表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/39

18

 坑道を歩く間『琥珀色の風』の隊列と装備を観察していった。

 先頭を歩くのは犬っぽい人だ。

 名前はトットらしい。

 歩きながらコールマンから全員分の名前を教えてもらった。

 トットは五感が鋭いのか、他のパティーメンバーから斥候役として信頼されているようだ。

 所持している武器は刃元から刃先にかけてカーブしている短刀だ。

 それを左右の腰に付けている。


 二人目は丸の大盾の男だ。

 名前はマーカスらしい。

 片手剣は普通のサイズだが、大盾に並ぶと実際のサイズより小さく見える。

 このパティーの壁役だろう。


 三人目はグレートソードを持った銀髪の熊男だ。

 こいつはベルク。

 どう考えても脳筋だ。以上。

 肩がいてぇよ。


 そして、その後ろに俺とリサが横に並んでいる。

 ポジション的には護衛対象、魔法使いって所か。

 俺は松明を持たされているから道案内兼、雑用係だな。


 最後尾はパティーリーダーのコールマンだ。

 装備は腰にぶら下げたロングソード。

 鞘には奇妙な刻印が刻まれていて、量産品とかではなく一品物のようだ。

 こっちが本当の魔剣かもしれない。

 最後方ならパティーの動きが見やすく指示しやすいし、装備を見ても後方からの襲撃に一番対応出来そうだ。

 前に比べて後ろの層が薄い様な気がする。

 後方からの奇襲が来た時は俺の出番かもしれない。


 やはりA級冒険者となると、戦闘力以外の面も優れていて手際がいい。

 俺が指示する道を進みながら、役割をそれぞれ果たしている。

 先頭を見てみないと分からないが、本当に俺の出番はないのかもしれない。

 そうなると非常にまずいのだが……。


 俺たちが歩いてる場所は坑道の左側の通路だ。

『琥珀色の風』の要望により、さっさと巣を見つけて帰ることを優先している。

 この通路の横幅は4m近くあり、そのまま坑道の再奥まで続いている。

 もっとも多くの奴隷がそこで採掘し、一人も帰ってきていないからだ。

 軍隊蟻と戦った経験はこれまでないのだが、本に書かれていた情報によると単体としてはゴブリンとトレントの間くらい強さらしいから、武器さえあれば俺でも十分に戦える。

 先頭を歩くトットは突然立ち止まると、前から目を背けず左手を背後に突き出して、俺たちの前進を止めた。


「この先に二体……いや、三体蟻がいる」


 ピリピリとしていた空気が更に緊張感に包まれる。

 それぞれ抜剣したり盾を構えたりしている。

 程なくカサカサと複数の足音が、こちらに近づいてくる音が聞こえてくる。

 そして姿を現した蟻は合計3匹、トットの言った通りだ。

 一匹一匹の体長は2mは有り、動くスピードもゴブリンなんかと比べると早い。

 だが『琥珀色の風』の前ではそんなの関係なかった。

 トットは軍隊蟻が走るスピードより遥かに素早く動き、壁を大地のように蹴り蟻たちを撹乱していく。

 マーカスは二メートル級の軍隊蟻の突撃を一歩も下がることなく大盾で跳ね返す。

 ベルクはその跳ね返った軍隊蟻に、グレートソードを叩きつけ一撃で真っ二つにしてしまう。

 そして瞬く間に残りの軍隊蟻も討伐されてしまった。

 残りの三人は手を出すことなく、ただ見ているだけだった。

 後ろを振り返ってみればコールマンは、剣さえ抜いていなかった。

 ピリピリとしていると感じてたのは俺だけだったようだ。

『琥珀色の風』にとって軍隊蟻など、俺がゴブリンを倒すことよりも簡単という訳だ。

 うーん、これは俺の出番がいよいよ無くなってきたぞ。


「魔石はどうしますか? よかったら俺が剥ぎますよ」


 死んでいる軍隊蟻を見ながら、一つでも評価を上げるために提案する。


「いや、軍隊蟻の魔石など大した値段にならん。先を進む」


 コールマンの冷たい言葉に俺の提案は敢え無く失敗した。

 そこから何度か軍隊蟻との戦闘に遭遇したが、前を歩く三人がサクッと片付けていく。

 とうとう、この坑道の再奥の手前まで来てしまった。

 手を出すなと言われているし、どうしたらいいんだ?

 体は戦うための準備をしているのに実行出来ない。

 目の前にチャンスがあるのに……。


 コールマンの指示により再奥に入る前に一旦立ち止まる。


「トット、奥にはどれくらい居そうだ?」


 そう言われるとトットは耳と鼻をピクピクと動かして、再奥の気配を探りだす。


「正直ここからじゃあ分からないけど、20から30位かな?」


 トットは自信なさげに答えると、コールマンはそれを聞いて暫く考え込む。


「……それ位なら丁度いいか。アル、お前一人で戦ってみろ」


 はっ? 俺一人だと?


「コールマンそれはいくら何でも……」


 コールマンの言葉に戸惑うマーカス。


「マーカス、やらせてみよう。面白そうだ」


 ベックのいかつい顔が、悪戯を前にした悪ガキのような顔になる。

 戸惑う俺に対してコールマンは、昨日殺気を見せた時のような険しい顔つきになり口を開く。


「俺たちはA級冒険者であり、普段戦う相手は軍隊蟻とは比べられない程危険なモンスターばかりだ。お前はそんな俺たちに自分を買って欲しいと言ったな?」


 俺が昨日言った話を咎めるような強い口調で聞いてくる。


「はい。言いました」


「これから先、俺たちと行動を共にする者にお荷物は必要ない。それは奴隷であろうが仲間だろうが一緒だ。俺たちと行動を共にしたいなら、今この場で自分の価値を見せてみろ。それが出来ないならお前は必要ない」


 軍隊蟻を一人で、20以上相手にして勝たなければならない。

 それがA級冒険者と共に行動をする為の最低条件。

 突き付けられた条件は無茶苦茶だ。

 そんなこと出来る人間がこの世にいるのだろうか?

 A級冒険者の力を目の当たりにしても、そんな疑問が浮かんでくる。


 でも俺に選択肢はない。

 ……いや、違う。

 これが俺の望んでいたチャンスなんだ。

 今この場で初めて、俺は選択する権利を得たんだ。



 俺はまず、コールマンに向けて一礼する。


「有難うございます」


 そしてコールマンの目を、気迫を込めた目で見詰める。


「俺はこの剣で、この手で、自分自身の価値を見せますっ!」


「その価値、確かに見させてもらおう」


 コールマンの険しい顔に変化はなかった。

 それでも俺の言葉はしかっりと伝わったはずだ。


「ちぇっ、おいらの出番はなしか」


「直ぐに、出番があるかもしれんぞ」


「可哀想なこと言ってやるな」


 トットとマーカスとベルクの三人は、それぞれこの状況に対する考えが違うようだ。


「これから先はアルが先頭で進む。戦闘もアルに全てやらす。それでいいな?」


「りょうかーい」


 トットは首の後ろで手を組んで適当に返事した。

 手に持っていた松明をコールマンに渡すと、俺は先頭に立って進んで行く。

 進む方向から軍隊蟻特有の、キーキーと耳に響く鳴き声が聞こえてくる。

 トットが言ったように数が相当いるようだ。

 そして固まっている。


 軍隊蟻を相手に不意打ちは難しいだろう。

 この奥は今いる場所よりも広くなっている。

 一人突っ込んでも、囲まれるのがオチだ。

 軍隊蟻が来るのを誘って一匹一匹、確実に一撃で殺していく。

 俺の一振りによって本当にあの亀裂が出来たのなら、軍隊蟻を一撃で倒すことなんて簡単なはずだ。

 コールマンが言うには、あいつらは俺たちの足音を察知して襲って来るらしい。


 何度か大きく深呼吸をして、俺はその場で地面を強く踏んだ。

 その瞬間ガサガサという音を立てて、軍隊蟻たちが獲物を捕食する為に向かってくる。

 軍隊と名が付くだけあって、整然と一列に並んで突っ込んでくる。

 数は数え切れない。

 昨日ように魔力を全身に張り巡らす。

 そして昨日の感覚を思い出しながら剣を振り上げ…………そして下ろす!


 ーーズバッ


 眩く光った刀身が光の線を垂直に描き、軍隊蟻の頭部を捉えた。

 軍隊蟻の体の中心部が裂けるように左右に分かれて行く。

 元々一つだった体は完全に左右に分かれ、別々に地に伏した。

 そしてその断面から、堰き止められていた川が一気に崩壊するかのように血が流れ出てくる。

 昨日のような亀裂が出来ているわけではなかったが、それでも俺の記憶にある3年前の一振りとは明らかにレベルが違っていた。


 これが……今の俺の力?


 列を成して突っ込んでくる軍隊蟻たちを、次々と一撃で葬っていく。

 この一撃の感覚をこの身に焼き付けるように。

 そして俺が気づいた時には、真っ二つにされた軍隊蟻が死屍累々となっていた。

 いつの間にか無心で剣を振っていたようだ。

 ウッ、酷い臭いだ。

 身体中、軍隊蟻の血液を浴びていて気持ちが悪い。


「まさか本当に1人でやってしまうとわ」


「小僧、よくやったっ! 俺の弟子になれ。俺が直接筋肉のつけ方を指導してやる」


「まぁ……中々やるじゃん」


「……………」


 次々と俺に向けられて賛辞の言葉がかけられる。

 一人はいつも通り無言だが。

 そしてコールマンが俺の前に歩いてくる。


「お前の価値、そして覚悟、しっかりと見せもらった。これを使えアル」


 そこには戦う前に見せていた険しい顔ではなく、同じ土俵で戦った戦士に向けられる敬意が浮かんでるように見えた。

 ただの勘違いかもしれないが。

 そしてコールマンが布切れを手渡してきた。

 これで拭けってことか。


 俺はその布切れで、血に濡れた全身を拭いていく。


「お前のことは俺が直接、マリウス執政官と交渉する。だがこれは奴隷を買うという交渉だ。それでいいな?」


「はい」


 これはしょうがないことだ。

 俺もこの世界で色々な人間を見てきた。

 人のいい奴、悪い奴。

 この世界では人のいい奴は大抵早死にして、悪い奴は長生きする。

 この炭鉱奴隷の中でもそんなことは何度も見てきた。

 この世界で長く生きるには、まず自分の利益を第一に考えて行動する。

 それがこの世界に生きる、大多数の人間の行動理念だ。

 コールマンもまたその大多数の人間なのだろう。

 俺を奴隷から解放して仲間にするより、奴隷のまま使い古す方が自身の利益になるのだから。


「あの、奴隷の首輪って聞いたことありますか?」


 ここはしっかりしとかないと、うっかりこの炭鉱から連れ出されたら死んでしまう。


「知っている。それも含めての交渉だ」


「ならいいです」


「小僧ほどの力を持つ者が、こんな所から逃げ出せないはずがないからな」


 奴隷の首輪って、高級貴族以外知らないんじゃかったっけ?

 あ、でもこの人、王様とも知り合いらしいから、知ってても不思議ではないのか。

 にしてもあの脳筋、俺の評価がやたらと高いんだが。

 弟子にするとか言ってたし……。

 今から少し憂鬱だ。


「だが、交渉は少し先になる」


「え? 何でですか?」


「マリウス執政官がこの炭鉱にいないからな」


 あのクソデブ、自分は逃げてやがったのか。

 あの屋敷だと距離的に、万が一があるからな。


 俺たちはその後、第3坑道内に残る軍隊蟻たちをシラミ潰しに討伐していった。

 そして後日、マリウスとの交渉を行ったコールマンが俺の前に姿を現した。

 マリウスは案外安値で俺のことを売ったらしい。

 その安値というのはただの奴隷としての価値なのか、俺の能力を考えてなのか分からないが。

 マリウスの屋敷で奴隷契約の譲渡を行った。

 その時に顔を合わせたが、もう既に俺のことを忘れてるのか、興味を全く示さなかった。

 俺は忘れるつもりはないが。





 その一、『琥珀色の風』のメンバーに危害を加えないこと。

 その二、コールマンの命令に従うこと。

 その三、許可がない限り、コールマンとの距離を1km以内に保つこと。


 俺がコールマンと交わした奴隷契約の内容である。

 その一以外の契約を破れば俺は即死ぬ。

 だがこれで俺はやっと外の世界を見ることが出来る。

 必ずこの首輪から抜け出す方法を探し出してやる。

 絶対にあるはずなんだ。

 リネイラとの奴隷契約が解除された謎が。


 俺はこの日からコールマンの奴隷して生きていくこととなった。


 だが3年前と違い絶望感は微塵もない。

 俺が進むべき道に広がった深い霧を、夕焼けに照らされた風が吹き飛ばしていった。

 視界に映し出された道はまだ遥か遠くまで続いている。

 また、一歩一歩。

 どれだけ遠くとも俺は歩みを止めはしない。

 道の先で待っている人がいる限り。

ここで二章は終わりです。

後書きで書いた二章までの毎日投稿、なんとかなりホッとしています。

三章の投稿については今の所未定です。

明日投稿するかもしれませんが。

拙作ですが三章もお付き合いしてもらえれば感無量です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ