいいかな。

 フレンチトーストの他には、ミモザサラダとフルーツ入りヨーグルト。絶対に一品だけで済ませることのないケイトはいいお嫁さんになると思う。


「うん、今日もケイトのご飯はおいしい」

「はいはいありがとう」


 心を込めて褒めたのに、返ってきたのはヘリウムより軽いお礼。

 いい加減聞き慣れちゃったのかな。毎日言ってるしね。

 グルメレポーターみたいにいい感じに表現できればまた違うのかな。

 とかなんとか、どうでもいいことを考えている間に朝食は食べ終わってしまった。


「で、説教って?」


 食器を片したケイトが席に戻ったのを合図に、私は自分から話を促す。

 ケイトは腕を組んで、いかにもこれから説教します、といったポーズに入った。


「小花ちゃん、俺が好きなんだよね」

「え、あ、う、うん」


 まさかケイトからそこに言及してくるなんて思いもよらなくて、盛大にどもってしまった。

 改めて返事でもくれるんだろうか。いや、それは説教とは言わないか。

 何を言うつもりなのか、まったく予測がつかない。

 これから始まるのが、私にとって喜ばしい話ではないっていうのは、うすうす気づいていたけど。


「異世界で、部分的に記憶喪失にまでなってるのに、のんきに恋なんてしてていいのかな?」


 あー、それかぁ。

 正直痛いところを突かれた。

 でも、今までそこに触れてこなかったから、ケイトも見逃してくれてるものだと思ってたのに。


「のんきなつもりはないんだけど」


 私の中途半端な反論に、ケイトは眉を釣り上げた。

 そうだよね。普通に考えたら、恋なんてしてる暇も余裕もないはずだ。

 とはいえ落ちちゃったものはしょうがない。恋なんて選んでできるものじゃないっていうのは前も言ったとおり。人も、時期も。


「だって小花ちゃん、調べようともしないでしょ、帰る方法」

「調べてわかるようなものなの?」


 この世界には、というかこの無人島には、スマホもパソコンも存在しない。

 現代女子高生の情報収集ツールって言ったらそのくらいのもので。大人ならそこに新聞もプラスされるかもしれないけど、どっちみちここ孤島だし。

 足で稼ぐとしても、そもそもどこからどう手をつけたらいいかもわからないし。

 異世界トリップなんてマンガやアニメの中だけの話だった。その原因を探れって言われたって、不思議な力が働いたんじゃない? としか考えられない。


「たとえば、小花ちゃんの目の前には誰がいる?」

「ケイト」

「はい、そのケイトはどんな人?」

「優しい人」

「…………そうじゃなくて」


 間髪入れずに答えれば、ケイトは何やらむにゃむにゃとした顔になった。うまく表現できなくて申し訳ないけど、本当にむにゃむにゃした感じなんだ。

 気を取り直すようにため息をひとつついてから、また私を見る。見るというか、睨むに近い。


「俺は色々と最強だって言ったでしょ。精霊と話せるのだって知ってるはずだ。なのにどうして俺を利用しようとしないの」

「えー、だって、もし帰る方法を知ってたら、ケイトは教えてくれるでしょ?」

「俺がいつ協力するって言った? 今までわりと非協力的だったと思うんだけど、気づいてなかったの?」


 あ、そうなんだ。初耳。

 でも別にショックは受けてない。問題なのはケイトの姿勢じゃなく私の姿勢だから。


「……そもそも私が帰ろうとしてなかったからなぁ」

「だからそこがおかしいの」


 そう言われたってなぁ。


「うんとね、ケイト。私も帰りたくないわけじゃないんだけど、実感がわかないんだよね」


 どう説明したらいいものか。

 私の考えを全部包み隠さず言ってしまえば、ケイトは怒るかもしれない。呆れるかもしれない。

 でも、今のケイトは適当なごまかし文句じゃ納得してくれないだろう。

 相互不理解でギクシャクするよりは、ちゃんとわかってもらえたほうがずっといい。


「気づいたらこの世界に来てて、ケイトに保護されて。今まで危ないこともなかったから、あんまり危機感がないし。熱出したときにぶっちゃけちゃったとおり、帰ることに対しての不安だってまだ完全には消えてないし。何より、家族や友だちの記憶がないから、帰らなきゃっていう強い気持ちもわいてこないんだ」

「小花ちゃんには帰る場所があるんだよ」

「それはそうなんだろうけど。人って、結局のところ人と人とのつながりを一番大事にするものじゃない? 今、私が知っている人はケイトだけで、ケイトが好き。そんな状況で絶対帰るんだ、なんて言えない」


 帰れるなら、そりゃあ帰りたい。それは元の、前まで過ごしていたはずの日常に戻りたいという意味でだけど。

 そこに緊急性も必死さもない。そこまで強くは願えない。

 穴あきだらけの記憶の中に、何がなんでも帰らなきゃいけない理由を見つけるのは難しい。

 それに、こっちの世界にはケイトがいる。元の世界にはケイトがいない。

 ケイトが好きだから。好きに、なってしまったから。

 元の世界に残してきた人たちを覚えていない以上、天秤はどうしてもこっちに傾きそうになる。


「……あっちに残してきたはずの家族に、会いたいとかはないの?」


 家族、かぁ。

 会いたい、とか、会いたくない、とか。

 覚えてもいないから考えられない。薄情かもしれないけど。

 ああ、でも。

 今の私でも、今の私だから、言えることがある。


「私が今、ケイトのことを好きって思えるのは、誰かが私を愛してくれたからだと思う。それはきっと私の両親で、いるかはわからないけど兄弟で、私の友だちなんだよね」


『小花ちゃんは、愛されて育ったんだろうなぁってわかるよ』

『過去があるからこその今でしょ。今の小花ちゃんを形作ってくれた家族が、友人が、環境がある。それは、記憶がなくたって変わらず存在しているんだ』

 熱を出したとき、ケイトが言ってくれた言葉。

 不安が全部消えたわけじゃないけど、私は私のままでいいんだって、記憶がなくてもあっても私なんだって、素直にそう思えるようになった。

 素直な私の心で、ケイトを好きになった。


「正直、覚えてないから会いたいかとかはわかんないけど、今の私を作ってくれた人たちに、ありがとうって、思ってるよ」


 今の私を作ってくれたみんなのおかげで、私はケイトを好きになることができた。

 私を愛してくれてありがとう。私を、ちゃんと人を好きになれる人にしてくれてありがとう。

 家族、友人、その他私に関わってきてくれた人たち。

 顔も名前も性格も、何も覚えていない今、私が言えることはそれだけだ。


「小花ちゃんは、なんていうか、健全だよね」


 はああああ、とわざとらしく重苦しいため息。

 ちょっとケイト、やめてくれませんか。今のも一応告白の一種だったと思うんですけど。

 迷惑だと言わんばかりのため息とか、いくら私でも傷つくぞ。


「ばかみたいにまっすぐで、本当、心配になるくらい」

「またばかって言った」


 これで何度目だとぶすくれる私に、ばかだよ、ってケイトはさらに重ねて言う。

 その声が、表情が。

 なんだかいつもと違って見えるのは。

 私の、気のせいなんだろうか。


「……毒を、盛られてる気分」


 ホットケーキ色の瞳が、ぐらり、揺らぐ。

 そこに隠された感情を読み取るよりも前に、目をそらされてしまって。

 ……ああ、まただ。

 また、ケイトは私から逃げようとする。


「あまくてあまくて、中毒性があって、気づいたらとっくに致死量超えてるような毒」


 それはまるで、フレンチトーストみたいだ。

 じわりじわりと中まで染み込む卵液。あまくて、おいしい。でも食べすぎはよくない。

 お腹の中がなんとなく重たくなる。

 毒なら私だってとっくに口にしているんだ。

 ケイトという、恋という毒を。


「もう、超えてたりしてね」


 ケイトは微笑みを浮かべているのに、全然、笑っているように見えなかった。

 けれど、何を考えているのかまでは、私にはわからなかった。


 その仮面を殺せるなら、私は喜んで毒にだってなってやる。







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