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 轟く男の声に戸惑いながらも、この状況を整理する為に頭が動き出す。


 一体この藪の向こうに何が居るんだ?

 リーズの顔を見ればヤバイということは分かるが。

 イレーナに対する追っ手というのが一番可能性が高そうだが、それだとかなりマズイことになっている。

 何も分からない状況では動けないけど、もし追っ手なら2人を見捨てでも逃げなければいけないかも。

 そんな状況にはなって欲しくないが。


 3人共その場で身を固め、息を殺して嵐が過ぎる去るのを待っていると、一歩ずつユックリと馬の蹄の音がこちらに近づいて来る音が聞こえてきた。

 その音が一歩近付く度にイレーナの背中が震え、こちらに向けてられていたリーズの右手は、俺が昨日譲った剣に手が掛けられている。

 俺も剣に手を掛けて、初めて戦うかもしれない騎馬との戦いに考えを巡らせる。


 クソッ! 騎馬相手なんて想定してなかったから戦い方が分からないぞ。

 どう考えても人を相手にするよりやり辛いし、身長の低い俺では直接人に攻撃を与えるのは難しい。

 効果的なのは馬の足を切ってから、転げ落ちてきたヤツを攻撃するってやり方か。

 でも、馬の足を切ったらイレーナたちが王都に向かうチャンスを減らすことになるかもしれない。

 どうすればいい?

 3人の生死が掛かってるかもしれないんだ、ここで選択は間違えれない。

 ………。

 よし! 敵が1人なら馬を傷付けずに戦う。

 3人までなら馬の足を切ってでも倒す。

 それ以上なら多分、今の俺には勝てないだろう。

 その時は……。


 戦いの最中に迷いが出ない様に条件を決めて、その瞬間が来るのを短い様な、長い様な、矛盾した時間の中で心と体の準備をして待っていた。

 すると突然リーズが前がかりに身を屈めて、剣を抜いて一気に走り出した。

 想定外の出来事に俺の頭は一瞬止まってしまうが、直ぐにリーズの後を追って藪の中を駆け抜ける。

 イレーナの横を通り過ぎた時に、小さな声で『そこに居て』と声をかけた。


「グアァァア」


 野太い男の叫び声が森の中に響き渡る。

 藪を抜けた先ではリーズが騎士の格好をした騎馬と交戦していた。

 騎士の左足のスネの辺りが半分程しか繋がっておらず、そこから血が溢れ出している。

 周りには騎馬一体しか居らず、リーズは奇襲を行ったようだ。

 最悪の状況でなかったことに安堵するが、心をもう一度諌めてリーズの戦いに参戦する。

 残った右足に狙いを定めて、馬に攻撃が当たらないようにして剣を一振りする。

 男はもう一度叫び声を上げながら、両足の支えを失い馬から転げ落ちる。

 俺が止めを刺そうと男の背後で剣を振り上げるが、そこでリーズが止めに入ってきた。


「待ってくれ。こいつには聞きたいことがあるのだ」


「……分かりました。何があるか分かりませんから手短にお願いします」


 今は早くこの場を離れたほうがいい気がしたが、リーズやイレーナにとっては重要なことなのかもしれない。

 振り上げた剣を降ろしてこの場をリーズに任せることにした。

 逃げないよう確保した馬の手綱を持って、不安になってるだろうイレーナに向けて一声かける。


「イレーナ多分もう大丈夫だから、出てきてもいいよ」


 俺の声に反応して藪の中からイレーナが姿を現わす。

 怖かったのか顔が強張っており、今にも泣き出しそうだ。


「リーズも俺も怪我してないからそんな顔するなよ。敵だってリーズがもう倒したしな」


「心配なんかしてないの!」


 目から流れる涙と対照的な言葉は、イレーナなりの精一杯の強がりなのだろう。


「何だと!? 後6騎もこの近くに居るのか?」


「レムルス隊長も居るんだ、お前らの運命はもう決まってるんだよ。例え俺を殺してもな。だが、俺を生かしてくれたらお前だけなら逃がしてやってもいいんだぜ?」


「イレーナ様の前でそれを言うか! 私は騎士として、人として、イレーナ様を裏切るつもりは無い! お前たちのようにな」


「そいつを守っても、もう何もないんだぞ? 公爵家の騎士としての地位、金、こいつについて行ってももう何にも手に入らねぇんだよ! もっと現実見ろよ、お前も騎士なんだろ?」


 リーズと男の会話が熱を帯びていき、自然とこちらに会話が聞こえてくる。

 二人の会話を聞きながら、男の姿を注視していると右手がモゾモゾ動いているように見えた。

 何か怪しいと感じた俺は話の中に割って入り、男の右手に剣を向ける。


「おい、その右手に掴んでるものを離せ」


「……いいぜ、手を開けるからいきなり斬りかかるなよ 」


 男の手から出てきたの黒色をした正方形の形をした物体だった。


「な!? それは伝令石!」


「ああ、そうだ。魔法具はな同じ形のがもう一つあってな、ある部分を押すともう一つの方が震えだすんだよ。普通に考えたらこんな伝令石なんて使い物にならないだろうが、斥候役の俺にはうってつけなんだよ、これ。俺がこれを押すのは目標を発見した時だ。もう直ぐレムルス隊長がここに来る。ほら、騎馬が走ってくる音が聞こえて聞こえてきてるんじゃないか? お前に選択肢はないんだ、助かりたいならその餓鬼を大人しくこっちに渡せ」


 男は勝ち誇ったように、無精髭を周りに蓄えた口を歪ませる。

 確かに魔力強化をした耳に、こちらに向かってくる足音が遠くから聞こえてくるような気がする。

 この男の話が本当なら、俺は今直ぐにでも逃げなければならない。

 騎馬6体を相手にして生き残るなど今の俺の力では不可能だ。

 これ以上時間を取られるつもりはない。


「リーズさん離れて下さい」


 リーズは俺がこれからやることを悟ったのか後ろに下がっていく。

 そして俺は、勝ち誇った顔をした男に向けて剣を一閃すると、一人の男がこの世を去った。


「時間が有りません。ここからは別行動でいきましょう。馬はリーズさんが乗って行って下さい」


「アルはどうするんだ?」


「俺は森の中に潜ります。追われてるのは俺じゃくてイレーナですからね。心配しなくても俺は大丈夫です。それよりイレーナのこと守ってあげて下さい。リーズさんだからこそイレーナのこと、守り通せると思います」


「ああ、分かってるさ。必ず守り通してみせるさ。さぁイレーナ様時間が有りません、早くいきましょう」


 リーズはイレーナを馬に乗せると、イレーナを抱き抱えるようにして自分も馬に跨った。

 俺の耳にはハッキリと、複数の馬が凄い速さでこちらに近付いて来るのが分かっていた。


「イレーナも元気でな」


「ずっとアルのこと忘れないから、だからアルもイレーナのこと覚えていて欲しいの」


「忘れたくても忘れられないさ」


 俺は今出来る精一杯の笑顔を作ってイレーナに答える。


「では行きますよ。イレーナ様、しっかりと腕を回してください。有難うアル」


 リーズはそう言って馬を走らせて行った。

 俺にはその後ろ姿を見送る時間がない。

 こちらに近付いてくる音はより一層大きな音になり、早く森に逃げないと敵に俺の姿が視認されるかもしれないからだ。

 森に向かって普段より重たい足で走りながら、2人の生き残れる可能性を考えてしまう。


 6騎の騎馬に追われながら、イレーナを抱えて逃げ切れるのか?

 ……無理だろ。

 殆ど距離が離れていないんだから。

 でも俺に何か出来るのか?

 俺の命を投げ出せば、2人を逃がすことは出来るかもしれないが、俺にはやるべきことが、守るべき人が居るんだ。

 これはしょうがないんだ。

 俺には全てを守ることなんて出来ないんだから。


 俺は家族と2人の命を天秤にかけて家族を選んだ。

 家族については譲れない、その気持ちだけはブレることはなかったはずなのに、俺の足は何故か止まってしまった。

 そして、リネイラが救いを求めてきたあの日の出来事が頭を過った。


 俺はまた見捨てるのか?

 違う! 俺は見捨てたんじゃない。

 しょうがなかったんだ。

 俺には力が無かったから。

 なのに、どうして、どうして今、あの日のことを思い出すんだ。


 俺はこれまで無意識の内に、リネイラが死んだことをベンジャミンとラファールのせいにしていた。

 自分の力不足のせいだと嘆いていた。

 だから俺は復讐のために、家族を守る力を得るために森に来たはずだった。

 でも、本心は違ったのかもしれない。

 俺は認めたくなかったのかもしれない。

 あの日、力の無さを理由に見捨てたことを。

 守るという意思は、力の有無以前の問題なのに。

 守ろうとしなかった。

 その結果リネイラが死んだことを。

 力の無さを理由にして逃げていた。

 自分の行動を正当化するために力を求めたんだ。


 心の奥底に隠していた自身の心に気付いた時、昨日2人の前で見せた涙の理由が分かった気がした。


 俺はイレーナとリーズに、リネイラのことを重ね合わせていたんだ。

 だからイレーナからお礼を言われて、救われた気がして嬉しかった。

 それ以上に、あの日した選択を心の奥底では後悔していた。

 守れていたかもしれない。

 俺が優先順位なんてつけなければ。

 リネイラは今も無茶なこと言って困らせてくれていたかもしれない。

 守りたいって気持ちをあの時、行動に移していたら。


 もう選びたくない。見捨てたくない。

 イレーナのこともリーズのことも守りたい。

 助けられるかもしれないのに逃げたくない。


「母さん、ルナ、御免。俺はもう逃げたくない、何もしないで後悔したくないんだ」


 立ち止まった足は、また動き出す。

 軽くなった足がより速度を上げていく。


 この先にある道には地獄が待っているのだろうか?

 それとも……。


 俺は剣を鞘から抜いて、迫ってくる死の足音に備えた。

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