16.善意と悪意
ベオライガを討伐し一夜明けた朝、宿泊している「豚の満腹亭」を出て早速ハンターギルドへと向かう。
ギルド内でちょっとした騒ぎを起こしてしまったので、ギルドへ向かう足は少しばかり重かった。
低ランクの身分で上ランクのクエストを受けられるよう認めてもらう為にやった行為とはいえ、小心者の身分としては無茶をしたと思う。
「はぁ~、気が重い。やっぱり他の冒険者に目を付けられたかな」
『どうでしょう? 良い意味・悪い意味でなのかは実際ギルドへ顔出さないとわからないですよ。マスター』
「まぁ、そうなんだけどさ」
トボトボと沢山の人々が行き交う大通りを歩いていく。
腰には『クロームソード』を装備している。宿を出るとき、『ミスリルソード』を最初から装備したほうがいいか悩んだが、止めることにした。
装備しても良かったのだが、いかせん防具はビギナー用の防具であった為、見た目が不釣り合い過ぎるので止めたのだ。
それに、あの場にいて一連のやり取りを見ていた冒険者達は、次の日にはまたビギナー装備で現れた俺を警戒するはずだろう。
Lv1のビギナーが業物を持ち、「C」ランクの魔物を倒してきたはずなのに何故今更にビギナー装備なのかと。
実際、俺のステータスはLv20相当なので、あの場にいた上ランクの冒険者たちより下だ。
だが『得体の知れない存在』としてのアドバンテージを利用したかった。
人間誰でも得体の知れない存在には近づきたくないはずだ。暫くは俺という存在を見定める為に、周りは静観するだろう。ギルドランクが上がればそれ相応の装備をすればいい。危険な奴ではないと判断されれば、どう出てくるかはわらないが。
後は俺がうまく立ち回れればいいんだけど。
あれこれと考え事していたら、いつの間にかギルドの建物の前まできていた。そして、意を決して中へと入っていく。
俺の存在に気づいた何人かの冒険者がヒソヒソと話し始めた。そしてそれが感染するように広がっていく。
平常心を保ちながら、そのまま受付カウンターまで歩みを止めずに進んでいく。もちろん、昨日対応してもらった受付嬢のモナの所へ。
「う……。お、おはようございます。シノノメ様」
ちょっと怯えている。
「おはようございます。モナさんでしたっけ? 昨日はすみませんでした。あのベオライガの死体の処理大変だったでしょう?」
可哀想なことをしたと思い謝る。
「うう~……まっだぐでずよ~……。本当に大変だったんですからね! 君のお陰でご飯が喉を通らないんだから……」
モナは涙目になりながら抗議してきた。
やべ、相当きつかったようだ。討伐の指定部位とかで慣れているのかと思ったらそうでもなかったらしい。
うーん、これは誠意を持って謝るしかない。
「本当に申し訳ありませんでした! あの、謝罪の意味も込めてこれを受け取ってください」
いきなり頭を下げた俺にビックリし、モナはキョトンとしている。
カウンターの上に手をかざし起動言語を唱える。
「クイックオープン、クリスタルランプ(タイプ・橙色)」
空間がガラスのように弾け、シルバーフレームで細工され台座がついたクリスタルが具現化する。
「あの、これクリスタルのランプで、使い方は「光れ」と念じると輝き出すんです」
目の前で起動させると、クリスタルランプが優しい燐光を放ちながら淡く光りだす。
「わぁ、綺麗……」
モナは心を奪われたかのように、感嘆の声を出す。
「恋人とか、意中の人との雰囲気作りに使われる物なんですけど、よかったら差し上げます」
「え、いいの!」
涙目だった表情はどこへやら、モナは笑みを浮かべながらクリスタルランプを手に取る。
「ま、まぁ、謝罪の意味でというのなら、遠慮なく貰っておきます。 ……ふふ、これで今度こそあの人に抱いてもらえるかな♪」
モナの最後の方の一言に、隣の受付カウンターで聞き耳を立てていた一人の冒険者がいきなり、がくりと項垂れる。
もしかしてモナさんを狙っていた人なのかもしれない。ドンマイ。
「ところでモナさん、そろそろ本題に移ってもいいですか?」
「え? あ、はい! そうでしたね、ごめんなさい!」
妄想全開だったモナを現実に戻す。
「昨日、ジェリックギルド長がギルド本部に連絡入れるって言ってましたけど、その結果ってどれくらいでわかるんですか?」
「えーとギルド長の話ですと、今日王都の本部へ報告書を届けに行くと言っておりましたので、往復の道のりと審議の時間も含めて、だいたい7日程かかるのではないかとのことです」
「結構かかるんですね」
「前例のない出来事ですので、審議に時間が掛かるはずだと言っておりました」
そりゃそうだわな。俺も同じ立場だったら慎重になるし。でもまぁ、ジェリックギルド長、頼りにしておりますよっと。
「それとギルド長から託けを預かっております。こほんっ、『申請許可が降りるまでは勝手なことはしないように。現ランクでのクエストを受けていたまえ』とのことです」
う……。釘さしてきたか。
「そうですか。わかりました。だけど、偶然出くわしたら対応せざる負えないですね?」
ニコリと笑顔を決めながら、掲示板の方へと向かう。
「え、あ、ちょ! どこ行くんですか!」
「もちろん掲示板ですよー」
後ろ手に手のひらをヒラヒラと振る。
「掲示板って、そっちは「E」じゃなくて「B」―――、ああ、もう! 知りませんからね!」
申し訳ないと思いつつ、「B」の掲示板の前に立つ。
既に「B」ランク掲示板でクエスト吟味していた冒険者が俺に気づき、じっと見つめてきた。
「何か?」
「あ、いや、何でもない」
冒険者は直ぐに視線を逸らす。
無理もない。昨日、Lv1の冒険者が「C」ランクの魔物を討伐してきたのに、今日は「B」ランクの掲示板を見に来たのだ。
実力を測りかねているのだろう。気にせず掲示板に視線を戻す。
(ゴンザレス、「B」ランク掲示板に貼られている全ての洋紙の解読を頼む)
『はい、マスター』
「さてと、どれにしようか」
いくつもあるクエストに目を通す。とりあえず、いくつかピックアップする。
ゴンザレス、いま俺がいいと思ったクエスト、場所の把握しておいてくれ。
『任せてください、マスター』
今だにプンスカと怒っているモナを尻目にギルドから出て行く。
昼近くになり、お腹が空いてきたので屋台で売っていた何かの肉の串焼きを買い、食べながら街の外の出入り口へと向かう。
「これ、ジューシーで美味いな。もう1本買っておけばよか―――」
『マスター、後をついて来ている者が3人います』
ゴンザレスの警戒の知らせに、思考を切り替える。
「え? まじで? いきなり?」
どうやら悪い意味で目を付けられてしまったようだ。さて、どうするか。
街中の大通りを歩きながら思案する。
今後こういう輩が出ないように彼らを利用させてもらうか。相手の出方によってはこちらもそれ相応の対応をするしかない。
俺も覚悟を決めるか。
そのまま残りの串焼きの肉を頬張りながら、街の外へと出る。
「クイックオープン――――」
戦闘の準備をするため、『アイテム収納』から装備を取り出していった。
◇
ベスパ街を出てから、歩いて2時間が経過した。今歩いている街道は、北にあるアムールという大きな街へ向かう道だ。
周りは何もない草原となっている。街道を歩いているのは俺と、距離を開けてついて来ている3人組みしかいない。
「しっかりついてきているな」
左手には銀色に輝く鞘に収まった『ミスリルソード』を持ち、後ろにいる連中にチラチラと見せつけながら歩く。
きっと、この『ミスリルソード』が目当てなのだろう。希少金属ででき、目を奪われるほどの美しさの剣に目がくらむのも納得できる。
Lv1のビギナーがこんな大層な物を持っていたら、どうぞ襲ってくださいと言っているようなものだ。
3人組みがついて来ているのを確認し、街道から外れ草原の中へと歩いていく。どんどんと街道から離れていき、さらに30分程歩いて目的につく。
歩みを止め、くるりと後ろへ振り返る。互の距離は10メートルほど離れている。
「よう、あんたらこいつが目当てなんだろう?」
左手に持っている『ミスリルソード』を見せる。3人組の中心にいた男が猛禽類のような目をした男がニヤリと笑う。
「ああ、そうだ。Lv1のあんたが持ってるのは釣り合わない業物だ。「C」ランクの魔物を倒せたのもその業物のお陰なんだろう? そんな凄いものを目の前にチラつかせられちゃ、奪ってでも欲しくなっちまうよ」
「はは、あんたら犯罪起こしたら街にはいられなくなるぜ?」
やれやれとジェスチャーをする。すると右側に居た男が笑いだす。
「ハッハッハ、冒険者同士のいざこざにギルドは関与しないんだぜ? あんたもギルド登録したとき説明を聞いているだろぅ? それにお前はここで魔物に襲われて死んだってことになるんだ。悪く思うなよ」
「そういうこった。呪うなら、自分が弱さを呪うんだな」
3人が腰にぶら下げた剣を引き抜く。しかし、剣を引き抜いた3人は一向に襲ってくる気配がなかった。
風の音だけが辺りに響く。
「なぁ、1つ教えてやろう。何故、あんたらはここまでくる途中で俺を襲わなかったんだ? いや、むしろ襲えなかったと言うべきか?」
図星を突かれたのか、3人の顔が歪む。
そうなのだ、ここまで来る途中に何度も襲えるチャンスがいくらでもあったのだ。
何故襲えなかったのか。それは――――。
「俺が羽織っているローブ。こいつは『聖域のローブ』と言ってな、装備対象者を悪意のある存在から護るんだ。つまり、『聖域のローブ』を装備している限り、絶対に攻撃対象にならない」
「「「なっ―――」」」
3人の顔が驚く。そして次第に苦虫を噛み締めた様な顔をする。
街を出るとき、まず真っ先に『聖域のローブ』を取り出し、装備したのだ。目的地に着くまで襲われないように。
「それと、魔物に襲われるのは俺じゃない。あんたたちだ」
「てめぇ! 何言ってやが―――」
猛禽類の目をした男が何かに気づいたかのように、辺りを見渡した。
先程まで草が生い茂る草原を歩いていたはずなのに、今立っている場所は草が一本も生えていない柔らかい土の上。
「ま、まさか、ここは――――!!」
突然、猛禽類の目をした男が動揺し始めた。
『マスター! 六時方向、来ます!』
ゴンザレスの警告と同時に、背後の地中から巨大なサンドワームが空中に踊りでてきた。
ピギャアアアアアアアアアアアア!
サンドワームは俺を飛越し、3人組の冒険者との間に落ち、また土の中へと潜っていく。
体長15メートル程はあり、開口された口の中には無数の牙が生えていた。アレに飲み込まれた者はヤスリのように削り取られながら絶命していくだろう。
柔らかい土の上にいる為か、サンドワームが地中を移動している振動が足元に伝わってくる。
「てめぇ! 計りやがったな! くそ、お前ら戦闘準備しろ! 死にたくねぇだろ!」
「チクショウ! 「B」ランクでも厄介な奴じゃねーか! まずいぞ!」
「あぁぁあ……。あいつは俺たちじゃ倒せねぇ……。火炎系統の魔道士がいないと無理だ……」
三者三様、絶望的な顔をしている。
―――サンドワーム、ベスパ街とアムール街の街道から離れた場所に生息している魔物。
ギルドの「B」ランク掲示板をチェックしていたとき、サンドワーム討伐クエストが発行されていた。尾行に気づいた時、彼らをここへと誘導するのを思いついたのだ。
「とにかく一箇所に止まるな! 移動し続けろ、じゃないと真下から飲み込まれるぞ!」
「だがどうやって倒す!? やつの体表面は分泌液のせいで剣が通らないぞ! マァァァック!! お前、火炎系統の魔導具持ってねぇか!?」
3人組は走りながら、叫んでいる。
「バカ野郎! んなもん持ってねぇぇ! っと、うわぁ!!」
マックと呼ばれた男が足元を引っ掛け転ぶ。
「マック!! 横に転がりながら立ち上がれぇぇぇ!」
だが時既に遅し。サンドワームは動きの止まった獲物を見逃すはずもなく、真下から飛び出しマックを丸呑みにする。そのまま空中からまた地面の中へと潜っていく。
「マァァァァァッック!!!」
残りの2人は絶望的な顔をしていた。
そんな光景を俺は眺めている。正直、胸糞悪い場面だ。
『マスター……、心拍数が上がってます……』
「わかっている……。だが、仕掛けてきたのはあいつらだ。それに、この世界はリリィ達のように優しくないってのも理解はしている。襲ってくる暴力には同じ暴力で返すしかないんだ。非情になるしかないんだ……」
ギリギリと歯軋りがなる。人が目の前で死ぬ光景は想像を絶する。だが、今こうして悪意を持った人間が現れてしまった以上、甘い考えをしていたらいずれ俺も殺されてしまうだろう。
「今は、非情になるしかないんだ……」
2人目の男も悲鳴をあげながらサンドワームに飲み込まれていく。
残ったのは猛禽類の様な目をした男ただ一人だった。
「ジェミィィィィ!! ああぁ……。そんな……。 なぁ! 助けてくれ! 俺が悪かったお願いだ! 何でもする! だから……! 死にだぐ……ねぇよー……」
男は泣きながらその場に崩れ落ちる。
俺は羽織っていた『聖域のローブ』を走りながら脱ぎ、猛禽類の様な目の男に掛ける。
「なら助けてやる。そのままじっとしていろ。逃げたら殺す」
男から走りながら距離を取り、機動言語を唱える。
「クイックオープン、『プロミネンスの杖』。 ゴンザレス、やつの位置を視覚領域に表示しろ!」
足元の地面は今だに振動している。サンドワームが移動しているのが分かる。
『視覚領域に表示、完了。プロミネンスの発射誤差を計算、修正。マスター! 今です!』
視覚に表示された情報に添って、杖を地面に斜めに向け起動言語を唱える。
「プロミネンス・フレア!!」
杖の宝石の先に赤い燐光が集まり、一つの魔法陣へと展開、蛇の様な形をした炎のうねりが巻き起こり地面へと発射する。
柔らかい土の中へと炎は潜り、そして爆発とともにサンドワームが地中から吹き飛ばされ、地表の上へと落とされる。
サンドワームの体はプロミネンスの炎によって燃え上がり、不快な声と共にもがき苦しんでいる。
体表面をコーティングしていた分泌液は蒸発し、炎が消えていく。
『今です! マスター!』
『ミスリルソード』を抜刀し、そのままサンドワームへと駆け出す。
流石「B」ランクの魔物といったところだろう。動きは鈍いが、サンドワームは地中にまた潜ろうともがいている。
剣を水平に構え、そしてそのまま全力で15メートルもある体を水平斬りで真っ二つにしていく。
「うおおおおおおおお!!」
斬られながらサンドワームは小刻みにビクンビクンと体を跳ね、体液を流しながら絶命していった。
剣についた体液を振り払い、一人生き残った男の元へと歩いていく。
(ゴンザレス、ソウルの回収を頼む)
『かしこまりました、マスター』
男の前までくると、男はガクガクと震え土下座しながらローブを渡してきた。
てっきり俺はこの男が、『聖域のローブ』を羽織った状態で襲いかかってくるかと警戒をしていたが、そうでもなかったようだ。
どうやら、相当精神に参っているみたいだ。
まぁ、襲ってきた時点で効力が無くなり、反撃できるんだけどな。
「さてと、助ければ何でもするって言ったよな?」
土下座をする男の前に、『ミスリルソード』を地面に突き刺す。
「ひぃ!! は、はい! だから、命だけはお助けを……」
「簡単なことだ。ベスパのギルドに戻り、今日お前がしたこと、身に起こったことを全て皆の前で話せ。お前の様な輩がまた現れるのが面倒だからな。いいな」
「は、はい!」
男はいつまでも土下座をし、地面に額を擦りつけていた。
◇
ギルドに男を送り届けた後、男はギルドの職員に事の経緯を話す。ギルドの職員は驚いていたが、ギルド規約ではギルドは冒険者同士の問題は関与しないので、唯々聞いているだけだった。
フロアロビーにある大理石の柱に背を持たれながら、男がちゃんと話しているのかを見ていた俺は、男が話し終えたのを確認するとそのままギルドから出ていく。
「これで当分は変なのが絡んでこないだろ。……俺、生きて元の世界に帰れるのかな」
どこの世界も、善意の者もいれば悪意の者もいる。
改めて、この世界でやっていけるのかと自問自答するのだった。




