13
鋭い斬撃が頭上に迫って来るが、考える前に体が動きだす。
自らの剣を頭の上へ構え、重たい一撃をギリギリでいなす。
剣と剣とが削れあって、瞬間的に火花が散る
攻撃をいなされたことで相手は少し体勢を崩したように見えた。
ここだ!
反撃の一閃を相手の胴体にみまう。
ガキンッ! 渾身の一撃は、簡単に防がれてしまう。
息つく暇無く、右の脇腹に衝撃が襲う。
「ぐはぁ」
口から苦悶の声が漏れる。
「いつも言ってるだろ。上半身の動きだけではなく、全体を見るようにしないといけないと。だが今の受け流しは素晴らしかったよ。」
俺はまた剣の方を意識するあまり、下半身に意識が向いておらず、蹴られてしまったようだ。
「はいカール先生。もう一本も願いします」
「本当に君の体力と根性には恐れ入るよ。でも何度も同じミスをするのは頂けないな。このままではいつまで経っても私を越えられないよ」
「俺には才能が無いのかもしれません……。でも俺はやるしかないんです。少しずつでも進まないといけないんです」
その後、俺はいつもの様にボロ雑巾のようになるまで叩きのめされ、真っ青で雲ひとつない空を見つめる。
駄目だ全然届かない。
一般の騎士団員1人に全く歯が立たないなんてな。
こっちが近ずいたと思ったらまた遠くなる。
背中は見えてるはずなのに距離は縮まらない。
俺は思ってたより全然弱かったようだ。
自惚れだったのか……俺には力でみんなを認めさせることが出来ると……。
有りもしない才能があるはずだと。
もう後2年しかないのにこのままじゃ………。
それでもやるしかないんだ。
這ってでもやり続けるしかない。
これは他のだれかが決めたわけではなく、自ら決めた事なのだから。
しばらく休み、なんとか動くようになった体に鞭を打って、自分の部屋へと戻るため歩き出す。
その途中いつもの奴らが大きな笑い声を上げながら俺に近づいてくる。
「またボロボロボロだな、お前やっぱり才能ないんだよ」
「本当に惨めだな。これだから奴隷の子供は品がなくて困る」
俺はいつもの様にこいつらの言葉を無視して歩いていく。
「おいお前、魔力があるからって勘違いするなよ。奴隷の子供は何処までいっても奴隷なんだよ。お前はこれまでも、これから先も、俺逹の様な高貴な血筋の人間に使われる側なんだよ!」
それでも俺は言い返さない。
こいつらは大学の時のやつらと同じだ。
自分だけは特別だと信じ、自分の思い通りにならない人間は遊び感覚で人の精神を削っていく。
ここで言い返せばさぞ気持ちの良いことだろう。
でも俺は言い返すつもりは無い。
俺はそれで失敗しているからだ。
こいつらは自分より下だと思った人間に反抗されれば、徹底的に潰しにかかるだろう。
無視し続けて、こいつ等が何も言えなくなるような力を手にすればいい。
俺が歩みを止めなければ、こいつ等はいつかそこらの石と変わらない存在となるだろう。
ただ、その確信も今は揺らいできているが。
罵詈雑言の中を通り過ぎ部屋へと戻る。
「お兄ちゃんお帰りなさい。ルナ、ノン姉ちゃんと絵本見てたの」
「ただいまルナ。ルナは偉いなぁー。ルナは毎日本を読んでるから、もう直ぐしたらお兄ちゃんが勉強教えて貰わないと駄目になるよ」
「うん!お兄ちゃんにはルナがいっぱい教えてあげるから」
「ノンさん。母さんはまた?」
ノンはいい辛そうにする。
「はいそうです。またロベレルカ様が……」
「そうですか……それでは今日も帰ってくるのが遅くなりそうですね」
「それではお食事の用意をいたしますので」
「ありがとうノンさんとりあえず服を着替えるよ」
「それでは失礼します」
俺の魔力調査の日から、俺逹家族の環境は大きく変わってしまった。
妬みと蔑みからくるあいつ等の行動は、少しずつだが母と俺の心を削っていく。
母はここ最近毎日のように、第二夫人であるメアリーとロベレルカの茶会に付き合わされている。
彼女逹が言うにはこれから息子が騎士になるのかもしれないのだから、私逹の元で貴族の嗜みを学ぶ機会を与えているという事らしい。
実際には、ただの妬みから来るものだろう。
自分たちの子供には魔力持ちがいなかったのに奴隷の子供がなぜだと。
そしてメアリーの長男であるトリスタンと、ロベレルカの長男であるルーファスはそれに合わせるように俺に対してちょっかいをかけてくる。
その行為は段々とエスカレートしてきている。
「お兄ちゃんこれ美味しいね」
「ああ、美味しいね」
ルナはいつでも天使だな。
ご飯食べたら魔法の修行をするか。
魔法に関しては今の所、暗闇の中でコンタクトレンズを探すような感じだ。
全くどこをどうすればいいのかが分からない。
今は闇雲に色々なことを試している所だ。
「光よ〜世界の闇を斬り裂け〜サンシャイン〜」
ルナは俺の真似をよくするので、俺は二度切ない気分を味わうことになる。
ルナが言うとなぜか微笑ましいのでやりたいようにさせている。
俺の魔法の修行中にドアがバンッとなって開いた。
見なくても分かる。
リネイラだ……。
「アルー来たわよ〜。きゃールナちゃん可愛い」
入ってくるなりルナに抱きつく。
「ルナ、ごめんな。ノン姉ちゃんとまた遊んでて欲しいんだ」
「なんでよ?ルナちゃんも一緒に遊べばいいじゃない」
「ルナはまだ子供だ」
「ふんっ。まあ良いわ行きましょう」
リネイアに連れられて俺は外に出る。
俺はリネイラとは自分の部屋では遊ばない。
ルナと出来るだけ会わせたくないのだ。
リネイラは何かぶっ飛んでる性格をしているが、俺に対しては友好的だ。
いやそれ以上かもしれないが……。
俺もリネイラのハッキリとした性格は嫌いじゃない。
けれどもリネイラはロベレルカの子供でもあり、気を許していい相手ではないと思っている。
「リネイラが俺にばっかり構うから、ルーファスが俺に絡んで来るんだ。姉なんだからなんとかしろよ」
「私の知った事ではないわ。それよりも今日は街に行くわよ」
やっぱり話が通じない。
平常運転だな。
「今日は! じゃなくて今日も! だろ」
「アルは細かいのよ。そんなんじゃモテないわよ」
「別にいいさ。俺よりもリネイラの我儘な所なんとかしないと、相手が逃げて行ってしまうぞ」
「女は我儘くらいがちょうどいいのよ? それに狙った相手は首輪を付けてでも逃すつもりはないわ」
リネイラはこちらをジッと見つめながら言う。
俺の背筋はなぜか凍りつく。
「そ、そうか。まぁ勝手に頑張って」
しどろもどろに答える。
ジャブを喰らったので反撃をしたら、ハンマー持って殴ってきやがった。
ダグラス邸の敷地を出ると、そこは貴族街になっており治安はかなり良い。
初めてここに来たのは一ヶ月前だった。
ダグラス邸から出るには門番が居る前を通過しないと出れないのだが、リネイラが子供だけが通り抜けれるだろう穴を見つけてきて、街に行くから付いて来いと言って嫌がる俺を連れ出したのだ。
それから何回か貴族街を出歩いている。
「今日は貴族街の向こうにいくわよ」
「何言ってるんだ?駄目に決まってるだろ」
「ほらほら行くわよ」
そう言ってリネイラは俺の背中を押してくるが、俺は踏み止まり振り返る。
「絶対駄目だ。向こうに行く危険を分かっているのか?」
「アルがいるから大丈夫よ」
「俺には守れる自信はないよ…」
「分かったわ一度だけ。一度だけ見に行ったらもう言わないわ。お願いアル」
「……分かった一度だけだ」
「有難うアル。大好きよ」
そう言って俺に抱きついてきた。
何もなければ良いのだが……。
俺たちは巡回している警備の目の隙間を縫って、貴族街から初めて出た。
これがダグラス辺境伯領の中心都市、カタスの市街地か……。
俺はこの光景に感動していた。
貴族街と比べても品のある建物はほとんど無い。
けれども行き交う人々と活気のある市場が相まって、貴族街にはない味がある。
「凄いなリネイラ」
「ええ、凄いわね。私が言った通り来て良かったでしょ?」
リネイラの言葉を無視し、初めて大都会に来た田舎者の様に辺りを見回していく。
「何売ってるか見て回るわよ」
「お金無いんだから、売ってるやつ勝手に食べたりするなよ」
「私は持ってるから大丈夫よ」
そう言ってローブの中から小さな袋を取り出した。
中からジャラジャラと金色のコインが見えた。
「それ金貨だから市場では使えないぞ?」
「お金はお金でしょ?」
「いやそうだけど……そんなの子供が使ったらそこら辺の奴に誘拐されてしまうぞ」
「なら今日は見るだけで良いわ」
「今日だけだろ。約束はちゃんと守れよな」
「本当にアルはうるさいわね。内の母様と良い勝負だわ」
いやいや、それはないと思うぞ。
「アル〜。これ見て可愛いわよ」
「リネイラこういうのが好きなのか?」
リネイラが指を指していたのは、猫の形をした髪留めである。
「まぁまぁね」
「俺がいつか買ってやるよ」
リネイラは大喜びをしていた。
「何時かだぞ!い・つ・か」
「楽しみにしてるわ」
リネイラの喜びようを見て、子供っぽいなと思い笑ってしまう。
今は無理でも買ってあげよう。
「ほら、ちゃんと前見て歩けよ」
リネイラは右の露店を見たり、左の露店を見たりと、危なっかしい。
ぶつかりそうになると、リネイラの手を引っ張ってこちらに引き寄せる。
「前見てたら何が売ってるか分からないでしょ。それに女性をエスコートするのは男性の役目よ」
リネイラはこちらを振り向いて偉そうに言う。
「はい、はい。では姫様、私がエスコートいたしますのでこの手をお取りください」
こんなに気を使うなら最初から、手綱を握っていた方がいいと考えて膝をついて手を差し伸べる。
普段使わない王子様ような言動にリネイラの顔はほんのりと赤く染まる。
「よ……ろしく………」
リネイラがはにかみながら手を取る。
その顔にこっちまで恥ずかしくなってくる。
………照れると結構可愛いな。
それからしばらくの間、市場の露店を二人で見て回った。
「そろそろ帰ろうか?」
俺がそう言って振り返るとそこにリネイラはそこに居なかった。




