13
「イツッッ」
俺は余りの痛みに思わず声を上げてしまう。
「ひっ、な、なんズラかっ!? おめぇ生きてたズラか」
これまで聞いたとことのない訛った言葉が、俺のすぐ脇から聞こえてくる。
ボヤけてた視界が徐々に鮮明なっていくとそこには、見慣れない薄汚れた白色系の布で覆われた天井が見える。
イタッ、イテッ。
この床は上下左右に振動していて、時々大きく跳ねているようだ。
俺は一体……何を……?
自身に起こったことを、記憶の糸を辿っていくように思い出していく。
「こ……ここは」
「奴隷商人の馬車ズラ」
「ど、奴隷商人!? イテッ」
声のする方向に首を少し動かすが、それだけで激痛が全身を駆け巡る。
そこには上下とも服とは言えない程ボロボロな布を纏った、40程度の男性が座っていた。
その体つきは骨と皮しかないのでは? と思うほど痩せこけており、身体中に傷の跡が残っている。
苦労を重ねたであろう顔には多くのシワを残し、頭には申し訳なさげに少量の髪の毛が薄っすら生えている。
「どうして、俺は奴隷商人の馬車に?」
「馬鹿ズラか? 奴隷だからに決まってるズラ」
「俺が奴隷……」
「そのままおっちんだ方が楽だったズラなぁ。この馬車はムール炭鉱に向かってるズラ」
どこだよそれ?
それにさっきから視界がオカシイと思ったら左目が全く見えてないじゃないか。
「俺の体って、今どうなってますか?」
「どうって、そりゃ酷いヅラ」
「ッッ! どんな風にですかっ!?」
「左側だけ顔も体も全部焼けてるズラ。ピクリとも動かないから死体だと思ったズラ」
確かに言われてみれば、左側の痺れが強くてとても動かせられる状態じゃない。
対して右側は同じように痺れは有るものの、感覚は確かにあるし、動かそうと思えば動かせそうだ。
右手に神経を集中させた時、俺は何かを強く握りしめていることに気付いた。
指先を動かして感触を確かめるとサラサラとして気持ちが良い。
そして手の中にある何かに視線を向けると、そこには綺麗な紫色の髪があった。
こっ、これはリネイラの髪の毛か……。
いつの間に握りしめてたんだ?
白い炎を喰らう前に持っていたのは剣だったはず。
ってことは無意識の内に握ってたってことか。
でも燃えてなくて良かった。
本当に良かった。
「俺は一体何時からここで寝てたんですか?」
「三日前だ」
先ほどの方言訛りの人とは違う声だ。
声がした方向を向くと、もう一人みすぼらしい格好をした男が座っていた。
そちらは少し暗がかりとなっており、ハッキリとした姿は見えない。
そんなに俺は寝てたのか、よく水も飲まず生きてこれたな。
痛む首を動かしこの馬車の様子を伺うが、視界に映るのはこの二人だけだ。
どういう経緯で俺は奴隷になったのだろうか?
そう聞こうとした時、突然揺れ続けていた馬車の振動が止まった。
停車したのか?
何か喋ってるな。
外から人の声が漠然と聞こえてくる。
聴覚を魔力強化し、外の話し声を盗み聞きする。
「へい、監督官様。奴隷は合計15体と、瀕死の餓鬼が1体になりやす」
「瀕死の餓鬼だと? それでは金は出せんぞ」
これは俺の話をしてるのだろう。
「いえ、こいつは奴隷としてではなく、食料として買っていただけたらと思いやして」
「食糧か……。ならば、奴隷が15人で金貨45枚とその餓鬼が銅貨10枚だな」
「へい、それで結構です」
俺が食糧だと?
一体どうなってるんだ。
方言訛りの人の話では、俺は奴隷商人の馬車に乗っているはずだ。
そして俺は奴隷なのだと。
ということは……。
俺は今、奴隷商人から監督官というやつに売られたということか!?。
「では、中身の確認をさせてもらおうか?」
「へい、ではこちらからどうぞ」
そして、瀕死の俺は奴隷として役に立たないから……。
!? まさかこいつら、俺を殺して食うつもりか?
そんな馬鹿な話あってたまるかよ!
「ここが最後になりやす。腐ってたらどうしやすか……」
足元の向こうにある布製の扉の奥から聞こえてくる。
最後の言葉は、魔力強化していても薄っすらとしか聞こえない声だった。
布と布の隙間から仄かに漏れていた光が、一気に強さを増していった。
身体中に突き刺さるような光だ。
「ウッ、眩しい」
あまりの眩しさに反射的に目を瞑る。
「思ったより酷いな。あれで本当に瀕死なのか?」
「も、勿論そうでございやす。仮に死んでても食べるのは奴隷。多少は大丈……」
「まぁ、いいだろう。それでは全員降ろしてくれ」
「おいっ、お前たち全員降りろっ。ここからはこちらの監督官様の指示に従え。それと、あれは荷台に入れておきやすか?」
「……いや、俺が連れて行こう」
「そうですか。無理にとは言いやせん」
馬車から二人の奴隷が降りていく音が聞こえてくる。
それと入れ替わるように、誰かが馬車の上に飛び乗った音が聞こえてくる。
俺は光に焼けた目を少しずつ開けていく。
段々とこの明るさに目が馴染んでいった。
「生きていたのか」
馴染んだ瞳の先には、鉄製の鎧を身に纏った中年の男がこちらを覗き込んでいた。
その鎧の胸元には、ドラゴンの紋章が刻み込まれていた。
って、当たり前だ!
食料だのなんだのと勝手なこと言いやがって。
けど、それを口に出すのは今の状況ではまずいようだ。
これまでの話から、俺の命はこいつが握ってると思っていい。
「なんとか、生きてます」
「そうか、今から移動するからお前の体を持つぞ」
「大丈夫で………いだぁただだッ!」
返答を言う前に、問答無用で俺の体は持ち上げられてしまう。
俺を持ち上げた男は一言も発さずに、俺を抱き抱えたまま馬車から降りる。
その衝撃で更に俺の体に激痛が走る。
「ウギッ」
頼むからちょっとは気を使ってくれ。
そう思わずにはいられない。
外を出ると空は清々しいくらい青かった。
俺を抱き上げた監督官は、馬車の入り口の布を開けて俺をそこに寝かせた。
周りを見ると、パンパンに張った麻製の袋や、野晒しにされた肉類などの食料品が大量に置かれている。
食料置き場……。
じゃなくて、荷物置き場用の馬車のようだ。
そして2日間の間、馬車の中で揺られ続けた。
俺はその間、魔力操作を行って体力回復に努めていた。
気を失っている間に見た、朧げに覚えている夢の中で行った魔力操作だ。
そしてリーズの森での1ヶ月間、何度練習しても一度も成功しなかった魔力操作である。
何故かあの夢を見てから、出来るという奇妙な確信のようなものがあった。
食糧になるなんて真っ平ゴメンだ。
動けないものが殺されるのなら、動くようになるしかない。
俺をこの馬車に寝かせた監督官が、また俺を移動させる為に俺の前に立っている。
俺が盗み聞きはした限りでは、ここから徒歩でムール炭鉱という場所に向かうらしい。
そして食糧や荷物はこの場に置いていくらしい。
「それじゃあ、体を持つぞ」
「ちょっ、ちょっと待ってください。一人で、一人で歩けます」
「馬鹿を言うな、その体で……なッ」
右手で勢いよく床を叩き、その反動を利用して一気に起き上がる。
体の調子はハッキリ言って最悪だ。
着実に回復に向かってるのは間違いない。
だが、まだまだ時間が足りていない。
そして右手で樽を持ち、それを支えにして震える両足に渾身の力を込めて立ち上がった。
「今はまだ万全ではないですが、必ずっ! 必ず直ぐに役に立つようになりますっ! だから、まだ殺さないで下さい。お願いします」
今は生き残ることだけを考えるんだ。
この場をなんとか乗り切って、必ず機を見て逃げ出す!
「……それなら自分の足で歩くと良い。だが一つ覚えておいた方がいい。ここでは死よりも、生きることの方が辛いことになるかもしれないということを」
「……覚えておきます」
監督官は淡々と話しながらも、何処か辛そうな顔をしているように見えた。
馬車の外から射し込む光が、立ち上がった俺の体を照らす。
この光の先に、俺が乗り越えないといけない壁がある。
壁なんて生易しいものではないのかもしれない。
だが俺はどんな壁が待っていても、そこが地獄だろうとも、必ず乗り越えていってやる。
2章終わるまで毎日投稿します。




