17
俺たちが本邸に移ってから、もう半年以上の月日が経った。
来月、カインはオースレン王立学院へと入学する。
この半年近くは俺たち家族にとって、心休まる平穏な日々だった。
俺にも家庭教師が付いてしまい、自由な時間は減ってしまったのだが、朝の剣の特訓は今まで通り行っている。
家庭教師の礼儀作法は為になるのだけど、一般教養に関しては前世の知識や、子供の頃に読んだ本の内容と変わらないので退屈だ。
ベンジャミンとはあれから一度も会っていない。
あの程度ではまだまだ役に立つというレベルでは無いということだろう。
いつかその人を見下した目を見上げさせてやるさ。
ここ最近の俺はカール先生との特訓でも手応えを掴み始めている。
まだまだ遠く届かないが、いつか届くと確信している。
それと前回の模擬戦で活躍したおかげで、他の騎士団との面識も増えた。
まだ俺に対して偏見の目で見ているやつも多いが、ちょっかいをかけてくるようなやつはいない。
俺とカインはいつも俺が特訓している練兵場の端で一緒に剣を振っている。
俺の剣の特訓を羨ましがったカインは週に一回、俺と一緒に剣の特訓を行っているのだ。
剣の腕に関しては圧倒的に俺が上だ。
魔法はカインに譲ってしまったけど、ここだけは男の意地で譲れない。
「やっぱり体を動かす方がいいよ」
「俺もそっちの方が好きだな。やっぱりこの世界では強くないとな」
「そうだね。僕も今はそう思ってるよ」
「カインはさ、今でも変わってないのか?」
「何をさ?」
「騎士になるって夢だよ」
「ああ、変わらない。僕は必ずなるよこの国の騎士のトップ、近衛騎士団の総団長に」
カインの顔には照れや、ふざけた感じなど無く、真っ直ぐとこちらを見て言った。その目には強い意志が溢れていた。
「大きく出たな。前に聞いた時は王国騎士団って言ってたのにな」
「あの時はさ、ただの憧れだったんだ。でも今はならないといけないと思ってる」
「何故ならないといけないんだ?」
カインの言い方が引っかかったので聞いてみる。
カインは剣を振るのをやめ、しばらく黙り込むと徐に喋り出す。
「僕が一年間エルフの里に行ってたことを知ってるよね? エルフの里に向かう途中、幾つもの町や村を通ったりしたんだ。活気のある町や、寂れた村まで色々あったよ。旅の途中でモンスターの群れに襲われた後の村があったんだ。そこは死体だらけで酷い有様だったよ。最初は全滅してたと思ってたんだけど、血だらけの男が死体の中を呆然と座っていて、ここで何が起こったのか話を聞いたんだ」
カインは話すにつれて顔を歪ませていく。
ここまで聞いて、いい話ではないことが分かった。
カインの話では、その男はその村の唯一の生き残りらしい。
男はモンスターが迫っていることを近くの町の領主に訴えに行ったのだが、その道程で丁度よく、第二王国騎士団の部隊が近くに居たので、助けを求めに行ったらしい。騎士団は最初、救援に行くのを渋っていたのだが、近くに村があることと、まだどこにも救援の依頼を行ってないことを聞いて了承してくれたらしい。
騎士団は村に着くと瞬く間にモンスターを殺してしまったらしい。
これで村は救われたそう思ったら、そいつらは次の瞬間には男たちに切り掛かり始めた。
男は救援に向かうために、村唯一の胴当てを服の下に付けていた為、致命傷は免れたらしいが、気絶してしまったそうだ。
目覚めた時にはもう全て終わってたらしい。
自分以外は全員殺され、女たちは暴行された痕があったらしい。
男は自分のことを責めて悔やんでいた。
自分があの時、騎士団に頼まなければ……。
この村に向かう途中に聞いたゲスな笑いの意味に気付いていたら………と。
カインは町の領主にこのことを告発すべきだと言ったが、セリカや付き添いのエルフたちはそれを止めた。
セリカやエルフたちの話ではこの国の騎士団の権力は絶大で、証人も一人の状況で訴えても揉み消される。
それは目の前の男の命がなくなることを意味しているということだ。
男にこれからどうするのかと聞いたが、涙を流すだけで答えなかった。
一行は、後ろ髪を引かれる思い出その場を後にしたらしい。
帰る途中でその村に寄ると、村の建物などは行きの時と同じ状態で、白骨化した死体が転がっていた。
そこには胴当てをしていただろう白骨化した死体も有ったそうだ。
「そうか……」
カインにかける言葉は出てこなかった。
これがこの国の騎士の現状なのか……。
国を守るための騎士が欲望のままに国民を平気で殺すなんて。
「男がどうやって死んだのかは今となっては分からないけど、僕はその時誓ったんだ。近衛騎士団の団長になってこの国の騎士を変えてやるんだって。僕にはその力があるはずなんだ」
遥か遠くを見つめながら、カインは拳を強く握り言った。
その言葉に自分のことを重ね合わせる。
力を求める理由は人それぞれだ。
俺とカインとでは求めた理由は違う。
でもその瞳が見ている先は一緒なんだと、その時そう感じた。
「カインは正義のためにその力を使うんだな」
「アルは何の為に毎日剣を振るっているんだい?」
「俺は守りたいんだ。大切な人を守れる力が欲しい。だから俺は剣を振るっているんだ。カイン俺は前に言っただろ? 上に上がるって。俺はダグラス家の当主を目指す。この剣で俺は上に上がってみせるさ」
「アルならできるさ。何時だってアルは僕のことを驚かしてくれるからね。」
「じゃあどちらが先に目標を達成するか勝負だな」
「受けて立とうじゃないか。勝負に負けたらどうする?」
「どうしようか……じゃあ俺が負けたら一回だけお願いを聞いてやるよ」
「じゃあ僕が負けても一緒だね」
「絶対忘れるなよカイン」
「アルの方こそな。勝負に勝ったらどこに居たって、探し出してお願いを聞かせてやるさ」
カインと夕日に照らされながらいつまでも尽きない話を語り合った。
「カイン君、元気でね。体細いんだかいっぱい食べなきゃ駄目よ」
「はい、クラウディアさん。でも体が細いのは種族のせいですよ」
苦笑いをしながら答える。
「そんなこと無いわよ。カイン君はハーフエルフなんだから食べればもっと大きくなるわ」
母さんはカインのお腹ポンポンと叩く。
ちょっと恥ずかしそうにするカイン。
「カインまたねー」
「ルナちゃんは素っ気ないなぁ」
ルナはカインの元に駆け寄って一声かけると、さっきまで見ていた蟻の行列の監視に戻る。
子供の頃についた苦手意識は、中々取れないみたいだ。
まだルナは子供だからまだ大丈夫か。
時間が足りなかっただけだな。
落ち込んでるカインに激励の言葉を投げかける。
「俺が入学した時には学院で一番になってないと、卒業までずっと一番になれないぞ?」
「アルの方こそ僕が卒業まで一番にはなれないよ」
「言うじゃないか。その意気で向かってくるやつ全員、風魔法でぶっ飛ばせよ」
「ああ、すぐに魔法なんて使いこなしてみせるさ」
「カイン……頑張れよ」
俺はカインを強く抱きしめる。
カインなら大丈夫だ。
次会う時は強くなって、俺の前に立ってくれるさ。
それよりもカインがモテ過ぎて女性関係で何かやらかしてしまそうなことが心配だ。
いや、カインの場合女性だけじゃないな。
「アルも元気でな。アルなら心配する必要ないと思うけど」
カインは今日ダグラス邸を出て王都へと向かった。
子供の頃から夢を掴むために。
そして、この世界で自らの正義を貫き通すという目標を達成するために。




