18
どうしてこうなってしまったのだろうか……。
いつ間違えてしまったのだろう……。
分からない……。
あの時、俺の言葉をちゃんと伝えれてたら……。
今日断っていれば……。
後悔の念が頭の中をグルグルと回る。
「これでずっと一緒に居れるわね。アル」
ーー
カインが学院に行ってから早一年経った。
俺も来年にはオースレン王立学院に入学することになる。
家族を守るという点で大きな進展があった。
去年の模擬戦で第一騎士団の副団長と模擬戦を行い、打ち勝ったのだ。
その時にベンジャミンと話す機会が設けられ、学院でAクラスに行くことを条件にルナの安全は守って貰うこと約束してもらった。
オースレン王立学院では成績によりクラス分けを行なっており、1クラス当たり約100人で、毎年大体14クラスとなっている。学校全体の生徒数は約7000人で世界最大の学校である。
Aクラスはこの国のエリート候補であり、近衛騎士団に入隊するならばまず学院でAクラスとなることが最初の条件である。
殆どの学生が魔力持ちで、属性持ちも相当数いる中、Aクラスになるには相当ハードルが高い。
だからこそ対価としての価値がある。
体の成長とともに、俺の実力はメキメキと上げてきている。
ハワード副団長やカール先生にもお前なら学院でもやれるとお墨付きを貰っている。
俺ならやれる。
この時はそう思っていた。
その日もいつもものように朝の特訓を終え、今日の特訓を思い返しながら屋敷に向かっていた。
ツッ、イテテテ。カール先生の必殺技、十文字斬りは分かってても喰らっちゃうな。
1段目の水平斬りは受けちゃ駄目だな。受けたら二段目はかわせない。
屋敷へ向かう途中で見覚えのある顔を見かけた。
彼女はこちらの姿を見つけると意を決したようにこちらに近づいてきた。
「久しぶりねアル」
彼女にしては珍しい、怯えのようなものが一瞬見えたような気がした。
まぁ久しぶりに会うしな。
「あ、ああ。リネイラ久しぶり」
俺も久しぶりに会ったことでなんだか、ただただしい感じになってしまった。
二年近く会ってなかったのだ。
リネイラは以前よりも女性っぽくなっており、美しさが増して可愛らしさと両方兼ね備えていた。
「アルのことは聞いてたわ。騎士団の模擬戦で活躍したって」
「リネイラにも見せてあげたかったよ。すごい戦いだったんだ」
リネイラも知っていたのか。
俺もやっとここまで来れたんだな。
「実はね今日はアルに話があって、帰ってくるのを待ってたの」
「話ってなんだい?」
「私の将来についてアルと話したくて……だから話が長くなりそうだから私の部屋で話したいの」
「今から?」
「そう、今から。どうしても今日話したいの」
なにかリネイラが昔みたいな元気がないのが気になるな。
今日は家庭教師の授業は休みだし話を聞いてみよう。
久しぶりだし楽しみだな。
「分かった行くよ。ご飯を食べてから部屋に向かうよ」
「食事はアルの分も用意して貰ってるからいいの。これから一緒に行きましょう?」
「用意がいいんだな」
「アルなら来てくれるって信じてたから」
ずっと待ってたのか?
疑問が頭の中に浮かぶが、俺がこの時間に特訓を終えることを知っている人は結構いるしな。
俺たちは別邸にあるリネイラの部屋に向かった。
「ここに座って」
「リネイラの部屋に入るの初めてだな」
なかなか綺麗にしてるんだな。
それにいい匂いがするな。
初めて入ったリネイラの部屋を見回す。
「そんなに見たって下着とか置いてないわよ」
「ちっ違うわ!なんで姉の下着探さないといけないんだよ!」
「アルは私のこと姉だって思ってくれてるの?」
いきなり何言い出すんだよ。
やっぱり久しぶりだからかちょっと変だな。
やっぱり最後の俺の言葉がまだ残ってしまてるのか……。
リネイラからの突然の質問に戸惑うが少し恥ずかしそうに言った。
あの時はしょうがないとはいえ、酷いこと言ってしまったもんな。
今でも会うのは危険かもしれないけど、今だけはちゃんと答えないとな。
「思ってるよ。大切な姉だと思ってる」
答えを聞いたリネイラは、嬉しそうにも悲しそうにも見えた。
「私ね、15歳になったら結婚することに決まってるの」
「え?そうなんだ……この場合はおめでとうって言ったほうがいいのかな?」
「それは話を最後まで聞いてか決めて」
こちらをぐっと睨むようにして言う。
「わ、分かった」
「相手はねアナハド=バイルッセン伯爵なの」
「あのバイルッセン家の……それは誰が決めたんだ…?どうしてリネイラが…」
「決めたのは父様よ。だから決定は覆らないわ」
「そんな、自分の娘をあんな噂がある奴の所にやるなんて」
「だから私にはあんまり時間が無いの。多分バイルッセン家に嫁いだら二度とアルとも会えなくなる……」
急な話での戸惑いと、ベンジャミンへの怒りが入り混じる。
「そんなの駄目だ!あんな所に行くなんて……絶対ダメだ」
ーーガタン
リネイラが椅子から立ち上がり、俺を強く抱きしめて言う。
「ならアルが私をこの屋敷から連れ去ってよ! 私とアルで二人遠いどこかで一緒に暮らして……お願いアル……私を連れ去って」
縋るようなリネイラの声に直ぐに答えられなかった。
リネイラと一緒にこの屋敷から出て行ったら母さんはどうなるだろうか……。
ルナはどうなるだろうか………。
頭の中でシミュレーションしてしまう。
俺はリネイラと母、ルナを天秤にかけたのだ。
俺は一緒には行けない。
でもリネイラを逃がすことくらいならもしかしたらなんとかなるかもしれない。
そう考えて話そうとするがその前にリネイラが言葉を発する。
「ゴメンねアル。久しぶりに会ったから気が高ぶったみたい」
そう言って俺から離れる。
「リ、リネイラ」
俺はさっき考えたことを言おうとするがリネイアが言葉を被せる。
「あと少ししたら、食事の用意もできるそうよ」
「分かった」
それから程なくしてメイドが食事の用意を持ってきた。
俺はリネイラを天秤にかけてしまったこと。
そして選ばなかったこと。
そのせいで引け目を感じてしまい、リネイラの顔を見ることができなかった。
食事中はお互い喋らずに沈黙が流れる。
食事を食べながら考える。
なにか出来ることはないのか?
どうすれば結婚を取りやめさせることができる?
やっと最近になって上に上がっていく道筋が見えてきたって言うのに。
どうしてなんだ!
「ゴメンね、アル」
「どうしてリネイラが謝るんだ?」
「ただ言っておきたかったの」
「謝られことなんて何もないよ。これからのこと一緒に考えよう。俺もできるだけ協力……」
舌が回らない、体も……ど、どうなってるんだ。
「リ、リェ」
異常をリネイラに伝えようとするが痺れは強くなっていく。
眼でリネイラに訴えようとするが、椅子から体が転げ落ちてしまう。
これは毒なのか……一体誰が……。
部屋の中で歩く音が聞こえ、何か引き出しを開ける音が聞こえてくる。
そしてその足音はこちらへと近づいて来て俺の前で止まる。
うつぶせで倒れていた俺を仰向けに変える。
仰向けになるとリネイラが俺を見下ろしていた。
リネイラ、助けを呼んでくれ。
出ない声を必死に出そうとする。
リネイラの右手に見覚えのある、いや、これまで毎日見てきたものが握られていた。
どうしてリネイラがそれを持っている。
リネイラはしゃがみ込み、俺の首辺りで何かやっているが、体が痺れていて何も感じない。
リネイラ何するんだよ! 止めてくれ! それを付けられたら俺は! 俺は!
カチャッと何かがハマる音が聞こえた。
そしてリネイラは自分の親指の皮をナイフで切って、出てきた血を奴隷の首輪へと注ぐ。
「我、リネイラ=ダグラスはこの者との奴隷契約を望み、我が血を持ってそれを証明する」
そう言ってリネイラは自分の親指の皮をナイフで切る。
そして出てきた血を奴隷の首輪へと注ぐ。
「我は奴隷契約の契約者として制約を与える。第一に我が命令に背かないこと。第二に我と1Km以内の距離を保つこと。第三に我と我の血縁者への危害を禁止する。以上の3点に汝が拒否の意思を見せなければ、これを了承したものとし奴隷契約は成立する。汝アルフォンス=ダグラスは契約を拒否するか?」
なんでだ。
なんでこんなことする。
止めろ。
やめろってぇえ。
拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!拒否だ!
リネイラを睨みながら、必死に言葉を出そうとするが一言も出てこない。
それから室内は長い静寂に包み込まれた。
アルフォンスの顔からは涙、鼻水、涎が垂れ流されていつもの端正な顔は見る影もない。
リネイラはそんなアルフォンスを無表情で見つめる。
そして契約成立の瞬間は遂にきた。
アルフォンスの首から鈍い光が発する。
すると奴隷の首輪はアルの首に合わせてキュッと締まる。
あぁ…そんな……。
どうしてこうなってしまったのだろうか……。
いつ間違えてしまったのだろう……。
分からない……。
あの時俺の言葉をちゃんと伝えれてたら……。
今日断っていれば……。
後悔の念が頭の中をグルグルと回る。
「これでずっと一緒に居れるわね。アル」
リネイラは体の動かない俺に抱きつき、お互いの鼻が触れそうな距離で言った。
リネイラ!許さない!リネイラ絶対に許さない!
すべての憎しみを込めて、呪い殺さんばかりの眼でリネイラを睨みつける。
「アルにそんな顔は似合わないわ」
リネイラはそう言って俺の頬を舐め始めた。
溢れ出る涙が全てリネイラの舌に絡め取られる。
俺の背筋は凍りつき、言いようのない不快感が体全体に響き渡る。
リネイラは俺の顔にある涙、鼻水、涎、全てを舐めとっていく。
そして全てを舐めとった後のリネイラの恍惚とした表情を見て、さっきまでの怒りが恐怖に変わってしまった。
こいつはヤバイ、何かがおかしい。
この場から必死に逃げ出そうとするが、僅かに手や足先が動くだけでどうにもならない。
「あら? もう効果が切れてきてるのね。トリスタンの話ではもう少し保つって言ってたはずだけど……。もう契約は成立したはずだから動いても大丈夫よね。アル? これから宜しくね。もう! そんな目で見ないでよ。ちょっとだけ奴隷になるのが遅くなっただけじゃない? 私の奴隷なのよ? そんな酷い目に合わせないわよ。悪戯はいっぱいしちゃうけど……。あ、でも子作りは駄目よ。ラファールがアルのこと奴隷にしたら、バイルッセン家との縁談を破断させて、アンリッセル家との縁談を取り持ってくれるって言ってくれてるの。だから今は処女でいないと……アルは分かってくれるでしょう? 本当は初めてはアルとがいいのよ」
リネイラは興奮しているのか口から洪水のように言葉が溢れ出す。
その自分勝手な言い分にまた怒りが溢れ出す。
「うあけうあ」
「どうしたのアル? せっかく涙を拭いてあげたのにまた出てきてるじゃない」
「うざけうな」
「分かってるわ。嫁いでもちゃんとアルのことも一緒に連れて行ってあげるから」
「ふざけうな」
「でも、後2年は二人っきりで過ごせるわ!」
「ふざけるな!! 絶対に許さない! 絶対にだ!」
絶縁の言葉をリネイラに放った後、上手く動かない足を必死に制御し、立ち上がって出て行こうとする。
ーーがリネイラが後ろから抱きつき俺の体を抱き寄せる。
「アルが、アルがあの時、私を連れて行ってくれるって言ってくれたら……アルが私のことを愛してくれたら………私はあんな奴のとこに行くのは嫌! でもアルと会えなくなるのはもっと嫌なの………お願いアル……愛してるって言って……また露店で二人で笑い合った笑顔を見せて……」
「なら! なんで今まで言わなかったんだッ! こんなことするまで言わなかったんだよッ!ちゃんと相談してくれたら……何か出来たんだ! それに俺だけならまだいい。でも……俺が奴隷になったらルナはどうなるんだよッ! 母さんはどうなるんだよッ! 全部お前のせいだ! 俺の家族は終わりだ! もうおわりだ……もうおわったんだ……」
リネイラを振り払い扉に手をかける。
「アルフォンスに命令する。この部屋から出るな」
すると体に電気を流されたような激痛が走る。
「ぐがぁがぁが」
俺の体は激しい痛みと痺れに耐えれきれず床に倒れこむ。
「今日はこの部屋から出せないわ……そういう約束だから」
「お前は……どこまで俺を縛るんだ」
這いつくばりながら睨みつける。
「アルが本当に私の物になるまで。それまでは絶対に離さないわ」
「俺はお前の物にはならない」
這いつくばりながら外を目指すが扉に手かけた瞬間にまた電流が流れる。
「うがぁががぁ」
俺の意識はここで無くなった。




