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 リネイラの奴、一体何処に行ったんだよ!

 手を離すとこれだよ……。


 そう思って辺りを見回していると、全身をベージュ色のローブで包み込み、顔の全面が隠れる仮面をした異様な人物が近づいてきてくる。

 その姿はいかにも怪しく、市場の雰囲気と比べてどう見ても浮いていた。


「手紙だ。受け取れ」


 そう言って俺の手の平に紙を置き、その紙を包み込むように握らせた。

 手の中にある紙を見てまた前を見た時には、既にその人物は人混みに紛れて、何処に行ったか分からなかった。

 手紙を開けてみるとーー

(女は預かった。助けたければここに書かれてる場所へ一人で来い。今もお前には監視が付いてる。下手な真似はするな)



 手紙を見て思わず舌打ちをしてしまう。


 こいつらの目的はなんだ?

 リネイラと俺を攫ってどうするつもりだ……金か……確かにリネイラは大金を持っていたはずだが、俺は1ルクも持ってないぞ。

 リネイラを攫ったのなら知ってそうなものだが……。

 そもそもこれだけ人が行き交う中で、大きな騒ぎにもならずに人一人攫う事が出来るのか?

 この状況はやっぱりおかしいだろ。


 考えれば考えるほどこれまでの状況が全て、ここに繋がってる気がした。


 リネイラが見つけた通り穴。

 貴族の子供二人だけで行くには明らかに危険な市街地へ、執拗に行きたがったこと。

 明らかに、街に出るにしても多すぎる大金。

 そしてリネイラ自ら付いて行った可能性があること。


 これらの状況を勘案してみれば答えは出た。

 リネイラは手紙を出した奴とグルだと………。


 俺にはまだまだやるべき事がある。

 ここで危険を犯すわけにはいかない。

 リネイラが居なくなったからってどうなんだ?

 あいつは我儘で人の話は聞かないし、ロベレルカの子供で信用もできない。

 俺は自分の部屋へ帰る理由を必死に探し出す。

 でも、もしリネイラが本当に俺の助けを待っていたら?

 その一つの考えが、必死に考え出した沢山の理由を吹き飛ばす。


 俺は……俺は………やっぱり見捨てられない。欠点を挙げだしたらいっぱい出てくる。

 ……でも大切なんだ。

 リネイラは俺の姉で、家族を助けるのは当たり前の事だ。

 助ける理由は一つあればいい。


 俺は助けると決めて、手紙に書かれた場所へと向かい歩き始める。

 でもドラマや映画のように、犯人の言いなりになるつもりはない。

 リネイラの姿を確認できたら、最大の身体能力強化を使ってリネイラを抱えて逃げ出すつもりだ。

 その前に拘束しようとしてくるならば戦うまでだ。

 仮にリネイラを人質に取られていたとしてもだ。

 俺まで拘束されればそれこそ二人とも破滅しか無い。

 俺は自分の前で大切な人が死ぬ覚悟、そして人を殺す覚悟を決めながら歩く。


 裏路地を幾つも通りながらスラム街らしき場所に入っていき、目的地である一軒家へとたどり着いた。

 その建物は木造建築であり古びた小さい倉庫の様な佇まいだ。

 周りの建物も似た様なものでこの建物だけ違和感があるという感じでは無い。


 そこには1人の男が立っていた。

 その風貌はいかにも浮浪者といったみすぼらしい格好で、髪の毛の中にはフケが大量に近ずくに連れてツンっとした臭いが鼻を刺激する。

 男の腰にぶら下げたロングソードはその風貌と不釣り合いで、映画で見る盗賊や山賊といった姿に近いだろう。


 その男はこちらに視線を送るとニヤリと口を歪める。

 その顔は女性なら誰でも嫌悪感を抱きそうだ。

 俺の体からも鳥肌が立つ。


「お前がアルフォンスって餓鬼か?」


「あぁ、そうだ」


「ヘッヘッへッ。本当に来やがるとわなぁ。おいこっち来いお前が抵抗すれば、もう一人の餓鬼が痛い目に合うぞ」


 そう言いながらボロい扉を開けると、ギィと木の軋む音が聞こえてくる。


「オイッ!入れ」


 扉の直ぐ外から中の様子を確認すると、そこには数人の人影が見えた。

 どんな状況になっても対応できるように、通常の身体強化を行なって家の中へと入る。

 外にいた男は中には入らずに扉を閉めた。

 閉じ込められたような形になってしまう。


 不味いな。

 これで逃げにくくなった。


 中に入ると4人の男達が居た。

 外の男と同じ様にみすぼらしい格好をしていて、腰にロングソードをぶら下げている。

 部屋に入った時から感じる反吐が出そな臭い。

 戦う前から気が滅入ってしまいそうになる。

 辺りを見回すが、この家は他に部屋らしき場所が無いようだ。

 確認できる場所にはリネイラの姿はない。


「リネイラは何処だ?先に見せろ。そしたら俺はお前らの言うこと聞く」


 俺の問いに1人の男が言葉を発する。


「ここには居ないぞ。残念だったな。おい!こいつを縛れ」


 そう言うや否や1人の男がロープを持って近づいていてきた。


 最悪のパターンだな。

 もう覚悟は決めたんだ。

 殺るしかない。


 体全体に現在俺ができる最大強化を施し、一気に加速する。

 踏み出したと同時に木造りの床は、バキッという音を立てて砕ける。


 その速さに、その場にいた誰もが俺が元居た場所を眺めていた。


 俺の右側で突っ立てる男に近付いて、男の腰にある剣を引き抜く。

 引き抜いたと同時に男の足に剣を一閃する。

 防具など何も付けていない男の両足は体と離れ、両足という支えを失った男の体は転がり落ちると切断面から血が吹き出る。

 この瞬間になっても男は何が起きたのか分からないといった表情だった。


 直ぐに振り向き、俺を縛ろうとしていた男に斬りかかる。

 その背後でやっと痛みが届いたのだろうか、男の叫び声が聞こえた。

 一斉に剣を引き抜く音が聞こえてくるが、その前に一人の男の両足を斬り落とす。


 カール先生からの指導で徹底的にこの足への攻撃を練習させらせたのだ。

 俺の身長では致命傷を与えることが出来る、頭部や首への攻撃は届かない。

 届いたとしても厳しい態勢になる。

 だから鎧などで守りを固められている上半身への攻撃では無く、下半身への攻撃を中心に指導してくれていたのだと思う。

 指導したカール先生自身も、ここまで綺麗に両足を切り飛ばすとは思わなかったはず。


「うぎゃぁああいてぇぇえ」


 二人の男の叫び声が部屋の中に響き渡る。


「お前何しやがっt%#^**」


 左側に立っている男が、意味不明な言葉を叫びながらこちらに斬りかかってくる。

 普通の子供なら怯えて腰を抜かすだろうが、俺は型もなってない怒り任せな切り込みに逆に冷静になる。

 男の切り込みに合わして、指示をしていた男も右側から同時に斬りかかろうとする。

 俺は左へ円を描くように壁を背にしつつ移動し、頭上からくる遅い斬撃をいなして、右足に剣を叩きつけて切り取った。


 見える!

 カール先生の斬撃とは比べ物にならないくらい遅い。


 男はよろめきながら壁に向かって突っ込んでくる。

 すれ違いざまに脇腹にもう一撃入れると、男は顔面から地に伏した。

 ーーと同時に扉が開き、異変を察知した外の男が中に入ってくる。


「いったいなんだこりゃあぁああ」


 男は入ってくるなり叫び声を上げた。

 叫び声を聞きながら、目の前にいる指示をしていた男の側面に回るようにして斬りかかる。

 男は俺の素早い動きに、慌てて一撃を見舞ってくるが当たるはずもない。

 空を切った剣はそのまま切先が地面に突き刺さり、反応が遅れる。

 そこへ容赦の無い一撃が相手の足を襲い、男は転がり落ちる。


 何が起こったか分からず扉の前で叫んでる男に、息つく暇なく接近して一撃を見舞う。

 またも身体と両足は離れ離れになり、膝から下が無くなる。


 ふーと息を吐き、身体強化の度合い弱める。

 辺りを見回すと両足がない男が4人、片足がない男が一人、それぞれ獣のような叫び声を上げている。


 辺り一面血の海だ。


 この光景を見ても俺は思っているよりも落ち着いていた。

 いや落ち着いているのではなく、焦っているのだ。

 こんな光景など、どうにも思わないくらいに。

 開いていた扉を閉めて俺は静かに言う。

 こいつらの声が外に聞こえないように。


「リネイラは何処だ?」


 男達は叫び声や呻き声を上げるだけで答えないようとしない。


「リネイラはどこだ!質問に答えろぉぉお!」


 叫び声を消すように俺の咆哮が部屋に響き渡る。


「し、知らねえ、俺たちは知らねえんだ」


 1人の男が痛みをこらえながら話す。


「お前らが知らなかったら誰が知っているんだ!」


 俺はそう言って剣をそいつの眉間に突きつける。


「ちょ、っ、ちょっと待て。答える、ちゃんと答えるから」


「早く言え! 誰が知ってる!」


「本当は女の方は攫ってないんだ。俺等はここに来るアルフォンスという子供が、女が攫われたと思って来るから、そいつを縛り上げて引き渡せと。だから俺等、その女の事なんて見たこともねえんだ。だから、な、その剣をどけてくれ」


「誰に頼まれたんだ?」


「名前は知らねえんだ。顔もフードを被ってて仮面を着けてたから分からなかったんだ」


「名前も顔も分からない奴の言うことを聞くのか?」


「俺らは元々、依頼主の詮索はしねえ。それがこの世界で長くやっていく秘訣なんだ。もういいだろ? このままじゃ全員死んじまう」


「いやまだだ」


 残酷な宣言を男たちに下す。

 両足を切られた男たちは逃げることも許されずに血が流れていく中、ジワジワと死に向かっていく恐怖と痛みに耐えるしかなかった。


 俺はあいつらが死ぬまで尋問を続けた。








 質問をする俺に向けて露天の商人は、卑しい者を見るような顔をする。


 返り血を服の一部に浴びてしまっていた俺は、男たちから奪ったお金でスラムの子供達から服を買い取り、着替えていた。

 お金を渡した男の子は裸になっても凄く喜んでいたので、中々の大金だったのかもしれない。


 子供から買い取った服はザラザラとした質感で、服全体が汚れていて臭いもきつい。

 脇の部分は大きな穴が開いており、小さい穴も所々開いている。

 見た目は完全にスラム街の一員だろう。


 露天の商人を中心に聞き込みをするが、追い返されたり、罵倒の言葉浴びせられたりと思うように情報が集まらない。

 死んだ彼等からの情報は結局、初めの男が言ってたこと以外目新しいものは無かった。

 その為、宛てのない人探しを行わなければならなかったのだが、もう日が落ちかけている。


 そろそろ帰らないと時間がヤバイな。


 ただ話をしてくれる人も何人か居て、その人達の話では誘拐なんて騒ぎらしいものは無かったという。

 一度屋敷へと帰り、母に事情を説明しようと考えた。


 リネイラごめん。

 絶対にまた直ぐに戻ってくるから。


 焦る気持ちを押し殺して、走ってダグラス邸へと向かう。


 そして穴を潜って出た先には、見慣れた紫色の髪をした女が立っていた。


「どこ行ってたのよアル。探したのよ? ってなにその汚い格好。臭いも酷いし」


 リネイラは鼻を摘みながら眉を寄せる。


「お前こそどこ行ってたんだよ! なんでここに居るんだよ!」


 リネイラの無頓着な言葉につい声を荒げてしまう。


「何でって……。一人で街にいても面白くないじゃない」


 俺はその台詞に切れてしまった。


「俺はお前が誘拐されたって手紙を渡されて、一人で乗り込んで、全員殺して、リネイアがいなくて、それでも街を探して……」


 俺は捲し立てるようにリネイラに言う。

 リネイラはキョトンとした顔から驚きに変わり、やがて目から涙を浮かべ始める。

 リネイラの顔を見ているとさっき迄の勢いが削がれていく。

 リネイラの泣き顔を見るのはこれが初めてだった。


「私は…そんなこと知らなくて……でも…………御免なさい」


 涙をぽろぽろ流しながらリネイラが言った。


「お前、本当に今回の事知らないんだな?」


 俺の問にコクリと一度だけ頷く。


「一体この穴はどうやって見つけたんだ!? 後、その金は誰から貰った!?」


「この穴はトリスタンとルーファスが教えてくれて……お金は母様が今日の朝くれたの。アルと遊んで来いって……」


「そうか……分かった。リネイラを攫ったと言ってた奴は誰かに雇われて、俺だけを捕まえようとしていた。殺しても問題ないと言って。これだけの状況なら、リネイラにも分かるだろ?」


 俺の言葉に俯きリネイラは反応しない。


「俺達は暫く会わない方がいい。今は……」


 俺が言い終わる前にリネイラは走り去ってしまった。



 今は会えないけど、俺に力が……誰にも手を出されない力を手に入れたらもう一度、一緒に街を見て回ろう。


 リネイラが走り去る姿を見ながら、最後まで言えなかった言葉を心の中で呟く。

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