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俺が振り抜いた剣はベインズの左足を切り落とし、馬の腹部にも傷が内臓に達する程の重傷を負わせた。
これで一体。
俺は騎馬隊の速攻を回避するために傷を負わせた馬を騎馬隊と俺の間に来るように移動する。
流石に訓練された騎士たちである。
そこらのゴロツキや盗賊とは違い、足を切られたベインズは叫び声を上げることなく抜剣して俺からの追撃を警戒し、他の騎士たちも素早く抜剣して俺を包囲するように陣形を組み進んでくる。
そこに子供だという油断は一切感じられなかった。
包囲が狭まるに連れて命が削られていく感覚が伝わってくる、それに身体が反応して汗が吹き出てくる。
勝負は一瞬だ、その瞬間はもう間もなく来る。
あいつらはその瞬間を待っているのだろう。
俺の前にいる傷を負った馬が地面に突っ伏した瞬間に、俺を包囲していた騎士たちが左右から同時に襲いかかってくる。
限界にまで達した俺の集中力と魔力強化された五感、そして身体能力により、襲い掛かる騎士たちの挟撃を紙一重で交わす。
だが直ぐに第二撃が俺の前方と後方から襲い掛かってくる。
避けてるだけじゃ駄目だ。
ここで決める!
「ッッツ」
背後に迫ってくる風を切る音を感じながら俺は後ろを振り返らず、当たる寸前の所でその刃を避ける。
魔力強化された五感が、これまで過酷な訓練と実戦での経験が、俺に向ってくる剣筋を教えてくれる。
さらに俺が交わすか交わさないかの所で、前方からも俺の全身を一撃で真っ二つにするよう斬撃が飛んでくる。
クソッ!
まともに剣で受ければ吹っ飛ばされる!
なんとか反撃の一撃を見舞ってやるつもりだったのだが、想像を超える一撃に慌てて避けることしかできなかった。
何とか躱したはずの一撃だったが、凄まじい剣風により頬に一筋の傷ができ、血が流れ出る。
「ハァハァ」
どれ位の時間、耐え続けてきたかだろうか。
あいつらは徹底して何度も何度も左右前後から攻撃を行ってきた。
絶え間ない波状攻撃と、ギリギリの所で命を繋いでいるやり取りに、体も精神も急速にすり減っていった。
そして俺はそれを紙一重で避ける。
なんとか反撃を行いたいがそんな余裕は微塵もなかった。
針の穴を通す作業をずっと続けているようなものだ、そして一度でも失敗すれば待つのは『死』のみだ。
致命傷はなんとか避けているものの、身体中傷だらけだ。
出来るだけ魔力を長く持たせるために治癒力には最低限の魔力しか注いでいない。
その為、血が身体中から流れ出ている。
魔力も体も、もう長くは持たないだろう。
戦っている時間は30分にも満たない、それでもこの時間はイレーナとリーズが生き伸びる貴重な時間になるはずだ。
俺の決死の戦闘に、騎士たちの間に多少なりとも動揺が出てきていた。
「こいつ……化け物か……」
「このままではキリがないですね」
俺はギリギリの状態だが、相手は俺の力を持ってる以上に大きく見ているようだ。
折角出来た合間を、出来るだけ引き延ばすため話かける。
「じゃあ、僕のこと見逃してくれませんか?」
「それは出来ない相談です」
「ふざけるな! お前はベインズさんに重傷を負わせたのだぞ! 必ず殺す」
そりゃそうだろうな。
これだけヘイトが溜まってるなら、逃げても追ってきてたかもな。
今から逃げるか。
「お前、名前はなんという?」
レムルスが俺に対して声をかけてきた。
レムルスに宿る鋭い眼光から、俺を逃すという選択肢など決して無いのだということが伝わってきた。
俺自身も今の状況から逃げられるなんて思っていない。
「アル……。いえ、アルフォンスです」
偽名で答えようとしたが、最後は母さんから貰ったアルフォンスとして死にたいと考え直し、答え直した。
「そうか、アルフォンス。いい名前だな」
「ええ、気に入ってます」
戦いで強張った俺の顔から自然と笑みが零れる。
「一つ聞いていいか?」
「何でしょう?」
「どうして戦う? いや、何の為に命を懸けて戦う?」
「何の為に……」
俺が、戦う理由は………。
俺が命を懸けて理由は………。
たったひとつ。
「守る為、大切な人、全てを……守る為に」
「全てを守る為、か。そんな甘い言葉を吐いていいのは、それを実現出来る力を持つものだけだ」
そんなことは分かってる。
「お前は確かに強い。だが、その甘さがお前を殺すことになる 」
でも………。
「人は、何かを成すためには何かを捨てなければならない時がある。お前の場合、誰かの命を守る為に自身の命を捨てている訳だ。後悔はないのか?」
それでも……。
「今なら誰かの命を捨てて、お前自身の命を拾うという選択肢がある。俺の所に来ないか? アルフォンス。お前はまだ強くなれる、死ぬには惜しい」
「なッ、レムルス隊長!!」
これが、俺の道だから。
「後悔しません。俺の進む道はもう決まってます」
終始無表情だったレムルスの口角が、少し上がったように見えた。
恐らく俺の見間違いだろう。
「そうか……アルフォンス、お前の名は俺の胸に刻みつけておく」
「それは光栄です。でもまだ死ぬつもりはありませんよ」
残った力で最後の最後まで時間を稼ぐ。
俺に出来るのはそれしかないから。
「済まないがもう終わりだ。お前たち、『煉獄』を打つ」
「ハッ」
レムルスがそう言うと騎士たちは俺の包囲を解いて、レムルスを囲むように移動していく。
何が来ても俺がやることはただひとつだ。
「アテナス神に我が血肉を捧ぐ。魂を清め、肉体を焼き尽くす聖なる炎よ、我が敵を焼き尽くせ『煉獄』」
えッ? 魔法だと!
俺の前方に人が1人、丸々飲み込まれる程の大きな白い炎の塊が突然出現した。
そして今にも俺を飲み込み、焼き尽くさんとしてこちらに向かって来る。
突然の白い炎による攻撃に対して、集中力を途切らせていなかったお陰で、なんとか転がりながら避けることに成功したーーと思った次の瞬間、白い炎はもう一度こちらに向け、先ほどよりも更に加速して俺の体目掛けて飛んでくる。
よ、避けられない。
チクショウ、ここで終わりか。
まぁ、俺にしては頑張った方か。
元々ダメ人間だったのに、人の為に命張れるようになったんだもんな。
ちょっとはマシになれたかな?
死を受け入れた心とは逆に、何故か白い炎から避けるように体を捻らせていた。
どう考えても避けれるはずがないのに。
その結果、俺の左半身だけが白い炎に包み込まれ体が焼いていく。
炎と熱が俺の皮膚を通り越し、その奥にある細胞を蹂躙し燃やし尽くしていった。
感じたことのない熱さと激痛に俺は地面をのたうち回る。
「ウギャアァアアァアアアア」
熱い、痛い、無理だ、こんなの耐えられない。
何時まで耐えれば……死ねるんだ……。
この地獄は何処まで続くんだ……。
殺してくれ、そう叫びたいが喉が焼けて言葉が出てこない。
自分で止めを刺そうにも、痛みで体が言うことを聞かない。
この世にある苦痛の限界を受け続けるような時間だったが、苦痛は肉体の許容範囲を越え俺は意識を失ってしまう。
-レムルス-
「とても見てられません。止めを刺していいですか?」
リッケルトはそう言って、もがき苦しむアルフォンスに近寄ろうとするが俺はそれを止める。
「どうして止めるんですか? 幾らベインズがやられたとしてもいつもの隊長らしくありません!」
アルフォンスがもがき苦しむ光景を目に焼き付けながら、これから先どう行動すればいいのかを考える。
「この状況は有り得ないんだ。この魔法の標的になった者は例外なく何処に逃げようとも、全身を焼かれて瞬く間に死ぬ。これまで生き残った者は存在しない。だが、アルフォンスは生きている。これがどういうことか分かるか?」
「……分かりません」
「俺にも分からん」
「何が言いたんですか」
「俺は神なんてクソッタレなものは信じないし、神が起こす奇跡なんてものも信じない。奇跡なんてものは人々が自ら決め、行動した結果だ。そこに神の意志や加護なんて存在しない。だが……アルフォンスが煉獄を避けた最後の動き、そして燃やし尽くす前に消え去った煉獄、どれもあり得ない」
まるで、人の力を超えた何かが働いたような……。
「ですが、放っておいても長くは持たないと思いますよ」
確かにそうだ、アルフォンスは死んでないとはいえ瀕死の重傷を負ってるのは間違いない。
持って1日だろう。
激痛に苦しみながら死ぬのなら、リッケルトが言うように一思いに殺してやるのが人として生きる者の道だろう。
だが……。
「俺の勘が殺すなって言うんだ。アルフォンスを生かせと」
「レムルス隊長の勘は当たりますから」
止血を自ら行い、戦いを横から見ていたベインズが、のたうち回るアルフォンス見ながら答える。
ベインズはタフな男だ、あの顔色から見ても死ぬことはないだろう。
だが、片足を失ってはこれから先、騎士として働くことは無理だ。
アルフォンスのことは殺したいほど憎いはずだ。
「俺は予定通りこれから王都に向かう。ベインズはここに残って歩兵部隊と合流して介抱してもらえ。戦力はできるだけ欲しい、ここに一騎も残して行くわけにはいかない。ベインズ、自分の身は自分で守れ」
「分かってますよ。騎士の基本中の基本ですから」
「アルフォンスは……お前の好きなようにしたらいい。死ぬなよベインズ」
「了解です!」
リッケルトがモーギンの伝令石を回収し、こちらに持って来る。
そして頭痛の種に
「モーギンのこと、どうなさるつもりですか? 死んだとなるとレムルス隊長に責任を取らせようとするのでは……」
「この野郎、最後の最後までレムルス隊長に迷惑かけやがって」
「上には何とか言い繕うさ。今はイレーナを捕らえることが先決だ」
俺が王都の方角に馬体を向けると、皆一斉に馬体を王都の方へ向ける。
「よしッ、お前たち! これから王都に向けて出発する、気を引き締めろ。行くぞ!」
「ハッ!」
ベインズはアルフォンスを殺さないだろう。
あいつは俺の勘を盲信してるといっていい。
実際、それで命拾いしたことがあるから仕方ないといえば仕方ないが……。
俺の勘だって稀に外すのにな。
俺の勘がアルフォンスを苦しめる結果になるかもしれない。
だが、生き残ること有るのならば。
進む道が間違いでないということを自身の力で証明してみせることだな。
神様……か。
アルフォンスが再び俺の前に姿を現すことが有るのならば、1%位なら信じてやってもいいかもな。
次話は、一週間以内に投稿します。




