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第一章 倒れていた旅人

 午前七時。シュウがジョギングから帰ってくると、マンションのエントランスに知らない女性が倒れていた。


 季節は八月上旬。朝から暑く、昼間はさらに暑くなりそうだった。


「もしもし、だいじょうぶですか」シュウは女性に声をかける。シュウと同年代のような女性だった。シュウは高校二年生だ。


 女性は白いローブのようなものを着ている。シュウはブルーのTシャツにチェック柄のバミューダパンツ姿であった。


 女性は意識を失っているらしい。

「とにかく救急車を呼ばなきゃ」シュウは持っていたスマートフォンで119番通報する。


 ほどなくして救急車が到着する。シュウも同乗する。なぜか、ほっておけない気がしたのだ。


 病院に運ばれた女性は、意識が回復するまでベッドに寝かされる。シュウは女性に付き添う。


 シュウは早くに父親を亡くし、いまは母親と妹の三人暮らしだ。シュウは妹に「病院の付き添いにでかける」とメールした。母親は今日から二泊三日の出張だ。

 シュウのスマートフォンには、所属するコンピュータ研究会からの日程メールが届いていた。


 お昼前になって、女性が意識をとりもどす。

「看護師さんを呼んでこなきゃ」とシュウが言うと、「待って」と女性が返す。

「私の名前はミズキ。17歳。空間転移で、間違ってこの世界に来てしまったの」

「ええ? 気は確かかい?」

「私と手をつないで」

<自動回避モード終了。転送開始>

 ミズキの頭の中で声がする。

 そして二人はその場から姿を消した。


 ミズキの家に到着する。

「この時代はコンピュータが管理する世界よ。一部の貴族だけが、コンピュータに接続して特殊能力を使えるの。貴族は、生まれるとすぐ、脳にLSIチップを埋め込む手術を受けるの」とミズキは説明した。

「いったいどんな……?」シュウは気が動転してしまい、つづく言葉がでない。


「私もその貴族の生まれなの。私の父がもうすぐ亡くなりそうなの。私の弟が、相続財産目当てで私のことを殺そうとしたのよ。それで私は<自動回避モード>で別世界に転送されたわけ。あなたもこの貴族の祖先なのよ。私が<音声拡張モード>で、あなたにもコンピュータの声を聞こえるようにするわ。だから、私の弟をコンピュータから分離してちょうだい。そうすれば私のことを殺そうとはしなくなるわ」

ミズキは一気にまくしたてた。


<音声拡張モード開始>

 シュウは「わっ、ほんとだ。声が聞こえる」と目を丸くする。

 ミズキは「あなたなら、私の弟と同調して、コンピュータから分離できるわ」


 そして弟のいる隣の部屋に入る。

「意識を私の弟に向けてみて。これが弟の写真よ」

「うん、わかった」

<コンピュータアクセスコード取得>

「そう、その調子よ。コンピュータから弟を切り離してちょうだい」

「ぐぐぐっ」シュウの心がなにか見えないものに引っ張られるような気がする。


<コマンド強制終了。コンピュータから分離>

 シュウが強く心の中で念じると、なにかがぱちっと(はじ)ける音がした。


「隣の部屋へ行ってみましょう」

 そこには若い男性が倒れていた。「弟のヒサトよ」


「ヒサト、目を覚ましなさい」ミズキがヒサトを揺り起こす。

「あれ、お姉さん……確か、ぼく、お姉さんになにかしようとしてみたいだけど……

うーん、思いだせない」

「あなたの特殊能力は封印したわ。二度とコンピュータにアクセスできないわよ」

「コンピュータ? なんのこと?」

「あなたどうやら、記憶を失ってしまったみたいね。まあ、そのほうがいいんだけど」


「そのほうがいい、ってどういうこと?」

「あなたは記憶を失う前に、私を殺そうとしたのよ」

「ええっ? ほんと?」

「本当よ。でも今はそんな気持ちないでしょう?」

「うん、ぜんぜんないよ」

「そう、それでいいのよ」

「お姉さん、ごめんなさい。命を狙ったりして」

「いいのよ。もう関係のないことなんだから」


「うまくいったわ」とミズキがシュウのほうに向き直って言う。

「こんなに簡単に分離できるの?」

「普通の人だったらできないわ。だけどあなたには特殊能力があるの」

 シュウはそう言われても納得できない。


「ぼくが特殊能力を使えるなんて……」

「言ったでしょ、あなたはこの貴族の祖先なのよ。LSIチップが埋め込まれていなくても、私のそばにいれば、特殊能力を使えるわ」


「だったらぼくを『剣と魔法の世界』に連れて行ってくれる?」

「『剣と魔法の世界』が好きなの?」

「うん、一度冒険してみたかったんだ」シュウが応える。「おっと、その前に、ぼくの妹も一緒に連れて行ってくれないかな。妹はナホコっていうんだけど、僕より一歳下で、なぎなたの名手なんだ」

「『剣と魔法の世界』に行けるかどうかはわからないけど……とにかく呼んでみるわ」

「ええっと、妹さんがいるのは私の倒れていたマンションね。この鏡に向かって妹さんの顔を思い浮かべて」

 ミズキはそう言うと、シュウの前に鏡を差し出した。


 シュウはナホコの顔を思い浮かべる。

<画像データ取得。位置情報付加。対象確認。『光のトンネル』発動>


 あたりがまばゆく輝きはじめる。


「っつ……あれ、ここどこ?」ナホコが目の前に現れる。「あ、お兄ちゃん」

「よう、ナホコ。転送されてきたか」

「どうなってるの?」

「うん、どうやら異世界に転送されてしまったらしい」そういうシュウの口ぶりは、それがまるで自然なことのように聞こえた。

「お兄ちゃん、気は確か? 病院に付き添いに行くってメールくれたじゃない」

「その付き添いに行ってたのがこのひとだ」


 シュウは妹のナホコにミズキを紹介する。

「はじめまして、ナホコさん、私の名はミズキ。十七歳。特殊能力を使うことができます」

 ナホコはミズキのことを観察する。背はナホコと同じくらい、百六十センチ前後といったところか。髪はロングヘアーで、どこか高貴な雰囲気がただよっている。

「ええっ……」ナホコはとまどう。「あたし、ちょうどなぎなたの稽古をしていたから、なぎなたを持ってきちゃったけど」

「それでよいのです。あなたの力が必要になるときがくるでしょう」とミズキがおごそかに言う。「それでは同時代の『剣と魔法の世界』に転送しましょう」


第二章へつづく


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


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