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10 失敗・チャーハン



 さて、ケイトの胃袋をつかむために、料理を振る舞うことにしたわけですが。

 記憶にあるかぎりでは、私の料理スキルはケイトの1%にも満たない。

 誰に食べてもらったのかは思い出せないけど、自分で食べた味は、可も不可もなく、たまに不可寄り。

 そんな私に凝ったものが作れるわけもないのはお察しのとおり。

 チャーハンとサラダ。数日考えに考えた私が、最終的に決めた献立だ。

 ケイトにチェック柄のエプロンを借りて、調理開始。

 ……わーい彼エプロンだ~、ケイトの匂いがする~、とか少女マンガのお約束なんてやってないよ、やってないったら。


 同時進行なんてできないから、まずはサラダを作って冷やしておくことにした。

 ブロッコリーを茹でている間に、キャベツを千切りに。茹で上がったブロッコリーを流水で冷ます。

 レタスは小さめにちぎって、青じそは細切りにする。

 ドレッシングの作り置きがあったけど、今回は私が作らなきゃ意味がないってことで、オリーブオイルみたいなものと塩コショウ、なんかよさげなハーブで適当に和える。ドレッシングをお手製なんてできませんよ!

 最後にくし切りにしたトマトを飾って、サラダは完成。


 お次はチャーハン。すでに一仕事終えた気分になっちゃっててやばい。

 まずご飯と卵と調味料を混ぜて卵かけご飯みたいにしておく。今回の味つけはバター醤油に塩コショウ少々。

 玉ねぎと長ねぎ、ベーコンを細かく切って、先に炒める。ちなみにコンロみたいな場所があって、そこにケイトが火の魔法を固定してくれた。

 玉ねぎが透明になってきたら混ぜご飯を全部入れて、手早く炒める。

 先に卵と絡めておくことでご飯がポロポロになりやすい、はずなんだけど、ううん微妙に固まっているような……。


 はい、そんなこんなで、完成しました。


「…………」


 いただきます、と言ったあとはふたりともずっと無言。

 うん、わかってた。元の世界でだってあんまりうまく作れた記憶がないのに、レシピを見ることもなく器具もそろってない異世界で、成功するはずもない。

 わかってた、わかってたけど世知辛い……。


 サラダは若干塩気が強く、ブロッコリーは茹ですぎたのかべちょりとしている。

 チャーハンは味つけは悪くないけど、ご飯はくっついてるし、火加減が難しくてちょっと焦がした。本当にちょっとってレベルかどうかは、お願いだから突っ込まないでほしい。

 和えるだけと炒めるだけのはずなのに、この残念具合はどうなんだろう。

 こんなんじゃ胃袋をつかむなんて夢のまた夢のそのまた更に先の夢だ。

 これでも食べられる味なだけ、まだがんばったほうとか、女子力、低いなぁ……。


「大丈夫、まあまあおいしいよ」

「まあまあ……」


 やっぱり、やっぱりそのレベルなのか。

 いや、あんな完璧なご飯を作るケイトから、おいしいって言ってもらえるような料理じゃなかった自覚は充分にある。だいぶ採点を甘くしてくれたんだろう。


「人の作ったものってだけで、最高のスパイスになるよね」


 励ましなんていらない、と言おうとして顔を上げると、ケイトはにこにこしながらご飯を食べていた。

 どうやら本心からの言葉だったらしい、と遅れて気づく。

 そういうもの、なんだろうか?

 考えてみれば、ケイトは無人島に住み始めてから、ずっと自分の料理しか食べてなかったんだ。

 自分以外が作ったご飯を、ケイトは何年ぶりに口にしたんだろう。

 その出来がこれ、っていうのはだいぶかわいそうだけど。

 ケイトが、喜んでくれるなら。

 もっとちゃんとした料理を作ってあげたい。

 お世辞じゃなくおいしいって言ってもらえるような、最高のスパイス抜きでも笑ってもらえるような。


「……次は、もっとがんばる」

「次があればね」


 それはもう二度と食べたくないということか。そうなのか。

 まあまあおいしいとか言っておきながら、やっぱり全然ダメダメなんじゃないか。

 わかってはいても、改めて言葉にされるとだいぶヘコむ。

 火を通しすぎたベーコンはかたいし、焦げた玉ねぎはやっぱりニガイ。

 なのにそんなものを、ケイトはニコニコ笑いながら食べている。

 結局どっちなの。おいしいのおいしくないの。うれしいのうれしくないの。

 どうしてそんなふうに笑ってるの。


「ねえ、ケイトの好きだった人ってどんな人?」


 それは、本当になんの気なしの質問だった。

 お世辞じゃなきゃおいしいなんて言えないような私の料理を、あまりにもうれしそうに食べてくれるから。

 もしかしたら、前に好きだった人は料理とか作らない人だったのかもしれないなぁ、とか。

 それか、私と同じくらいの腕前で、前に作ってくれたのを思い出しながら食べてるのかな、とか。

 脳内に花畑ができてたんじゃないかってくらい、とんでもなく迂闊な質問だったと、私はすぐには気づけなかった。


「本当に知りたいの、それ?」

「参考になればと思って」

「ふうん」


 あれ、ケイトの表情がかたい。

 かたいというか、笑顔が、いつもと同じはずなのに、どこか冷たい。


「つまりそのままの自分では勝負しないんだ、小花ちゃんは。飾り立てた自分で人の心を動かせると思ってる?」

「え、そうじゃなくて!」


 私はケイトの言葉にぎょっとした。

 参考にって、そういうことじゃない!

 別に私はケイトが前に好きだった人の真似をしたいわけでも、成り代わりたいわけでもない。

 私として、ケイトに好かれなきゃ意味がないって、それくらいはわかってる。

 なんの気なしに選んだ参考って言葉が、ケイトの地雷を踏み抜いてしまったようだ。


「どう違うのかな。相手の好みに合わせるって、自分を持ってないのと同じことだよね。俺が髪は短いほうがいいって言ったら切るの? 俺が静かな子がいいって言ったら喋らないの? 俺のためにそこまで自分を曲げてくれるなんてありがたすぎて涙が出るね。そんな大嘘つきはご遠慮願いたいけど」


 ちがう、ちがう、全部ちがう。

 こわい、こわい、ケイトがこわい。

 いつもの優しさをどこかに置きざりにして、ホットケーキ色の瞳は今は少しのあたたかみもなく。

 私がどんな浅い考えで質問したのか、参考なんて言ったのか、察しのよすぎるケイトにわからないはずないのに。

 怒らせてしまった。初めて、ケイトが、本気で怒っている。


「ご、ごめん、ケイト、ちがうの、その……っ」

「何?」


 初めて見る、冷たい目。どんな言葉も、今のケイトにとっては言い訳にしかならないだろう。

 聞いちゃいけなかったんだ。好きだった人のことなんて。

 ばかな恋、ってケイトは言っていた。

 相手が悪かったのか、状況が悪かったのか、ケイト自身が悪かったのかはわからないけど。

 後悔、してるんだ。

 過去のことなんて思い出したくもなかったんだ。

 なのに、私が、軽はずみに聞いちゃったから。


「きらわないでぇ……」


 こわくて、頭の中がぐちゃぐちゃで、気づけばボロボロ泣いていた。

 ケイトの氷みたいな目がこわい。表情や瞳から親しみが消えてるのがこわい。嫌われたんじゃないかって、思うのが、すごくすごくこわい。

 ただケイトのことが好きで、それだけで、どうしたらいいかなんて考えられない。

 私は元の世界に帰るのかもしれないし、帰れないのかもしれないし。

 だから、この恋を叶えていいものなのか、いけないものなのかもわからない。

 それでも、嫌われたくないって気持ちは、ごまかしようがないくらい大きく私の心に居座っていた。


「……小花ちゃん、だいぶずるいことしてる自覚ある?」

「だ、だって……」


 知らない。わからない。

 私だって泣きたくて泣いてるわけじゃない。

 勝手に出てくるそれは、自分の意志で止められないんだから、汗みたいなものだ。

 ほんとだったら、もっと、ちゃんと弁解したいのに。

 こんな、駄々をこねる子どもみたいなこと、したくなかった。


「まったく、子どものくせに女の武器の使い方は知ってるんだから、嫌になるな」

「子どもじゃない……」

「子どもはみんなそう言うね」


 ケイトのこぼした深いため息が耳を打つ。

 実際、私でも子どもみたいって思うんだから、しょうがない。

 呆れられた、かな。

 余計に嫌われた、かな。

 今ケイトがどんな目をしているのか、見るのがこわくて顔を上げられない。


「小花ちゃんとは、似ても似つかないような人だったよ」


 ぽつり、と。

 ケイトは小さな声でつぶやいた。

 その、なんの感情も乗っていない静かな声に、不思議と涙が引いていく。

 ばかな恋って言っていたのに。

 思い出したくもない過去だったんだろうに。

 どうして私に、聞かせてくれるの?


「どういうとこが?」


 さっきで懲りたはずなのに、私はまた、軽率にそう問いかけた。

 ケイトを見つめる私の目は、たぶん赤くなっているだろう。

 それを見てかどうかはわからないけど、ケイトはにっこりと笑って。


「国一番の美姫って評判だったんだよね」


 あーはいそうですかー。

 ケイトの嫌味ったらしい答えに、私はぶすくれた。

 なるほどね、それが言いたかったのね。

 どうせ私は美女でも美少女でもないし、鼻は低いし胸はないし、泣き顔はブサイクだし。

 いくら楽天的なトラでも、こんなあからさまな嫌味言われたらムカッとしますよ。

 好きな人の言葉だからこそ、余計に。


 もういい、とケイトから顔を背けて、すっかり冷めたチャーハンを口に運ぶ。やっぱり苦い。

 まるで、前途多難な私の恋のように。







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