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 ここはどこなんだ?

 ーーさっきから目を開けて周囲を確認しようとするが、瞼は重くて思うように動かず、微かに瞼の隙間から光が漏れるだけだ。

 体を動かそうとしても動かない。

 一体俺はどうしてしまったんだ!?

 くそっ!

 自分の置かれてる状況が、全く分からないことに焦りだけが積もっていく。


 どれくらいの時間、動かない自分の体を動かそうとしただろうか。

 焦る気持ちも少しずつ収まってきた。

 ふぅー。 取り敢えず一旦落ち着こう 。

 心の中でそう思い、一つ一つ情報を整理していくことにした。


 俺の名前は上田和樹、これは間違いない。

 家族は父さんと母さんと姉貴の4人家族だ。

 姉とは6歳年が離れていて、俺が高一の時に姉貴の彼氏が東京へ転勤するのを機に家を出て行き、その1年後に結婚している。

 俺は昔から姉っ子でいつも姉の後ろをついて回っていた。

 そんな俺を邪険に扱わず、いつも俺がちゃんとついて来てるかどうか確かめてくれていた。


 最後に会ったのはいつだっただろうか……。

 大学二回生の時か。

 あの時は俺の様子に気付いて色々と気遣ってくれた。

 俺には過ぎたる姉だと、今でもそう思う。

 アルバイトを首になり部屋から出なくなった俺に、毎年正月に帰ってくる姉は、扉越しから世間話をしてくる。

 たわいのない話だが、なぜか俺の心にはズシリと響いて涙が止め処なく流れる。

 世間話しが終わると、これまでとは違う優しさのある姉の声が聞こえてくる。


「お雑煮と御節置いとくから、冷める前に食べなさいよ」


 そして姉が去った音がしてしばらくしてから扉を開けて、塩味が少し効いた御節とお雑煮を食べる。

 それがこの4年間の俺の正月だった。


 でも俺は変わるんだ。

 これからは俺が母さんを守って……。


 あれ? 俺ってなんでこんなこと考えてるんだ?

 俺は引きこもりニートで、4年間家から出てなくて、俺の人生はもう終わってるんだっていつも思ってたはずな……あっ!

 どうしてこんなこと忘れてたんだ。

 父さんの葬儀で、親戚の叔父さんに『母さんのこと守ったらなあかん』って言われたんだ。

 そうか、父さん死んだんだったな……。

 何か父さんが死んでしまったことが、夢の様に感じてしまった。

 心の中にポッカリと穴が空いたように虚しさが心を支配した。

 そういえば姉貴とも葬儀の時に会っていたな。なんで忘れてたんだ?

 また疑問が持ち上がり、答えが見つからないまま記憶を探っていく。


 姉と久しぶりに再会した時、お互いに強く抱きしめ合いながら咽び泣いた。

 しばらくその状態が続いた後、俺は姉に謝った。

 自分の情けない現状、母さんや父さんを不幸にしたこと、姉からいつでも相談してこいと言われていたのに一度も頼らなかったこと。

 謝罪の言葉が溢れてきた。

 姉は俺を抱き締めながら黙って俺の話を聞いていた。


「いいんだよ。カズが一番辛いって知ってるから。カズがこの4年間苦しんでたの知ってるから。また顔、見してくれたから全部許す! だから謝るのはもうお終い」


 俺の話が終わると、姉は涙で顔をくしゃくしゃにしながら笑った。

 俺は姉と会う前、怒られると思っていた。

 いや、怒られる程度ならまだいい。

 姉にとってもう俺のことなんてどうでもいい存在になっていて、もう一生家族として喋ってくれることはないんじゃないだろうか。

 その時はそんなことばかり考えていた。

 やっぱり姉貴には一生頭上がらないな、と記憶を探りながら思った。


 姉貴は1週間家に居てくれて、母さんの手伝いや俺の相談相手となってくれた。

 そして俺はもう一度スタートラインに立ってみようと決意したんだった。


 それからは弱った筋肉のせいで、近くのハローワークへ自転車で行って帰ってくるだけで、翌日筋肉痛という笑えない状況を経験した。

 けれどもその筋肉痛は痛いはずなのになぜか嬉しかった。

 前に進めてるという、他人からしたら本当に気づかない小さなことが。

 部屋に籠り自分の世界で心が腐っていく感覚、それを経験したからそう感じたのだろう。

 それからは充実とまではいかないが、以前よりも心に躍動感がある毎日を過ごした。


 記憶を進めていくと天気の悪かった日になった。

 あの日は母さんと喋った後部屋に戻って……あぁ、雷がうるさかったんだよな。

 凄い轟音がしたから、窓を開けて外の様子を見て……。あれっ? 俺それからどうしたんだろう?

 全然思い出せないぞ。

 全力で頭をフル回転し、思い出そうとするが出てこない。


 そうこうしていると、何か音が聞こえてきた。

 はっきりとは聞こえないが、何かが近付いて来る音。

 俺は必死に体を動かそうとするが動かない。

 くそっ、なんで動かないんだ。

 近づいて来る音は、俺の前で止まったような気がした。

 俺はこの状況に恐怖して、パニックになってしまった。


「おぎゃーおぎゃー」


 俺の口から今までに出したことのない、叫び声が出る。


「 $#^%*%+?」


 何か人のような声が聞こえたと思ったら、突然の浮遊感に襲われた。

 その間も俺は、泣き叫ぶのを止められない。

 一体どうなっているんだよ! もうどうにでもなれ!

 俺は考えることを放棄し、流れに身を委ねることにした。

 すると何か安心する匂いがし、口元に何か押し当てられる感触がした。

 これなんだ? と思いながらも、自然とそれを口に含んでいる自分が居る。

 安心する匂いと徐々に満たされる満腹感に、俺はいつの間にか意識を手放していた。





 やっぱりこれって転生か何かか?


 あれからそこそこの日数は経ったと思う。

 俺はこれまでの出来事を整理し、荒唐無稽かもしれないが転生したという結論に至った。

 最初は何か悪い夢でも見てるんじゃないかと思ったが、流石に二回も寝て同じ状況なので現実逃避するのは止めた。

 もしかしたら事故にあって、植物状態か何かになっているのではないかと考えたが、泣くことは出来るし、あぅあぅと変な声も出せる。

 植物状態で泣くことが出来るなんて聞いた事ないし、いつも安心する匂いと共に感じる甘ったるいあの味は母乳ではないかと。

 多分そうなのだと思うが自信はない。

 何故なら、母乳の味なんてまったくもって知らないからだ。

 俺は乳製品が嫌いだったのだが、この状態になってから飲むあれはなぜか美味しく感じてしまう。

 赤ちゃんになって味覚が変わったのだろうと思う。

 なので決して、俺が変態という訳ではない 。

 はずだよな……。


  俺はなんらかの理由があって死に、赤ちゃんへ転生したとして仮定して行動することにした。

 そう仮定して行動することを決めるまでには大きな葛藤があった。

 転生を認めるということは、俺の死。すなわち、家族とはもう会えないことを意味するからである。

 ただこの数日考える時間はいくらでも有ったので、何とか自分の気持ちに折り合いをつけることができた。


 ここまでで分かったこととして、色々と考えたりすると段々とどうでも良くなってきて、最終的には泣き叫ぶか寝てしまうということ。

 やはり赤ちゃんの脳で考えすぎると、かなり脳に負担が掛かっているのではと感じる。

 それと、上手く感情をコントロールできないのが現状である。

 尿意や便意も感じることなく、正直言って糞尿を垂れ流し状態で、あれ? なんか出た? という情けない状況である。

 せめてもの救いは、イマイチ鼻が効いてないので、悪臭に悩まされることは無いということ。


 後は喋ってる言葉が、日本語と英語ではないということ。

 そして、中国語などの東アジア系の言語とも違うようだ。

 どうしても知らない言語は音にしか聞こえないんだよな。

 取り敢えず分かったのはこの程度しかない。


 この状況に後悔や喪失感もあるが、それと同じくらい期待感がある。

 夢にまで見た転生である。興奮しない方がおかしい。

 やっぱり転生と言ったら異世界だよな! 剣と魔法の世界だよな! 地球に転生とかなしでしょ。

 現状それを調べる手立てはないが、転生物のテンプレである赤ちゃんの頃から魔法を使い、魔力量を増やして無双!!

 その線で俺は行動して行こうと思う。

 神聖なる理想(決してハーレムとか獣人奴隷とイチャイチャとかではない)と確固たる決意を持って。

 生前のマイバイブルである『異世界いったらモテ過ぎてつらたんです(仮)』には、ハーレムの苦労などが色々描かれてたからな。

 猫耳ハァハァ先生の書かれた教訓はしっかり生かさせてもらいます。

 おっと馬鹿なこと考えてる場合じゃないか。

 よし! 魔法の修行するか。

 まぁその前にお約束のしとくか。

 ステータスオープン! 鑑定! と俺は頭の中で強く念じた。

 うーん駄目か。

 こりゃ、言葉に出さないと駄目なパターンか。

 まぁ、まだ落ち込む段階じゃないな!よしっ、そっちのパターンでやってみるか。


「あぅーあぁうあうぅ」


 ………。


「あぅあう」


 …………。


 さぁ、切り替えていこー。

 やっぱり魔法の修行って言ったら、魔力を感じる所からだよな。

 テンプレではヘソの辺りだったはず、やってみるか。


 ……。


 ……。


 ………。


 ……………。


「あぅあう」


 ……………。


 ………………。


 これ無理だろ。

 一切手応えなしなんだけど……。

 途中で心折れてまた鑑定試しちゃったよ。

 まぁ始めたばっかりだし、いきなり出来たら天才だよな。

 しょうがない根気よくやるか。

 ねこみみー、 しっぽー、待ってろよ。(欲望丸出しじゃねーか)

 遠い世界のどこからか、ツッコミが聞こえたような気がした。


 このツッコミが俺に残った最後の良心だったとは、この時の俺は思いもしなかった……


 うん、この体になってから考えて、飲んで、寝ての生活だから、馬鹿なことばっかり思いつくな。



 それから体感で一ヶ月ほど経っただろうか、魔力を感じる修行は行き詰まっている。

 というか掠りもしてない。

 認めたくはないが、ここは異世界ではないのでは?

 それとも俺には魔法の才能がないのか?

 やり方が間違っているのか?

 正直何も情報がない状況からあるかどうかも分からない魔力を感じる為に、意識を集中するという作業は想像以上にきつい。

 何か進展が少しでも有れば、俄然ヤル気も出るのだが……。


 やる気が少しずつ削がれていく状況で、唯一の楽しみは少しずつボンヤリとていた視界がハッキリとしだしたことだ。

 日に日に視界がハッキリとしていく状況で、ボンヤリとだが母らしき人の顔が瞳に映る。

 何となくだが西洋系の顔立ちっぽい。

 髪の色は茶色っぽい気がする。

 ただ気になるのは、父親らしき人物の声をこの方聞いたことがない。

 俺を抱き上げてくれるのは、母以外では綺麗な声をした女性くらいだ。

 週に一回ぐらいのペースで来ている。

 まだよく分からないが、母子家庭なのだろうかと考えている。

 もしかしたら仕事とかで、家にいない可能性もあるしな。


 それからこの一ヶ月魔法の修行以外にも、暗算をしたり学校で習った授業を思い返したりしている。

 頭のトレーニングになりそうだし、結局剣と魔法の世界じゃありませんでしたってなったら、物を言うのは頭の良さだと思う。

 今頑張っても損はないしな。


 それと言葉の習得については母から話しかけられた言葉を頭の中で復唱し、出来るだけ覚えるように努めているが、やはり言葉の意味が分からないので時間はかかりそうだ。

 新しい俺の人生はここからだ。

 今度こそ後悔しないように頑張らないと。

 そう思いながら魔法の修行に取り掛かる。




 さらに二週間経った。


 この頃になると一日の始まりと終わりの感覚を掴めるようになった。


 そしてこの二週間で俺は凄い発見をした。

 耳が長いのだ! 明らかに人間の耳と違う形と長さだ。

 そう、一般的にエルフの特徴といわれる容姿なのだ!

 俺の母が……じゃなくて綺麗な声の人が!

 そのエルフのような方。

 いやもうエルフでいいだろ。

 年齢は20歳くらいだろうと思う。

 エルフさんの顔は非常に整っていて、ちょっと吊り目がちな瞳と女性にしてはちょっと高めな筋の通った綺麗な鼻、髪の毛は綺麗な緑色で太陽の陽に当たると宝石のエメラルドグリーンのように輝くのだ。


 俺はそれを見てファンタジー確定だなと思い、自身の目でエルフを見られたことと、剣と魔法の世界の可能性が大きくなったことで、ここ数日テンション上がりっぱなしだった。

 エルフさんが見ている前でオムツを替えてもらっていたのだが、興奮して気張りすぎて母の顔と手に汚物を撒き散らすという大失態を侵してしまったくらいだ。

 不意打ちを食らった母は、終始エルフの女性と笑い合っていたので結果良かったと思うようにしている。


 母の顔もだんだんと見えてきた。

 ファンタジー世界の神的存在である、エルフさんの時ほどビックリはしなかったが、これほど綺麗な女性は、これまでの人生で見たことはないと言い切れるほどの美人だ。

 いや、美少女と言った方がしっくりくるだろう。

 年齢は15~20ぐらいに見え、意志の強そうな瞳に鼻筋が通った綺麗な鼻、髪の色は目がボヤけていた頃には茶色っぽいなと思っていたが、実際はオレンジ色からちょっとだけ黄色を強くした感じだろうか。

 日の当たり方次第では、少し金髪に見えることもある。

 意志が強そうな瞳なのに右目の下にある泣き黒子が、整った顔に絶妙にマッチしている。

母が日本で歩いていたら、男なら誰もが二度見してしまうだろうことが容易に想像できる。


 もし、俺が日本で会っていたら、緊張して倒れてしまうかもしれない。

 けれど不思議と母の顔を見ても緊張はしないし、逆に安心してしまう。


 エルフさんの見た目って、日本にいた時のエルフ像と一緒なんだよなー。

 そうなるとやっぱりドワーフや、獣人なんかも居たりするのかな。

 もし俺が日本で培ってきたドワーフ像や獣人像なんかが居るとすれば、俺みたいに記憶を持って異世界から地球へ転生した人が伝えたのかも知れないな。

 もしそうだとするとなんかロマンがあるな。


 ただ、異世界のテンプレを踏襲してる世界だと一つ気がかりなことがある。

 それは母の首に首輪がついていることだ。

 正直これは嫌な予感しかしない。

 テンプレ通りだとそれは奴隷の首輪という物だからだ。

 勿論、まだそうと決まってるわけではない。

 首輪を着けるのはこの世界の常識って可能性もあるし、旦那さんの趣味がアレな可能性もある。

 それはそれで前途多難な気がするが……。

 まぁ、今俺が心配したって何か分かる訳でも無いし、この体ではどうすることも出来ない。

 今はただやれることをやるだけだ。

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