03.ノアル村
村の建物が見えてから暫く歩いていると、畑が見えた。
畑には果物のようなものが実っていたが、どれも喰い荒らされていてひどい有様だ。
「ダルクさん、この果物は?」
「……この村の名産品であるメイルプスの果物だ。あと少しで収穫する予定だったんだがな。魔物に喰い散らかされて見ての通りだ」
「これは酷い……」
「ああ、村の皆悔しさでいっぱいだ。さ、村に着くぞ」
村に着くと、入口付近の家で薪割りをしていた住人の男がこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「おい、ダルク! どうしたその傷! ベスパには行けなかったのか!?」
「ああ、すまない。森でゴブリンに襲われてな……大事な馬も失ってしまった。もうダメだと思ったとき、この青年に助けてもらったんだ」
ダルクに紹介され、どうも、と挨拶をする。
「そ、そうか。無事で何よりだ。とにかく、その傷の手当をしたほうがいい」
「いや、その前に先に村長へ報告をしておきたい。手当はそれからでも大丈夫だ」
その傷だらけのままで報告しに行くとか、大丈夫なのか? 今にもぶっ倒れそうな気がするのだが。
そのままダルクは歩き出していく。
「シノ、こっちだついてきてくれ」
「いや、ダルクさんまず手当したほうが」
「いいんだ。村の皆の期待に答えられなかった責任があるからな。これは自分なりのケジメだ」
なんて強情な人なんだ。頑固というかなんというか。
「わかりました。それじゃ、村長の家に行って報告を済ませたら、ちゃんと傷の手当をしてください」
「ああ、わかってる」
ダルクの後ろをついていく。
村の建物はブロックレンガで建てられており、屋根には煙突があり白い煙が出ていた。
奥へと進むと水路があり、水車小屋の水車がクルクルと回っている。その周りを小さな子供たちが笑いながら追いかけっこして遊んでいる。
「魔物に襲われたという話を聞かなければ、のどかで良い村ですね」
「子供たちは遊ぶことが仕事みたいなものだからな。だが、村の大人たちは不安でいっぱいさ。っと、あそこが村長の家だ」
ダルクが指を指した先を見ると、他の家より幾分か大きかった。
村長と言うくらいだから、気難しい人なのだろうか?
ダルクが村長の家のドアを叩く。
「村長、ダルクです」
ドアをノックしてから暫くすると、中から皺くちゃ顔のお爺さんがでてきた。
「おお、ダルク随分と早かったな。……っ!? どうしたんじゃその傷! 襲われたのか!?」
「すみません、村長。ベスパに向かう途中にゴブリンに襲われまして。この方に助けてもらわなければ殺されていました」
「おお……。 村の者を助けていただきなんと礼を申したらよいか。ささ、どうぞ中へ。ダルクも中へ入りなさい。婆さんに手当してもらえ」
家の中に入るとテーブルへと案内され、椅子に座りながら『プロミネンスの杖』をテーブルに立てかける。ダルクも同じようにテーブルの席に着くと、奥から出てきたお婆さんに手当を受け始める。
村長が向かい側に座り、俺の方へと顔を向けてきた。
「ノアル村の村長をつとめるフーリと申します。改めて礼を。ダルクを助けていただきありがとうございますじゃ」
「いやまぁ、偶然と言いますか。たまたま襲われている所を目撃したので、無我夢中というか」
「それでもですじゃ。魔物に襲われていたとは言え見ず知らずの者を助けるとは、心優しき方。ありがとうございますじゃ」
改まって礼を言われると、なんか照れるな。でも、今思うと助けられてよかった。ダルクさんが死んだら、悲しむ人が必ずいるだろうしな。
「お名前をお伺いしてもよろしいかの?」
「っと、失礼しました。東雲 透といいます。えーと、シノと呼んでください」
「シノ殿ですか。わかりました。ところでシノ殿はどちらの国の出身で?」
どうしよう。出身を聞かれて「異世界からきました」なんて言って信じてもらえるだろうか。
だが、現にこの世界の情報がまったくわからないし、嘘をついても仕方がないから話してみるか。
信じてもらえるかどうかはわからんけど。
「えっと、信じてもらえるかはわかりませんが……。まずは俺がダルクさんを助けた森にいた理由、俺に起きた出来事から説明させてください」
そして俺は事の経緯を包み隠さず説明した。
「それは本当の話なのか……?」
「ええ、じゃないとあんな生い茂った森の中から出てきませんよ」
「異世界から来たとはのぉ。しかも、原因がわからない……とは」
「……はは、頭のおかしい奴だと思いますよね」
「いやいや、わしも伊達に年はとっておらんじゃてに。人を見る目くらいは養っておる。それに人を助ける心優しきお方。信じますとも」
信じてもらえないかなと思ったけど、どうやら信じてくれるらしい。この村長、結構話のわかる人のようだ。
「となると、この世界……もといこの国については何も知らないということじゃな」
「はい、そうなります。あの、その辺も踏まえて教えてはもらえないでしょうか?」
「ははは、構いませんとも。婆さんや、お茶を用意してくれんかの。ダルク、お前も暫くいなさい。魔物の件は後で話そう」
「分かりました。それと手当してもらってありがとうございます」
ダルクの体には所々布が巻かれていた。これで安静にしていればきっと大丈夫なはずだ。
お婆さんはお茶を3人分用意すると、奥の部屋へと行ってしまった。
きっと、大事な話を邪魔しないように気を効かせたのだろう。
「さて、この国のことを説明しますじゃ……」
村長はゆっくりと丁寧に説明していく。
まず、この村の地域はアレス王国の領土なのだそうだ。アレス王国の現・国王は民を第一に考える素晴らしい人物らしい。そんな国王は民から人望が厚いとのこと。
アレス王国はこの村から遥か東にあるそうだ。王国を中心に東西南北にそれぞれ大きな街がある。北はアムールという街があり、海が広がっていて海鮮物が名物だとか。
東はレガルという街で、この街の近くには鉱山があり鉄鋼産業で賑わっている。南はアベルという街で、他国との貿易街として賑わっているとのこと。
そして最後に西側に位置するベスパの街。西側は農業を中心とした村がいくつもあり、収穫された農作物はベスパ町の商人に買い取られる。
この村はメイルプスという果実を作っているそうだ。
他にも、ハンターギルドというものがある。主に依頼をランク分けにし、成功すれば報酬を得られる。年齢さえ満たしていれば誰でも加入できるとのこと。
ハンターギルドかぁ。魔物とか出るんだからそういうのは当然あるのか。となると、やはり魔物狩りを生業とする冒険者とかいるんだろうな。
にしてもこの世界、魔法とかあるのかな? 科学水準とかどうなんだろ。
「あの、魔法とか機械とかそういうのはあるんですか?」
「魔法はありますじゃ。しかし、機械とはなんですかの? 初めて聞きますじゃ」
「えっと、電気や化学燃料で動く物です。手動で操作して動かしたり、自動で動く物というか」
「ほう、シノ殿の世界には珍しい物があるのですな。初めて聞く話ですので、この世界には無いと思いますじゃ」
「そうですか。ちなみに魔法は俺の世界にはありませんでした」
「おいおい、俺を助けてくれた時のあの炎はなんだったんだ? 魔法じゃないのか?」
「結論から言うとあの炎は魔法です。ですが、この世界に来て手に入れた能力で魔法を撃てたということです。まぁ、撃つ際には制限がありますが」
『プロミネンスの杖』を一回使うごとにソウルを消費するのだ。強力だが、おいそれと使えない。なんとかして元の世界に戻るには、切り札は温存しておきたいものだ。
「ところでシノ殿はこれからどうするおつもりじゃ?」
「勿論、元の世界に戻る方法を探そうかと思っています。まぁ、宛てのない旅になりそうですが」
元の世界に戻る。これが俺の今の目的だ。だが、一つ気がかりなことがあった。この世界に飛ばされる前のことを思い出す。
スマートフォンのゲームアプリで出てきたアイテム『異世界への扉』の説明文には、一度ゲートを超えたら二度と元の世界には戻れないと書いてあった。
まさかな……。そんなことないさ。こちらの世界に来れたということは、元の世界に戻る方法もきっとあるはずだ。
「そうですか。なら直ぐにこの村を出発なされたほうがいい。ダルクを助けていただいたお礼に今晩泊めても良いのじゃが、今この村は魔物に襲われておりましてな」
村長は申し訳なさそうに顔を伏せる。そしてダルクも顔を伏せた。
「村長、すまない。ハンターギルドに討伐依頼を申請できずに戻ってきてしまって」
「気にするな。急だったとは言え、お前に危険な思いをさせたワシにも責任がある。今度は他の男を数人で向かわせるしかないの……」
「いや、しかし男手が少なくなると……」
家の中の空気が重くなる。
俺はダルクがゴブリンに襲われていた時の光景を思い出した。今は農作物の被害だけだと言っていたが、そのうち村人にも直接的な被害が出る可能性があると思うとやるせない気持ちになる。
どうする。言われた通りにさっさとこの村を出るか?
テレビのモニター越しで見るように接点もない人間だったら、あまり気にも止めないだろう。可哀想にと思うくらいだ。
しかし、ダルクを助け事情を知った上でおいそれと見過ごしたりはできない。人が殺されるかもしれないのに。
先ほどの醜いゴブリンの顔を思い出し、恐怖が体を駆け巡る。
『プロミネンスの杖』は後何回撃てる? ソウル数10000のうち、ガチャで500使い、杖を1回使って300。ゴブリンを倒して手に入れたソウル数はまだ確認はしていないが、残り9200は確実にあるはずだ。
だとすると、『プロミネンスの杖』は30回は使えることになる。襲ってくる魔物も流石にそこまでの数はいないはずだろうが。
いやまて、これ一本じゃ心許ないか。ガチャを引くか? もっと効率の良いものが出るかもしれない。いや、しかし……。
暫く考えた後、意を決して村長の方へ向く。
「村長、その魔物の数はどれくらいですか? この杖ならその魔物を倒せるかと思います。ただし、回数制限があるためあまり撃てませんが」
テーブルの横に立てかけておいた『プロミネンスの杖』を持つ。
村長とダルクは驚いた顔をしてこちらを見る。
「いや、シノ殿……。その申し出は嬉しいですが見ず知らずの村を、まして魔物の居ない世界からきた貴方にとっては―――」
村長の前に手を突き出し、それ以上言うのを静止させる。
「仮にここを出発して俺は助かったとしても、この村の人たちが全滅したとなったら……多分、俺は後悔すると思うんです」
村長たちは黙って聞いている。
「正直怖いですけど……関わりを持った以上、人が殺されるかもしれない状況を見捨てて行くことが何より怖い……」
ああ、そうだ。甘ちゃんだと言われても仕方がない。だが、自分にも譲れないものがあるのだ。
平和な国で生きてきたからこそ、人の命を大切にしたいと思う矜持があるのだ。
ダルクは涙を浮かべ、無言で頭を下げる。
「シノ殿、本当に……ありがとうございますですじゃ」
そして村長も深々と頭を上げる。
「まぁ、最善は尽くすつもりです。ところで、その魔物に襲われた時の状況とかどういった魔物なのか、それと数はどれ位いたかわかりますか?」
「魔物に襲われたのは先日の夜のことじゃ。家畜の騒ぐ音に気づいて窓の外を覗いてみると、畑の方に熊の様な獣が6匹いた。恐らく、夜行性のレッドグリズリーじゃろう。村の裏の先にある森から来たと思うのじゃが」
村長は席から立ち上がり、窓の所へと歩いていく。同じように立ち上がり、俺も窓の外を覗く。
ちょうど窓の位置が裏の森を見れる場所だった。窓の外の先は畑があり、その先に森があった。そして更に森の先には草木が生えていない険しい山岳が見える。
山岳の頂上付近に鳥のようなものが飛んでいるのが見えた。
ん? 鳥? この距離で鳥の大きさに見えるってことは……。
「村長。あの山岳に見える鳥のようなものは……。ここから相当距離が離れているのにあの大きさに見えるってことは……」
「飛竜ですじゃ。あの岩山はエルグ山と言って、飛竜の住処なのですじゃ」
ああ! やっぱり! そんなんじゃないかと思ったよ。
「だ、大丈夫なんですか?」
内心冷やりとしながら村長の方へと振り向く。
「ええ、もう70年生きておりますがあの飛竜に村を襲われたことはないですじゃ。それにあの飛竜はあの山からしか取れない特殊な鉱石を食べる珍しい種でしての。だからこの村が襲われることはないですじゃ」
そうなのか……。なら大丈夫なのだろう。
「余談だが、あの飛竜の体内から取れる鉱石は魔法武器の材料にもなるんだ。たまに冒険者ギルドからハンターがこの村を経由して討伐しに来ることもある。つい最近だが冒険者があの山に向かっていったな」
「あの冒険者方にレッドグリズリーの討伐をお願いできれば良かったのじゃがの」
どうやら冒険者が旅立った後にレッドグリズリーが現れたのだろう。タイミングが悪いというべきか。
にしても6匹か……。多く見積もって10匹だとしても、ソウルに余裕がでてくる。
アイテムは多いに越したことないし、ソウルガチャを引いてみるか……?
これからのことを考えていると、ダルクに声をかけられる。
「シノ、今朝村の皆と話したことなのだが、今日の夜から警戒するために見張りをするのだが、シノも参加してくれ」
「ええ、わかりました」
そうだよな。襲われたのが先日なのだから見張りなどの警戒はするよな。いざとなったら村人は逃げなきゃならないしな。
「ありがとう。ではシノ、せめて今晩はうちで飯を食っていってくれ。大した持て成しはできないかもしれないが」
「ありがとうございます」
食事をご馳走してくれるのはありがたい。
「では村長、私どもは失礼致します」
「ああ、シノ殿お待ちを。先ほどの異世界から来たという話、他の者には話さないほうがいいじゃろ」
きょとんとしていると、村長が付け加える。
「下手なことを喋ると、シノ殿を付け狙う輩が出るかもしれん。そういうことじゃ」
「ああ、そういうことですか。ご忠告有難うございます」
深々と頭を下げ、ダルクの家へと向かった。




