201X+1/06/15 ---序章---
個人的な事情により、一部設定を変更しました。
―――呼吸を整える。―――
深く息を吸い、吐き、強制的に整調化すると共にコンディションを確認。全身に切り傷、特に右腕は膾切りで、愛刀に辛うじて添えている程度。体力は限界、負傷と疲労で立っているのがやっと。このまま膝をつけば立ち上がる事は出来ないだろう。
相手は一人、自然体で此方を見下ろすその瞳には一片の情も無く、油断も無い。ただ、此方を排除するべき敵として観察している……様に見える。
五歩。たったそれだけの距離は、此方が何をしようとした所で一足飛びに切り捨てるだろう。
夜空の下、遠く離れた銃火の喧騒はまるで人事で、未だ止む気配がない。敵は近く、味方は遠い、その距離が、助かる可能性を否定していた。
「降参です、この辺で止めましょう」
正眼に構えた姿勢を崩さず、取り敢えず声をかける。ヤツの第一目標はこの刀、此方の命はあくまでもついでの筈だ。話の持っていき方次第で逆転の可能性も……
「そうか、なら、刀と命の両方置いてけよ」
無かった。
「所有者がお前である以上、刀だけ持って行っても意味がない。きっちり殺してフリーにしないとな?」
「いや、行政に届け出て手続きをしないと……強盗殺人でしょっぴかれますよ?」
「大丈夫だ、問題ない。今から死ぬお前はそんな心配しなくていい」
今迄見た事もない様な、満面の笑みで話しかけてくる。サディストのゲス野郎め、地獄に墜ちろ。その前に此方が死にそうだが。
とにかく、現状打破の為に頭を働かせる。援軍は無い。仲間達とは距離が離れすぎている。すっかり此奴に誘導されていた。
通信機から漏れ聞こえる遣り取りで、向こうは硬直状態らしい。足止めには十分過ぎる程の戦力を用意していた訳だ。当然だろう、裏切るのなら事前の準備に抜かりがある訳がない。
この戦場も、チーム分けも、通信機の不調も、全てヤツの予定通りに進んでいる。
此方の呼吸は落ち着いてきている。だが、出血が激しく外傷も多い以上、長引くだけ此方が不利になる。
そんな中で今まで凌いで来れたのは、ヤツが決して此方と刃を合わせようとしないからだ。一度刃を合わせれば、そのままヤツの【九五式軍刀】を切り落とすことが出来るのはヤツも理解している。だからこそ、刃が会う直前で籠手打ちや脛切りに軌道を変えてくる。
ヤツの方が技量は上、実力も上、そもそも才能が上、優っているのは、武器の格のみ。其れを理解しているからこそ、【薄緑】の切っ先だけは降ろさずに盾代わりにする。
「いい加減とっとと死ねよ!テメェには宝の持ち腐れだろうが!!」
途端、一息に間合いを詰める平突き。その突きの伸びきった所を切り払おうと刃を向けると、瞬間、握りを変えて引き戻された刀が片手突きで右胸を突く。激痛、だが無視して左手一本で柄の端を握り胴薙ぎ、沈む様に踏み込み、右手側に回られる。脛切り、右足を上げ踏み降ろす“鶴ノ構”で躱し、握りを変えて骨格の反動で“龍尾”を唐竹割に落とす、居ない。ぐるりと回られ、左前腕上肢を斬られる。視界の片隅に映った影に右肩から当て身。吹き飛ぶ。力と体格なら此方が上だ。
踏み込む!ここで押し込まねば勝機は無い。その時。
「すみません!其方に逸れましたわ!!」
通信機から悲鳴が上がる。同時に俺とヤツの間を、夜を真昼に変える様な閃光が駆け抜ける。【永世剣】による剣撃が二人を分かつ。躊躇わず“八艘飛び”による空間跳躍。ヤツの眼前。間合いだ!
左片手胴薙ぎ、両断……ならず。驚愕の表情を浮かべたまま振り上げたヤツの【九五式軍刀】が【薄緑】を空中に弾き飛ばす。
一転、勝利の喜悦に歪んだヤツの顔に、右手でホルスターから抜いた拳銃を固定。
「……は……?」
呆然とした顔に引き金を引く。
―――銃声―――跳ねる身体―――硝煙の匂い―――
目の前には、地面に倒れたヤツの身体。命中は右眼窩。虚ろな左目と目が合う。
何度も練習した通り、追加で一発。さらに、胸に二発。
もう動き出さないのを確認して【薄緑】を、次いで【九五式軍刀】を回収する。
息が苦しい―――心臓が早鐘を打った様に暴れる―――目が回る―――吐き気がする――――――多分、怪我のせいだ。そうだ……。
膝から崩れ落ちる様にへたり込む。
遠く、銃火の音は聞こえない。向こうも戦闘は終わった様だ。
ぼんやりと空を見上げる。
六月、梅雨時の湿った空気が貼り付いて気持ち悪い。
突然鳴り響く電子音。スマートフォンの呼び出し音だ。
震える手でポケットから取り出す。画面には一言、羊が喋っている。
『御目出度う御座います。本日は、水本・一人さんの御誕生日です。』
今日、この瞬間、俺は十八歳になった。