41.海辺
次の日――――。
「ようし! あんたたち気合は十分だね!」
意気揚々と声を上げるビックマムの手にはハルバードが握られていた。
「物凄い武器ですね。如何にもビックマムに似合ってるといいますか」
「あっはっは、そうかい? こいつはあたしが長年連れ添ってきた相棒『デストロイ』だ。どうだ、かっこいいだろシノ坊」
「ええ、なんというか見ていて物凄い威圧感というか……」
「お? わかるかい? こいつはレア武器の一つでね、使う者の力を上げる特殊な力がある。あんたがクエストで死にそうになったら助けてやるから安心しな」
オウ、ナンテタノモシイ。
「大丈夫ですビックマム。マスターは最強ですので」
ゴンザレスはムッとしたような顔をしている。
お前がムキになってどうする。
「ムキになるゴンちゃん、なんか可愛い」
「あっはっはっは、慕われてるねぇシノ坊。じゃぁ、Lv1の最強の力とやらをこの目で拝ませてもらおうかね。んじゃシノ坊、好きなクエストを受諾しておいで」
「うっす」
俺はゴンザレスと掲示板に向かう。『 A 』ランクの掲示板には3枚のクエストが貼られている。文字が読めるように視覚領域に投影してもらい吟味する。
う~ん、『メルギオスの討伐』『フレアバナの討伐』『変異種・キングクラブの討伐』か。どうせならソウルが多い魔物がいいな……。
この変異種って書いてあるクエストにするか。それにやけに報酬も高いしな。よし、決めた!
俺は『 A 』の緊急クエスト『変異種・キングクラブの討伐』を選び、受付カウンターで受諾した。
早速、ビックマム達の元に戻り受諾したクエストを伝えると、ビックマムの顔が歪んだ。
「これかい?」
「え? まずいですか?」
「拙くはないけどねぇ――」
表向きでは変異種と書いてあるが、ビックマムが言うにはどうもそうではないらしい。
今朝の事、ウラヌス商会が高級食材のカニであるキングクラブを、魔法で巨大化させてしまったらしいのだ。なんでも、商品価値を高めようとした行為が裏目になり、20メートルを越すカニが誕生した。
そしてそのカニは漁業場から脱走。で、王国にバレたら拙いので内密にクエスト処理してほしいと。
どうしよう。経緯を聞いていたらアホくさくなってきた。
「ったく、勘弁してほしいねぇまったく。自分のケツは自分でフケってんだ。あたしらギルドはウラヌス商会の尻拭いじゃないっての」
「へー。ウラヌス商会って、えげつない商売してるのね。でも、食用のカニなんでしょ? 大きくなっても強そうには思えないけど。自分たちでやっつけちゃえばいいのにね。そう思わない?」
「あそこは金儲けになりそうな魔導ばかり極めている連中でね、攻撃系は全然ダメさね。一応攻撃魔法で攻撃はしたらしいが効かなかったと。ほんとだらしがない連中だよ」
「でもただ大きなカニでしょ? なんでランク『 A 』なの?」
リリィの言うとおりだ。話を聞いている限りじゃ、大したことなさそうだけど。前に討伐したサンドワームやベオライガのほうがよっぽど怖い。
「キングクラブは体長50センチ程の高級食材だが捕獲難易度は高くてね。何故だか知っているかい? それは姿を消すことができるからだ。
要は透明になる擬態能力があってね、しかも習性は貪欲な肉食なうえ甲殻は堅い。そんなのが海辺にうろついてみなさいな、あたしら人間はバクバク食われちまうさ。だから危険性も含め『 A 』ランクにしたのよ」
「た、確かに危険ね。シノ、大丈夫かな? 見つける前に食べられちゃうかもしれないよ」
「まぁ、その辺に関しては問題ないよ。何せ俺らにはこの優秀なゴンザレスさんがいるからな」
ゴンザレスの頭をポムポムたたく。
「えっへん! 任せてくださいマスター!」
「あ、そうか! ゴンちゃんそういった能力あるんだもんね。忘れていたわ」
「シノ坊、どういうことだい? まさか居場所がわかるのかい?」
「そういうことです。頼むぞゴンザレス」
「はい、マスター」
緊急の事もあって、現地にはギルドが用意した馬車で行くことになった。
現地に向かう途中、大きな反応を見つけたというので、ゴンザレスの指示で御者に目的地まで馬車を走らせてもらった。
◇
着いた場所は街から数キロ離れた海岸。海が透き通っていてとても綺麗だ。何処となく日本の沖縄に近い。
「本当に此処にいるのかい? お嬢ちゃん」
「ええ、います。あの岩場の所に。でかいのが」
ゴンザレスが指差す方向には、キングクラブの姿は見えない。どうやら能力で透明になっているようだ。
「マジか。まったくわからねぇ……。どうしよう」
「厄介だねぇ。迂闊に近づこうものなら、ばっくり食われちゃうかもねぇ。シノ坊どうするんだい?」
う~ん、と唸なりながら見上げていると、空を飛んでいた一匹の鳥が突然全身から血を噴き出し、空中で静止した。
そしてそのままゆっくりとありえない軌道で動いたと思ったら、消えた。
えー……。
「ねぇ、シノ。見た? あれ」
「ああ、鳥が消えたな。きっと食事中だ」
「『食事中だ』じゃないわよ! どどどうするの? 姿が見えないんじゃ戦いようがないじゃない!」
リリィはアタフタしている。姿が見えないんじゃ無理もない。
ふむ、あのアイテム使ってみるか。
「見えないなら、見えるようにすればいいんだろ?」
「へ?」
右手を前面に掲げる。
「クイックオープン、『封印の杖』――」
空間が弾け、先端に透明なクリスタルが着いたシンプルな杖が具現化する。
「ゴンザレス、こいつの起動言語を教えてくれ」
「『セット、シール』です、マスター」
「了解」
そして『封印の杖』を鳥が消えた場所目掛け、起動言語を唱えると白い光弾が飛びだしていく。
するとガラスが弾けるような音と共に巨大なカニが現れた。
「お、効いた。しっかし、本当にバカでかいなー」
「シ、シノ坊。その杖は一体なんだい!? てか、あんたそれ何処から出したんだい!?」
「え? これは『封印の杖』と言って、対象者の魔法・スキルを封印する杖で――」
「わー! マスター! マスター! キングクラブがこちらに向かって来てますー!」
っと、いけねそうだった。さっさと吹き飛ばして――って、待てよ。あのカニ高級食材って言ってたよな。
カニかー……。
「シノ! さっさと黒剣でやっちゃいなさいよー!」
「いや、あれは使わない」
「はぁ!? じゃー、あのバカでかいカニどうやってやっつけるのよ!? あ、もしかして昨日使った『炎剣・イグニア』?」
「いや、それも使わない」
「はあぁぁぁ!!? じゃー、どうするのよ! って、もう近くまで来てる来てる来てるしー!」
『炎剣・イグニア』の特殊スキルは斬撃爆発系の為、粉々にしてしまう恐れがある。
なら――――。
「クイックオープン、『プロミネンス・フレア』!!」
空間が弾けて、先端に赤い宝玉がついた杖が出現した。
それを掴みカニ目掛けて構える。
一回の消費ソウルは300。一発でやれるか? 下手すりゃ4~5発撃たなければ倒せない可能性もある。てか、そもそもあのカニのソウルがどれくらいかが問題だ。
いや、あのでかさだ。きっとソウル数は多いに違いない。多いはずだ。いや多い!!
「シノー! 前ッ! 前ー!」
「わー! マスター!」
カッ――!(目見開き
この一撃に全てを賭けるッ―――!
「プゥゥゥロミネンスゥゥ・フレアァァァァァ!!」
起動言語と共に先端の赤い宝石が輝きその周りを赤い燐光が集まり、一つの魔法陣へと描いていく。
魔法陣が描かれると、その中央から幅が1メートル程の蛇の様な形をした炎のうねりが起き、巨大なキングクラブへと発射される。
蛇の様な炎はキングクラブに巻き付き火柱を上げ、キングクラブはもがき苦しみ、そしてその場に倒れ動かなくなった。
火柱が収まり、真っ赤に焼けた姿を確認した俺は杖を掲げ――。
「上手に焼けましたぁぁー!!」
吠えた。
◇
キングクラブを討伐した俺は――。
正座させられていた。
「ちょっとシノ。どういうことなのか説明してちょうだい。なんでさっさと黒剣とか炎剣で始末しなかったのよ」
「そうですよマスター。ファルベオルクは置いといて、リリィの言うとおり炎剣の特殊スキルで粉々に吹き飛ばせたはずです」
2人はカンカンに怒っている。ビックマムに至っては事の成り行きを見守っているようだ。
「いやー、……あのカニは高級食材とか言ってたじゃない?」
「「で?」」
「2人とも目が恐……いや、ほんとすみません」
「「理由は?」」
「美味しそうだったので、……つい上手に焼いてみました」
「アホかっ!! シノあんたね、カニ食べたいが為のせいで危ないところだったんだからね!?」
「そうですよ、マスター。リリィの言うとおりです!」
リリィは鬼の様な形相で、ゴンザレスに至っては激おこプンプン丸だ。
鬼の形相のリリィが一番恐ぇ。
「すまん。俺、カニが大好きなんだ。俺が食べたかったのもあるが、実はゴンザレスにも食べてもらいたくて。
……だってさ、実体化したゴンザレスに美味しいものを食べさせてあげたいじゃん? 俺の好きな食べ物の味、知って欲しくて。喜びを分かち合いたかったんだ。本当にすまん」
最上級の土下座をする。
「ゴンちゃん、こんなこと言ってるけど、どうす――」
「(目をキラキラ)マスター私のために……。許します」
「って、ええぇー!? ゴンちゃんそれでいいの!? 本当に!? 理由がそれでいいの!? ねえ!?」
「マスターが私の為に……してくれたことですので(そっぽ向く)」
許された。
「はいはい、話は終わったかい? ったく、一時はどうなるかとヒヤヒヤしたよ。シノ坊、倒せる実力があるならさっさと倒さないとダメだよ。
ちょっとの油断で、全滅ってこともあるんだからね」
「はい、すみませんでした」
「でもまぁ、シノの気持ちも少しは分からないでも……ないかな」
リリィが手を差し伸べてきたので、手を握ると立ち上がらせてくれた。
「リリィ?」
「だって、こんなにも美味しそうな匂いが漂ってれば……ねぇ?」
リリィは笑っていた。彼女なりの不器用な許し方なのだろう。
「よし! じゃー、焼きガニ食うか!」
「そうね、折角だしいただくわ」
「マスター! 私凄く楽しみです!」
「こらこら、あんたたち。あたしの分も忘れてもらっちゃ困るよ」
その場に皆の声が響き渡った。




