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視点変更してます。

 -本邸ラファールの部屋にて-



「ラファール様。リネイラがアルフォンスの奴隷契約に成功した様です」


 ラファールはその報告を聞いて、ニヤリと口角を上げる。


「そうか……遂にやったか……。かなりの期間、渋っていたからな」


「ええ。追い込んだ甲斐がありました」


「ああ、よくやった。これで後はカインだけだが……あちらは迂闊に手が出せんからな」


 ラファールの頭には、次の策謀の種が埋められようとしていた。


「リネイラの後始末は、予定通りで宜しいでしょうか?」


「そうだな、あいつも役に立ったんだ。バイルッセン家に嫁ぐよりも良いだろう」


「それでは騎士団の手配をして予定通り乗り込みますので」


「トリスタン分かってるな。あの首輪の出処は決して父上に悟られるなよ」


「分かっています。では失礼します」


 トリスタンが出て行った部屋で、抑えきれない笑い声が響く。


 ラファールは思っていた。

 全てが順調だ。

 世界はこの俺を中心に動いている。

 神に愛された俺こそが、ダグラス家の全てを得るのにふさわしいと。







 -別邸リネイラの部屋にて-



 気絶したアルフォンスをベットに運び込んだリネイラは、アルフォンスに抱き付いて眠っていた。

 先に起きたのはアルフォンスだった。


「イタタ」


 身体中に痛みが走る。

 目を開けるとそこにはリネイラの顔があった。

 昔見たリネイラの寝顔を思い出す。

 すごく懐かしく遠い過去の記憶が蘇る。

 もうその過去には戻ることは出来ない。


 決して……。


 気絶する前はあれだけ憎かったはずなのに……。

 何故だろうか?

 なぜこんなにも切なくなるのだろう?

 どうしてこんなにも胸が痛くなるのだろう?


 アルフォンスの心にはポッカリと大きな穴が開いてしまっていた。

 大切にしていた宝物がある日、突然壊れてしまった。

 この宝物は一生元に戻らないことないことを、アルフォンスはリネイラの寝顔を見て気付いてしまった。


(リネイラどうして……)


 アルフォンスは壊れた宝物に触れるよに、リネイラの頬をそっと撫でる。

 すると寝ているリネイラの目から涙が流れ、うわ言のように呟く。


「アル……ごめん……」


(俺がリネイラをここまで追い込んでしまったのか?)


 アルフォンスは変わらないリネイラの寝顔を見ながら考える。

 どこで間違ったんだろうかと。

 誰がこの件に関わっているんだろうかと。


(この件にラファールとトリスタンが関わっているのは間違いない。だとするとルーファスもか。奴隷の首輪を当主であるベンジャミンの許可なしに勝手に付けることなんてあり得るのか? じゃあベンジャミンの指示か? いや、いくら俺の母さんが奴隷とはいえ俺は魔力持ちで、利用価値は高いはずだ。ならどうして……)


 中々アルフォンスが納得の行く答えは出て来ない。


(ラファールが全ての黒幕なら………謀反でも起こすつもりか…それともリネイラに全ての罪を被せるか…それ位しか思いつかないな。だとすると……リネイラに全ての罪を被ってもらう方がリスクは圧倒的に少ない。リネイラは言っていたはずだ。今日はこの部屋から出さない約束をしてるって。なら現行犯でリネイラを捕まえる気か)


 アルフォンスはどうすればいいか考える。


 このままリネイラの部屋に入れば、リネイラは犯人として確実に捕まるはずだ。

 リネイラの部屋から出て行き俺さえ喋らなければ、リネイラは助かるかもしれない。

 上手くやればリネイラを操って全てを持って行こうとしてるルーファスに罪を着せれるかもしれない。

 奴隷の首輪を付けたリネイラか、裏から操るラファールか。

 アルフォンスの決断は早かった。


「リネイラ、起きろ。起きろって! 今起きないとやばいんだぞ!」


 リネイラの体を揺さぶる。


「アル……」


 その時だった。

 部屋のドアがバンッと開かれて次々と騎士たちが入ってくる。


「リネイラ様、貴方がアルフォンス様を監禁しているとメイド達から通報が有りました。どうか抵抗なさらずにこちらへ来て頂けませんか?」


 10名ほどの騎士に囲まれたリネイラは、動揺を隠せなかった。



「アル、これってどういうこと……」


「分からない……でも多分リネイラは嵌められたんだと思う……」


 アルフォンスは確証がなかったが、先程まで予想していた考えを伝える。


「さあリネイラ様、アルフォンス様をお離しください。このままだと力尽くでも離させて貰います。さあ、お怪我をなさる前に」


 リネイラは大勢の騎士に囲まれる威圧感と、実力行使を匂わせる言葉に、取り敢えずは騎士の言葉に従うことにする。


「分かったわ。でもどうなってるのかちゃんと説明して!」


「それはベンジャミン様の元に行けば全て分かります」


「どうして父様が……分かったわ……」


 リネイラはアルフォンスを離し、騎士の元へと歩き出した。


「アルフォンス様も一緒に来てください」


「分かった……」


 リネイラとアルフォンスを囲むようにして部屋の外へと向かう。

 そしてアルが外を出ようとした時だった。

 アルフォンスが突然悲鳴をあげる。


「あがぎゃがぁがあぁ」


「あ、アル。全ての命令を解除する」


 奴隷の首輪からの電流により、意識を失ったアルフォンスは、騎士に抱きかかえられてこの部屋を後にした。






 -本邸ベンジャミンの執務室にて-



 リネイラと騎士たちはベンジャミンの執務室に来ていた。

 執務室ではベンジャミンが椅子に座り、向かい合うようにしてラファールとトリスタンが立っていた。


「お前達は部屋の外で待機しておけ。呼び鈴を鳴らしたら入ってこい」


 ベンジャミンは騎士に向けて言う。

 騎士たちは礼をして部屋から出て行く。

 抱きかかえられていたアルフォンスは、床に仰向けに寝かせられた。


「父様、一体何の用でしょうか? 騎士たちはいきなり私の部屋に入ってきたのですよ」


 騎士達の行動を咎めるように、憮然としながらベンジャミンに訴える。


「リネイラ、お前がアルフォンスを監禁して奴隷にしようとしていると、メイドを通じてこの二人から報告があってな。リネイラよアルフォンスの首に付いてるのは一体なんだ?」


 ギロリとリネイラを見る。


「こ、これは確かに私が付けました。でもそれはそこにいる二人が……私に首輪を付けろって……そうしたらアルと一緒に居られるようにしてやるって……」


 言葉に詰まりながらも答える。


「お前たち、リネイラの言ってることは本当か?」


 今度はラファールとトリスタンにギロリとした瞳が向かい、ハキハキとした言葉でラファールが答える。


「確かに私が当主になれば、アルと一緒に居られるようにしてやることは可能だと、言ったことはあるような気がいたします。しかし、奴隷にしろなどとは言ったことは有りません」


 トリスタンは続いて言う。


「私もラファール兄様と同様に、その様なことを言った覚えは有りません」


 ベンジャミンの視線は二人の嘘を見透かさんとばかりに鋭かった。


「下手な嘘はつくな。首輪の出処を探ればすぐに分かることだぞ」


「勿論、私は嘘を言ってはいません。首輪の出処についても私は全く知りません」


「私もです」


 ラファール、トリスタンはともに自信満々に言う。


「巧くやったつもりなんだろうがまだまだ子供だな。お前達が何を企んで、何をしているかなどこの私が分からないと思ったのか? お前たちが取り込んだと思ってるメイドや騎士達が本当に私を裏切ってると思ったのか? お前達の情報は筒抜けだ。お前がアンリッセル家を使って奴隷の首輪を手に入れたこともな」


「え、あ、いえ」


 ラファールは何か言わなくては思うが、鋭い眼光に睨まれ自分の企みがばれていたことに動揺し言葉が出ない。


「わ、私はラファール兄様にただ言われただけで……」


 いつでも表情を崩さないトリスタンもこの時ばかりは顔を歪めてしまう。


「お前達の処遇は後日決める。それまでは部屋から一歩も出るな」


 そう言うとベンジャミンは呼び鈴を鳴らした。


「この二人をそれぞれの部屋に連れ行って見張っていろ」


「はっ、分かりました」


 二人を連れて騎士たちは出て行く。


「リネイラ、お前はこの国の法を破った。分かってるな?」


「…………分かってます」


「この国の法では貴族、又その子供に対して奴隷の首輪を嵌めたものは、拷問の後死刑だ」



 ここ最近感じていた、夢のようなふわふわとした感覚。

 特にアルフォンスと久しぶりに会ってからは現実というよりも夢だという感覚の方が強かった。

 それがアルフォンスに拒絶された時、自分がただ利用されただけと分かった時に薄れ出し、現実感が出てきた。

 そして死の宣告をされた時に一気に現実へと引き戻される。

 リネイラの顔が引き攣り、その顔から涙が溢れ出す。


「と……うさ……ま死に……たく……ありま……せん」


「ならば、アルフォンスの所有権を渡せ」


「そ、それは、出来ませ……ん」


「ならばアルフォンス共々死ぬか?もしアルフォンスを渡せば私が奴隷にしたことにして、このことはなかったことにしてやってもいい」


 リネイラは黙り込み考えてしまう。

 その沈黙はとても長く、重く、強かった。



 リネイラにとってアルフォンスは、初めて会った時から弟という存在ではなかった。

 初めて目にした時から、光り輝く髪と凛々しい顔立ちに心が惹かれていた。

 可愛いお人形のようだと。

 貴族社会では血縁者同士が結婚することなんて珍しくもない。

 リネイラはその当時、望めばある程度の物は手に入る。

 そう思わせるような生活で、母から育てられていた。

 あの子は私の物にする。

 そして飽きたら捨てる。

 リネイラにとってはいつものことだった。


 でもアルフォンスは違った。

 年下なのに知らない遊びを、幾つも知っている。

 時折見せる大人びた言動。

 いくら自分の物にしようとしてもならない。

 普段は嫌そうな顔をしているのに、たまに笑う顔。

 全てがそれまでの物とは違っていた。


 リネイラにとってのアルフォンスは、初めて母と弟以外での物では無い存在。

 だからこそショックっだった。

 もう会わないほうがいいと言われた時。

 これまで華やかに色付いていた世界が、一気に灰色に変わってしまった。

 更に、リネイラに追い打ちをかける出来事が起きる。

 それがバイルッセン家との婚約だった。

 バイルッセン家の当主は嗜虐性と性欲が強く、妾になった女性や奴隷の女性は、10日も持たずに死んでしまうという噂が平民から貴族まで流れているほどだ。

 言うまでもなく、リネイラはその噂を知っていた。


 閉じこもった世界で考えてしまう。

 もう生きてても意味はない。

 でも死ぬ勇気は出て来なかった。

 この時すでにリネイラの心はボロボロだった。


 そこにラファールが現れて地獄の未来から、天国の未来に変えることが出来ると提案して来た。

 アルフォンスの未来と引き換えにして……。

 初めてその話を提案された時、リネイラは迷わなかった。

 リネイラにとってアルフォンスは既に、物では無くなっていたからだ。

 とても大切な愛すべき人。

 自分の命よりも大切だった。


 その後もラファールとトリスタンは、バイルッセン家に嫁いだもの末路やアルフォンスの近況を頻繁に教えてくる。

 バイルッセン家の話は、聞くだけで気持ち悪くなり、吐いてしまうほどだった。

 そして最後に決まって言うのだ。


「皆、誰かを犠牲にして欲しいものを手にれている。たとえそれが大切な人でもだ。それが出来ない者はいつでも犠牲になる側だ。お前はこのまま父上の、アルフォンスの、犠牲になったまま死んでいくのか?」


 アルフォンスに奴隷の首輪さえ着ければ全てが手に入る。

 誰だってやってるのだ。

 自分だけが犠牲になる必要なんてない。

『アルフォンスに奴隷の首輪付けろ』トリスタンとラファールの言葉が繰り返し頭の中で響き続ける。

 次第に夢の中に取り込まれていってしまう。

 リネイラは長い期間をかけて洗脳されてしまっていた。




「アル……」


 しばらくアルの顔を見つめてから溢れ出る涙を拭い、リネイラは自分のすべきことを決めた。


「父様。アルの所有権を渡すには条件が有ります」


「何だ? 言ってみろ」


「私の婚約を破棄して下さい」


「それは出来ん」


「分かりました……。こんな世界では生きてても死んでいても一緒です。私はここで死なさせて貰います」


 リネイラは覚悟決めたように、懐に隠し持っていた小型のナイフを喉に突き付ける。

 その姿を見たベンジャミンは、それでも動じない。


「お前が死ねばアルフォンスも死ぬ。それでいいんだな?」


「ええ、構いません。アルと一緒に死ねるなら……」


「ならば、勝手にするがいい」


 リネイラはそっと目を瞑り深呼吸をしてからベンジャミンに聞こえないように呟いた。


「リネイラ=ダグラスは、アルフォンス=ダグラスの奴隷契約を解除し、奴隷契約の譲渡を行う」


 そしてナイフで自分の喉を掻っ切った。

 フラフラと歩いて行き、寝ているアルフォンスに抱きつく。

 すると、リネイラの血が奴隷の首輪へと流れる。


「あら……たな 契約者はアル……フォンス……ダグラ……ス」


 口からゴボゴボと血を吐きながらリネイラはアルの手のひらを切り、アルフォンスの血を奴隷の首輪に流し込む。


 リネイラは眠っているアルフォンスの頬を、愛おしむように手でそっと触れる。







 リネイラはアルフォンスに奴隷の首輪を着けて拒絶されたこと。

 ラファールたちが本当は約束など守る気もなく、自分が騙されていたと知ったことで、洗脳がある程度解けていた。

 この世界は自分を中心に回っているんだと。

 ーー奪えばなんでも手に入るんだと思い込んでいたのが、この場に来て吹っ飛んでしまっていた。


 現実に引き戻されたリネイラは、夢の中で行った行為を思い返して絶望する。

 まるで他人が行ったことのように感じるが、紛れもなく自分がやったことだ。

 そして気付く。

 自分の未来には、絶望しか残ってないんだと。

 その絶望の未来をアルフォンスに与えたのは自分なのだと。


 リネイラに残っていたのは、死か地獄だった。


 死にたくなかった……。

 地獄も嫌だった………。

 最後の希望も捨てなくてなかった……。


 そしてアルフォンスの寝顔をジッと見つめる。

 この部屋に来るまでは何回も見ていたはずなのに、久しぶりにアルフォンスの顔を見た気がした。

 アルフォンスの寝顔を見ていると、それまでに感じていた地獄の未来が、死への恐怖が、和らいでいた。

 そしてある想いが湧いてくる。



 死んで欲しくない。


 アルには笑っていて欲しい。


 誰よりも幸せになって欲しい。


 たとえ側に私がいなくても…………。



 リネイラはやるべきことをを決めた。


 このまま父様にアルを渡せば、いいように使われるか、どこかに売り飛ばされるだろう。


 アルにそんな人生は似合わない。


 迷惑ばかりかけてきた。

 取り返しのつかないこともしてしまった。

 でも最後ぐらいは……。


 父様に対する条件は受け入れられなかった。

 そんなことは知っていた。

 これはアルを解放する為の布石である。



 奴隷契約の無効化。

 それは一部上位貴族や、王族のみが知る方法であり、母様から教えて貰った知識だった。

 父様が知っているのは当然だろう。

 だから絶対にバレないように、命を懸けて演技を行った。





 息が出来ない………苦しい…………。

 でも……あと少しだから……。


 苦しさを耐えて、奴隷契約の譲渡を全て行った。



 よかった……アル………。




「ご……めん……ね。アル……。さ……よう………な……ら…………………………」




 最後の言葉を振り絞って言った。

 アルフォンスには聞こえて無いだろう。

 でも、言っておきたかった。

 もう謝ることは出来ないから。



 リネイラは遠くなる意識の中、最後にアルフォンスと出かけた日のことを思い出していた。


 アルが見せた驚いた顔。

 アルと見て回った露店。

 アルからのプレゼントの約束。

 アルから差し伸べらた手。

 その全てが輝いていた。




 あのかみどめ………ほしかったなぁ…………。





 さいごに……また……わらった…かお…………みたかった……………………………な。




 …………………。……………。




 リネイラはアルフォンスを抱き締めながら死んだ。


 その死に顔にはこの一年間見せたことの無い、穏やかな表情が浮かんでいた。


 楽しかった日々がまた帰ってきたように。

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