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 ん? なんだ?

 体が冷たい………それに重たい。

 あれ? 俺、何してるんだっけ?


 頭の中で浮かんだ疑問に目がハッと覚める。

 目を開けた先には、見たことのない天井が広がっている。


 ここどこだっけ?

  誰だよ、俺の体の上に乗ってるの。

 …………この匂いと髪はリネイラか。

 寝る場所、考えろっての。


「起きろリネイラ。重たいぞ」


 上に乗っているリネイラを、横に押し出そうと右手を動かす。

 リネイラの体に右手が触った瞬間、ヌルッとした少し生暖かい液体が手に触れた。


 なんだこれ?


 右手を目の前に持ってくると、ポタっと赤い液体が一滴、頬に落ちてきた。

 目の前に広がる真っ赤な右手。


 これ、血だ……。


 上に乗っているリネイラの体を、自分の体と入れ替えるように、そっと体を回転させる。

 この時初めて、状況が理解出来てしまった。

 目の前に広がる血だまり。

 その血の出処がどこかということ。

 リネイラの首には大きな切り傷があり、そこから血が出てることがすぐに分かった。

 心臓はばくばくと張り裂けそうになり、脳はこの光景に拒絶の反応を示す。


 う、あ、あ、これは、ヤバイヤバイヤバイ死ぬ。

 このままじゃリネイラが死んでしまう。


 慌てて両手で首元を抑えるが、ゴポゴポと手の隙間から血が流れ出る。


「リネイラ。駄目だって。なんで血が止まらないんだよ。駄目だって。そんなの駄目だって。駄目だ、そんなの許さない」


 もう自分でも何を言ってるのか分からなかったが、うわ語のように呟いてしまう。

 そこにチリンチリンと鈴の音がなる。

 その方向を見るとベンジャミンが今までの時と同じように泰然として椅子に座っていた。

 藁にもすがるつもりで助けを求める。


「父さん助けてください。リネイラが……死んじゃう…… お願いします。助けて下さい」


 ベンジャミンは興味が無さそうにこちらを見ると、一言だけ発する。


「死体のお前たちはもう必要ない」


 その一言に、言葉を失ってしまう。


 必要ない……。


 俺は必要ない……。


 リネイラは必要ない……。


 じゃあ俺たちは何の為に生まれてきたんだ?


 こいつの道具か?


 違う!


 ここで死ぬためか?


 違う!


 ならどうする?


 リネイラに残された時間はもうほとんどない。


 何かないのか?


 俺は魔力調査の、儀式での出来事を思い出す。

 リネイラの首を抑えている手に魔力を集中させ、その魔力をリネイラの傷口に流し込むよう移動させる。

 その魔力を網目のように、リネイラの全身に回るように流し込む。

 魔力をより薄く、より細くして、血管に流し込ませる。


 いける。

 俺は出来る。

 リネイラは死なせない。


 魔力が集中している喉の部分は、血の流れが少し遅くなっていくように見えた。

 だが、魔力がリネイラの心臓部分に達した時、違和感に気付く。


 …………心臓が……動いていない……。


「う……そ……だろ……」


 リネイラを助けたいと、一心不乱に行っていた魔力操作は、平常の力ではコントロール出来るものではく、リネイラに体内に流れ込んでいた魔力は霧散してしまう。

 なんとかしてもう一回、魔力を流し込もうとするが上手くいない。


 ちくしょう。

 なんでこんなことも出来ない。

 何の為に今まで修行してきたんだよ。

 どうしていつも俺は何も出来ない。


 後少し起きるのが早ければ、こんな状況にならなかったかもしれない。

 リネイラの心の変化に気付けていたら……。

 集中しなくてはいけないのに後悔ばかりが頭をよぎる。

 頭ではもう分かっていた。


 それでも諦められない。


「絶対に死なせない」


 なんと心を落ち着かせてもう一度、血管に魔力を流そうと試みる。




 ーー コン、コン。


 ドアがノックされると、ぞろぞろと騎士たちが部屋の中に入ってくる。

 俺はそれに目も向けないで魔力操作を行うが、そうはさせてもらえなかった。


 ベンジャミンは、この惨状に戸惑う騎士たちに非常な命令を下す。


「このゴミたちを捨ててこい」


 その言いように幾人かの騎士は顔をわずかに歪める。

 だが、彼らは知っている。

 命令に逆らうのは自らの命を捨てるとの同意義だと。


 俺とリネイラに近付こうとする騎士たちに向けて雄叫びをあげる。


「俺たちに近ずくな!!」


 だが、子供の一声に動じるような騎士はこの場には居なかった。

 じりじりと詰め寄る騎士たちに対して、リネイラを抱き締めながら起き上がる。


 お前たちにはリネイラは触れさせない!

 こいつの思い通りにだけはさせない。


 その一心で、最大の身体強化を行い、ベンジャミンから5メートルほど離れた窓に向かって走り出す。


 その行動の意味を瞬時に理解した騎士たちだったが、もう間に合わない。

 それほどの加速力だった。


 こちらに僅かに視線を向けたベンジャミンを視界の端に捉えながら、ガラス製の窓に体ごと突っ込む。


 ーー パリンッ


 ガラスが割れる衝撃音が耳元で響くと、眼前には夕焼けに染めらた朱色の空と、それに照らされるカタスの街が広がっていた。


 リネイラ……見てるか……。


 あの日、二人でカタスの街を巡ったのを思い出す。


 その光景はすぐに終わってしまう。

 一瞬フワリと浮いていた体は、徐々に高度を下げ始め、そして俺は落下に対する衝撃に備える。

 ズシン響く衝撃が足に襲うが、走ることに問題はなさそうだ。


 できるだけ遠くへ。


 このまま夕日の方角に向かえば、ダグラス辺境領カタスの街だ。

 ダグラスの敷地の3/4はカタスの街と接していて、周囲を5メートル近い塀に覆われている。

 逆方向だと、モンスターが出るといわれるリーズの森に行くことになる。

 リーズの森に出るには、塀を越えなければならない。


 俺は迷いなくリーズの森に向かうことを選択した。

 赤く染まったリネイラを強く抱き締めながらまた走り出す。


 死を穢されないために。

 誰もいない場所へ。

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