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遅くなって申し訳ありません。
色々と有り、書く時間が取れませんでした。
普段より微かに早まった心臓の鼓動。
前世では一度も経験したこともない血の匂い。
視界の遥か先から見える土煙を舞わせながら近付いてくる騎馬たち。
しっかりと握られた剣から伝わる重量感。
全ての現象がこれまで経験したことのない鮮明さで俺の五感に伝わってくる。
「不思議なもんだな、もう少しビビるかなって思ったけどそんなこともないんだな」
緊張はしてるけど頭は回ってるし、冷静だ。
むしろ何時もより上手く戦えそうだ。
やれるという自身がさらに増していく。
森という地形を上手く使えば生き残ることだって出来るはずだ。
とにかく2人の逃げる時間を出来るだけ稼ぎつつ、俺も生き延びれるようにしないと。
そのためにはあいつらを出来るだけ森の奥地に誘い込むことからだ。
男の死体の周辺を見渡すと、死体の手から零れ落ちた黒い魔法具が転がっている。
その魔法具を手に取るとズボンのポケットにしまい込み、剣を地面に置く。
「何かの役に立てばいいけどな」
俺が呟いた言葉は馬が駆けてくる蹄の音に掻き消される。
距離にして10m程だろうか、6騎の騎馬たちは俺の前で止まった。
1頭を先頭にして、その後ろに3頭、最後尾に2頭という隊列で並んでいる。
どの騎士たちも同じドラゴンの模様を型どった、金属製の鎧を着込んでおり威圧感が凄まじい。
ドラゴンはリッタイト王国の国章に使われており、リッタイト王国の象徴だと子供の頃教えて貰った。
このまま俺の近くで止まってくれた方が不意打ちがしやすかったのだが、そう上手くはいかないようだ。
正直、加速された状態で複数の騎馬に襲い掛かられると、森の中でもない限り手も足も出ないだろう。
なんとか油断させて戦う前に最低でも二頭の馬の脚を切っておきたいんだが……。
少しの焦りを感じながらも、俺は相対する騎馬の軍勢に向けて、聞こえるように大きな声を出す。
「助けて下さい! お願いします」
俺の声は間違いなく届いているだろうが、向こうからの返事はない。
警戒されてるのか近付いて来ずに、森の向こうに何かいるのか探るようにして周囲を見回している。
伏兵を気にしてるのか?
確かにこの状況は怪しすぎるからな。
でもあいつらはここを通るしかないし、俺はこの場であいつらが近付いてくるのを待つしかない。
二人の逃げる時間はできるだけ稼ぎたいから、もっと悩んでくれて良いんだ。
周囲に何もいないことが確認出来たのか、先頭の騎士が威圧するように大きな声を出す。
「お前は一体何者だ!? そこで何をしている!? そしてその死体はなんだ? 簡潔にかつ正確に答えろ。嘘をつけば命はないと思え」
「ぼ、僕はアルと言います。オリオール公爵家令嬢であられるイレーナ様の奴隷です。盗賊がそこの騎士様を殺して、イレーナ様たちを森の奥に連れ去ってしまったのです。騎士様たち、どうかイレーナ様を助けて下さい」
上手くいけば森の奥深くまでこいつらを連れて行けるかもしれない。
それにこう言っておけば俺が死んでも、こいつらの捜索の手は二手に分かれる可能性も有る。
2人が生き残る可能性は少しでも上げておきたい。
「お前の話が本当だとすると何故お前だけが助かっているんだ?」
チッ、中々痛いとことついてくるな。
「僕には奴隷の首輪があるせいなのか見張りが居なくなって逃げ出せたんです」
「そんな見え透いて嘘はつくな! 嘘をつけば命は無いと言ったはずだ」
「本当です! 今からお楽しみだからお前はそこに居ろと言ってイレーナ様とリーズ様を連れて……。だからその間に誰かに助けてもらおうと思って……逃げ出したんです」
自分でもよくこんな嘘が咄嗟にペラペラと出るなと思うが、似たようなことが昨日あったおかげかもしれない。
俺の迫真の演技に、嘘だと断定していた騎士の声色が変わっていく。
「その山賊たちは何人居たんだ?」
「5人です」
「どんな武器を持っていた?」
「1人が大きい斧で他の三人が剣を持ってました」
嘘の中に真実を混ぜればバレにくいって聞いたことあるが、あながち嘘ではないのかもしれない。
話す内容は本当のこともあるで、自信を持って答えられるから俺の言葉に真実味が出てくる。
「その大きな斧を持ってたやつはどんなやつだったか覚えてるか?」
「えっと、確か焦茶色の髪の毛で……少し顔がオークに似ててバカっぽい感じがしました」
俺が感じた第一印象を率直に話す。
「やはり怪力のハンスじゃないか?」
後ろの騎士から声が上がると、聞き覚えのある名前に間髪を入れずにその問いに答える。
「はい、自分でハンス様って言ってました。他の人からはハンスさんて言われてて偉そうな感じでした」
「おい、誰が勝手に話していいと言った。次、聞いてもいないことを喋れば死ぬことになるぞ」
先頭にいる騎士が俺を恫喝すると騎士たちは相談し始めた。
魔力強化された俺の耳には相談している内容がある程度聞こえてくる。
「あの子供が言ってる盗賊はハンスで間違いなさそうだな」
「だが全てデタラメという可能性もあるぞ」
「それだと、どうしてあそこまでハンスのことを知っている?」
「ハンスの手配書はすでに出回っている。イレーナの親衛隊があの子供に吹き込んで撹乱させようとしているのではないか?」
あいつ結構有名な奴だったのか。
たいして強くなかったが、冒険者としては一流だったってことか。
いや、当たれば凄いらしいからそれで有名なのかもしれない。
「しかし性格についてまでは出回ってないはずだ」
「だがその肝心の性格を我々は知らないではないか。だとするならばあの子供が嘘をついていても我々では判断はつかないだろ」
「私も怪しいと思います。そもそも我々の情報ではイレーナと共に逃亡しているのは親衛隊の騎士、5人だけのはずです」
確かに俺がイレーナと出会ったのは昨日だから、正確な情報を知っているなら俺の嘘はすぐにバレる。
でもこの世界は現代社会でもなく確実な情報なんて難しい。
そこに齟齬が生まれておかしくない。
「ならばあの子供は何故イレーナのことを知っている? むしろその情報が間違ってると考える方が妥当ではないか?」
「お前たち、もういいぞ」
って他に5人?
「ハッ! レムルス隊長!!」
そうか、昨日盗賊が男の騎士4人を殺したって言ってたな。
「ベインズ、他の騎士がどうなったか聞いてみてくれ」
ッッ! 不味い、そんなこと頭から抜け落ちてた。
「分かりました」
「おい、他に騎士たちが居たはずだがそいつらはどうなった?」
「……リーズ様以外殺されました」
「何故死体がそこにない?」
「森の中で殺されたからです」
「森のどの辺だ?」
「あっちの森を少し入った所です」
俺はイレーナとリーズと共に辿ってきた、藪の方角を指差す。
騎士たちは俺の指差した方向を向くが、1人の騎士だけ微動だにせず俺に視線を向けている。
こいつがレムルス隊長だろう。
顔を見る限りまだ30代くらいの美男子だが、顔が無表情だ。
身長はこの世界の騎士では珍しく、170センチも無いだろう。
それなのに何故か、存在感は他の騎士に比べて圧倒的だ。
レムルスの視線は俺の表情一つ見落とさず、心の中まで見透かそうとしているように感じる。
ベンジャミンを思い出させる視線に、俺は耐え切れず視線を逸らす。
大丈夫だ、あいつはただ見てるだけだ。
俺のことを見ただけで心の中まで分かる訳がない。
落ち着け。
乱れた心を落ち着かせる為に一つ小さく深呼吸をする。
そしてもう一度視線をレムルスに向けると、レムルスの口が動いた。
「リカルド、お前は一度野営地に戻って第1、第2歩兵部隊を指揮してこの森の捜索を頼む。残りは俺について来い、目標は近いぞ」
ナッッ!! それは不味い。
こんな障害物もない広い街道で戦えば騎馬相手に勝てるはずがない。
でも俺が森に逃げても、無視されてしまえば直ぐに二人に追い付かれてしまう。
「分かりました」
そして一頭の騎馬が踵を返してこの場を去っていく。
「あの子供はどうしますか?」
「少なくともイレーナと繋がりが有るのは間違いない。子供を殺すのは忍びないが死んでもらう」
こいつらは俺を殺すつもりだ。
俺が森に逃げれば追ってくるか?
「損な役回りですね」
追って来なかったら?
直ぐに諦めたら?
「これもオリオール家の為さ」
こいつらは通せない。
例え犬死でも、無理だと分かってても絶対に逃げない。
出来るだけ足掻いて時間を稼いでやる。
こいつらはまだ俺を只の子供だと思って侮ってる。
俺は魔法具を騎士たちに見えるように手を差し出し、聞こえるように声を出す
。
「あのーこれ拾ったんですけど、返した方がいいですか?」
「それは! 伝令石か?」
ベインズと呼ばれていた騎士が声を上げる。
「知りません。綺麗だから拾っただけです」
「それを寄越せ、お前が持っていいものではない」
「分かりました返します」
やっぱり魔法具は貴重な様だ。
魔法具を見た途端目の色が変わった。
「そこを動くなよ」
「ベインズ、そのまま殺ってくれ」
レムルスは魔法具を受け取ったらそのまま殺せと命令したようだ。
俺にとっては好都合だ。
障害物も無く、5騎一斉に殺しに来られたら多分速攻で死ぬ。
「分かりました」
俺は手を差し出したままベインズがこちらに近付くの待つ。
そして目の前にブルブルと鼻を鳴らした馬が止まると同時に、ほんの一瞬だけ俺のすぐ脇に置いた剣に目を遣る。
「さあ、でんれ……」
「あっ」
ベインズが声をかけると同時に持っていた魔法具をわざと落とす。
ベインズの注意が、俺の手元から落ちていく魔法具に向う。
「殺せーー! ベイーーーンズッ!!」
魔法具を拾う振りをして屈み込む、と同時にこの森全域が震えるかの様なレムルスの怒号が響いた。
その怒号に反応して素早くベインズが鞘に手をかける。
だが、ベインズが剣を抜くより前に俺は剣を振り抜いていた。
明日、次話投稿します




