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すれ違いと、掌の花火

作者: 一条 灯夜

「帰るの!?」


 背後から聞こえた驚いた様子の声に、肩越しに振り返って――ただただ頷きも返事をするでもなく再び視線を戻す。

 同じ部活の、同じ学年の……微妙に馬が合わない女子。

 無視したつもりじゃなくて、返事を考える間を空けたつもりだったんだけど、がっと肩を掴まれて身体ごと向き直らされてしまう。

「なんでそこで無視すんの?」

 僕よりも頭ひとつ分低い身長――僕自身が男子としては背が高い方ではないので、それを差し引けば二階堂の背もお世辞にも高いとはいえない――から、アッパーカットするような突き上げる視線が向けられていた。

 背丈は置いておいても、二階堂は目つきが鋭いので迫力がある。

 襷がけした和服と、額に浮かんだ汗、それに顔を照らすオレンジの炎の影響で、どこかの時代劇のヒロインとか、元服前の若い悲劇の殿様感もする。


 二階堂のテンションを無視して、いつも通りの自分のペースで対応を考えていると、最後にはどこか心配そうな声を突きつけられた。

「……へばってるだけ?」


 まあ、それも否定しない。

 僕の高校の陸上部には、謎の因習があり、地元の夏祭りの余興を男女四人が引き受けさせられることになっていた。

 そう、火祭りの余興。

 火の点いた松明を持って、山の中腹の公園まで所定のルート四キロメートルを駆け抜ける。説明は聞き流したけど、戦国時代にこのあたりを治めていた殿様の戦のなんたらに由来する戦勝の祭りだとか。だから、服装も――昔は鎧装束だったらしいけど、熱中症対策で鎧は外された――袴姿に、鉢巻という古風ないでたちだ。

 熱帯夜、しかも、祭りの夜にそんなことをしたがる物好きはいないので、必然的に一年にそれがまわされる。


「おーい、聞いてるの?」

「聞こえてる。確かに短距離だからへばった。そして、着替えたら帰る」


 二階堂は、ぱちくりと目を瞬かせている。

 大袈裟に一拍間を開けて、呆れているのを全身で表しながら――そういうのが、僕が二階堂が苦手な理由なんだけど――、語りはじめた。


「高校生の夏祭りなんだよ? キミには、もっと、こう、若者らしくはめを外そうって気は無いのかね?」


 今度は僕が目をぱちくりとさせた。


「この後の花火見たら、電車乗れなくなるらしい」

 去年の先輩が言っていた。というか、夏休み前に高校で話題になっていたことだけど、基本的に田舎の駅なので、祭りの後は駅の混雑が激し過ぎて終電でも帰れない人がかなり出るということらしい。

 近くに住んでいるなら別だけど、僕は電車で六駅先から通っている。最初から、祭りを楽しむ気は無かった。淡々と義務を果たして、淡々と帰るだけ。

「え? ちょっと、ガチじゃん。あ! 美由紀、隆弘またね」

 僕等が喋っている隙に着替えたのか、走者一号二号は、寄り添って屋台の人混みに紛れていった。完全に遊ぶ気だな。いや、なんだかんだであの二人が上手くいってたってことなのか?

 ……まあ、人事だから別にいいけど。

「沖田、枯れすぎてない?」

「二階堂が、過剰に干渉するだけ。今の世の中、他人は他人、自分は自分だよ」

 いつも通り、平坦に僕が答えると、過剰な起伏付きで二階堂が――今度は視線ではなく、本当にアッパーを放ってきた。

「酒みたいだとか言われるから、苗字で呼ぶな!」

「理不尽だ」

 良く知りもしないただの同級生を名前で呼ぶのは、なんだか変だ。が、そんなことは最近の女性は気にしないらしい。いや、二階堂だけの基準か?

 まあ、まさに他人は他人、自分は自分の理屈そのものだと思うんだけど、二階堂はどちらかといえば、そうした自分の理論をごり押しする。それも、僕が二階堂が苦手な理由。

「ともかくも着替えてくる」

「ああ、うん、まあ、そうしろ。アタシも着替えてくるから」



 そうして、其々が更衣室で着替えて、再びスタッフスペースに出てくると……。


「沖田……。なんて格好で来てるんだよ」

 二階堂にドン引きされた。

 なにか失敗したかと思って自分の服を見直す。普通に高校の制服だ。夏服だけど、ワイシャツの胸に校章もきちんと入っているし。

「一応は、学校行事だし」

「……ごめん、本当にアンタって理解出来ない」

 そういう二階堂は、……女子の服装に関する知識もボギャブラリーも無いので、なんて名前かは分からないけど、どこででも見かけるような短大生っぽい私服だった。

「どう頑張っても、アンタ祭りにつれてけないじゃん」

「だから、行く予定はないんだって」

「ありえない!」

 ありえないらしい。

 まあ、しょうがない。

 と、思ってもらうしかない。


 それじゃ、と、踵を返して帰路についた僕だったけど、二階堂が横に並んだ。

「行かないのか?」

「行けないの!」

「なぜ?」

「女子は、途中参加には厳しいんだよ。普段仲がよくっても、来るか来ないか分からない状況だったのが唐突に混じったら、空気読めって感じにされるの」

 そういうものなのだろうか?

 あんまり人に合わせる気の無い僕としては、よく分からない感覚だ。


「……え? 二階堂も帰るの?」

「……なんで帰るってなったら、沖田が迷惑そうな顔をするの?」

 訊き返された声も顔も怖かったので、僕は黙ったが、二階堂は攻勢を強めた。

「っていうか、アンタ、アタシがくどいくらいに祭り行くっていって誘ったのを、どう聞いていたわけ?」

「誘った、か?」

 あんまり覚えがなかったので訊き返すと、更に二階堂の熱が上がったようだった。

「直接的には、一回誘ったけど、興味ないって言うから、アタシが行くアピールをしてたでしょうが」

 ああ……、確かに、必要以上に大きな声で、俺以外の貧乏籤の二人と祭りに関して色々と話していた気がする。そういう意図だったのか。


 二階堂の愚痴を聞きながら、屋台の通りじゃない道を選んで、本当に僕は祭りを避けて駅までの三十分を歩いた。

 ちなみに、二階堂も結局最後まで愚痴を言い続けてついてきた。


「っていうか、そんなに行きたかったら、独りで回っても良いんじゃないの?」

 改札を抜けて、ホームへと向かいざまに呟くように言ったら、痛くない平手の返事を貰った。

「察せ」


 ……察してみた。

 怖いフラグだった。

 え? 実は気がある系の話だったのか?

 まあ、乗っている電車が同じだから、自然と最初に知り合いになったのが二階堂で、そのままなんだか微妙な――仲が良いようなそうでもないような距離感で、一学期を過ごしてはいたけど……。


 ちょっと真面目に考えてみる。恋愛に前向きすぎる同級生男子はだいっきらいだったが、僕自身が恋愛に全く興味が無いといえば嘘になる。四六時中束縛するような友達づきあいが嫌いで、どちらかといえば、干渉を殆んどしあわない系の男子とグループを形成してはいたけど……いや、だからこそ、どこか控えめで素朴な女子からのアピールなら受けたいと思う気持ちもあった。

 返す刀で二階堂を見る。

 容姿の面で言えば、僕以上のような気はする。いや、この際はっきり言うとして、外見では僕がつりあわない。服とかとくに拘りないしな。一方、勉強は、二階堂の方が並以下なのでそっちでは勝つな。

 ただ、最大の問題として、派手ではないものの普通に女子として振舞っている二階堂との価値観のギャップは、正直埋めがたいように感じた。


 目を細めて二階堂を見る。

 丁度ホームに電車が滑り込んできたので、電車から出る人並みを左右に分かれてやり過ごした後、ガラガラの電車に乗り込み。並んで座った。


「ありえなくないか?」

「うん。途中でそういう誤解かとは思ったけど、案の定だ」

「んむ?」

「アンタを紹介して欲しいって趣味の悪い違う部活のお姉さまが、あの遠くに見える山の中腹に今居るのだよ」

 ああ、そういう話。

「どっちにしても、僕には向かないな」

 ドサッと背凭れにこれまでの緊張を全部預けると、電車の窓のずっと遠くに花火が上がるのが見えた。

 電車のガタゴトという音しか聞こえない。

 親指と人差し指で丸を作ったら、それの中に丁度すっぽりと納まってしまうような小さな花火だった。


「二階堂、花火なら見えるぞ」

 指さして、顔を横に向けると、少しだけ動揺した顔が目に入った。

「どうした?」

 少し慌てたような様子に尋ねてみると、早口で返事が返ってきた。

「行かないって先輩にメールしたの。ホントに、ろくでもない変人だよねアンタ」

 苗字で呼んだの気付かなかったのか? と、いぶかしんだのは一瞬。

 一秒後に頬を抓られた。

「苗字は、あの無神経な体育教師が酒みたいだなって言ったから嫌いだって言ってるでしょ!」

「……名前で呼ぶってのも、な」

「一回くらい呼べばいいのに」

「一回呼べば、それ以降もずるずるしそうだからな」

「……変な男」



 ふと車両を見回すと、僕等以外には誰も乗っていなかった。皆、蒸し暑い屋外で、人ごみの中であの花火を風物詩とか言いながら見ているんだろう。

 音もなく上がる、小さな――どこか玩具みたいにも見える遠花火を、組んだ足の上に肘を乗せ、更に顎を掌の上に載せ、観るともなく観ていた。


 二階堂は、珍しく、降りる駅まで黙っていた。

 いつものお喋りがないのは、少し不思議な感じもしたが、特にそれをどう思うこともなかった。

 二階堂が、ただ静かに隣に座っていた。


 電車が花火からどんどん遠ざかっていくのが、夏が過ぎていく感じみたいだな、なんて僕は思っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] キャラが二人共立っていて、夏祭りの情景が目に浮かびます。恋愛短篇として珠玉だと思います。私が苦手なキャラ作り、話運び、情景描写全てが完璧だと思いました。読後感も爽やかで、本当に一条さまの作品…
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