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「アル君って頭が良いわよね。カインなんてあそこまで喋れるようになったの、2歳過ぎてからよー」
「そうなんだ。あれくらいが普通だと思ってたわ」
む、むぅ俺の話しをしてるな。
って、カインはうるさいな。
聞こえないじゃないか。
「カインうるちゃい」
英雄ゴッコしていたカインはシュンとなって、静かな声で1人ドラゴン退治の旅に出ていった。
英雄はいつだって一人さ。
「それにおっぱい、好きだよね。抱っこしたらよく揉んでくるのよ」
「まだ乳離れしてないのかしら? でも私にはしてこないんだけど……」
「クラウディアったら妬いてるの?」
あ、これ聞かなくていい話だったわ。
母たちの話を聞く内に、俺は初めて揉んだ日のことを昨日の事のように思い出していた。
そう、あれは一歳の誕生日を迎える前の事だ。
これまでもセリカは、会うたびに俺に抱き付いて抱っこしてくれていた。
その時はたまたま抱き着かれた拍子に、胸を揉んでしまったのだ。
俺はやってしまったと思った。
恐る恐るセリカの顔を見ると、満面の笑みでこっちを見てるではないか。
地獄から天国まさにそういう状況だった。
よくよく考えたら今の俺って愛らしい子供ではないか。
子供が胸揉んだりするのって普通だよな。
その衝撃の事実についに行き当たった俺は、それからちょくちょくセリカの胸を揉んでいる。
その度に俺の中の天使さんは俺を諌めるのだが、俺の中の悪魔さんはこれは子供の特権、チャンスは今だけ、やらない後悔よりやる後悔、と言って天使の城を攻め立てるのである。
悪魔の一気呵成の攻撃に天使の城はいつも無血開城してしまう。
未だに死人が出たことのない頑強な城である。
あんまり聞きたくない話だったので俺は、1人小声で英雄ゴッコをしているカインに言った。
「一緒にやろう」
冒険といったら仲間を集めてパーティー組まないとな。
カインは愛くるしい笑顔で答える。
「うん、やろう」
「じゃあぼくごぶりぃん」
「何でゴブリンなんだよ。ドラゴンとか、トロールにしてよ」
カインは意外とミーハーなようだ。
絵本の主役級である大型モンスターは、カインにはまだ早い。
冒険の基本は雑魚を大量に狩る所からだ。
子供の内からしっかりと現実を教え込まないとな。
「カインじゃやられちゃうからだめぇ」
何時ものように軽口を叩きながらカインと遊んだ。
最近の俺は母に質問しまくっている。
この世界のこと。
魔法のこと。
父親のこと。
どうして外に出てはいけないのか。
首輪の事は怖くて聞けなかった。
楽しい毎日が崩れてしまう気がするから……。
この国の名前はオースレン王国といって、周りの国と比べて大きい国らしい。
父はこの国の貴族で、国の中でもかなり偉い方だということ。
母は隣国の出身で、騙されてオースレン王国に連れてこられた所を父が助けてくれたらしい。
そんな出来事があり、父の所有する別邸で生活しているということらしい。
別邸には父の側室達やその子供が暮らしており、母はその側室の一人に目を付けられていて、俺が出歩くといいことにならないらしい。
母はかなりオブラートに包んで話しているのだと感じた。
要するに俺が出歩いてるのをその側室に見つかって、俺に危害が及ぶ事を恐れているのだ。
そういえば、俺の食べるご飯はいつも母が先に一口食べていた。
俺はそれを、味や熱さを確かめているんだと思っていたが、多分違うのだろう。
母が味見をしてからしばらくして、俺はご飯を食べさせて貰っていた。
毒味だ。
俺はその話を聞いて、安易に外に出て本を探しに行って魔法の修行の効率を良くしようとか、自分のことしか考えておらず、母が俺のことを考えていつも行動しているなんて深く考えていなかった。
もし扉に鍵がかかってなくて、一人で外に出た時に大きな怪我でもしたら母はどう思うだろうか?
あの母のことだ、自分を責め続けけるだろう。
俺はまた家族を悲しませるようなことしたのか……?
自分の浅はかさと母の愛が心の中に染み込んだ。
俺は今度こそ家族を守る! そう誓い、自身の力をより一層、磨くことを強く決意した。
3歳の誕生日を迎えた俺には楽しみが一つある。
日に日に大きくなっていく母のお腹のことである。
そうだ俺は兄になるのだ。
前世では姉1人の末っ子だったが、ついに俺の下が出来たのである。
母から話を聞いたときは感動に打ち震えてしまったが、母はそんな俺を見て何を勘違いしたのかーー。
「赤ちゃんが産まれても、アル君のことは一番大事だから」
そう言って強く抱きしめてきた。
「違うよママ。嬉しくてびっくりしちゃったんだ」
俺がそう言うと、母は少し驚いた顔をして俺の顔を上から覗き込んだ。
そしてしばらくの間俺の顔を見た後、母は少し微笑んで言った。
「ありがとう。アル君がそう言ってくれてママほっとしっちゃった」
「僕が守るから。ママも赤ちゃんも僕が守るから、だから安心して」
嬉しそうな母の顔を見て、これまでの俺なら出ないような言葉が自然と出てしまう。
母は涙ぐみながら俺の顔を見つめ言った。
「私の小さな小さなナイト様。ずっと側で守ってくださいね。でも危ないことはしちゃ駄目だからね」
「任せてよ。僕、結構強いから。カイン程度なら右手一本でやっつけちゃうから」
「ふふふっ それは頼もしいわね」
「今度見ててよ。必殺技使えるようになったんだ」
「どんな技なのかしら」
「シガンっていう技で、指で突きまくるんだ。カインの横腹を突くと凄く痛がるんだ」
「程々にしないと、カイン君遊んでくれなくなるわよ」
「うん。気をつけるよ」
俺はその日の事をずっと忘れないだろう。
誕生日の日に、特訓兼実験相手であるカインがセリカと共に部屋に来た。
俺はカインに近づき耳元で囁いた。
「カイン今日もシガンの特訓やるぞー」
カインは心底嫌そうな顔で言ってきた。
「横腹は無しだからなぁ」
「分かってるよ、よし防御力上げるために腹筋からだー」
「じゃあアルが先やってよ。足押さえとくから」
俺はこうやって遊びを混じえつつ、カインとの特訓を行っている。
カインは以外と負けず嫌いで、根性が有り、俺の厳しい特訓にも文句を垂らしながらも、なんだかんだでこなしてくる。
「アルは男の子か、女の子、どっちが良い?」
修行をしながらカインはそう尋ねてきた。
以前なら断然女の子だったはず。
だが、今の俺は賢者モードだ。
俺にはセリカッパイがあるからな。
「うーん、どっちでも良いかな。男の子なら僕がバシバシ鍛えあげてやるし、女の子なら本とか読んで勉強教えてあげたいなぁ」
俺は既に、母に頼み込んで、色々な本を持ってきてもらい、文字の勉強をしているのである。
「アルは厳しいからね」
「男にだけだよ」
「この女好きめ。そろそろ母さんのおっぱい揉むの止めろよな。気づいてるんだぞ。」
「カインこそお漏らしするのそろそろ駄目なんじゃないか?」
「なんでアルがそのこと知っているんだよ」
カインは顔を赤くしながら聞いてきた。
「やっぱり漏らしてるのか。5歳でそれは恥ずかしいぞ。まぁ僕もたまに漏らすけどさぁ、5歳は流石に恥ずかしいよ」
今出来る精一杯の憎たらしい顔をしながら言ってやった。
俺が漏らすのは事実だが、隠す必要はない。
なんといってもまだ3歳だからな。
「アルの馬鹿!」
怒った顔をしてカインはセリカや母が居る所へ行った。
こうやって俺は巧みな話術を駆使して話を逸らし、二つの山の聖域を守り切ったのである。