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上半身を、暖かい風が直接肌を撫でる。
森を歩く俺は、ズボンだけ履いていて、上半身は何も着ていない。
服は血で染まり、破いてしまったので、リネイラの側に置いてきた。
今は初夏でよかった。
これで冬だったら凍え死んでたかもな。
とりあえず水場を探さないと。
この森は、隣国のリッタイト王国と、エルフの里に繋がっている巨大な森らしいからな。
地図が有ればいいんだけど。
絶対に迷うよな、これ。
まぁ進むしかないよな。
この森の木は、奥に入れば入る程大きくなっていく。
その分、太陽の光も、木々の隙間からしか入らず、昼のはずなのに薄暗い。
時々、木の上に登り、太陽の位置を確認しながら歩いていく。
やるべきことが多すぎるな。
喉は乾いたし、お腹も空いてきた。
寝床もどこかに確保しないと。
俺の場合、多少だが森の知識が有るからまだましだけどーー
異世界に来ていきなり森は詰むな。
このまま水場が見つからなかったら……。
歩けども、歩けども、変わらない景色に不安になる。
魔力を使って、一気に駆け抜けたい気持ちになるが、それを抑える。
足もクタクタになり、一旦休憩を行うため、背丈の短い木を背にして座り込む。
このままじゃヤバイな。
昨日の昼から何も飲んでない。
脱水症状になったら確実に死んじまう。
木を割ったら水が出たりしないかな……。
そういえばこの木って、切りつけたら樹液とか出るのか?
これ良いアイデアかもしれないな。
よし、やってみよう。
立ち上がってズボンに着いた土を払い落とす。
そして、クルリと回り背後にある木と向かい合う。
え?
さっきまで真後ろにあったはずの木が、右手に3m程ずれていた。
ーーバキッ
その木の上の方から、木材が割れるよな音が聞こえてきた。
上を見上げてみるとーー
木の割れ目が横に裂け、茶色いギザギザとした歯のようなものが上下に別れる。
それを見て刹那に理解する。
こいつトレントだ!
瞬時に魔力を全身に流し込み、ナイフを右手に構える。
頭上から、鞭のようにしならせた木の枝が、俺に目掛けて飛んで来る。
これは受け切れない!
受ければ致命傷を負うと直感が訴える。
避けるためにトレントに接近する。
バチンッという音と共に、風圧で後ろ髪が揺れる。
俺はこのまま一気に接近し、ナイフを突き立てた状態で、体ごと体当たりをする。
ーーブオオオオォォー
トレントの重低音な叫び声が森の中に響く。
ナイフはトレントの体に根元まで突き刺さり、そこから琥珀色をした液体がナイフを伝い漏れ出る。
次の攻撃に備える為、力一杯にナイフを引っ張り抜く。
頭上を見ると、今度は二本の枝をしならせて、こちめがけて振り落とそうとしている。
攻撃の前に、小回りを生かしてトレントの背後に回り込み、ナイフを突き刺す。
こいつをナイフで倒すのは至難の技だな。
逃げるか?
何度もトレントの攻撃を回避し、ナイフを突き立てたが、一向に死ぬ気配を見せない。
魔力強化も最大の状態で、この先長くは戦えない。
微かに頭の中をよぎった迷いだったが、それは直ぐに消えた。
こんな小物相手に逃げるわけにはいかない。
これから俺の歩く道はもっと険しいはずだ。
だからお前はーー
「俺の糧として、トットと死にやがれエェ」
何度目かの攻撃だっただろうかーー
トレントの体は徐々に傾きだし、バキバキと枝を折りながら地面に倒れこむ。
「ハハ、やったぞ」
時間にして10分にも満たない戦いだった。
だが、体は疲労困憊になり、魔力消費も重なって、俺の体は膝から崩れ落ちる。
まだトレントは死んだ訳じゃない。
そう言い聞かしてなんとか体を起こし、いつでも立てるように警戒しながら座って休む。
「剣がないのはやっぱりキツイな……」
今回の戦いで武器の重要性を思い知らされた。
「ゴブリンとかオークが武器持って歩いてたらなぁ。ハァ」
これからのことを考えると先が思いやられ、思わず溜息が出る。
ナイフの状態を確認するが目立った損傷はないようだ。
ホッと息を吐く。
トレントとの戦いで、ナイフにも魔力強化を行っていた。
森を歩きながら、一つしかない武器をどうやって長く持たせるか考えていた。
そしてあの場面を思い出した。
リネイラを救いたい一心で行った、体外の魔力操作はこの場で役立ってくれた。
あの時のような緻密な魔力操作は出来ないけどーー必ず出来るようになってみせる。
しばらく休んでいると体力と魔力も回復してきた。
倒れているトレントに近づいて、足でつついてみるが動きはない。
これは死んでるよな?
落ちている石を拾って、ぱっくり開いたトレントの口に投げ入れる。
反応無しだな。
よし、こいつを解体してみるか。
その前にこいつの血だな。
水分に飢えている俺には、なりふり構ってる余裕は無い。
刺し傷から流れ出るトレントの血液を、指で掬い匂ってみる。
……匂いはしないな。
舐めてみるか。
………ん?
ちょっと生臭さがあるけど甘味もあるな。
少し待って、何も無さそならもっと飲むか。
この世界ではモンスターは邪悪なものとされていて、モンスターの肉が食べられることは殆ど無いらしい。
ただ、食べたことのない人が居ない訳ではなく、モンスターを食べて死んだという話は聞いたことがないと、母さんとセリカは言っていた。
だから俺はモンスターを殺して、喰らうつもりだ。
この森で生きるためにーー食糧として。
トレントの体を剥ぎ取りたかったが、素手では無理そうだった。
魔力の回復を待ちつつ、問題の無さそうだったトレントの血を舐め続けた。
これで水分とエネルギーは、大分確保出来たかな?
でも口の中ベタベタでやっぱり水は飲みたい。
これ以上待つと日が暮れてしまいそうなので、今日はここで寝ることにした。
寝床はもう決めている。
少し先にある大きめな木の、枝の上だ。
あれくらい太かったら折れることはなさそうだ。
高さが10m近く有りそうなので落ちたら死ぬけど……。
でも、このトレントのしなる枝を切り取り、体に巻きつけて木に固定すれば落ちないと思う。
下で寝てモンスターに襲われるよりマシだろう。
ガチサバイバルは想像以上に過酷だ。
ナイフが無ければ俺も詰んでたな。
魔力を使いトレントの皮膚を切り裂いていく。
中には茶色の硬い肉が詰まっていた。
やっぱりな。
ナイフで突き刺した時の感触が違ったんだよな。
ナイフで一口分の肉を切り取る。
食うぞ。
俺は食う!
新鮮だから生でいけるはずだ。
これは刺身だ。
マグロの大トロだ。
気持ちを鼓舞して、大トロを口に入れる。
モグ……モグ……
……大トロじゃないけど不味くは無いな。
モグ……モグ……
……以外と癖がなくて結構美味いな。
これかなりいけるかも。
植物系の魔物だからか、あんまり匂いがしなくて食べやすい。
肉が固くて顎が疲れるけど。
丸一日何も食べていなかった俺は、トレントのフルコースを満足ゆくまで味わった。
これで明日からも戦える。
当面の目標である水場の確保を行うために、明日からも森の奥へと探索して回るつもりだ。
明日は早く行動するために、もう木の上で寝ることにした。
その日俺は夢を見た。
俺の家族たちの夢だ。
そこには前世での父さんや、母さん、姉貴もいた。
母さん、ルナ、リネイラ、カイン、セリカ。
夢の中では皆、笑っていた。
そこは俺にとっての一番幸せな世界だった。
決して目を覚ましたくない。
夢から覚めることに必死に抗うがどうにもならない。
そして、幸せな瞬間は幻に変わる。
目が覚めると俺には何も残っていなかった。
失ってしまったものの大きさに、胸が締め付けられる。
ふと疑問に思う。
俺の道は何処に繋がってるんだろうか?
このまま進めば救いはあるのか?
ポッカリと空いた胸の中に、これまでの人生で紡いできた記憶が入ってくる。
俺は失った。
でもここに有るものは決して消えない。
俺の記憶に、魂に刻まれた強く暖かい光がーー
俺の道を照らし続けてくれるはずだ。
だから俺は歩いていける。
「やるしかねえだろ」
俺は気合を入れて、今日という日を歩いていく。




